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再び始まる前日

フィリシア・ランティスは先々月5歳の誕生日を迎えていたのだが、思わない足止めにあっていた。

というのも、ランティス家には代々魔力を持って生まれてくる者は少なく、その少数の者の魔力も、決して強いわけではなかったというのが一番の問題らしい。

絶対と言う訳ではないが、魔力は代々血筋で受け継がれる事が多く、ランティス伯爵令嬢にその資格があるのかと、アシュレン侯爵家からストップがかかったのだ。

アシュレン侯爵家からしてみれば、伯爵令嬢を東の森へと招き入れ、何か取り返しのつかない事故にでもあわれてはたまったものじゃないといった所なのだろう。

しかもフィリシアの魔力が特別強い訳でもない為に、慎重にならざるおえなかったらしい。

だが東の森に入る絶対条件は、精霊が見える事のみとなっているので、東の森に入る為の最低条件をクリアしているフィリシアを、一方的に拒否する事は出来ない。

苦肉の策としてランティス侯爵家が出してきたのは、それを証明する為に、幾つかの試験を受けて欲しいと言う事だった。

その要請をのみ、どうにか東の森に立ち入る許可を得る事の出来たフィリシアは、今日漸くアシュレン侯爵家の所持する東の森の近くにある別邸へと足を踏み入れる事が出来たのだ。

別邸と言うには広く豪華な建物で驚いているフィリシアに、ここは他家の子息や令嬢方が、東の森に入られる時に貸し出される為だけに作られた建物だと教えてくれたのは、初老の執事だった。

彼はアシュレン家に勤めた当初から、魔力持ちとしてこの屋敷のみを切り盛りしているらしい。


「東西南北にある森の中では比較的穏やかな場所ではありますが、5歳のご令嬢が足を踏み入れられるのは初めての事でして、決して無理はなさらず、危ないことも控えられて下さいませ」


孫を見るような優しげな瞳を向けられ、フィリシアも笑顔で頷いていると、後ろに控えて控えていた肩の上できっちりと切り揃えた栗毛の侍女アナリスが、はっきりとした口調で返事を返した。


「この度は、お嬢様の我が儘にアシュレン侯爵家の方々を振り回す事となり、大変申し訳ございません。森の中で起こった事は、ランティス伯爵家の責任の下処理いたしますので、ご容赦下さいませ」


深々と礼を見せるアナリスに、初老の執事は笑みを浮かべている。


「精霊や魔獣が好む森とはいえ、彼らは余り人前に姿を現してはくれません。ましてや、契約ともなると、余程彼らに気に入られなければ難しい事なのです。ですから、くれぐれも深追いされませんようお気をつけ下さい」


何よりも夢中になり過ぎて、いつまでも森をさ迷わないようやんわりと釘を刺されたのだろう。

聞き分け良く、その言葉に頷いていると、玄関前の螺旋階段から1人の少年が降りてくるのが見えた。

露かな金色の髪に、深く澄んだ湖の色を放つ瞳。見惚れてしまうほど精巧で美しい容姿をした少年は、絵画で描かれた天使のようだった。

淑女教育で他者を食い入るように見るのは失礼だと習った事も忘れて、目が離せないでいると、少年は初老の執事の下まで歩み寄ってくる。


「ランス、こちらがランティス伯爵のご令嬢かい?」


フィリシアよりも頭ひとつは背の高い美少年は、いつまでも張り付いて離れない不躾な視線が気に入らなかったのか、綺麗な眉を僅かに動かした。


「はい。今日はもうお昼も過ぎましたので、もしご希望であれば明日にでも東の森へとご案内しようかと思っております」


今後の予定を穏やかに話すランスに、今から行きたいとは言える雰囲気でもなく、フィリシアも開きかけた口を閉じる。


「そうか」とだけ返した美少年は、改めて流れるような身のこなしで、綺麗な礼を向けてくれた。


「初めまして、アシュレン侯爵の長男ルルーシュ・アシュレンです。こちらで、何かお困りな事があれば、いつでもご相談ください」


その立ち居振舞いにも見惚れていると、アナリスから小さな咳払いで注意を促され、慌ててフィリシアも淑女の礼を返す。


「初めまして、ランティス伯爵の次女フィリシアと申します。今回は、我が儘を聞いて頂き誠に感謝しております」


誰もがフィリシアの我が儘だと言うので、それが一般認識なのだろうと口にしただけで、特に悪いとは思っていないのが伝わってしまったのか、ルルーシュの表情は苦い笑みを浮かべていた。


「精霊が見える時点で、こちらに来るには十分な資格を持っておられるのに、父が要らぬ気を使ったせいで、2ヵ月も足止めした形になったのをお詫びする方が先かも知れませんね」


考えていたことを口にしてしまったのかと戸惑っていると、ランスが咎めるようにルルーシュを見ている。


「ですが、先ほどランスが言った通りです。精霊が見えても、契約を交わせる確率は凄く低い。たかだか、2ヵ月遅れたからと言って、変わらないんだよ」


天使のような美少年に冷たく諭されていると、ランスが申し訳無いとばかりに、頭を下げた。


「申し訳ございません。ルルーシュ様は5歳の頃から、東の森へと向かわれるご令嬢に付き添っておいでなので…」


ランスの濁した言葉を、ルルーシュは軽く軽蔑したような眼差しを向けながら、返してくる。


「フィリシア嬢にも先に断っておくが、僕が君達に付き添うのは、魔力が極端に少ないからだよ。いくら、他の森に比べて穏やかだと言っても、危険が無いとは言えないからね。アシュレン家の義務として以外、僕個人の感情は無い事だけは理解していて欲しい」


はっきりと、そこに恋愛感情は無いと告げてくるのは、これまでに色々あったのだろうとと何となく理解すれば、フィリシアは満面の笑みを返した。


「ルルーシュ様は美少年ですものね。ご令嬢方が勘違いなさりたい気持ちもわかりますわ」


フィリシアの返答が予想外だったのか、今度ははっきりと分かるように眉間に皺が刻まれている。


「でも、わたしは今回とても大切な約束を果たしに来ただけですので、ご安心下さい。恐らく滞在日数も、僅かですむと思いますし」


ほんの数日我慢して欲しいと言語に忍ばせれば、疑わしそうな視線が濃くなっていた。


「約束?」


今まで誰にも口にした事のなかった事をつい言葉にしてしまい慌てていれば、アナリスやランスからも疑いの眼差しが向けられてくる。


「約束というか、迎えに来ただけというか…。何と言えば良いのか解りませんが、目的地は決まっていますし…夢で見たというか…そう夢でお告げがあったんです。ですから、ルルーシュ様が無理して付き添って頂かなくても大丈夫ですよ?」


とても怪しい説明になったと思っていると、アナリスが呆れたように、深いため息を洩らした。


「お嬢様の夢のお話は初めてお聞きしましたが、さすがに森で迷子になられては困ります。ここは、森に慣れてあるルルーシュ様に付き添いをお願いして下さい」


「そうですよフィリシア様、ルルーシュ様が失礼を申し上げ誠に恐縮ではございますが、決して付き添いを拒んであられるわけではございませんので、何とぞご了承下さい」


何故か二人とも必死に言い募っているが、フィリシアは特に怒っている訳でも、臍を曲げているわけでもない。

どちらかと言えば、求めてもいない好意を寄せられ辟易している風のルルーシュを気遣っての事だった。


「夢が正夢とは限らない以上、アシュレン侯爵家の義務として、付き添うに決まっているだろう」


執事と次女を宥めるように結論を口にしたルルーシュは、不思議な者を見るような目で、フィリシアを眺めると、大きく肩を挙げて見せる。


「ごめん…失礼な態度を取った。でも、先に失礼な態度を取ったのは君の方なんだよ。人の顔をじっと見つめるのは不躾だと、マナーの授業で習わなかったかい?」


幾分か柔らかくなった雰囲気に、心当たりのありすぎたフィリシアは、素直に頭を下げた。


「ごめんなさい。あまりにも綺麗だったから、つい見惚れてしまいました。次からは気を付けます」


言葉で誤魔化す事もせずに伝えれば、同時に呆れた溜め息と、穏やかな笑い声が漏らされる。


「お嬢様、ランティスのお屋敷に戻りましたらマナーの勉強をやり直しましょうね」


リナリアの言葉に、フィリシアも力無く頷けば、ランスが頃合いだとばかりに、部屋へと案内してくれる事になった。

さすが、アシュレン侯爵家の執事は空気を読むのも上手いと、その後に続いて歩き出したのだが、何故かルルーシュも隣をついて来ている。

どうしたのかと、隣を歩くルルーシュを見上げて見ても、精巧に整った横顔は綺麗なだけで、何も読み取る事は出来なかった。



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