250話 奥の手
『人族よ、あとは貴様だけだな!』
腕を掲げて振り下ろしてくる。
ただそれだけの動作でも、十メートルを超えるドラゴンがやるだけで脅威となる攻撃だ。
「くっ。」
櫓は大きく飛んで後ろに下がり回避する。
ミズナが復活待ちになってしまったので、無駄な魔力を使う訳にはいかない。
(そもそも、もうミズナは間に合わないか。)
ドラゴンが先程の様に休む暇無く攻撃を仕掛けてくれば、ミズナの助けが間に合わず、櫓は魔力を切らして死ぬ確率が高い。
(そしてどれだけ回復しようとも、身体の限界は近い。)
ドラゴンが魔法で作った炎のドームに囲まれており、徐々に上がっていく気温のせいで体力を奪われる。
既に櫓は滝の様に汗をかいているので、脱水症状の危険性もある。
雷帝のスキルを使ってドラゴンとの距離をとって、体制を立て直したいのだが、この炎のドームがそれを阻む。
『動きが鈍いな、人族にこの暑さは堪えるか?』
ドラゴンは噴火した山の中に封印されていたくらいなので平然としている。
先程と同じく櫓の足元から火柱が噴き出す魔法と追尾する炎の矢で、櫓の魔力を削ろうとしてくる。
(このままだと確実に死ぬか。)
雷帝のスキルで足に雷を纏わせて、高速の移動で攻撃を回避しながら考える。
逃げ道が封じられ、戦闘力の差も圧倒的であり、環境も劣悪で、敵の魔力が先に切れる事も無い。
そもそも雷の剣の面々が心配して言っていた様に、Sランクに指定されているドラゴンにAランク級の冒険者である櫓が単独で勝てる訳は無い。
共に戦っていたミズナは、逃げないのならば確実に死ぬと断言した程だ。
(だが皆を逃すにはこれしかなかった。)
誰かが足止めとして残ってドラゴンを抑えていなければ、更に膨大な被害が出ていただろう。
Sランク級の移動速度を持つ櫓だからこそ、ここまで時間を稼げたのであって、それ以外の面々では瞬殺されて足止めにもならない。
(それでもこんなところで死ぬ気は無いんだけどな。)
櫓にはドラゴンに勝てるかどうかは分からないが奥の手が一つだけあった。
直ぐに使わないのはリスクがあって、躊躇しているからだ。
(いつかは来ると思ってたが、邪神でも魔王でも無いとはな。)
今後強敵と戦っていけば、剣術、体術、スキル、魔法を普通に使っても勝てない相手と相対する時が来るかもしれないと櫓は考えていた。
そしてその時逃げる事が出来ず、戦わなければならない状況だとしたら今の自分では何も出来無い。
そう言った時の為に奥の手となる技を身に付けておかなければと考えていた。
剣術に関しては代々受け継がれてきた天剣の十二の型があり、櫓の中では完成していると言ってもいい。
魔法はイメージ力があれば強力な技を出す事が出来るが詠唱を必要とするので、勝てない様な強敵がその時間待ってくれるとは思えない。
なので体術とスキルを組み合わせて、生み出そうと考えた。
既に破魔閃雷脚と言う雷を足に纏った蹴りを放つ技があるが、それは攻撃時のみの一時的な合わせ技だ。
櫓は一時的では無く一定時間そう言った状態になって戦える様にしたら強いのではないかと試してみた。
しかし膨大な魔力を使って全身に雷を纏わせた櫓は、力に飲み込まれた。
気が付くと地面に横たわっており、魔力切れの状態となっていた。
雷を全身に纏わせたところまでの記憶はあったのだが、それ以降は何も覚えていなかった。
そして辺りの地形は滅茶苦茶で、黒焦げで元が分からない様な状態の魔物の死体がそこら中に散乱していた。
幸い人が周りに居ない場所で訓練していたので、人の死骸は無かった。
記憶は無いが魔力が無くなっていたのと、黒焦げの死体が散乱していた事から自分がやったのだろうと予想は付く。
自分でも何をしたのか分からないので、周りに人が居る状態では絶対に使わないと決めた。
それからも偶に意識を保てないか訓練して、纏わせるのが少量の雷であれば持ち堪えられる様になったのだが、纏わせる雷を増やすと確実に意識を失った。
(周りに居るのはドラゴンのみ、誰にも迷惑を掛ける心配は無いが。)
この技でドラゴンを倒せるか分からないのだ。
目が覚めた時には魔力切れとなっているので、その時点で倒せていなければ確実に殺される事となる。
「それでもこれ以外生き延びる手段が無いんだから、使うしかないよな。」
逃げていても暑さで倒れるか、魔力が切れてドラゴンに殺されるかなので、一か八か生き延びる為に使う事にする。
『何をしても無駄だ、そろそろ生き絶えるがいい!』
ドラゴンは追加で櫓よりも大きな巨大な火球を魔法で生み出して放ってきた。
下には火柱の魔法陣が、四方八方からは風魔法で操られた炎の矢が襲い掛かってくる。
「最終勝負だ、ブラックドラゴン。雷獣化!」
雷帝のスキルを使い櫓は全身に雷を纏う。
纏った雷が櫓の身体を伝って駆け巡る。
手足には雷で出来た少し長い爪が付いており、獣の様な見た目になった櫓が立っていた。
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