266話 秘めたる想い
相当な苦味が口の中に残っているが、顔に出すと面倒な事になりそうなので、表情には出さず平静を装う。
「どうでしょう?毒物では無い証明になりましたか?」
「うむ、私は最初から疑ってはいなかったがね。しかしポーションであれば私も既に飲んでいるよ?」
貴族の当主が何らかの方法で意識を失わされていたのだから、当然試しているだろう。
ポーションだけで無く、医者、光魔法、回復系統の魔法道具等、大体試している筈だ。
「ちなみにポーションは上級ですか?」
「ああ、この街の錬金術師に依頼した物でね、現状手に入る中でも最高品質の物だよ。」
上級ポーションと一括りにしていても、作り手の腕で多少効果に誤差がある。
なので櫓が作った上級ポーションを使ったとしても、完治しない可能性の方が高い。
「であれば、是非試してもらいたいです。このポーションは特別な材料で作られていて、上級ポーションよりも更に効果の高いポーションとなっています。」
万能薬の名前自体は人間の世界でも少なからず知っている者はいる。
それはエルフの里にある世界樹の材料が無ければ作れない秘薬なので、限り無く人間の世界で出回る事は少ない。
その為知っている可能性を考えると万能薬の名前を口に出す事は出来無い。
エルフとの関わりが知れ渡ってしまうと、ティアーナの森に住むエルフ達に迷惑を掛ける事になってしまうかもしれない。
「そんな物があるのかね!?上級ポーション以上のポーションとは聞いた事も無い。」
「故郷に伝わる特殊な製法で作ったポーションなんですよ。製法はお教え出来ませんが、効果は確かです。」
万能薬の存在は知らない様だが、不用意に口に出す必要も無いので誤魔化しておく。
「有り難い、頂くよ。」
ミーシャの父は櫓から万能薬の入った容器を受け取り、残りを口に流し込む。
その途端険しい顔になったので、それを見たメイド二人が櫓を取り押さえようと動き出す。
「早とちりするな、ポーション特有の苦味を感じているだけだ。良薬だから普通のよりも少し苦いけどな。」
片方のメイドの後ろに素早く回り込んで腕を掴んで拘束し、もう片方のメイドには呪縛の魔眼を使って動きを止める。
二人共櫓の圧倒的な実力に驚いており、近くに居たミーシャは反応も出来ていない。
「く〜、苦いねこのポーション。」
万能薬を飲んでいる間のやり取りは、ミーシャの父の声が聞こえた事により解決した。
「あ、貴方達また!」
「あらあら、櫓さん大丈夫でした?」
メイド達の行動を理解した母娘が言ってくる。
「問題ありませんよ、それより如何ですか?」
メイド達の拘束を解いてミーシャの父に尋ねる。
やっと警戒を解いてくれたのか二人共深々とお辞儀して下がっていった。
「驚いたよ、身体が凄く軽い。」
そう言ってベッドから降りて軽く身体を動かしている。
ミーシャの父以外もその様子を見て驚いている。
謎の状態異常の症状を和らげる事は出来たが、完治する為の打つ手は無かった。
そんな状況を軽く治した櫓にミーシャが頭を深々と下げてくる。
「櫓様、本当に有り難う御座います。このままお父様の病気が治らなかったらと思うと、私・・・。」
顔は見えないが涙がポタポタと落ちているのが分かる。
操られて意識が無かったとは言え、ミーシャが行った事なので責任を感じていたのだろう。
「ミーシャの責任では無いと何度も言っていただろう?だが櫓殿、本当に助かったよ。君は我が伯爵家の大恩人だ。」
「うふふ、櫓さんと出会わせてくれた神様に感謝ね。」
神様と言われるとあの女神一人しか櫓には思い浮かばないが、そんな殊勝な事をするとはとても思えない。
単なる偶然だと櫓は思っているが、救える事が出来たのは素直に良かったと思った。
「役立って良かったです。それでは予定もありますので、そろそろお暇させてもらいますね。」
「長い時間引き止めて悪かったね。次に会う時はゆっくり食事をご馳走させてもらうよ。」
思ったよりも長い時間伯爵家に滞在してしまったので、急いでドランの家に向かわなければならない。
仲間達が遅い遅いと文句を言っているのが目に浮かぶ。
屋敷の外に出ると大量の軍馬が並べられていた。
「これ全部軍馬ですか、凄いですね。」
「騎馬隊として出撃する機会は少ないから、有効活用してくれ。ついでにこれもな。」
外で待っていたミーシャの兄が大きな袋を渡してくる。
受け取るとドッシリとした重量感があり、中はキラキラと眩く光る金貨が大量に入っていた。
「こんなにいいんですか?」
「それだけの事をしてくれたんだ、遠慮しないでくれ。」
これ程の大金を貰えるとは思っていなかったので、思わぬ臨時収入にニヤけそうになる。
「軍馬を一人で連れて行くのは大変だろうから、此方で指定の場所に届けさせるよ。」
「はい、門の外に仲間が待機していますので、其方にお願いします。色々有り難う御座いました。」
テトルポート伯爵家の貴族達に礼を言って屋敷の出口に向かう。
「あ、あの櫓様。」
後ろから声を掛けられて振り向くと、ミーシャが小走りに近付いてきている。
「どうした?」
「あの、えっと、・・・また、会えますか?」
突然潤んだ瞳でそう言ってきたミーシャが可愛くてドキッとしてしまう。
「ああ、そうだな、ミネスタに寄った時には訪ねてくる。」
恥ずかしさで言葉が詰まりながらも櫓が返答する。
「約束ですよ!」
ミーシャは護衛として雇う件を断られてからずっと落ち込んでいたが、櫓の返答を聞いて笑顔で言った。
「次に会う時は必ず・・・。」
櫓が帰るまで見送ったミーシャが独り言を呟いた。
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