132話 エンチャンター
「間も無く準決勝第一回戦を開始します。出場されるお二方は壇上にお越し下さい。」
一時間ほど勝ち進んだ者達の休息時間を経てから、司会者のアナウンスが聞こえてくる。
「行ってきますわ。」
シルヴィーが壇上に向かって行く。
「さあて、どうなるか。」
「シルヴィー様なら絶対勝ってくれますよ。」
「そうとも言えない・・・。」
ミズナも必ず勝てるとは言い切れない様だ。
ユスギはトーナメント戦で普通の体術のみしか使っておらず、予選の一回分しかあの力を使っていない。
櫓の調査の魔眼でも魔法については見えない為、どう言った魔法なのかも分からないのだ。
「お手柔らかにお願いしますわ。」
壇上に上がってきたユスギに向かって言う。
「絶対負けないぞ、最強の名は私の物だ。」
ユスギは自信満々にシルヴィーに言い放つ。
そう言えるだけの実力がユスギに有る事はこれまでの戦いで分かっているので、観客席で聞こえた者達も見た目を踏まえて笑う者はいない。
ユスギの装備は動きの邪魔にならない為、重い物は一切身に付けておらずグローブと革装備のみだ。
シルヴィーも槍を二本持ち、最初から全力で行く様だ。
「それでは、準決勝第一試合始め!」
司会者の合図と同時に両者一気に距離を詰める。
「でやあ!」
「ふっ!」
ユスギの突き出した拳とシルヴィーの振るわれた槍が激突し衝撃音が響き渡る。
力は互角で拮抗している。
「やっぱお姉さん強いね、これなら全力出せそうだ!」
「やはり強者との戦闘は胸躍りますわね。」
シルヴィーは槍で弾いてユスギとの距離を取る。
ユスギは着地と同時に地面を蹴る。
「AGIエンチャント!」
ユスギが省略された詠唱をした途端、足が淡い光りを放ちその姿が霞む程に速度が上がる。
「エンチャント使い!?」
「こっちだよお姉さん!」
回り込んだユスギが上段から蹴りを放ってくる。
ギリギリ振り向くのが間に合い、障壁の魔眼が間に合う。
ユスギの蹴りを止めたが障壁は砕けちってしまう。
しかし時間稼ぎは出来たので、追撃としてもう一発放たれた蹴りを交差させた槍で防ぐ事が出来た。
「あらら、防がれちゃったか。」
「エンチャントの使い手とは珍しいですわね。それに自分に掛けて戦うとは。」
本来エンチャント魔法を使う者は、他人にバフを付与する魔法使いが一般的だ。
しかしエンチャント魔法はあまり人気がないため、使う者自体がそれ程多くはない。
その理由は効果持続時間の短さと詠唱の長さだ。
エンチャント魔法が及ぼす効果は絶大なのだが、持続時間が五秒のみとなっていて、活かせるタイミングで使うのが非常に重要になる。
そしてエンチャント魔法の詠唱が普通の魔法の詠唱よりも長く、使い手が無防備になる時間が多いため、どうしても護衛などを付ける必要が出てくる。
これらを踏まえて攻撃魔法を有する魔法使いが二人居た方が良いと言う者が多いので、エンチャント魔法を使おうとする魔法使いは中々いないのだ。
「私はこの魔法で最強を目指すんだ。恩恵の宝珠をくれた師匠の為にも。」
「詠唱省略のスキルはエンチャント魔法の為にある様なものですわね。」
詠唱省略のスキルのおかげで詠唱時間が短くなり、最高のタイミングに合わせて使う事が出来る。
「流石だね、このスキルの価値を良く理解している。つまり勝つのは私と言う事だ、AGIエンチャント!」
再びユスギの足が淡く光り自身の移動速度を上昇させシルヴィーに接近する。
この速度が雷帝のスキルで雷を足に纏わせた櫓並の移動速度なので、シルヴィーでさえ反応するので精一杯だ。
「ここですわ!」
先程と同様に後ろに回り込まれたのを槍を振るって迎撃する。
しかし振るわれた槍を見てから余裕で避けられてしまった。
「STRエンチャント!つよつよパンチ!」
ユスギの右拳が淡く光り輝く。
シルヴィーは障壁の魔眼を使い二人の間に障壁を展開する。
しかし障壁はあっさりと砕けちってしまう。
なんとか片方の槍で拳を受ける事が出来たが、想像を絶する重みがのし掛かり、支えきれずに身体ごと後ろに吹き飛ばされる。
槍を地面に突き刺して減速したり、魔法を唱えたりする時間もなく一瞬で壇場外の壁に破壊音を響かせながらめり込む。
「かはっ!?」
シルヴィーは壁に叩きつけられた衝撃に耐えられず、意識を失い地面に倒れ伏した。
壇上外でも魔法道具の効果は及んでいるので死ぬ事は無い。
「シルヴィー選手場外により、勝者ユスギ選手!」
司会者のアナウンスに会場が沸く。
ここまで圧倒的な強さを見せてきたシルヴィーが、手も足も出ずにやられるとは誰も想像していなかったのだろう。
櫓達もここまで一方的な戦いになるとは思っていなかった。
(ユスギの実力は相当なものだな。シルヴィー仇はとるぞ。)
あの尋常では無い速度も櫓ならば対応出来るので、怖気付くどころか早く戦いたくて仕方なくなっていた。
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