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足音が聞こえる。  作者: 赤花野 ピエ露
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壱ノ間

始めましての方もそうでない方もよろしくお願いいたします。

普段この名前で書いているやつとは別ものですがよろしくお願いいたします。

気が向いたら書くので次がいつになるかは分かりません、すみません。


では、お楽しみいただけたら幸いです。

 会員制の宿泊施設【 一筆亭 】、客室数従業員数共に不明の謎多きこの宿泊施設は旅館の様でありつつもエレベーターがありそこには12階を示すローマ数字が刻まれている。入り組んだ廊下に交差するエスカレーター、たまにすれ違う仲居は黒子の様な、だが、白色の頭巾を被っておりその顔を窺い知る事は出来ない。

 謎多き不思議な宿泊施設【 一筆亭 】、此処には幾つかのルール元を意マナーがある。

 だが『そんなことよりも』と仲居は言いたった一つ、絶対厳守の法を口にする。

 それは『宿泊者は入り口ロビーに掛けられたキャンパスに、必ず、一筆だけを足す事』これは必ず守らなければならない事と念を押す。

 念を押されるは三十手前の若い男、彼は、大学時代の友人に連れられ三連休をここで過ごす事になった【 カラスミ 】は、その、自ら付けた宿泊者名兼会員名に頬を掻きつつ借りた部屋へと案内された。

 顔知らぬ仲居の声と足音に相槌と共に寄り添う彼と友人、これが、これから起こる微睡の序曲となる。






 壱ノ間:赤色の花丸スタンプ


「お前の【 カラスミ 】って名前何だよ」半笑い、借りた部屋に入り仲居が居なくなると、からかい上手の【 佐々… あ、いや、此処では…

「お前の【 テルマエ 】だって変だろ」自分の事は棚に上げてからかってくるテルマエの大学時代と何ら変わらぬそのノリに空いていた時間が埋められるような安心感を覚える。

「変わらねえのなお前」

「こっちのセリフだよ」


 大学卒業後、教授のつてで紹介してもらったアート系の専門学校の非常勤講師をやりながら、教職の資格があまり役に立たない事を感じつつ、2Hの鉛筆の様にどっちつかずの人生を描いてしまっている26の俺は凡庸性が有り知名度と共に愛されている2Bの様なテルマエとは4つほど距離を置いてしまっていた。


 小さな、でも確かな、嫉妬だ。


「お前スゲーよな。 こんなところまで知っているなんてさ」昔と変わらぬ垢抜けた態度で接せられると素直に受け入れざるを得ない。

「先生に紹介してもらったんだよ」テルマエの言う先生は俺の言う教授とは違う、距離の近さに俺との違いをより鮮明に感じる。

 非常勤講師の紹介をしてもらっているので、教授が贔屓をしているわけではない。

 愛が贔屓と紙一重なのは知っている、テルマエは教授の愛弟子なのだ。

 嫉妬から教授にお礼の言葉をちゃんと伝えられていないほどに俺は小さいのだとテルマエを見て改めて知った。


「お前ってスゲーよな」


 天才の描く絵は描き手だけではなく読み手の心をも写し出す、恥ずかしくなるな。

「俺はお前の方がスゲーと思うけどな」教師なんてムリムリ、と。手を顔の前で振るテルマエの顔が無邪気に歪む。

 歪んで見えるのは残像のせいかな… 。


 『そんな事ねーって』


 そう言えたらいいな、そう言えたら楽なのにな。

「そういや筆持っていきたか?」百円均一で売ってあるような安い筆を手に取ったテルマエが荷物を置いて入口へと足を向ける。

「ああ、持ってきたよ」持ちやすく質の良い高い筆だ、誇らしかったはずのこの筆が恥ずかしくちっぽけに見える。

 俺は衣服を部屋の隅に置き筆を隠すようにバックを小脇に挟んでテルマエの横に立った。

「行こうぜ!」

「ああ!」


 俺は笑顔だけは上手くなったのだな、と。


 テルマエを見て思った。











 弐ノ間:黄色のフラッシュ


 炎の魔術師、そんな恥ずかしくも羨ましい名で呼ばれる男を俺は知っている。

 その男は、此処では【 テルマエ 】と名乗っている。


「火の次は水ってか」


 湯気かもしれないし、大衆生活の風情かもしれない、若き天才様は何を考えているのか分からねぇなぁ。

 俺が受賞するはずだった国内最大級の無差別級の公募展、立体から絵画、映像、ダンスに至るまでありとあらゆる全てのアート作品を暴力的なまでにスパイシーに表現し展示する、展示そのものがアート表現として国内外問わず高く評価されているその公募展で俺に代わって最優秀賞を受賞しておきながら、女の母親の危篤を理由に授賞式に現れなかったその男がどんなものなのか見てみたかった。

 俺を捉えていない虚空のフラッシュを浴びせてくれた存在を見てみたかった俺は、コネを使いテルマエが此処に泊まる日を知るに至った。

 入り口ロビーで待ち伏せをする俺の目にその男がゆっくりと楽しげに入ってきた。


「 …あいつだ」


 雑誌で顔は知っていた、メディアに多く取り上げられる、もてはやあれる綺麗な顔立ちをした男だ。

 本物の絵画は染料の重みがあり元料の光沢があり絵の具の厚みがある、影と光と照明が顔色を変える、その男を初めて生で見た俺は、初めて巨匠の油絵を間近で見た時の感動を思い出した。

 素直に受け入れられなかった、ホワイトキューブではない、ホームステージを築き上げたストリートライブミュージシャンに売れないバンドマンが向ける様な醜い目で見ていたのだと知った。

 彼がキャンパスに緋色をはやした、ガソリンで燃えている炎の様に粘着質で厚みのある沸騰する液体チックな、それでいて焚き火の焔の様にピュアで可憐で儚いベールの様な、それは、炎の魔術師の名に相応しい一筆であった。

 それが俺にとっては浄化の炎となった。


「ありがとう。 とても良い一筆、一筆入魂とはこの事だ、ありがとう。」


 冴えない顔をした、マネージャーだろうか?

 その男性にも一礼をし俺は部屋で筆を執る事にした。


 部屋までの道のりの長さが構想をより豊かにしてくれる、筆を取り絵の具をキャンパスにのせるのが楽しみだ。


「いつぶりだろうなこんな感覚、彼の炎が俺にも燃え移ったという事か」


 ありがとう、再び感謝を口にした。











 参ノ間:青色の夢


「誰だ? あのおじさん」人に指を向けるなと何度も言ったのになおらない、そう言っていた教授の苦悩がなんとなく分かった気がする。

「有名な現代アート作家だぞ」お前の影に隠れてしまっている、な。

 人として律儀なその正しい姿勢は実力と比例しているのかもしれない… 。

「へー、流石は教師だな。全然知らなかった」

「まぁ、お前らしいな」


 俺はキャンパスを汚してテルマエの後に続いた。


「此処の飯うめーんだよな!」

「本当に子供だなお前は」くだらないやり取り、美味しいご飯。


 美味しいご飯だった。それが唯一の救いなのかもしれない。


 これがテルマエの最後の晩餐になってしまう。


 俺と共にふざけて、酔った勢いで描いた絵は救いにはならないだろ。


 隣が俺で良かったのだろうか?











 本館:微睡の狼煙


 足音が聞こえた。床板のきしむ音も。

 夢から覚めれない微睡の園で俺は甘ったるく不快な臭いから逃れようと必死にもがいていた。

 何かに似ている音がした。思い出したのは彫刻実習で焼いた稲藁のパチパチと弾けるような音、甘ったるく不快な臭いの奥に似た臭いも感じた。それと、誰かがふざけて投げ入れたペットボトルが焼け焦げ縮む音と臭いも。

 なによりも、『助けてくれ』、と聞き慣れた声がした嗅ぎなれた絵の具の匂いもした。薄ぼやけた視界に俺へと伸びる五つの指を手を腕を見た、苦しむテルマエの顔を見た。

 俺は微睡の園から深い場所へと転がり落ちた。

 安心した、怖い思いをしないですむと。


 目が覚めると右腕に引き攣りを覚えた、食品用のラップが巻かれていた。白色のクリームがラップの縁に付いている。

「化膿止めのクリームかな?」痛み止めかもしれない。

 右腕が火傷して赤く腫れている。そんな事よりも、

「旅館だよな?」病院じゃない。

「夢じゃなかった???」火傷の痛みがじわじわと現実を教えてくれる。


「おはようございます」


 仲居だ。


 白色の黒子頭巾が今の俺にはより一層不気味に映る。

「おはようございます」顔の見えない不気味な仲居、スタイルが良いせいか和服を見慣れていないせいか、何なのかは分からないが、変な気分にさせられる。悪い印象を持たれたくないので紳士にふるまう。


 俺は何をやっているんだ。


 友人が死んだかもしれないのに…

「混乱なされているようですね」右手ばかりに気が行っていて気が付かなかった。左手に点滴が刺さっている。その点滴に仲居が注射器で透明の液体を注入している。

 ドラマや映画でしか見た事が無い。

 多分これは…

「モルヒネですよ」愕然とする。

「何なんだ此処は」

「お喋りなお口ですね、お気を付けを」顔は見えないが嗤われている気がした。

 俺はドーピングはしない主義だ。

 大きな怪我をした事も無い。

 この変な気分はモルヒネのせいなのか?


 そんな事、ではないが、そんな事よりも、


「さ… テルマエは???」鼓動が早まる、答えはなんとなく分かっていたから。


「炎の魔術師 テルマエ様は、素晴らしい遺作をお残しになられましたよ」


「何なんだ此処は」




   *




「此処は狂っている」俺はそっと愚痴を漏らした。


 消防士よりも警察官よりも先に宿泊客が部屋に押しかけている。警察のけの字も無い。


「今日泊まっていて良かった!」

「世間に公表される事の無い炎の魔術師の遺作、素晴らしい!」

「自らで炎の全てを表現するとは、恐れ入った」


 言いたい放題好き勝手… ちょっと待て、俺は先程の部屋から泊まっている、泊まっていた部屋まで案内してくれた仲居に目を向けた。

「誠に残念なことながら、テルマエ様のこの遺作は公表される事はありません。」そう言う事ではない。

「人が死んだんだぞ?」捜査をするとかもっと何かあるだろ… 。

「   」顔が見えない。


 こいつらいったいどんな顔でテルマエの死体を。


「「「「「 素晴らしい 」」」」」


「狂っているな、此処は」気分が悪い。

 駄目だ、吐く…     。

 俺は狂った不快な奴らに不快な視線を向けられつつ外の空気を吸う為に仲居の付き添いのもとロビーへと向かった。その事で俺は、此処から逃げれないと悟った。






   *






「犯人を捜さないと」

「またお口が緩んでいますよ」今回はわざと口に出した。

「どうせ付きまとわれるんだから目的を言って様子をみているんですよ」今度は喋り過ぎた。


「私は当館の主よりあなたが宿泊日数を短くしたり長くしたり当館で起こった事を口外したりしないように見張る事を言い渡されました」


 先程、病院に行こうとしたら止められた。そして力の差を見せつけられた。

 この仲居は身長180㎝近い中肉の俺を片手でいなして嗤いもせずに黙って立っていた。恐かった。無駄な抵抗は止めた、スマホもパソコンも取り上げられたしヤバイ。

 この仲居の監視下で今の俺がテルマエにしてやれることは犯人捜し以外にない。何かをしていないと気が狂いそうになる。


「先ずは現場の保存から、ってドラマで見たな」保存したところで素人の俺には調べるすべはないが。

「作品の保存はすでにして有ります。お客様には同室に居た者としてのキャプション作りをお願いしたく思います」

 狂ってるな。

「捜索風景を見ていた者としてって事ですか?」

「さようでございます」

「書ける訳が無いでしょう」

「チェックアウトまで残り29時間となっております。お心が向きましたらよろしくお願いいたします。」今は宿泊二日目の朝10時、俺は何をするのが正解なのだろうか?

 取り敢えず、チェックアウトしたら警察に行こう。信じてもらえるかは別として行かなければならない。テルマエの為に、正義の為に。

 無事に出られるといいな。

 口ぶりからしてチェックアウトは出来そうだが、口外しないように監視されるようだし、どうなんだろう?


「チェックアウトしてからもついてくるんですか?」


「お客様、当館はそのようなサービスは行っておりません。」




 滅茶苦茶恥ずかしい、心臓が痛い顔が熱い。




「ロビーのキャンパスに一筆添えに行かれますか?」このタイミングで聞いてくるあたり流石だ。

 狂っている。

「 …そうします」じっとしていても始まらない。何かしよう。

お読みいただきありがとうございます。

次話もよろしくお願いいたします。

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