216話 容赦無し
「有難う御座いました。」
櫓は商品の劣化ボックスリングを渡して代金を受け取る。
空間魔法が付加された魔法道具が相場より安値で売られていると言う情報を聞きつけ、一般人や冒険者だけで無く、近くで店を出している者達や馬車を引く商人までもが欲しがり、小さな出店の前にはちょっとした行列が出来ている程だ。
既にかなりの数が売れているが昨日の夜に大量に作ったので在庫は未だ充分ある。
「ゴッツ、俺の方は未だ在庫が有るが宿はそろそろ限界じゃないか?」
劣化ボックスリングを買う条件としてゴッツの経営している宿に泊まる事を条件にしているので、買った者達は次々と表通りから逸れて脇道に消えて行く。
ゴッツは客の呼び込みで忙しくて案内出来無いので、精霊の腕輪の中で暇そうに眠っていたミズナに案内させている。
本人は眠っているところを起こされて不機嫌だったが、宿の夜飯をいつもより沢山食わせてやると言ったらスキップして行ったので相変わらず扱い易い。
「そうだな、あと数組くらいで部屋は全て埋まるだろう。まさかこれ程とは思わなかったから嬉しい誤算だ。」
人気な魔法道具だろうとは予想が付いていたが安くは無いので、ちょっとした行列が出来る程まで売れるとは思っていなかったのだ。
「じゃあ部屋が埋まり次第切り上げるか。泊まる者達も一晩だけと言う者も多いだろうし、部屋が空き次第また売ればいい。」
在庫は余っているが、部屋が埋まっているからと普通に売ってしまえば最初に買った者達から抗議されるかもしれない。
同じ条件で売る為には日を改める必要がある。
「そいつはいいな、俺にとっては大歓迎だ。」
毎日人が入って来てくれれば収入も安定する。
そして人が入れば入る程、リピーターとなってくれる人や人伝に噂を聞いて泊まりに来てくれる人も増えるかもしれない。
大通りから外れた目立たない場所に建っているので、見つけてもらわない事には始まらないのだ。
「こっちの十キロの方を・・。」
「どけっ!」
次に買おうとしていた一般人の男が後ろの者に突き飛ばされた。
突き飛ばした者はフルプレートアーマーの鎧で身を包まれており、顔は見えないが声から男だと分かった。
「おい、残りの魔法道具を全て寄越せ。」
男は櫓に命令する様に言い放つ。
櫓は軽く一瞥してから突き飛ばされた男を助け起こす。
「大丈夫か?」
「あ、有難う御座います。」
「おい!俺の言った事が聞こえなかったか!」
無視された鎧の男は声を荒げて怒鳴っている。
「順番も守れない奴に売る気は無い、帰れ。」
鎧の男の態度を見て売る気が無くなった櫓は、睨みながら言い放つ。
「貴様、俺が何処の所属か知らないらしいな。」
鎧の男は胸の部分を叩きながら言う。
そこには家紋の様な物が描かれていた。
当然櫓には見覚えが無かったが、周りの者達は違った。
その家紋を見て悲鳴を上げる者や逃げ出す者もいた。
櫓が助け起こした一般人の男もガタガタ震えているし、遠巻きに見ていたゴッツも厄介な者を見る目をしている。
そして遠巻きに騒ぎを見ていた者達の中からテトルポート伯爵家、雇っている騎士と言う単語が聞こえてきたので状況は直ぐに分かった。
「貴族お抱えの騎士なら何をしても良いとでも思っているのか?」
「この世は王侯貴族至上主義だ。平民はそれにただ従っていればいい。さっさと魔法道具を用意しろ。」
騎士も男爵家や子爵家の貴族で、家を継がない者達がなる事が多いので、この鎧の男が貴族である可能性もある。
シルヴィーとは違って、本来の貴族はこの様な感じだ。
自分達が中心に世界が回っていると思っている、正に貴族の見本の様である。
「そっちこそ聞こえなかったか?断ると言ってるんだ、さっさと失せろ。」
貴族だとしても櫓は媚び諂ったりはしない。
堂々と言い返してやり、それを気に入っていないのが分かる程イラついている様だ。
「平民風情が痛い目に合わないと分からないらしいな。」
大通りで人が多く、揉め事かと野次馬が集まっている中でも気にせず、腰から剣を抜き放つ鎧の男。
周りから悲鳴が幾つか上がり、隣の男やゴッツはどうしていいか分からず立ち尽くしている。
戦闘経験が無いのに出張って来られても危険なので、櫓にとっては有り難い。
「守るべき民に剣を向けるとは、お前それでも騎士か?」
周りには何も武器を持たない者達が大勢居るので、軽く挑発して自分だけにヘイトを集める。
「黙れ!」
剣を振りかぶって突撃してくる。
全身鎧で包まれている割には中々素早い動きだ。
「先に手を出してきたのはそっちだからな、閃拳!」
振り下ろされた剣を屈んで躱し、素早く拳を叩き込む。
そのままでは騎士が吹き飛んで行き野次馬達に当たってしまうので、強引に方向を変えて地面に叩き付ける。
ドゴオオオンと言う音が響き渡り、櫓の拳が当たった部分から全体に広がる様に凹んで歪んでしまい、鎧の男は気絶してピクリとも動かなくなった。
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