[短編]哀情

作者： key@miz

俺には可愛い彼女がいた。

素直で明るい性格でスタイルもよかった。

「え、お前あの女と付き合ってるの？」

「お幸せに！w」

だが、周囲からはよく馬鹿にされていた。

それでも俺は、彼女が好きだったんだ。

彼女は頭が悪かった。

高校を中退し、通信制の学校を4年かけて卒業。

いい職に付けず、派遣社員として日々努力していた。

それでも、彼女は笑顔を絶やさない強い子だった。

そんなある日、たまたま俺の耳にある噂が入った。

『彼女は、中学時代に周りの男によく騙されて性欲処理に使われていた。』

さらに、俺らは友達の紹介で付き合い始めたのだが、彼女が妊娠していても俺に責任を押し付けられるという算段だったらしい。

付き合って1年は仲良く過ごしたが、それも段々と恥ずかしくなっていった。

周りの目を気にしはじめていた。

彼女は、俺に甘えたり、気を引こうとしていたが、その行動さえもウザく思えてしかたなかった。

大学でいい結果を出せずにいた俺は、彼女に冷たくするようになっていった。

ある日、風邪で寝込んでいる俺のために、彼女が家に来るということになった。

嫌な予感はしていたが、それは的中した。

皿を割る・洗剤をこぼす・生乾きの服をベットに置く・お粥は煮えすぎてまずい。

極めつけは、俺が大事にしていた零戦のプラモをぶっ壊したことだ。

棚を掃除しようとして落としたらしい。

俺は完全に頭に血が上っていた。

「何やってるんだよ、もう帰れ！！」

そう叫びながら彼女を突き飛ばした。

彼女は泣きながら、

「ごめんね。」

と、つぶやくと、

立ち上がり玄関へ。

扉の閉まる音が虚しく部屋に響いた。

それから一週間後、彼女は交通事故にあった。

連絡を聞き病室に駆け込むと、医師が、

「ご家族の方ですか？」

と言ってきた。

俺は首を横に振った。

「お友達？よかった。家族の方と連絡が取れなくて困っていたんです。」

そう言って医師は彼女の酸素マスクを取り、一言残して部屋を出ていった。

「手を尽くしましたが、今夜が最期です。」

──どれだけ時間が経ったのだろうか、深夜になり彼女が目を覚ました。

彼女は俺に手を伸ばした。

その手を握ると、彼女も俺の手を握り返してきた。

もう、ほとんど力もなかったが、

「ごめんね、私……ゆうくんのこと考えてたら信号……見てなくて…………」

片目を塞いだ包帯が血で滲んでいた。

「この間はごめんね、またゆうくんの家に行ってもいいかな？」

「あぁ、いつでも来いよ…。元気になったら。」

彼女はいつものように微笑んだ。

「ゆうくん……」

「料理でも掃除でも教えてやるから、早く怪我治せ……な？」

俺はきっと、彼女のあの笑顔を一生忘れないだろう。

「ありがと────」

その後のことはよく覚えていない。

医師と看護師が慌ただしく入ってきて、彼女の亡骸を処理するのを、ただ眺めることしか出来なかった。

後日、彼女の葬式が行われた。

葬式も告別式も、全てが事務的だった。

悲しんでいる人はいなかった。

「ああめんどくさい。」

と愚痴をこぼすやつもいたと思う。

そして、家族に頼まれ、俺が彼女の家を整理しに行った。

古ぼけたアパートで、部屋も狭かった。

相当質素な生活をしていたのだろう。

机の上にある手帳をおもむろに開いた。

そこには、俺との日々のことばかりがびっしりと書き込まれていた。

日付は事故の前日で止まっていた。

『ゆうくんの大切な零戦をプラモデル屋さんで作った。お店の人に手伝って貰ったけど、上手にできたかな？』

『明日はこれを持ってゆうくんの家に行こう。』

『掃除も、おかゆの作り方も練習したし、ゆうくん喜んでくれるといいな……』

そこからは読むことが出来なかった、視界が歪み、涙が流れた。

数時間ほど、彼女の部屋で泣いていた。

大学を卒業し、社会人になった俺。

あれからは誰とも付き合っていない。

辛いことや、苦しいことがあっても、彼女の笑顔を思い出すと心が暖かくなる。

もし願いが一つ叶うなら、この愚かな俺に、

もう一度彼女に合わせてほしい。

短編です。

シリーズのほうを書こうと思ったら出だしで詰まりました。(言い訳)

……思いついたから書いてみたくなっただけです。(本音)

ストーリー的な被りが見られたら教えてくれると助かります。

読んで下さり、ありがとうございました。