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伝説の魔獣

太陽の日差しが木葉の間から差し込み、闇のように黒い狼に降り注いでいた。

立ち姿は成人した大人の身長を悠に越え、僅かに溢れ出している魔力だけでその場を支配出来てしまう存在。

それが、伝説となった魔獣の偽りの無い姿だった。

圧倒的な魔力の前で、身動きすら取る事も出来ずにその場に縛り付けられたルルーシュは、今目の前で起こっている出来事をありのまま理解する。

400年ぶりに姿を現した瞬間にこの場を制圧した黒い狼は、小さなフィリシアを見つめる為だけに、膝を折り体を伏せ視線を合わせていた。


「ヴォル、遅くなってごめんね。それから、約束を守ってくれてありがとう」


フィリシアは自分の体程あるしっぽから離れると、すぐそばまで寄せられていた一口で呑み込まれそうな大きな口の上にある鼻先へと、躊躇う事なく飛び付いている。


「わたし…ヴォルを縛り付けてしまって…ごめんなさい…。もう、ヴォルの好きにして良いって伝えに来たの」


涙に滲んだ瞳で、別れの言葉を紡ぐフィリシアを、黒い狼は不満を伝えるように鼻先で僅かに押し返した。

僅かな動きでも、小さなフィリシアの体ではかなりの衝撃があり体は後ろに大きく傾いたのだが、それも見越していたかのように、柔らかな尻尾が衝撃を受け止めるように回されている。


『お前、迎えに来たんじゃねぇの?』


一気に場の重力が増したように感じられるのは、黒い狼が放つ魔力が増えたからだろう。

近くの木々に止まっていたであろう鳥達は、危機を察したかのように一斉に飛び立っていた。


「勿論、迎えに来たのよ?だから、後はヴォルが好きな…」


『ばぁか、ちげぇだろ』


フィリシアの言葉を遮った黒い狼の声は、呆れ切っている。


『お前が迎えに来る来ない関係なく、俺はいつでも好きにこっから動けたし、今も動けんだよ。それでもここに居たのは、帰る場所を知らされてなかったからだっつうの。たたの迷子だ迷子!』


存在だけで他者を圧倒する程の魔獣が、恥ずかしげもなく"迷子"だと言い張るそんな不思議な光景を目にすると、さすがにルルーシュも黒い狼が哀れに思えて来た。


「フィリシア、迎えに来たのならきちんと家まで連れて帰るべきじゃないかな?」


ふたりでのやり取りに口を挟まれ不満だったのか、黒い狼の金色の瞳が鋭く光ったように見え咄嗟に身構えたものの、一瞬のうちに視線はフィリシアへと戻っている。

黒い狼には、フィリシア意外はどうでも良い存在なのだろう。今までそんな扱いを受けた事の無かったルルーシュではあるが、それも新鮮でどこか楽しくもあった。


「わたしも会うまではそのつもりだったんだけど…今のヴォルの大きさじゃ、ランティスの屋敷に入らないと思うから」


だから連れて帰れないと、別れを選ぶフィリシアには、何と言うか思うところが多々あるが、何でこんなに大きくなっているのかと、本気で悩んでいるらしく、う~んう~んと唸っている姿は可愛く見える。

それは黒い狼も同じらしく、鼻を擦り寄せてはフィリシアを揺さぶっていた。


「でも魔獣は魔力が高ければ、人型を取れるんじゃないのかな?」


魔獣のフィリシアに向ける溺愛と言っても過言ではない懐き方を思えば、引き離したら最後感情のままに災害を起こしかねないとの思いを隠し、ルルーシュが進言してみれば、魔獣の両耳がピンと尖り立ち上がる。


『お前、ちっさいくせに良く知ってんな』


と言ったかと思うと僅かに空間が歪み、黒髪に鋭い金色の瞳を持った精悍で美丈夫な青年が現れた。

しかも狼の尻尾に体重を預けていたフィリシアは、ちゃっかりと美丈夫な青年が抱き上げている。


「ヴォル契約しなくても、人型になれるの?」


思いのほか近くなった青年の顔を両手で挟みこんだフィリシアが知らなかったとばかりに驚いて見つめていると、魔獣である青年はそのまま鋭い視線を緩め小さな額へと口付けた。


「契約があった方が楽っちゃ楽なんだけど、まぁ大人しく400百年ちょっと魔力溜め込んでっから、問題ない。それに今のフィンじゃ契約しても寿命縮めるだけになりそうだしなぁ。契約はやめとこうぜ」


迎えを待っていた筈の魔獣が、あっさりと契約をしない意思を伝えたのにも驚くが、それを「そっか」だけで納得するフィリシアにも驚く。

契約を交わさなくても、側にいるという事だけは決定事項となっているのか、ランティスの屋敷の様子を聞きたがる魔獣の青年に、フィリシアも身振り手振りで話し出した。

魔獣に、フィリシアを傷つける意思は全くみられない。傷つけるどころか、どこまでも甘やかして駄目にする恐れの方が強いだろう。

もし、フィリシアがこの国で一番になりたいと言えば、この魔獣はそれすらも叶えてやれる力を持っているのだ。

王都を今も守護しているとされる三体の精霊で、この魔獣を止める事が出来きれば良い。

だがもし万が一それが出来なかったら…万が一魔獣が暴走した時は、考えれば考える程不安しか浮かんでこなかった。


「契約は必要ですよ。あなた程の魔獣が契約も無しにフィリシアの側にいるとなると、周りの者の不安は計り知れない。その不安からフィリシアの命を狙う者も出てくる恐れもあるし、監禁される恐れだってある。人は不安に弱く、その不安から逃れる為であれば、愚かな行動にも出ますから」


苦い笑みを浮かたルルーシュに、魔獣も思うところがあるのか、形の良い眉を見て分かるくらいはっきりと寄せていた。

圧倒的な魔力で有無を云わさず粛清すると言い出すかとも思ったが、他人の意見を聞くくらいはするらしい。

だからといって、温厚とはとても思えないし、今までの態度からしても傍若無人と言った方がしっくりくる。


「お前がフィンの事考えてくれてるみてぇだから教えてやっけど、精霊と契約すんのと魔獣と契約すんのじゃ根本的に違うところがあんだよ。精霊は元々自然界の生き物だから、あいつらと契約しても、人の体には特に負荷はかかんねぇ。だが魔獣は本来別次元の生き物だかんな、持ってる魔力が桁違いなのは人や精霊とは素となる性質が違うってだけの事だが、その違いが人の体に影響すんだろうな。まぁ個人差と相性ってので随分変わってくんだけど、確実に寿命は縮まってる筈だ」


話についてきているか確かめるように金色の瞳が向けられ、ここからが本題だと言うように、腕に抱いたままのフィリシアの頭を撫でている。

フィリシアの方は、特に深刻に捉えていないかのように明るい笑顔を浮かべていた。


「ぶっちゃけた話、フィリシアと契約をするのに、フィリシアの魔力量は関係ねぇ。無ければ負荷がかかる分だけ、俺から魔力を注げば良いだけだかんな。問題なのは、フィリシアの魔力を蓄える容量が今の時点でマックスって事だ。どんだけ俺が魔力を注いでも、受け取れねぇんじゃ意味ねぇし、無理して契約してもフィン殺しちゃ本末転倒だろ?それに、契約してもしなくても、フィンを利用しようと近寄ってくる奴は絶対に出てくる。意味ねぇんだよ」


正しくその通りだと、ルルーシュが苦い笑みを洩らすと、魔獣の青年は、疲れた様子で肩を落とす。


「なぁ、お前さっきから普通に話しかけてきてっけど、俺の事怖くないの?」


暫しの静寂が流れた後、静まり返ったこの場の雰囲気を壊すように喜ぶように声をあげたのは、フィリシアだった。


「じゃあ、友達になれるんじゃない?」


良かったねと続いたその声に引き寄せられるようにルルーシュが視線を上げた先では、魔獣の青年が面倒臭そうな表情を見せている。

到底友好的には思えない魔獣の青年の何処を見てそんな事を言い出したのかと、ルルーシュが内心困惑していると、フィリシアは改めて、魔獣の青年を紹介し出した。


「ルルーシュ様、彼の愛称はヴォル。こんな見た目をしていますが、実は子供好きで面倒見も良いので仲良くしてあげてくださいね」


フィリシアの言葉を疑う訳ではないものの、子供好きでその態度は無いと思うのだが、自分が子供だから魔獣も話を聞く気になったのかと納得はできる。

フィリシアにしてもこの魔獣にしても、外見と中身が全くかみあっておらず予想外も良いところだ。

そんなふたりを相手に、1人で深刻に考えていたかと思うと、笑い声が溢れ出していた。


「そっか、僕も友達にしてくれるんだ。初めましてヴォル。僕はルルーシュ・アシュレン、これから仲良くしてもらえると嬉しいよ」


久しぶりに声をあげて笑っていると、魔獣の青年ヴォルもニヤリと笑みを浮かべている。


「ちっせぇんだから、難しい事ばっか考えてないで、そうやって笑ってりゃ良いんだよ、ばぁか」


そう言って伸ばされた長い腕に頭を撫でられ、無償に恥ずかしくなった。


「ルルーシュかぁ…そんじゃお前はルルな」


何の捻りも無い愛称に、「女の子みたいじゃないかな?」とフィリシアに不満を洩らすしていると、「他に縮めようがねぇじゃねぇか」と、ヴォルか返してくる。

「可愛くて良いと思うよ?」とフィリシアが嬉しそうに笑っているので、「じゃあ、フィリシアもそう呼んでくれて良いよ」といってみれば、余計に笑みが深まっていた。

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