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足音が聞こえる。  作者: 赤花野 ピエ露
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弐ノ間

 現場、おそらくは殺人事件の現場。でも此処の宿泊客と仲居達からすればアート作品の展示室だ。昨日までは俺達の宿泊室だった、のにな。

 死体に話し掛けるまではいかなくても心の中で誓った、お前を苦しめた者を見つけ出す、と。


 夢、記憶が確かならあの時部屋には誰かが居た。そしてテルマエは生きたまま燃えていた。

 地獄だっただろう。硬化途中のプラスチックと腐食防止剤の臭いが充満する部屋で苦痛に歪んだまま固められた友人の顔はこの世の地獄を表していた。


「急ごしらえでまだ未完成なのですが、ホログラムも用意いたしました」


 幻の炎がテルマエを包む。


「ダメだ… 」


 俺の口からあふれ出た吐瀉物が床を叩き臭いをより混沌へと近づけた。こんな中で考えを巡らせるなんてできない。


 俺は部屋を後にした。




「分かったことがいくつかある。違う点があったら言ってくれ」

「よくわかりませんが、分かりました」


「まず、俺の見た夢は現実だった」

「まず、お客様の見た夢を知りません」

 俺は見た夢の内容を説明した。自分自身、確認するように。

「なるほど、了解いたしました。キャプション作りに活かしましょう」

「まじですか… 」やべーなこいつ。

「お客様が立会われご観覧なされた制作過程は間違いなく仰る通りだと思われます」

「間違いなく、思われます、ってどっちですか」意味不明だ。

「こちらをご覧ください。テルマエ様の左腕は不完全燃焼でお顔は生焼けでございます」


 無視ですか、てか、見せるなよ。


「さっきそれを見て吐いたんだぞ」この宿泊施設の奴らにはデリカシーや常識ってものが無い。

「吐くほど感動なされたのですね」この仲居に感受性が無い、訳ではない。皮肉だ。

「もうそれでいいですよ」

「自分が御有りではないのですね」


「うるさいですよ、何なんですか」


「   」仲居は黙っている。顔は見えないが困惑しているように感じる。

「とりあえず、あそこに誰かが居たわけだ」


「お客様の話を信じるならそうなりますね」


 この言葉で俺は気が付いた。

 これを事件として扱うなら、第一容疑者は、俺だ。


 血の気が引いたのはいつぶりだろうか、卒展で作品を落した時以来かもしれない。


 犯人を見つけ出さなければ…


「汗が凄いですね」心臓が痛いくらいに自覚している、薬のせいなのかもしれない。

「とりあえずキャンパス、ロビーに向かおう」君がそう言ったよね、そう瞳で訴えかけ足向きを変えるように促した。


 異変に気が付いたのはロビーに入ってすぐのこと、異変しか起こっていないが人だかりからこの異変の大きさがうかがい知れた。

「どうしたんですか?」この宿泊施設では名前を言えないが、有名な現代アート作家である人物に疑問を投げかけた。到着してすぐキャンパスに筆を乗せていた時に声をかけてきた人物だ。

「ああ、君か。テルマエ君の件は残念だったね」この宿泊施設で唯一の良心かもしれない。「キャンパスが白紙になっているんだよ。まあ、これを白紙と言ったら失礼に当たるけど、普段からぐらべれば白紙だよ」


 俺にはキャンパスが白紙になっている意味は分からなかった。これがどれほど異常なことなのかを理解はできなかった。

 でも、

 『これを白紙と言ったら失礼に当たる』この言葉の意味は分かった。


「     」






 言葉も無かった。


 それは、執圧ではなく威圧に近い圧。自分の矮小さに膝を着く事さえも許されないほどの圧倒的な圧がそこにはあった。たったの一筆でこれだけの圧を表現し格の違いを見せつけられたのは初めてだ。


「館主の筆でございます」


 仲居はそれだけを口にした。何故、ただの仲居までもがここまで素で狂気的なのかを、その神髄を見れた気がする。

 墨汁、朱色の墨汁の一筆。鉛で造られた鳥居の朱色だ。

 破魔の色、まるで自身の怒りを祓う為に取られたかのような筆の顔色。それが威圧感の正体なのかもしれない。

 痛み止めに打たれた薬のせいか、友人の苦痛を目の当たりにしたせいか、今日の俺は… これを口にするのはよそう。


 火傷の痛みを感じない。そんな今の俺は普通じゃないんだ。


「いやー、元旦はいつもいっぱいで予約が取れないので、今日はラッキーですなあ」

「まさか、白紙に筆を下せる日がこようとは、ついてますな。今期も当選間違いなしですな」


 政治家だ。テレビでよく見る政治家だ。


 何故そこに筆を置けるんだ???


「たったの一筆で人の性格が見えるだろう。これがここの館主の作品なんだよ」

 絵心も、アートのアの字も知らないような政治家の人柄をたったの一筆で引き出し表現させる。

 圧倒的だ。そして、この国の政治家は恥ずかしい。

 全体を指してしまったら偏見になるかもしれないが、こいつらが国の顔として居ることに恥ずかしさを感じる。

「君にそう思わせるだけの一筆を描く館主の力量の凄さを感じれただけで良しとして呑み込むのが一番ストレスが無いと思うよ」

「ありがとうございます。 そうしたいと思います」俺が犯人かもしれない。そう思われていても不思議ではない中で、なんて優しい人なんだ。


 俺が犯人なのかもしれない。


 ここの宿泊者の多くはそう思っていないように思える。本当に狂っている。

 殺人事件、そんなワードも出てこないのかもしれない。

 こんな中であの足音の正体を、犯人を見つけ出せるのだろうか?証拠を押さえることはできるのだろうか?

 分からない。




   *




 何をすればいいんだ?

「どうやって犯人を… 」何も思いつかない。


「殺された理由、犯人の動機。又は、どうやって殺したのか。などを調べてみてはいかがでしょうか?因みに、当日の夜お客様の部屋を訪れた者の影さえも監視カメラには映っておりません」


「     …ありがとう」まさか、だ。「俺が犯人だとは思っていないのか?」こんなにもアドバイスと情報をくれるとは思いもしていなかった。


「お客様にあれは作れません」


「     」


 なんだこいつ、どんな顔をしてやがるんだ… 。

 白頭巾を引っぺがしたい気分にさせられた。

「もういいや」諦めよう、色々と「取り敢えず、あいつが誰かから恨みを買っていたとは考えにくいから、どうやって燃やされたのかを考えよう」


「恨みはいつ買われるか分かりませんよ」


「 確かに、な。そうだよな」

「お分かりになられたようで何よりでございます」


 嫉妬


 俺はそれを知っている。

「その防犯カメラの映像って見れたりしますか?皆さんが部屋に集まっているときのものを見たいのですが、大丈夫ですか?」特に俺の意識が無かった時の映像が見たい。

 放火魔は火をつけたところに戻ると言うし、それにもしかしたら犯人は作品としてあいつを焼いたのかもしれない。

 みんなの反応を見に来ているはずだ。

 と、思う …自信はないけど。

「創作活動のお手伝いはさせていただきますが邪魔は致しません」

「つまり?」


「幻の足音の正体、それが本当に実在するならば私も見とうございます」


 心強いと思った。

 もしかしたら俺は、Mなのかもしれない。ドキドキしている。心なしか顔も熱い。


「変態様、当館はそのようなサービスは致しておりません。」


 あ、全然違った。

 全然嬉しくない。

 むしろイラつく。

 分からないけれども、先程の高揚は薬のせいなのかもしれない、そう思うことにした。

 幻の具現化、幻の形をつかんで見せることをテルマエに誓った。

 あと何度の誓いを立てれば真相に近づけるのだろうか?

 その答えは神のみぞ知る、といったところだろう。


 やはり、今の俺は変だ。




「この人物が怪しいかと」


 どこまでも自分に正直な仲居だ。複数の画面が照明のように部屋を照らすモニタールームで録画された映像を見せてもらいつつ俺はそう思った。

「この人、怪しすぎる」今日の俺の口はこの仲居と同じで自分に正直なのかもしれない。

 言われなくても分かるくらいに怪しい人物が…


「 …って、これ、俺ですよね」


 あらあら、そんな仕草で口元に手を当てるこの仲居の顔を見てみたい。

 不細工に描いてやる。


 はぁ… 、 集中して忘れよう。


 だが、正直言って、全員が不審者に見える。歪んでいるし変態だ。

 だからこそ俺の行動が浮いて見えるわけで俺は怪しくはない… 言い切れないけど。


「この方はどうでしょうか?」


 仲居の白魚のような指先を… その指がさす人物を見た。

「別段怪しくない気がしますけど」

「お顔をよくご覧ください」録画映像であるためにズームすると画が荒くなって人の表情までは見れない。本来なら。


(いくらするんだ???ここの設備)


 非常勤講師だからそんなに詳しくは知らないが、大学にある防犯カメラの値段と機能を物差しに推測すると目玉が飛び出る値段であることが分かる。

「変態様、ちゃんと人の話をお聞きください」

 普段お金の事で悩んでいるせいか上の空になってしまっていた。ん、?

「 …変態様」俺のカラスミという宿泊名がましに思える別称が付いてしまった。

 このモニタールームの担当なのであろう別の仲居たちにクスクスと笑われている気がする。

 気のせいだと思い込もう。


「すごい表情してますね」


 気を紛らわせるため、いやいや、、、、、、犯人を捜すために。その人物の表情に注意して見た。

 何とも言えない表情、嫉妬と喜び、二つ以上の感情が顔から滲み出ている。


 もしかしたら、もしかするとこの人が犯人なのかもしれない。犯人じゃなくても何かを知っている可能性だってある。


「この人に会いましょう!」




「自らハードモードを選択するとは流石は変態様でいらっしゃいますね」




「え???」どういう事???

「何故、態々『あなたを怪しんでいますよ』と捜査初期の段階で告げるのですか?急いで証拠を消してほしいのですか?尻尾を殻の中にしまっていてほしいのですか?馬鹿なのですか?いや、変態なのでしたね」

 やはり俺はMじゃない…   「     」と思いたい… 。


「変態様、創作活動に充てられる時間は限られています。さっさとこのお客様の行動を録画映像で探るのです」


「はい。そうします。」

お読みいただきありがとうございます。

次話もよろしくお願いいたします。

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