253話 生還
夢か現実か、必死に自分の名前を呼ぶ声が幾つも聞こえる。
今にも泣きそうなその声が頭によく響く。
重い瞼を持ち上げてゆっくり目を開けると、雷の剣の面々にカナタやクロードが心配そうに櫓を囲んでいる。
「・・ら様!聞こ・・すか・・やぐ・・!?」
声が途切れ途切れ聞こえてくる。
膝枕して呼び掛けているのはネオンだ。
目からポロポロと涙を溢れさせ、櫓の顔に雫となって落ちてくる。
反応してやりたいが力が全く入らず指一つ動かす事が出来無い。
声を出そうとすると口内が激しく痛み、血の味がしてくる。
櫓は覚えていないが、ドラゴンと戦った最中に口内から雷のブレスを放った際に、自身の雷で傷付いていたのだ。
「意識・・したわ。ポー・・を飲・・よ?」
声は途切れてしっかりと聞き取れていないが、体力と魔力を回復させる為にポーションを飲ませてくれようとしているのだ。
シルヴィーがポーションを取り出して櫓の口元に近付けてくる。
口を開く力も無い櫓の代わりに、優しく手で口を開きポーションを注いでくれた。
血の味に混じって苦い液体が口内に流れ込んでくる。
ボロボロの動けない身体に拷問を受けている気分だが、回復する為に我慢して飲む。
気付いていなかったが、リュンも光魔法で櫓の回復をしてくれていた。
しかし身体が相当なダメージを受けていたので、ポーションを振りかけたり光魔法で回復させるだけでは治せなかった様だ。
「櫓様、楽になりましたか?」
ネオンの言葉も途切れる事無くはっきりと聞こえる。
ポーションを飲んだ事により各損傷が回復して正常に戻ってきた。
手にも力が入ってきたので、ボックスリングから取り出した上級ポーションを追加で飲んでおく。
「ああ、大丈夫みたいだ。」
櫓の言葉に全員がホッとしている。
ネオンも含めて何人かは安心と心配で泣いている。
ドラゴンとの戦闘で生存確率が非常に低かったのに、櫓とミズナのみを残して自分達は離れてしまったので、心配で仕方が無かったのだろう。
「ぐすん、よかったです、櫓様が無事で。もしもの事があったら私。」
ネオンはそう言ってとめどなく涙を流している。
初めて櫓に救われた時に、この命を櫓の為に使おうと誓ったネオンは、肝心な時に側に入れず悔しさに打ちひしがられていた。
戻った時に櫓が死んでいたら、無駄死にと分かっていようとドラゴンに向かっていただろう。
「そう簡単に俺が死ぬか。こうして生きているんだから安心しろ。」
そう言って寝た姿勢のまま腕を上に伸ばして頭を撫でてやる。
ネオンが泣き止むまで撫でてから起き上がる。
膝枕されていて気が付かなかったが、地面には櫓が埋まっていたであろう人型の穴があり、辺り一体がクレーター状に大きく凹んでいた。
自分の事ながら相当滅茶苦茶な戦い方をした様だ。
「皆も心配させて悪かったな。」
「全くですわ、移動中生きた心地がしませんでしたもの。」
皆を代表してシルヴィーが軽く文句を言ってくる。
実力不足とは言え自分で戦えず任せきりでの退却は、シルヴィーにも相当不安だった様である。
「それよりも獣人達はどうなった?」
「魔物からも無事守り切り、少し遠くの街の近くで待機させている。フレアとサリーが見ているから心配無用だ。」
リュンが獣人達の無事を知らせる。
獣人を迫害する貴族は多いので、いきなり街に入らず
外で待たせているのは正しい。
「そうか、よくやってくれた。それと肝心のドラゴンはどうなったんだ?」
普通に雑談していたが、皆が今こうしていると言う事は、現状は安全なのだろう。
それでもドラゴンが既に死んでいるか、この場からいなくなっているかを確認しておきたい。
櫓は意識を力に支配され、破壊と殺戮の衝動のみで行動していて記憶が無いので、ドラゴンがどうなったのか分からない。
「覚えていないんですか?」
「生き残る為に全力を出してな、記憶が抜けているんだ。」
他の面々には近くに居ると危険なので直接見せた事は無いが、櫓が新技の訓練をしている事は知っていた。
「無茶も程々にして下さいね。私達が来た時には誰も居ませんでしたわ。」
「櫓の事をこの荒れ果てた場所から皆で手分けして探したのだ。」
「ご主人様のお姿を見た時は寒気がしましたが、ご無事で何よりです。」
シルヴィー、リュン、カナタが状況を教えてくれた。
全員が馬車に乗って急いで戻って来た時にはドラゴンの姿は無くなっていた。
そして地面に出来た巨大なクレーターの中心で、ボロボロの姿の櫓が横たわっていた。
皆が駆け付けて治療を始めた頃にミズナも蘇り、精霊の腕輪から出てきて、皆に生きている間の事を説明してくれていた。
「ミズナ様も見ておられないが、ドラゴンが居ないと言う事は櫓が撃退したのではないか?」
リュンが言う通りドラゴンが居ないと言う事は、跡形も無く消し飛ばしたか移動したかだ。
前者は全力を出しても厳しいだろうと考えられる。
「話し合いは終わりに致しましょう。櫓さんも無事でしたがお疲れでしょうし、引き上げますよ。」
シルヴィーが戦闘で疲れている櫓を気遣って、話を締めて馬車に皆を誘導した。
閲覧ありがとうございます。
ブックマークやポイント評価よろしければお願いいたします。




