238話 計画通り
「くそっ、まんまとやられたか。」
貴族の男を取り逃してしまったのは辛いが、今は気にしている場合では無い。
地面から櫓を喰らおうと飛び出してきた鰐の魔物は、気絶している獣人達や騎士達の地面からも同時に飛び出してきていたのだ。
自分の対処だけで其方には干渉出来ていない。
振り向くと二体の鰐の魔物が見える。
獣人達の方を襲った鰐は、シルヴィーにアイアンアントを任せたミズナが対応していた。
水帝のスキルによって生み出された水で、無理矢理口をこじ開けている。
その間に別の水球で獣人達を包んで、自分の側に引き寄せている。
「仲間を巻き込むとはな。」
もう一方の鰐の魔物を見て言う。
シルヴィーの他にネオンやカナタも決着が着きそうではあるが、今もアイアンアントの相手をしている。
ミズナも獣人達に危険が無い様に対応しているので、一体の相手で精一杯だ。
なので騎士達を襲った鰐の魔物の相手は誰も出来ていない。
地面に気絶していた騎士達は一人も残っておらず、その場に巨大な鰐の魔物が全身を地面から出して、その巨体を晒しており、大きな口を動かしていた。
バキバキと硬い鎧を砕く音を響かせ、口の端からは血が大量に流れ落ちている。
騎士達は一人残らず咀嚼されており、あの様子では誰一人助からないだろう。
「仲間?駒の間違いじゃないかしら?」
黒尽くめの女はそう言って笑う。
人間の世界で影響力を持つ貴族の協力者を失う訳にはいかなかったのと、上に立つ貴族の男さえ残れば、騎士の代わりは幾らでも用意出来ると判断した。
そして騎士達から自分達の情報が知られるのを防ぐ意味もあった。
「一人になったのに余裕そうだな。」
既に櫓との戦闘で多大なダメージを受けて、血も多く流したからか顔色も悪い。
魔力も殆ど使い切り、立っているのがやっとと言う状態に見える。
櫓の背後では巨大アイアンアント二体が地面に沈み、三人が鰐の魔物に向かっていった。
黒尽くめの女に加勢として鰐の魔物が来る事は無いだろう。
「警戒しなくても、隠れている魔物はもう居ないわよ。」
余裕そうな態度を見て警戒していると思ったのか、櫓に言ってくる。
実はそれに櫓が気付いていたので、逆に余裕そうな態度が気になったのだ。
既に神眼のスキルで透視の魔眼を選択して、辺りの地面の中を見回していた。
なので先程までの様に魔物が隠れていない事は分かっている。
「つまり諦めて降参って事か?」
しないだろうと思いつつも尋ねる。
「そんな事する訳無いじゃない。私は・・。」
黒尽くめの女が話している途中で、此処からでも見える遠くの山が噴火して、地面が立っていられない程大きく揺れる。
あまりの揺れに全員膝を付く。
鰐の魔物は巨体なので倒れる事も無く襲い掛かって来たので、ネオンの狐火のスキルやシルヴィーの風魔法等の遠距離攻撃で仕留めていた。
「ははは、あははははははははははっ!」
黒尽くめの女が倒れながらも噴火している山を見て高笑いを上げる。
「やっと、やっとなのね。ごほっ、長かったわ。」
黒い仮面の中から吐血しながら、仰向けに体勢を変える。
そして近くに落ちている小石を幾らか掴む。
「時間稼ぎ成功よ、作戦は成功したわ!」
「時間稼ぎだと?」
地震の揺れで膝を付いている櫓に力無く小石を放ってくる。
弱々しい速度だったが空中で巨大化した事により、危険度が一気に増す。
「今更こんな物で、放電!」
櫓は倒れない様に無事な左手を地面に付いて身体を支えていたので、身体に雷を纏わせて空中の大岩に幾筋もの雷を放って砕く。
地震による不安定な状態に最後の足掻きとして攻撃してきたのかと思ったが、これ自体も黒尽くめの女にとっては時間稼ぎだった。
攻撃したタイミングで小石を放った手とは逆の手で拳大の石を掴み、真上に向かって投げていた。
その石は巨大化したアイアンアントを覆える程の巨大な岩石となり、重力に従って真下に落ちていく。
「魔王様、作戦は成功しましたがご報告に行けない事、そして先に逝く事をお許し下さい。願わくは魔王様の予定通りに事が運ぶと・・。」
黒尽くめの女はそこまで言って、落ちてきた巨大な岩石の下敷きになった。
これだけの大きさの岩の下敷きになっては、元の形が分からない程に身体が潰れてしまっただろう。
原型を留めていない様な状態では、身体の部位を再生する事が出来る万能薬であっても治せない。
黒尽くめの女は自ら殺した騎士達の様に、情報を取られる事を考慮して自分自身を殺したのだ。
「そこまでするのか。」
黒尽くめの女の徹底ぶりに驚きを隠せない。
自分を殺そうと巨大な大岩が迫って来ていたと言うのに、黒尽くめの女からは恐怖の感情よりも尊敬や無念と言ったものの方が、言動からも多く伝わってきたからだ。
黒尽くめの女が自害して少しすると地震は治った。
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