262話 生命線は手放せない
庭では騎士達が訓練をしていた様で多くの者達が居る。
数名は此方を見て顔を顰めたり隣の者とこそこそと話したりしている。
櫓は覚えていないがトリアンと同様に以前襲ってきて返り討ちにあった騎士達だ。
自分達の上司が案内しているとしても、苦手意識は残っている。
「すまないな、非は此方にあるのだが。」
それを横目に見てトリアンが言う。
騎士達も操られていたミーシャの言う通りに行動していたので、責めるつもりは無い。
「前回のは気にして無い。だが主人が正気に戻った今も尚、俺に攻撃してくる奴には容赦しない。」
騎士達の中には敵意を向けてきている者も居る。
前回の襲撃でも、命令を建前として嬉々として動いていそうな者が数名いた様に感じた。
貴族の家系の者達と思われるが、平民から公の場で堂々と搾取する絶好の機会だった。
問題にされてもミーシャの命令で動いたと言い訳も出来る。
そう言った者達に釘を刺す様に聞こえる声でトリアンに言い返す。
「それで構わない。私もそこまで庇う気は無い。」
トリアンからも承諾の返事が聞けた。
それを聞いた騎士の何人かの敵意が薄れていくのを感じる。
自分の立場を危なくしてまで行動する者は少ないだろう。
トリアンと共に騎士の横を抜けて屋敷の中に入る。
目に入ってくる物全てが高そうな印象を受ける。
うっかり何か壊してしまえば、どれだけ請求されるか分からない。
「おや?トリアン騎士団長、其方の方は?」
執事服を老紳士が声を掛けてきた。
その左右にはメイドも控えている。
「ミーシャ様の客人だ。今ミーシャ様はお暇か?」
「面会の予定もありませんし、問題無いかと。」
「分かった、こっちだ櫓殿。」
トリアンが歩いていく後に付いて行こうとすると、櫓の前に老紳士が立ち塞がった。
そして櫓の左右をメイドが挟み、三人に囲まれる。
「おい、何をしている!」
それを見たトリアンが文句を言う。
主人の客人である櫓に対して、いきなり無礼な態度を取った三人に詰め寄る。
「お嬢様の客人であろうと、お嬢様に害をなす可能性がありますのでな。」
老紳士はそう言って櫓を見据えている。
主人を思っての行動なので感心もするが、呼びつけておいてのこの仕打ちは櫓としては面白くない。
「俺は急いでるんだ、無駄に時間を掛けさせるな。」
そう言って軽い仕返しのつもりで威圧のスキルを使った。
対象は執事とメイドだったが、全員櫓の威圧を受けても表情一つ変えずに平然とした態度は崩さ無い。
(普通の執事とメイドでは無いな。戦闘面に関しては表に居た騎士達なんかやりずっと上だろう。)
貴族の側で給仕や雑用をして、長い時間近くに居る執事やメイドが強ければ貴族も安心するだろう。
櫓の囲んでいる者達もそう言った類で、見た目からは分からない強さを秘めている様だ。
「ふむ、威圧のスキルですか。相当な効果ですな。まともに戦えば命は無さそうだ。」
執事が顎に手を当てて呟く。
強いと言っても実際に戦えば櫓の敵では無いので、櫓と己の力を正確に把握出来ている。
「そう思うなら退いてほしいんだが?」
「先程も申した通り、お嬢様に害をなす可能性がある状態ではお通し出来ませんな。」
「そう言われても見ての通り武器は所持していないぞ。」
櫓はドラゴンとの戦闘で霊刀を折ってしまっているので、現在得物は無い。
「その魔法道具の中に収納されているのでは?スキルや魔法は仕方ありませんが、それは預けて頂きたいですな。」
執事はそう言って櫓が右腕に嵌めているボックスリングを指差す。
確かに執事の言う通り、この中には武器、防具、魔法道具、素材、食料、魔物の死骸等様々な物が大量に入っている。
だがこの魔法道具だけは誰にも渡すつもりは無い。
文字通り櫓の生命線であり、この世界で暮らしていく為の必需品なのだ。
誰かに奪われてしまっては、全財産失ったのと同じ事である。
女神カタリナから貰ってから、肌身離さず持ち歩いている。
「断る。盗まれては一大事だからな。これが聞き入れ無いなら悪いが帰らせてもらう。」
櫓としては話しがあるからと呼ばれただけで用は無い。
別にミーシャに会わなくても何も問題は無い。
「お待ち下さい!」
屋敷の玄関に向かおうとすると、遠くから女性の声が聞こえてくる。
振り向くと金色の長い髪を揺らしながら、ドレスの裾を持ち上げてミーシャが階段を急いで降りてきている。
「ミーシャ様、お手数をお掛けしてしまい申し訳ありません。」
トリアンが階段を降りてきたミーシャに向けて頭を下げている。
「構いません。センバ、その方は私が呼んだのです。後は私が応対しますから下がりなさい。」
ミーシャが執事を見ながら言っているので、センバと言う名前の様だ。
「しかしお嬢様、この者が身に付け・・。」
「もう一度言います、下がりなさい。」
センバの言葉に被せる様にミーシャが言う。
「分かりました、引き下がりましょう。ですが雑用係としてメイドは連れて行って下さい。」
雑用係と言う名のボディーガードとしてメイドを付けられる代わりに、センバはお辞儀してこの場から去って行った。
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