6月10日 教室 1
はじめまして、本当の意味で初投稿です。
高校生の群像劇を描きたいと思います。
よろしくお願いいたします。
6月10日 教室 1
「『ぼ、僕とこれからお、お茶でもどうですか?』だって」
「まじ!? 気持ち悪!」
「同じ車両だったから仲間かと思われて最低だった」
「うわぁ、ミカかわいそう」
「影山の声初めて聞いたかも」
「影山って言うのかあいつ」
「下の名前なんだっけ」
「知らねーよ」
「知る必要もねーよ」
「知ったところで呼びたくねーもんな」
まるで水面に石を投げ入れた後の波のざわめきのようであった。
影山が教室に足を踏み入れたとき、クラスメイト達の視線は一気に影山に集まった。
一瞬の静寂が訪れたあと高木蹴の「プッ」という吹き出しを皮切りに「キモい」「あり得ない」「最低」などの罵声と嘲笑が静かに伝播していった。
昨日、影山が帰宅途中の電車内で他校の女子生徒をナンパしたという話は翌日の朝には既に私立作星高等学校特進部2年D組教室内に広まっていた。
影山が席に座り荷物を机に置いていると後ろから声がかかった。
「お前さあ、学校で友達いないからって他の高校の子ナンパするのとかマジやめてくんない? 気持ちわりいから」
高木である。
「迷惑なんだよ、ばーか」
こんな粗暴な捨て台詞を言うくせに高木は一般的に見て容姿端麗で垢ぬけていた。
高木の行く先には佐伯美嘉、篠原恵梨香、遠藤颯太、川上翔がにやけ顔で待っていた。
「シュウ、かっこいいね~」とその内の誰かが高木に話しかけていた。
教科書や文具等を学校指定のカバンから取り出し一息ついた影山は飯田と菊地原に目をやると、二人とも無表情で黒板の方をぼんやりと見ていた。
しばらくするとチャイムが鳴り響いた。
担任の杉山先生がやって来るかと思いきや夏目陽奈が入室してきた。
夏目はモデルのような美人である。鍛えられた細身でバネのある下半身に締まったウエスト、くっきりと見えるデコルテから首筋のライン、顔は小さく目鼻立ちははっきりしている。胸まで伸びた金色に近い茶髪も手入れがなされており夏目の雰囲気に合っている。
高木がクラスで一番のイケメンなら夏目は学校で一番の美人である。その証拠に1年生の時の文化祭にて圧倒的大差をつけてミス作星に選ばれている。本人は授賞式に顔を出さなかったが。
ちなみに作星高校は特進部の他に進学部、情報学部、男子部、女子部、看護学部、スポーツ科学部の計7学部が存在し、生徒数は8,320人、その内女子は4,000人を超える日本一のマンモス高校である。その頂点に夏目がいるということだ。
夏目の登場により先程までの殺伐としたクラス内の空気が一変した。
夏目と今まで一度も話したことの無い飯田や菊地原ですら自然を装い夏目を一秒でも長く盗み見ようと努力している。
2年生のクラス替えから3か月を過ぎてもなお毎朝起こる光景である。
影山が集めた視線とは異なる性質を持つクラスメイトの熱い視線を浴びながら夏目は高木のグループに気だるげな表情で挨拶をする。
「おはよ」
「ヒナ、おっせーよ」
と高木が言い放つが、その声は影山と相対した時よりもやや高かった。
遠藤や川上が頷きながら笑みを浮かべている。
夏目は一番後ろの自分の席に向かう途中に影山を一瞥する。
高木の机の周りにいた女子の佐伯と篠原が夏目の席の周りで話を始める。
「昨日最悪だったよね」
「ヒナも一緒だったから、ね~」
「でもね、さっきシュウがバシッと言ったから大丈夫」
「影山マジでビビってたよ」
佐伯と篠原の話を興味なさげに聞いている夏目が視線を漂わせていると明らかに敵意を持った目で睨んでいる女子と目が合った。
月島千春である。
「なんかおかしい?」
ボリュームは小さいが低くはっきりした声で夏目は言い放った。
夏目を盗み見ていた飯田や菊地原が反射的に顔をそむけるほど冷たく圧力のある声であった。