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葛城美羽

 私は本が好き。愛している。本が読めなくなったら、死んでもいいくらい。

 そんな私は、正直に言って、交友関係は二の次。だって、めんどくさい。服の話や芸能人の話なんて、興味ないから聞きたくない。そんな話をする暇があるのなら本の続きが読みたい! これは全読書好きに共通することだと私は勝手に思っているけど……どうだろう?


 ……ここまでで察した方も多いだろう。そう、私は所謂ぼっちである。ぼっち。何とも寂しげな響き……。

 めんどくさいと思われるかもしれないが、私はぼっちになりたいわけでは断じてない。本について語る仲間は欲しい。だけど、それ以外の話はしたくない。

 ……私自身、それならもっと自分からアピールしろって言ってやりたい。……自分だけど。

 だけど、どうしても無理。見知らぬ人との話しかけ方がよく分からない。何を話せばいいのか分からない。


 そんなこんなで、私こと葛城美羽、中学三年生はぼっちだ。だけど本をずっと読む生活は幸せです。人生の唯一の不満点は語る仲間がいないことだけ。……本仲間が欲しい。



 そう、ずっと思い続けたからだろうか?

 ある日、私にチャンスが降ってきた。




「あ、ハルティア戦記!」


 読書に没頭していると、ふと声をかけられて意識が浮上した。いつの間にか、目の前に今井くんがいた。

 今井くん。今井陽介くん。まだ五月でほとんどのクラスメイトの名前を覚えていない私だけれど、彼の名前だけは知っていた。だって、彼は勉強良し、運動良し、顔良し、という三拍子が揃った、クラスの中心的人物だったから。事あるごとに彼の名前が出されれば、こんな私でも覚えてしまうものだ。


 そんな今井くんが、私の今読んでる本を見て声を上げていた。


「葛城さんもその本読むんだ! 俺も好きなんだ、ハルティア戦記!」


 そう言って、にっこりと微笑む今井くん。心なしか、頬が僅かに紅潮しているような……。

 って、そんなことを考えてる場合ではない。これはもしかしたら、神様が私にくれたチャンスかもしれない。本仲間を増やすチャンス。これは逃してはならない。

 私はゆっくりと、緊張しながら口を開いた。


「い、今井くんも? 私も、まだこの巻までしか読めてないけど、とっても好き」

「本当っ!? それ発売されたの俺たちがまだ三歳くらいの頃だろ? だからあんまり読んでる人いなくて……ねぇ、今日の放課後空いてる?」


 少し不安げに今井くんは私に訊いてきた。答えは考えるまでもない。


「う、うん。もちろん」


 言い終わってから気づいた。この質問に「もちろん」って……私、すっごい可哀想な人じゃ……?

 けれど幸いにも今井くんはそのことに気づかなかったようで。ぱぁ、と瞳を輝かせた。


「じゃあさ、一緒にどこか行こ? 葛城さんといっぱい話したい」

「うん、いいよ」

「やった!」


 今井くんは笑顔で私の手を掴み、ぶんぶんと振り回した。


「これからよろしく、葛城さん」


 やっと好きな本のことを語れる友人ができてすごく嬉しくて、私も満面の笑みを浮かべたのだった。




「その後のカインが本当たまらないの!」

「分かるよ、葛城さん! あのカイン本当かっこいいよな!」

「分かる? 分かる?? 本当にかっこいいよね、カイン……」

「本当、漢の中の漢だよ……」


 しんみりとした空気が満ちる。あの出会い以来、私と今井くんは放課後、学校に連絡されるのを懸念して公園で『ハルティア戦記』について語っていた。

『ハルティア戦記』は古いライトノベル。襲撃により王都を追い出された王子ルイスが、騎士のカインやヒロインのサラなどの者たちと共に王国を取り戻す話で、知る人ぞ知る名作だ。

 今井くんも行っていた通り、この作品が書かれ始めたのはもう十一年も前。私たちが三歳の頃だ。そのため、あまり読んでる同年代がいない。

 まさかそんな作品がきっかけで友人ができるなど、考えたことがなかった。


「あ、もうこんな時間」


 今井くんが時計を見て言った。もう五時。何となく薄暗いはずだった。……それに、少し寒い。


「じゃあ、帰ろっか」

「そうだね」


 そのまま解散する雰囲気だったけど、私は不満だった。本当はまだ語りたいけど、放課後だけじゃ時間が足りない。

 ……そう言えば、明日は土曜日だ。そのことに気づいて、勇気を振り絞って私は今井くんに提案する。


「あ、あの……明日も、どこかで話さない? ほんとう、私、人と語れるのが嬉しくて……」


 私がそう言うと、今井くんは少し目を見開いて……笑った。


「うん、そうだね。俺も葛城さんと話したかったし」


 そのことに安心した。……嬉しい。頑張ったかいがあった。

 私がゆるりと口元を緩ませていると、今井くんはぽつり、と言った。



「それに、葛城さんのこともっと知りたいな」



 とくん、と跳ねる鼓動。

 あれ、これって……小説でよく読んだ……。


「じゃあ、明日の十時にここでどう? その後どこかのカフェに行こう?」

「え、あ、うん、良いけど……」

「良かった。じゃあ、また明日ね、葛城さん」

「う、うん、またね……」


 そのまま今井くんは笑顔で去っていって、私は一人、ぼうっと突っ立っていた。




 翌日の十時。私は私服で公園にやって来た。そこにはもう今井くんが。


「あ、あの、遅くなってごめん」


 私が慌てて駆け寄って言うと、今井くんは「大丈夫だよ」と言った。


「むしろ、俺も気を遣わせちゃってごめんね」

「そ、そんな! 今井くんは悪くないよ!」


 私が慌てて言っても、今井くんは苦笑いするだけ。本当にそう思っているのに……。

 不満げにしていると、何を思ったのか、今井くんは手を差し出した。……これは、手を繋ぐってこと?


「あ、その……今井くん、私手を繋ぐのはちょっと……」


 私は緊張すると手汗がひどいのだ。多汗症というものらしく、人より手汗が出る。それはもう、べっとりと。夏場なんか、本に紙のカバーをつけていると、読み終わる頃にはしわくちゃになっているほど。


「そっか……」


 今井くんはどこか残念そう。……何だか申し訳ないけど、手汗で気持ち悪がられるのは避けたい……。

 辺りがどんよりとした空気に包まれる。どうしよう。何とかしなくちゃ。


「ええっと……今井くん、行こう? そう言えば、カフェってどこかな? 私、カフェなんて初めて」


 ちなみに、休日に誰かと遊びに行くのも。心配をかけないために親には友人と遊びに行くと伝えることもあるが、その時は大抵一人で本屋巡り。だから、カフェも遊びに行くのも、本当に初めて。

 私の言葉に今井くんは気を良くしたようで。笑顔で「じゃあ、行こっか」と言って、歩き出した。

 ……宙に揺れる手が寂しい。そう後悔したのは少し後のことだった。




 カフェは小さな地元の店。落ち着いたクラシックな見た目で、ここに入るのか、と思うとちょっぴり感動する。

 ドアを開けるとカランカラン、と音が鳴って、ああ、これぞまさにカフェ、と思った。

 中に入ると、外と同じように落ち着いた内装。コーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。


「やぁ、陽介くん。いらっしゃい」

「……今日、土曜だよな? 何で誠がいるの」

「バイトのシフト、代わってって頼まれてね。多分、別の日に用事が入ったんじゃない?」


 今井くんが少し剣呑な雰囲気で、店の方と会話している。知り合いなのかな……?


「ほら、彼女を置いておかないの」


 誠さん(?)が私を見て言った。今井くんは、はっと私の方を見て眉を下げた。


「ごめん、葛城さん。じゃ、座ろっか」

「ちょっと陽介くん、僕の紹介は?」

「要らないだろ」

「ええっ!?」


 私といるときとは違う、遠慮のないズバズバとした今井くんの言葉。面白くて、思わず笑ってしまう。


「か、葛城さん?」

「面白くって、つい。それに……」


 ──今井くんが可愛くって。

 その言葉を紡ぐ前に、私は慌てて言葉を呑み込んだ。な、何を言おうとしてるの、私……こんなこと言ったら、絶対気味悪がられちゃう……。何だか、昨日からおかしい……。


「それに?」

「う、ううん、何でもないっ! は、早く座ろ!」


 そう言って、私は適当な席へ向けて歩き出した。ああ、頬が熱い。どうしよう……。




「そう言えば、さ……」


『ハルティア戦記』について語っていると、今井くんが唐突に小さな声で言った。どうやら照れてる様子。何でだろう? 私はパンケーキを口に含みながら首を傾げた。

 私が注文したのはパンケーキとリンゴジュース。今井くんはなんとコーヒー! ……こんなお子様味覚の私はコーヒーなんて飲めないから、素直に凄いと思う。

 ちなみに、注文のときに誠さん(?)が笑っていた。……絶対、私と今井くんの味覚の違いに笑ってるんだ……。

 と、思考が逸れてしまった。私は慌てて返事をする。


「な、なに?」

「その……おすすめの本とか、教えてくれませんか……?」

「もちろん!」


 やった、また今井くんと別の本で語れるんだ! 嬉しいっ!

 今井くんもほっとしている。


「良かった。えっと、その……で、できれば本を貸してくれると嬉しいんだけど……。お、俺の家お小遣い少なくってさ……」


 ぶふっ、と笑う音が聞こえた。見れば、誠さんが奥の方で体をくの字に折って笑っている。大爆笑だ。


「誠っ!」

「いや、ちょっと、それは……ふふっ」


 ものすごい笑っている。一体、何がツボに嵌ったのだろう?


「ああ、もうっ! その、葛城さん……どう?」

「うん、それくらいなら! 一緒に語ってくれるんだし、お安い御用だよ」


 そう言うと、誠さんがまた笑った。……もう、気にしないでおこう。




 その帰り道のこと。今井くんが途中まで送ってくれるとのことなので、有難くお願いした。

 夕日の照らす中、行きと同じように少し、空いた手が寂しくって……。勇気を振り絞ってみよう。


「あ、あの、今井くん!」

「なに、葛城さん?」


 多分、私の顔はすっごく赤くなっている。原因がある夕日じゃないのは明白で……。

 すっごい緊張している。ばくばくと跳ねる心臓が、聞こえてしまわないか不安なほど。


「その……手、つな──」

「あれ? 陽介くん?」


 私の頑張ったお願いは、別の声に遮られた。


「あ、柚香……」

「どうしたの? どこか出かけてた? 一人じゃなんでしょ? 誘ってくれれば私も行ったのに〜」


 鼻がツン、とする。一人じゃ、ないのに。きっと、彼女の世界には私はいないのだろう。


「いや、一人じゃなくてだな……」

「あれ、葛城さん? 奇遇だねぇ。ほら、私たちに構わず先に帰っちゃいなよ」

「ちょっと、柚香……」

「う、うん。そうさせてもらうね」


 そう言い残して、私は早足でその場を去った。

 彼女にとって私は今井くんと決して関わるはずのない存在で。私は今井くんと知り合いになる価値もない人間で。

 遠くから「葛城さん!」という声が聞こえたけど、泣いてる私は声を出すことも、振り返ることもできなかった。




 それからは今井くんと顔を合わすのが気まずくなって、公園に行かなくなった。そうなると、今井くんと関わることも一切なくなって……以前のような日々が戻ってきた。誰とも大して関わらない。そんな穏やかな生活。

 だけど物足りなくて。今井くんのいない生活は寂しくて。

 ……もう、認めるしかないのだろう。私は今井くんに恋をしていた。最初はただの本仲間。だけど途中から意識し始めて……。

 とても短い初恋だった。まさか私がこんな恋をできるなんて……想像もしたことなかった。

 だけど、今井くんにとって私は友達になる価値もない人間だったのだろう。今井くんは私が公園にいかなくなっても、決して学校で私に話しかけることはなかった。それが……辛い。

 一方的な恋は、こんなにも辛いものなのか。



 ある朝だった。今井くんと会わなくなってはや一週間。ある手紙が下駄箱に入っていた。『今日、公園で待ってる』差出人すらない、文字から震えが伝わる、簡素だけど鮮烈な印象をもつ手紙。

 今井くんの手紙だ。

 ……どうしよう。今井くんには、会いたい。けど気まずい。会いたくない。

 相反する感情を抱えたまま放課後になって……迷っていたけれど、足は自然と公園へ向かった。

 茜色に染まる空。あの別れのときと同じ。……少し辛かった。

 公園へ足を踏み入れると、小さな子供たちや母親に混じって、男子中学生がいた。顔を俯けて、ひたすら何かを待っている。誰かを待っている。


「今井くん……」


 ぽつり、と零れ落ちた言葉。小さな小さな音。だけど今井くんはその音を拾ったらしく、顔を上げた。

 遠くからでも、今井くんがへにゃり、と笑ったのが見えた。とても嬉しそうな笑顔。


「久しぶり、葛城さん」

「あ、うん、久しぶり……」


 気まずくて、顔を合わせられない。私はぷい、と横を向いた。

 ……沈黙が降りる。どうしよう……。

 ……足音が聞こえて、私は前をちらりと見た。そこには今井くん。久しぶりの近さに、ちょっぴり動揺。


「あ、その……」

「柚香のことは、ごめん。あいつも悪気があったわけじゃない……と思う」


 それを聞いて、ずーん、と気分が沈みこんだ。そっか。今井くんはあの子を庇うんだ。友達のようだから、仕方のないこと。

 だけど、ワガママを言うのなら……庇わないで欲しかった。私が被害者で、あの子が全面的に悪いと言って欲しかった。


「……本当、ごめん。何度でも謝る」


 今井くんが申し訳なさそうにしていて、気づいた。


「……今井くんは何も悪くないよ」

「だけど……」

「だって、今井くんも予想できなかったことでしょう? それならしょうがないよ」


「ね?」と私が言うと、今井くんはどこか釈然としない面持ち。優しい人。だからあの子を庇うのだ。

 そう思うと、あの子を庇うという行為が、それほど嫌ではなくなった。だって、私は優しい今井くんが好きなんだもの。

 ……再びの沈黙。だけど先ほどとは違って、気まずくない。むしろ心地の良い静寂。

「あーあ」と今井くんは声を出した。


「かっこ悪いな、俺。折角のデートも葛城さんから切り出されて、それも台無しになって、しかも慰められて……」

「え?」


 デート……デートッ!? かぁっと頬が熱を持つのが分かった。デート。確かに二人っきりで出掛けたから、デートとは言えるけど……デートっ!?

「あ……」と今井くんが声を漏らす。どうやら彼も思わず言ってしまったらしくって……。


「えー……コホン。本当は持っといい場所でしたかったんだけど……」


 そう前置きして、今井くんは言葉を紡いだ。


「俺は、葛城さんのことが好き、です。付き合ってください!」


 私はぼうっとした頭でその言葉を聞いていた。何だか、現実ではないように思える。だって……。


「こんな私で、本当にいいの? 私、今井くんの隣に立つ資格なんて……」

「資格なんて、必要ないよ。俺は葛城さんがいいんだ」

「だけど、今井くん、私に話しかけて来なくなって……」

「ち、違うんだっ!」


 今井くんは大声で私の声を遮った。とても必死な様子。


「その……葛城さんを傷つけたから、話しかけるのが怖くて……拒絶されたらどうしようって……。だから、毎日この公園で待ってたんだけど、……俺は奥手で、葛城さんにあんまりかっこつけられなくて……。それで、ええと……と、とにかく、葛城さんに嫌われることばかりじゃかっこ悪いことに気づいて、頑張ってかっこつけて……」


 ああ、今井くんも私と同じようにあの時のことを気にしていたんだ。怯えていたんだ。

 それが分かると、勇気が胸のうちから溢れてくる。……うん、言える。


「……私も、今井くんのことが好きです。ええっと……お、お付き合いしましょう」


 私がそう言うと、今井くんはふっと笑った。な、何か変なこと言ったかな……? 緊張していて、よく分かんない。


「うん、付き合おっか」

「うん」


 言葉の少ない、静かな空間。だけどとても嬉しくって、幸せで。

 私はドキドキする心臓を宥めて、ちょん、と今井くんの小指を握った。すると今井くんは笑顔で、指と指を絡めたのだった。

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