215話 櫓店長
翌日の朝、朝食を食べ終えてから直ぐに昨日の夜に大量に作った劣化ボックスリングを売り捌く為に宿を出る。
「俺は色々とやる事があるからそっちは頼んだぞ。」
櫓は銀貨を数枚リュンに渡しながら言う。
リュンはドランの家にこれから食料を持って向かうのだ。
「分かっている、此方の心配は無用だ。」
リュンは銀貨を受け取ると手をひらひら振って歩いて行った。
金の使い方は教えたばかりなのだが、リュンは物覚えがよく直ぐに物と金の取引について理解してくれた。なのでエルフであるリュンも一人で買い物が出来る。
(さて、俺も動くか。どうせなら大通りがいいんだが。)
劣化ボックスリングを売り捌くとしても、泊まっている宿がある裏通りの様な場所では客足に期待出来無い。
店を構えるなら人の行き来が多い大通りが安定だろう。
しかし大通りには店が大量に構えられており、割り込める場所は無い。
(考える事は皆同じだろうからな。幾らか場所代を払って、物を売らせてもらうのがいいか?)
そんな事を考えながら大通りに出る。
朝だと言うのに人の行き来が凄まじい。
(ん?この声は。)
櫓は聞き覚えのある声が遠くから聞こえてきたので、その場所に向かう。
声の正体は櫓が泊まっている宿の店主であるゴッツだ。
街への出入り口に使う門の近くに小さな出店を出しており、鉱山都市ミネスタを訪れた観光客に串焼きを売りながら宿の宣伝をしていた。
(ゴッツが店を構えていたとは思わなかったが丁度いい。)
櫓は客が串焼きを買い終わったタイミングを見計らって、話し掛けにいく。
「よお、上手くいってるか?」
「櫓か、冷やかしなら帰れ。こっちは出店で生活が掛かってるからな。」
冷やかしと思われ、串焼きを一本突き付けて追い払いたい様だ。
「そう言わず少し聞け。俺も今売りたい物があって大通りの店を探してたんだ。」
串焼きを受け取って劣化ボックスリングの事について説明する。
高価な魔法道具である事、売れそうな物だと言う事は直ぐに理解してもらえた。
「つまり俺の店を利用して売りたいって事か。」
「ああ、金が大量に必要になってな。」
ある程度戦える奴隷を購入するのと、城塞都市までの五十人以上の物資を買い集める為の金なので、相当な額が必要だ。
「それは俺も同じだ。お前に店を乗っ取られたら串焼きが売れなくなるだろう。」
宿は現在櫓達と数人の客しかいない。
収益を少しでも得る為には、出店の小銭稼ぎをしながらの客寄せを手放す訳にはいかない。
「そこはもちろんギブアンドテイクだ。俺の売る魔法道具は買いたい奴も多いだろう。だから売る条件をゴッツの宿に泊まる者に限定する。」
櫓も一方的に借りるつもりは無く、ゴッツの宿の為に協力するつもりだ。
立地が悪いだけで、部屋や料理は何も問題は無い。
むしろその辺の宿よりも質が良いと思っているので、嘘偽り無くお勧め出来るのだ。
「・・なるほど、櫓の魔法道具が売れる度に宿の客が増えるわけか。」
ゴッツは宿の客が増える事を想像してニヤけている。
「そう言う事だ。ガラ空きの部屋を埋め尽くせるチャンスだぞ?」
「ガラ空きは余計だ、だがその話には乗らせてもらう。空間魔法付加の魔法道具は価値があるからな。」
確実に売れるだろうと判断して串焼きの後片付けを始める。
既に焼いてあった分は櫓が買い取ってボックスリングの中にしまってある。
「俺が売るから呼び込みや宿への道案内は任せたぞ。」
「分かった。」
ゴッツは店の前で魔法道具の宣伝を始める。
声が大きくよく通るので、大通りの喧騒の中でもゴッツの声が響いている。
実演もして見せているので立ち止まって観ている者も中々多い。
「俺も準備しておくか。」
片付けられた出店のカウンターに商品を並べていく。
今回作ったのは雷の剣全員に渡している物よりも更に性能が落ちているボックスリングだ。
一般人でもギリギリ手が出せる十キロ収納と商人向けの五十キロ収納の二種類だ。
十キロ位普通に持てるので、使い道が無さそうに感じられるかもしれないが、重さを無くすだけがボックスリングの全てでは無い。
中に入っている物の時間を止めると言う重要な効果もある。
これは海に面していない内陸の地域に新鮮な海魚を届けたり、季節が全く違う果物を楽しんだりと、価値の分かる物達からすれば是が非でも手に入れたい魔法道具なのだ。
「取り敢えず簡素だがこれで良いか。」
十キロと五十キロをそれぞれ三個ずつ並べて、一つ銀貨五十枚と金貨三枚の値札を立てて置く。
しかしこれでは、十キロの方を五個購入すれば銀貨五十枚分特すると考える者も出てくるかもしれ無いが、ボックスリングは腕に取り付けている時にしか効果を発揮し無い。
なので五十キロのリングの方が値段が高く設定されているが、嵩張る事が無いのと使う度に消費する魔力も五十キロの方が少なくなっているので値段相応と言える。
むしろ空間魔法付加の魔法道具は、そう簡単に量産する事が難しいので、これでもかなり安く提供しているのだ。
ゴッツの宣伝が始まって少しすると数名が大通りから櫓の下に向かって歩いて来た。
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