33話 悪役の行動は読みやすい
「貴様、今何と言った?」
「何度でも言ってやるよ。俺の仲間に危害を加えようとする奴の言うことなんて聞かないって言ってんだ、さっさと俺の前から消えろ。」
ユーハは貴族である。
貴族である自分に向かって、冒険者で名をあげつつあるものの、平民である者が暴言を吐いてきた。
櫓を主の元に連れて行くのが今回の目的である為、一回目の暴言は見逃すというユーハとしてはかなりの譲歩をしたのだが、櫓の気持ちはネオンが斬りかかられた時にもう決まっている。
「一度目の失言は聞かなかった事にしてやろうとしたが、あまり図になるなよ平民風情が。貴族である私にそんな口を聞いてただで済むとでも思っているのか?」
「なんだ?何かするならしてみろ。」
「・・・リンネ、お嬢様が言っていた冒険者達は既にこの街を出発した後だった、いいな?」
ユーハが後ろを振り返らずにそう言うと同時に剣で斬りかかってくる。
先程ネオンに斬りかかった時よりもさらに早い。
しかし櫓はそこから一歩も動くことなくその剣の中程を右手で掴み止める。
「!?」
「どうした貴族様?その程度で俺のことを斬れるとでも思ったのか?」
「この、くそ、離せ。」
「はぁっ!」
櫓が右手を少し魔装し力を入れるとバキンッという音と共に、ユーハの持っていた剣が中程から折れる。
ユーハの持っていた剣は、魔討騎士団に所属する者であれば全員支給されている一級品の剣である。
それこそAランクやBランクの高ランクの魔物とも渡り合えるほどの物だ。
それが目の前で櫓に簡単に折られて驚かずにはいられない。
「き、貴様何をした。」
「答える義理はない。そしてもう一度だけ言ってやるさっさと消えろ。」
ユーハには最初の余裕はない。
所詮は冒険者になりたての平民。
貴族であり騎士団に所属している自分には身分も実力も及ばないだろうと舐めてかかった結果であった。
そして櫓の声はネオンが斬りかかられた時から冷たく、殺気もずっと放たれ続けている。
殺気に当てられて当事者のネオンも櫓に話しかけることができない。
ネオンは貴族に喧嘩など売ってしまえば、後々大変なことになると考えていたため、自分の用事はまたの機会でいいからと言おうとしたがそれよりも先にユーハに斬りかかられてしまった。
そもそもユーハが行動を起こさなければこんな状況にはなっていなかったため自業自得である。
「うっ、わ、わかった。引き上げさせてもらう。」
折れた剣をその場に投げ捨て踵を返す。
後ろで黙って待機していたリンネの元に向かう。
櫓の殺気に当てられて動けていないリンネだが、ユーハにはただ待機しているようにしか見えていなかった。
この時点で分かることだが、実力や実戦経験はリンネの方が高い。しかし身分はユーハの方が高いため、今回は従う様な形をとっている。
そして実力の高いリンネには、櫓の姿がただの平民としか見えていないユーハと違い、底の知れない圧倒的強者として見えていた。
そんな櫓に対して突っ掛かるユーハを止めたいとは思っていたが、こちらもまたネオン同様動けないでいた。
そして向かってくるユーハの目は踵を返す前に言った言葉とは逆に殺気を帯びている。
「それは、だ、めや、めて。」
ユーハはとてもプライドが高いことを知っている、そしてこれからしようとしてることも、なのでなんとか止めようと言葉を絞り出すリンネ。
しかしリンネの制止の言葉などユーハには届かない。
リンネの元に戻ったユーハは、リンネの腰に付いているさっき折られた剣と同じ物を抜き放ち再び踵を返し、猛烈な勢いと速さで斬りかかった。
「死ねえええ平民がああああ!」
櫓を油断させて隙を作らせ、その隙をついた高速の一撃。
間違いなくこの一撃は当たると確信を持てるほどの攻撃を繰り出すことに成功する。
しかし櫓は慌てていない。
ユーハがまた攻撃してくるだろうと読んでいたためである。
「やはりお前みたいな奴の行動は読みやすいな。」
そう言って剣が当たるギリギリまで引き付けてから躱し、ユーハの懐に一気に踏み込む。
「吹底!」
少しだけ魔装した掌底をユーハの腹に叩き込む。
ユーハは軽装鎧により身を包んでいたが、櫓の掌底により腹の部分から全体的に蜘蛛の巣状に大きくヒビが入る。
そして敵を吹き飛ばすこの技により、真っ直ぐギルドの入り口に飛ばされ、それでも勢いは落ちずギルドの前の道にズザッザザザッザザという音と共に着地する。
完全に意識は飛んでいるが死んではいない。
「そこの騎士団の女、死んではいないだろうから持って帰れよ。ギルドの前に置かれてたんじゃ邪魔だ。・・・ふぅ、さてネオン余計な時間くっちまったが武器屋に行こうぜ。」
殺気を放つのをやめネオンに話しかける。
ネオンは喋らずこくこくと頷いているが、その表情は綻んでいる。
貴族と揉め事を起こしてしまったが、自分のために怒ってくれた事に密かに喜んでいた。
二人はそのままギルドを後にする。
二人が居なくなった後、その場にいたCランク以下の冒険者や受付嬢は近くの者達と、かっこよかった、凄かったなどと話していたが、それ以外の者達の反応は違った。
「なんなんだあの殺気は・・・。Aランクの魔物が可愛く見えるぜ。」
「全くだ、あいつと戦っても何秒もつかわからないな。」
「おい大丈夫か?無理するなよ?」
「はぁはぁはぁぁ、やっと・・・息がすえる。」
「わかるわ・・・あの殺気に当てられてまともに呼吸できなかったわよね。」
こんな会話がいくつか聞こえてくる。
そして櫓と相対していたリンネはへなへなとその場に力なく座り込んでしまった。
最悪の場合ユーハ諸共殺されることも想定していたためである。
殺されなくてよかったと思いつつも、主人であるお嬢様の為に接触を図ったのにユーハのせいで結果は最悪のものとなってしまった。
そのことに頭を抱えつつも現状にも悩まされていた。
「腰が抜けてしまった・・・。」
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