序章
何となく思うままに書いているので、のんびりな感じになるんじゃないかと思います。前向きな主人公になってくれたら良いな…。
この世界は、魔法と魔獣と精霊と沢山の不思議でなりたっている。だからフィリシア・ランティスに前世の記憶があっても、本人は特別な事ではないと思っていた。
だがフィリシアが前世の記憶がある事を、誰かに話したことは無い。というのも、この国の者であれば誰もが幼い頃から、物語のように語り聞かされる、セナティスの守護女神の記憶だからだ。
この国がまだ小さな国であった頃、諸外国の度重なる侵略から国を守りぬきついには制圧まで果たしたレティナス初代国王と共にあった4人の魔法使いと四大魔獣。
初代国王の手によって残された記録は、王から王にのみ伝えられ門外不出となっている為に、人々は先祖から伝え聞いた話を、子供に話して聞かせ、今では物語のように語られるている。
そんな状況で、守護女神とされている人物の記憶があるとでも口にしようものなら、大変な騒ぎになることは分かりきった事で、下手したら詐欺罪に問われかねないのだ。
何せフィリシアの記憶は情景であったり時系列であったり、朧気な部分が多くある。
それでも前世の記憶だと言い切れるのは、ただ1人といえば良いのか一体といえば良いのか、今では聖なる野獣と伝説になった真っ黒な狼の事だけは、詳細な所まで覚えているからに他ならない。
決して言い伝えられている史実では知り得る事が出来ない艶やかで少し固めの毛並みの感触も、成人女性の身長を軽く超える狼の大きさも、フィリシアは覚えていた。
気性の荒い狼がこの国から姿を隠して400年余りの年月が経った現在、彼の残した功績が伝説となり聖なる魔獣とまで崇めたてられているのは驚きでしかないのだが、人から人へと伝えられる話というのは、そんなものなのだろう。
言い伝えの内容は捨て置き、フィリシアには果たさなければならない約束があった。
人々のまえから姿を消して400年余り、自分が聖なる魔獣と呼ばれている事など知る事もなく気高くも孤高な狼は、一途に約束を守り続けあの深い森の中で、今も待ち続けているのだ。
絶対的に縛り付ける"契約"ではない、なんの拘束力も無い"約束"を守るだけのために…。
『泣かないで◯◯◯◯◯◯…人の一生はあなたよりもずっと短いの、でも生まれ変わったら私あなたに会いに来るから、それまでこの森でアシュレン地方を守っていてくれないかしら』
してはいけない願いだった。いくらこのセナティス王国が国として若く安定していなかったからといって、いつ生まれ変われるかすら分かってもいないのに、託して良い願いでは無かったのだと、今さらながらに自分の身勝手さを実感する。実際、400年も経ってしまった。
『まぁ、暇だからいいけどなぁ。お前本当に迎えに来るんだろうな。生まれ変わって忘れましたじゃ許さねぇから…つうかいっそ魂と契約し直すか…。それだったら生まれ変わっても、魂が記憶してれば間違いはねぇしな』
良いことを思い付いたと、機嫌良く笑った黒い狼は、自分の持つ魔力を辺り一面に放出しだした。かとおもえばその果てしはい程の魔力は徐々に凝縮されていき、独特な文字の形を成した後、フィリシアの体の中へと溶け込んでいく。
その一連の光景を目にして苦笑いを漏らしたのは、黒い狼が口にした契約ではなく、一方的に掛けられた呪いの魔法だったからだ。元より契約する魔力も生命力も、もう残ってはいないののだから、他に方法も無いのだろう。
『契約じゃなくて、呪いじゃないの。まぁ、◯◯◯◯◯◯らしいといえばらしいけど』
『縛りはかわんねぇんだから、どっちも一緒だろ!』
乱暴な言葉とは裏腹に、優しい響きのその声はどこか寂しさも含んでいた。
『この体は、あなたにあげるわ…』
もう言葉も紡げない程に意識は混濁している。
『ばぁか、もう寝ろ。頑張り過ぎなんだよお前は…』
瞼をの上に置かれた掌の温度は伝わってきているはずなのに分からなかった。最後に伝えたかった『ありがとう』も、結局は伝えれなかった。それが、フィリシアの前世の終演。
最後の瞬間に黒い狼がかけた"呪い"は、この世に生を受けたと同時に時に発動したのだろう。
生まれでた時点で、前世の記憶はそのまま受け継がれていた。ただ年々黒い狼意外の記憶が朧気になっていくのは、"呪い"がフィリシアの前世の記憶ではなく、黒い狼に限られていたからだろう。
あの黒い狼らしいと言えばそうなのだが、"呪い"は思い出すだけで、後は自分で会いに来いと言うことらしい。
彼の魔力量と強さを考えれば、生まれ変わった時点で自分の下に強制送還出来た筈なのにだ。
「せめてアシュレンに生まれていれば、東の森に近づけたかもしれないのに…。このランティスの地からとなると、4歳の幼女じゃ到底無理よねぇ」
セナティス王国の東に位置するアシュレン地方は、今世フィリシアの生まれたランティス地方の隣の隣の隣に位置していた。
生まれ変わって4年と数ヶ月、伯爵令嬢として生まれた為に、ランティスの城下にすら一人で出歩く事は許されたことは無い。
だが5歳になれば契約者を探す為に、魔力を持つ者に限って東の森に入る事が許されるのだ。
というのも魔力を持つ者全てが、精霊や魔獣と出会える訳でもましてや契約できる訳では無いせいだろう。
しかも運良く出会えたとしても契約に至るまでには数年程掛かる者も多く、契約者を得たい者であれば早くから取り組むというのが一般的な考えにある事だけが、今のところ唯一の救いだ。
以前と比べると魔力量は雲泥の差があるものの、フィリシアにも魔力はあるので、契約者を探すという大義名分の下、『約束』を果たす為に会いに行けるのだから。
400年もの間待たせているので、今さら焦っても仕方ないと割りきったフィリシアは、ただ5歳の誕生日が来るのを待ち遠しく思うのだった。