264話 仕官はしない
「大体の者であれば簡単に終わらせられるのだけどね。」
「トリーム侯爵はその中に含まれ無いと?」
櫓が尋ねるとミーシャの父は肯定する様に頷く。
「貴族は上下関係が厳しい世界なのだよ。侯爵と言う爵位になると、手出しが難しくなる。私の様な下の爵位の者は特にね。」
トリーム侯爵とテトルポート伯爵では爵位が一つ分違い、伯爵の方が下だ。
上下関係が厳しい世界と言う事なので、たかが一つの差とは言えないのだ。
「五大都市を納めている公爵家に協力を要請しては如何ですか?」
五大都市はそれぞれが歴史のある公爵家によって納められている。
シルヴィーの実家であるフレンディア公爵家もその内の一つだ。
今櫓達が居る鉱山都市やトリーム侯爵が居ると言う奴隷都市にもフレンディア公爵家の様な存在がある。
上下関係の話しからすれば、一番上の爵位である公爵に頼むのは大変かもしれない。
だが貴族間での重大なトラブルでもあるので、都市を運営するトップに報告や相談しておくべきだろう。
「櫓殿は奴隷都市について詳しく無い様だな。協力を要請するも何も、あの都市の公爵と連絡を取る事は出来無いのだ。」
先程櫓に握手してきたミーシャの兄が言う。
櫓が元居た世界と違って通信手段が発達した世界では無いが、冒険者ギルドにはギルド同士が連絡出来る通信用の魔法道具が置いてある。
貴族のトップである公爵家ともなれば、同じ様な魔法道具を所持していても不思議では無い。
「何故ですか?」
「奴隷都市自体が外界との連絡手段を絶っているからだ。」
話しを聞くと一年程前に奴隷都市から他の都市に向けて、今後の通信を受け付け無いと言う連絡が出された。
急な事だったので、他の都市からは理由を求められたが、返答は無かった。
なので理由を直接出向いて調べる事になり、各都市から奴隷都市に諜報部隊が派遣された。
しかしどれ程待っても諜報部隊が帰る事は無かった。
何か奴隷都市側にされた事は間違い無いが、通信手段が無くて調べる事も出来無い。
それなのに奴隷都市は普段と変わらず運営されており、人の出入りも多い。
諜報部隊の様に理由を調べに来た者、又は偶然理由を知ってしまった者だけが、奴隷都市から出られなくされたのではないかと言う結論に至った。
それ以降腕利き達が何度か挑んでいるが帰った者はおらず、手出しする者は減っていった。
その結果、奴隷都市はアクリフレカの国の中にはあるが、独立都市国家の様になっているのが現状だ。
「なので奴隷都市の公爵家に協力要請は出来無いのだ。」
「付け加えますと、ミネスタの公爵家には既に報告済みです。しかし向こうに連絡する手段はありませんので、ミネスタの防衛に力を入れると言う結果で終わるでしょう。」
ミーシャが兄の後に続いて話してくれた。
奴隷都市との通信手段が無い以上、公爵家の取る行動は限られる。
それでもミーシャの様な者が出ない様に、都市の防衛に力を入れるのは重要だ。
「つまりこれ以上出来る事は無いと言う訳ですね。」
今の話しを聞いて奴隷都市への干渉は難しい事が分かった。
ミーシャの件から時間も経っているので、打つ手は全て打っているのだろう。
「そうなるね、それでも巻き込んでしまった櫓殿には伝えておこうと思ってね。」
「そうでしたか、情報の提供感謝します。」
今回聞いた話しからトリーム侯爵が危険な貴族である事は分かった。
今後関わる事があれば、始めから警戒して掛かれるのは大きい。
「この程度で恩は返せないよ。それに本当はもう一つ用件があってね。」
「まだ何かあるんですか?」
「ミーシャやトリアンから聞いた話しだけど、櫓殿の高い実力を見込んでテトルポート伯爵家の騎士、又は用心棒として雇いたいと思っていたのだよ。」
それは一般市民からすれば人生最大のチャンスと言える。
実力の高い冒険者等が貴族に声を掛けられて取り立ててもらう事は少なくない。
貴族お抱えとなれば生活には困らず、権力者との繋がりも出来て準貴族の様なポジションに付く事が出来る。
普通であれば断る者は滅多にいないが、櫓はその少数派だ。
「それ程評価して頂けるのは有り難いのですが、今日この街を出発する身ですから、申し訳ありませんが断らせてもらいます。それに俺自身が自由に生きたいので、拘束される様なポジションには付きたく無いんですよ。」
女神カタリナと約束した事は話さなかったが、自由に生きたいと言うのは本音だ。
邪神の件が無ければ元々その予定だったのだ。
なので自分が自由にやりたい事を出来る、現在の冒険者と言うポジションが一番気に入っていた。
「成る程、断られるだろうとは思ったが残念だね。」
ミーシャの父は元々櫓が受けるとは思っていなかった様子だ。
そしてそう言いながらミーシャの方を見た。
櫓もその視線を追う様にミーシャを横目で見ると、明らかに沈んだ雰囲気で涙目になっている。
実力のある用心棒が得られなかった事がそんなにショックなのかと櫓は思ったが少し違う。
櫓は知らない事だが、父に櫓の強さを猛烈にアピールしてスカウトを勧めたのはミーシャだ。
あの一件以来ミーシャは櫓の事をずっと想っていた。
魔法道具の支配から自分を救ってくれた櫓を王子様と見て、恋する一人の乙女として好きな人に近くに居てほしかったのだ。
しかし櫓には目的があるので断られ、願い叶わずミーシャは撃沈した。
ミーシャの気持ちを知っている者達は、憐れんだ視線を送っている。
櫓は心なしか急に居心地が悪くなった気になった。
閲覧ありがとうございます。
ブックマークやポイント評価よろしければお願いいたします。




