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今井陽介

 俺のクラスには、とても綺麗な人がいる。彼女の名前は葛城美羽。いつも読書している、いわゆる文学少女だった。

 中学三年生になって初めて教室に入ったとき、まるで目が吸い寄せられるかのように、彼女が視界に入った。顔は普通。だけど背筋がピンと伸びていて、とても綺麗だと思った。

 それに、いつも無表情で読書をしているけど、たまに表情を崩すのだ。その笑顔がとても可愛らしくって……いつの間にか目で追うようになっていった。


 いつも話しかけようと思っていた。だけど、いざその時になると何も言葉が出なかった。

 ああ、情けないなぁ。そう思いながら日々を過ごして、一月ひとつき経った頃。



「あ、ハルティア戦記!」


 葛城さんが読んでる本を見て、俺は思わず声を上げた。『ハルティア戦記』。ぶっちゃけ読書はそれほど……な俺でもすんなりと読めて、めっちゃ面白かった本!


「葛城さんもその本読むんだ! 俺も好きなんだ、ハルティア戦記!」


 興奮しながら言い終わって葛城さんを見ると、目をぱちくりさせていた。

 ……あ、これ完全にミスった。テンション高すぎた。絶対引かれている。もしかしたら、無視されるかも……。

 けどそんな心配は無用だったらしく、少し緊張した面持ちで、葛城さんは言った。


「い、今井くんも? 私も、まだこの巻までしか読めてないけど、とっても好き」

「本当っ!? それ発売されたの俺たちがまだ三歳くらいの頃だろ? だからあんまり読んでる人いなくて……」


 そこまで言って、ふと、ある案が思い浮かんだ。


「ねぇ、今日の放課後空いてる?」


 ごくり、と唾を飲み込んで、真剣な表情で訊く。この提案を受け入れてくれたら、葛城さんと話せるし、『ハルティア戦記』のことも話せる!

 だけど、押しすぎかな? 気持ち悪がられたりしてないかな……? 不安になって、葛城さんを見る。

 けどその不安は杞憂だったようで。


「う、うん。もちろん」

「じゃあさ、一緒にどこか行こ? 葛城さんといっぱい話したい」

「うん、いいよ」

「やった!」


 思わず歓声を上げて、葛城さんの手を振る。


「これからよろしく、葛城さん」


 葛城さんを見ると、満面の笑みを浮かべていた。やばい。すっごい可愛い。

 しかも、これから毎日この笑顔を間近で見られるのかもしれないなんて……嬉しすぎる。

 あまりにも嬉しすぎてその後の授業をぼうっと過ごしたのは秘密だ。




 それから平日は毎日学校近くの公園で待ち合わせをして、色々話した。と言っても『ハルティア戦記』のことばかり。楽しいけど、なんか物足りないというか……。


「つまり、本のことに関係なく、その子自身の話を聞きたいって陽介くんは思ってるんだね」

「たぶん……。だけど、葛城さんの話を聞きたいって伝えたら、あからさますぎるよな……」

「うーん、それくらいで良くない? 陽介くんの話を聞く限りその子鈍感そうだし……」

「だけど、万が一気づかれたらなぁ……」


 コップに入った炭酸を飲みながら、俺は従兄弟の誠に少しばかり相談していた。

 ちなみに、ここは誠の父……俺の伯父が経営するカフェだ。落ち着いた内装で、センスがいいと素直に思う。……そんな店で炭酸は……うん。ちょっと合わないかな。


「……陽介くんって意外と奥手なんだねぇ」

「うるさいっ!」


 誠はニヤニヤと笑っていた。絶対からかってやがる。


「まぁ、じゃあデートに誘ってみたら?」

「で、デートっ!? は、はは、ハレンチだ!」

「……陽介くん、父さんみたいなこと言うねぇ」


 ケラケラと笑う誠。言われた経験があるのだろう。

 ……ムカつくことだが、誠はモテる。しかも今は花の大学生。きっと経験も一度や二度ではない……。


「やっぱ誠ムカつく」

「まぁまぁ。とりあえずデートとは言わずに……お茶に誘うような感じで言ってみたら? あと本屋巡りとか、その子……葛城さんだっけ? そういうの好きそうだし」

「……お茶にします」


 こんなこと言ってはなんだが、俺がまともに読んだ本なんて『ハルティア戦記』くらい。本屋巡りなんて……ちょっと耐えられそうにない。それに本屋は静かだから、葛城さんとあまり話せないだろうし……。

 だけど、本屋巡りに誘ったら本当に喜ぶんだろうなぁ。それが心残り。葛城さんは本を中心に生きてるから、できる限り喜ばせてあげたいけど……。ごめんなさい。心の中で謝っておく。

 さて、そうと決まったら誘わなければ。


「頑張ってね」

「……ガンバル」


 誘うときのことを考えて緊張しながら答えると、誠はまた笑った。




 それからというもの、俺は葛城さんをお茶に誘おうと思った。言おうとした。けれど、いつも直前になって勇気が出なくて……。



「あ、あの……明日も、どこかで話さない? ほんとう、私、人と語れるのが嬉しくて……」


 ある日の放課後。今日こそ、と思いながらも、結局言えず仕舞いで帰ろうとしたら、葛城さんが言った。

 照れながら、不安げに言う彼女。俺は彼女もそう思っていたことに驚いて……笑った。


「うん、そうだね。俺も葛城さんと話したかったし」


 そう言うと、葛城さんは安心したように表情を緩めた。可愛い。葛城さんの笑顔を見ると、心の底から喜びが溢れ出してくる。

 だから、つい言ってしまった。



「それに、葛城さんのこともっと知りたいな」



 葛城さんはその言葉を聞いて固まった。

 あ、やばい。


「じゃ、じゃあ、明日の十時にここでどう? その後どこかのカフェに行こう?」

「え、あ、うん、良いけど……」

「良かった。じゃあ、また明日ね、葛城さん」

「う、うん、またね……」


 早口で言って、俺はその場を足早に去る。そして、公園から見えなくなったところでしゃがみ込んだ。

 ああ、やばい。言ってしまった。やってしまった。気づかれてないかな……?

 赤くなった頬は、絶対に夕日のせいじゃなかった。




 翌日、緊張や羞恥からあまり眠れず、俺は約束の十時よりかなり早く公園に行くことにした。

 五月とはいえ、もうこの時間となると暑い。だからと言って半袖だと風が冷たいから、どうしようもない。

 そう言えば、葛城さんとお茶できるって喜んでいたけど、今日話すのはまた『ハルティア戦記』のこと。……少し、悲しい。いつか、ちゃんと本以外のことでも会話できたらいいな。

 そう思っていた頃。葛城さんが遠くからやって来た。葛城さんは俺に気づくと、慌てて駆け寄ってくる。


「あ、あの、遅くなってごめん」


 そう、申し訳なさそうに言った。俺は慌てて首を振る。


「大丈夫だよ。むしろ、俺も気を遣わせちゃってごめんね」


 実際、早く来たのは俺だ。


「そ、そんな! 今井くんは悪くないよ!」


 葛城さんは優しいなぁ。だけど俺が気を遣わせちゃったのは事実で。苦笑いしていると、葛城さんは不満げな表情を浮かべた。

 少し重たくなった空気を切り替えようとしたとき、ふと誠の言葉が脳内に響いた。


 ──……陽介くんって意外と奥手なんだねぇ。


 ……認めるしかない。確かに、俺は奥手だ。葛城さんに拒絶されることを恐れて、何もしない。

 結局このお茶……で、デートも、誘ってくれたのは葛城さん。すごくかっこ悪い。

 葛城さんにはかっこいい所を見せたい。そう思っていても、俺は何もしなかった。だからかっこ悪いまま。

 ……俺は少しの勇気を振り絞って、葛城さんに手を差し出した。ちなみに、言葉にする勇気はない。

 葛城さんはきょとん、と俺の手を見つめて……。


「あ、その……今井くん、私手を繋ぐのはちょっと……」


 ……すっごい落ち込んだ。


「そっか……」


 先ほどよりもさらに重い空気が満ちる。……気まずい。


「ええっと……今井くん、行こう? そう言えば、カフェってどこかな? 私、カフェなんて初めて」


 笑顔を浮かべる葛城さん。

 ……そっか、「初めて」なんだ……。

 葛城さんが初めてカフェに行く相手が俺。すっごい嬉しい。思わずニヤける頬を引き締めて、「じゃあ、行こっか」と言って歩き出した。

 葛城さんの、初めてのデート。初めてのカフェ。それを、俺がもらうことができた。嬉しくてたまらない。




 カフェと言っても、向かうのは伯父の店。恥ずかしながら、俺はあまりカフェとか小洒落たところには行かない。友人と遊びに行くときも、大抵がゲーセンかファミレス。どんなカフェがあるのかよく知らないのだ。

 カランカラン、とドアに取り付けられたベルが鳴る。


「やぁ、陽介くん。いらっしゃい」


 カウンターでは誠が気安げに手を振っていた。


「……今日、土曜だよな? 何で誠がいるの」


 半眼になりながら訊くと、誠はカラリと笑った。誠は土日は必ずバイトか遊びに行くかして、カフェにはいないはずだった。……なのに、何故か誠がいる。


「バイトのシフト、代わってって頼まれてね。多分、別の日に用事が入ったんじゃない?」


 誠はニマニマとした笑みを浮かべていて……信じられない。疑わしい。絶対楽しんでやがる。


「ほら、彼女を置いておかないの」


 と誠に葛城さんを示しながら言われて、俺は慌てて葛城さんに言った。


「ごめん、葛城さん。じゃ、座ろっか」

「ちょっと陽介くん、僕の紹介は?」

「要らないだろ」

「ええっ!?」


 絶対に必要ない。だって、誠はモテる。葛城さんが誠に……ほ、惚れたりしたら、どうしてくれるんだ。

 そんなことを考えていると、クスクス、と葛城さんが笑った。


「か、葛城さん?」

「面白くって、つい。それに……」

「それに?」


 葛城さんはしばらく黙りこくった後、慌てた様子で「う、ううん、何でもないっ! は、早く座ろ!」と言って、適当な席へ向かった。何か後ろめたいことがある様子。

 もしかして、誠に……と不安に思いながら、俺は葛城さんの後について行った。




 その後はそれぞれ注文をして、『ハルティア戦記』について語ることに。ちなみに、俺はコーヒーを注文した。かっこつけたかったのだ。……誠には笑われたが。

 更に言うと、一口飲んだら苦すぎて、あまりカップには手をつけてない。……葛城さんのりんごジュースが飲みたい。名誉のために言っておくと、邪な意味ではなく、喉が渇いたからだ。そういう意味で飲むには、心の準備が足りない。……ツッコミは受け付けない。

 話を戻そう。今は『ハルティア戦記』の話をしているが、俺はそれだけじゃ物足りない。どうしても、もっと葛城さんと近づきたくて……勇気を出して言った。


「そう言えば、さ……」

「な、なに?」

「そ、その……」


 緊張して、声が喉に絡まって出てこない。口をパクパクさせて……やっと言った。


「おすすめの本とか、教えてくれませんか……?」


 敬語になってしまった。けれども葛城さんは気にすることなく「もちろん!」と言った。良かった……。

 さて、ここからが本題だ。


「良かった。えっと、その……で、できれば本を貸してくれると嬉しいんだけど……。お、俺の家お小遣い少なくってさ……」


 ぶふっ、という堪えきれない笑い声が耳に届いた。何事かと思いそちらを見ると、誠が肩を震わせて体をくの字にしている。


「誠っ!」

「いや、ちょっと、それは……ふふっ」


 また笑われた。ムカつく。

 確かに、先ほど言ったお小遣いのことはまるっきり嘘だ。……だって、葛城さんと話す機会を増やしたいんだよ。そのためだ。この俺のなけなしの嘘を笑うなんて!


「ああ、もうっ! その、葛城さん……どう?」


 不安げに訊くと、葛城さんは笑って答えた。


「うん、それくらいなら! 一緒に語ってくれるんだし、お安い御用だよ」


 固まった。語ることが前提になっている。いや、楽しいんだけどね……だけどね……本以外のことも話したいというか……。

 誠がまた笑った。あとで絶対シバく。




「あ、あの、今井くん!」


 帰り道。ゆっくりと二人でいるこの空間を噛みしめながら歩いていると、葛城さんに呼ばれた。「なに、葛城さん?」と尋ねると、葛城さんはモジモジとしていた。可愛い。


「その……手、つな──」

「あれ? 陽介くん?」


 唐突に降ってきた声。俺がそちらを見ると、クラスメイトの柚香がいた。


「あ、柚香……」

「どうしたの? どこか出かけてた? 一人じゃなんでしょ? 誘ってくれれば私も行ったのに~」


 俺の隣にいる葛城さんの存在に気づかないはずがない。悪意のある言葉。ムカつく。


「いや、一人じゃなくてだな……」

「あれ、葛城さん? 奇遇だねぇ。ほら、私たちに構わず先に帰っちゃいなよ」


 抑えろ、俺。ここには葛城さんがいる。怖がらせたらいけない。


「ちょっと、柚香……」

「う、うん。そうさせてもらうね」


 俺が柚香に注意をする前に、葛城さんはそう言って走り出した。ちらりと見えた涙。「葛城さん!」と叫ぶものの、葛城さんは止まる様子を見せなかった。


「行ったね、葛城さん」


 にこりと無邪気に笑う柚香。ふつふつと湧き上がる怒りが、抑えきれない。


「……柚香」

「なぁに?」

「もう二度と、俺や葛城さんに関わるな」


 鋭く放った言葉は、確かに俺と柚香との間にある絆を断ち切った。


「な、なんで……」

「当たり前だろう? こんなことされて、怒らないやつがいるか」


 台無しなデート。誠は俺に茶々を入れてきたけれども、けして傷つけるような真似はしなかった。

 だけど柚香は違う。悪意を持って葛城さんを傷つけた。……最悪なデート。


「じゃあな」

「待って……待ってよ、陽介くんっ!」


 俺は振り返ることはしなかった。




 翌日から、葛城さんは公園に来ることはなかった。学校でも会話はせず、ただ静かに過ぎてゆく日々。

 だけど俺は待ち続けた。毎日、公園で一人きり、暗くなるまで待った。いつか葛城さんが来るんじゃないか。もし今日葛城さんが来て、俺が公園にいなかったら……。そんな不安から、ずっとずっと通い続けた。



「陽介くんはやっぱり奥手だねぇ」


 カラコロと誠が笑った。伯父のカフェ。そこで俺はまた、誠に相談を持ちかけていた。


「そうか?」

「うん、そう。嫌われることを恐れずに、葛城さんと話してみたら? そっちの方がかっこいいよ」


 かっこいい。


「かっこつけたいんでしょ?」


 ニヤリ、と意地の悪そうに微笑む誠。彼の言葉にあとを押されるように、俺は行動をすることにした。

 やるのはとても簡単なこと。『今日、公園で待ってる』そう紙に記して、葛城さんの下駄箱に入れる。それだけ。

 緊張で震えるペン先。何度も何度も書き直して、少し字の汚いけれど、まぁ及第点を与えれるようなものができた。

 翌朝、周囲を見回して人がいないことを確認してから、葛城さんの下駄箱に紙を入れる。それから慌てて逃げ出した。心臓が口から出そう。人気のないところまで来ると、ズルズルと座り込んだ。


「はー、緊張した……」


 まだ少し、指先が震えている。情けないなぁ、と思いながら、俺はゆっくりと立ち上がった。かっこ悪いのは、ここまでだ。




 カァ、カァ、と烏の鳴き声が辺りに響く。どこか物悲しい声。


「今井くん……」


 小さな小さな声。それを耳で拾うと、俺は勢いよく顔を上げた。少し離れたところに、葛城さんがいた。

 良かった、来てくれた。


「久しぶり、葛城さん」

「あ、うん、久しぶり……」


 そう言って、葛城さんは目線を逸らした。どことなく、気まずそう。

 ……長い長い沈黙が降りる。しばらくしてもこのままだったから、俺は葛城さんに近づいた。

 久しぶりに間近で見る葛城さんは、夕焼けの中でも肌が青白い。もしかしたら、ずっと傷ついていたのかも。そう思うと、再び湧き上がる怒り。だけど、葛城さんを怯えさせたくないから、必死に抑え込んだ。


「あ、その……」

「柚香のことは、ごめん。あいつも悪気があったわけじゃない……と思う」


 嘘だけど。嘘だけど、葛城さんにそれを知らせる必要はない。むしろ、それを伝えたら、葛城さんが離れてしまいそうな……そんな予感があった。

 でも結局葛城さんは落ち込んだ。瞳を不安げに揺らして、そっと伏せる。


「……本当、ごめん。何度でも謝る」

「……今井くんは何も悪くないよ」

「だけど……」

「だって、今井くんも予想できなかったことでしょう? それならしょうがないよ。ね?」


 無理に浮かべる笑顔。とても辛そうな笑みに、俺は眉を寄せた。葛城さんが辛い表情を浮かべていると、こっちまで辛くなる。胸が痛い。そして、そんな顔をさせてしまう俺自身が情けない。


「あーあ」


 自然と落胆の声が零れ落ちる。


「かっこ悪いな、俺。折角のデートも葛城さんから切り出されて、それも台無しになって……」

「え?」


 はっ、と慌てて口を塞ぐ。恐る恐る葛城さんを見ると、茹でダコみたいに真っ赤になっていた。

 俺は慌てて先ほどの言葉を思い返す。何を言ってたっけ? 確か……デート。


「あ……」


 そう言えば、デートってちゃんと言ってなかった。葛城さんはデートのつもりじゃなかったんだ……。悲しいような、虚しいような。

 って、こんなこと考えてる場合じゃない。デート。その言葉に葛城さんは照れてるのだから、今、かっこつけなくてどうする。さぁ、スマートに告白だ。


「えー……コホン。本当は持っといい場所でしたかったんだけど……。俺は、葛城さんのことが好き、です。付き合ってください!」


 言い切った。やった。やったぞ、俺。

 バクバクと跳ねる心臓を宥めて、葛城さんを見る。葛城さんは目を見開いたあと、照れたように目を伏せた。


「こんな私で、本当にいいの? 私、今井くんの隣に立つ資格なんて……」

「資格なんて、必要ないよ。俺は葛城さんがいいんだ」

「だけど、今井くん、私に話しかけて来なくなって……」

「ち、違うんだっ!」


 学校で話しかけなかったこと。弁明しなかったこと。それが、葛城さんを傷つけていたことに情けなくなる。


「その……葛城さんを傷つけたから、話しかけるのが怖くて……拒絶されたらどうしようって……。だから、毎日この公園で待ってたんだ。けど、」


 けど。


「俺は奥手で、葛城さんにあんまりかっこつけられなくて……。それで、ええと……と、とにかく、葛城さんに嫌われることばかりじゃかっこ悪いことに気づいて、頑張ってかっこつけて……」


 ああ、もう、何を言ってるのか、よく分からない。だけど、こればかりは分かる。しどろもどろな言葉は、かっこ悪い。

 すぅ、と息を吸う音が聞こえた。葛城さんの方に視線を向ける。彼女は強い眼差しで俺を見て言った。


「……私も、今井くんのことが好きです。ええっと……お、お付き合いしましょう」


 ほんのり緊張を帯びた様子で、だけど嬉しそうにそれを言われた。

 あーあ。心の中でため息をつく。告白したのは俺だけど、付き合うことを切り出したのは葛城さんだった。情けない。苦笑が滲む。


「うん、付き合おっか」

「うん」


 静かにこの喜びを噛み締めていると、ちょん、と小指に熱が絡まる。視線を落とすと、葛城さんが耳まで真っ赤にしながら俺の小指を掴んでいて。

 俺はあの時のやり直しのように、ゆっくりと、指と指を絡めた。

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