第九十八話 廃部(lose club) 長刀部は瑛によって、廃部に追い込まれていた
圧倒的な実力を持って、愛梨はボクシング部のエースである井上を倒す
愛梨を嗾けてしまった事に、マネージャーの巧は責任を感じ、彼女に殴られる事で詫びようとする
しかし、魚見もまた、愛梨に高くなった鼻を折らせる事で、井上を更に強くさせたい、と考えていた
巧に一目を置き直した愛梨に、再び、この部にスパーリングを行いに来るのであれば、ストッパー役となる恵夢も一緒に、と釘を刺しながら、魚見は瑛について考えていた
課されたメニューを熟し、自分が強くなれた実感を、瑛との手合わせで、ほんの少しでも感じ、自分の成長を噛み締める事が出来ていたのなら、長刀部は同好会に格下げされる人数に減ってしまうだけで済んだかもしれない。廃部となり、未だに復活する兆しが皆無である以上、言っても仕方のない話ではあるが。
部員らは頑張れば頑張るほど、瑛と自分達の、才能の差に直面し、叩き伏せられた。
全員が、大会で上位に入れるだけの実力があり、自分達には才能がある、と信じていた分、本当の天才、いや、天才以上の化物に出逢ってしまった際のショックは大きかったのだろう。
当然、中には才能がなんだ、そんなもの、練習量で埋めればいい、と行動できる元気な部員だっていた。
それでも、現実に心が折られた、容赦なく、無惨に、徹底的すぎるほど。
瑛は、手加減をしていた。
練習の最中に、怪我などさせてしまったら、本末転倒だ、と解かっていたからだ。けれど、自覚はあるが分別の欠けている天才がする手加減と、凡人がしてほしい手加減には、差がある。
瑛には、そんな凡人の求めるものに応えられるほどの気遣いはなかったし、仮に言葉でその旨を伝えられても、きっぱりと却下していただろう。強くなりたいのに、指導者から手加減されていたら、実力が上がるはずがない、と。
常住戦陣をモットーに掲げる、人だけでなく、怪異を討つ為の剣術を研鑽してきた道場の娘として生を受け、物心が付く前から、魔法少女のステッキではなく、竹刀を握らされ、思春期を迎える頃には同年代で敵なしとなり、現在じゃ、道場の誰と試合しても満足できない瑛にとって、強くなりたいなら努力するのが当たり前で、そこに手加減を求めるのは間違いだ、それが彼女の意識していない常識だった。
当人は厳しく指導しているつもりじゃなくても、部員らは瑛のやり方に着いていけなくなった。
不満を真っ向から言えば、まだ良かったのだろう。瑛だって、厳しくとも、人の話に耳を貸さないほど、頑固ではないのだから。
だが、そんな抵抗すら出来ないほど、彼女らの心は打ちのめされ、部室どころか学校にも来られなくなってしまった。
一人、また一人、と部員は長刀を捨てていき、夏休みに入る前に、長刀部の歴史には終止符が打たれる事になった。
魚見が瑛に恐怖を覚える事になったのは、意地と言うよりは、流れに乗り遅れてしまっていた最後の一人が、瑛との試合で心が折れた瞬間だった。
たまたま、魚見はその生徒に忘れ物を届けに来て、試合を外から覗く事になった。基本的にお節介である彼女は、部活の時間が近づいてくるにつれ、顔が土気色に変わっていくクラスメイトの事を心配していた。
部員が次々と減っていき、残ってしまったのは彼女だけなのも、ゴシップ好きの友人から聞いていたので、余計に憂いており、忘れ物を届けに部室へ来たも建前に近かった。
長刀については、素人同然である魚見でも、瑛とクラスメイトの間にある、絶望的な実力差が初見で見抜けた。
足運び、長刀の扱い方、試合の流れを自分に有利となるように仕向けるセンス、どれにおいても、瑛は圧倒的にズバ抜けており、クラスメイトは奇跡が起きようとも、瑛から一本を取る事が不可能だ、と。
魚見は、瑛の美しい戦い方に惚れ惚れするどころか、寒気すら感じた。
一秒ごとにクラスメイトの才能は、瑛の動きで削がれていき、選手生命が風前の灯火であるのは一目瞭然であった。
そして、瑛の突きを防ぎ損なったクラスメイトは膝から崩れ落ち、嘔吐した。
魚見が来る前に、既に胃の中は空っぽにされていたのだろう、彼女の口から床にブチまけられたのは、ほぼ胃液だった。
慌てて、瑛は魚見と一緒に、彼女を保健室へと連れて行った。その時は、魚見は瑛の事を、試合の時こそ怖くなるが、本当は良い子なんだ、と思ったのだが、それは半分ほど思い違いだった、そう感じたのは翌日だった。
結局、そのクラスメイトもプライドがズタボロとなった事で、学校に来られなくなった。
翌日に、魚見は瑛と渡り廊下でバッタリ出会い、彼女の事を心配していた瑛へ、クラスメイトの親が先ほど、休学届を持ってきた、と伝えた。
それを聞き、目を見張って、しばらくしてから、漏らした溜息に紛れた言葉に、魚見は愕然とした。
「あの程度で挫折するなんて、情けないな、先輩方は。
強くなりたい、あの言葉は嘘だったのか。
真の強さを得たいなら、もっと努力すべきだろうに」
それを聞き、魚見は呆れや怒りを通り越し、瑛に同情した。
この後輩は、これから、孤独なのだろう、ずっと、そんな憐みの気持ちが、魚見の中に過った。
一緒に戦ってくれる仲間や部下は、増えていくだろう。しかし、共に己を高め合うライバルも、「強くさせたい」、そんな意思に応えてくれる弟子も出来ない、と。
そんな孤独は味わいたくない、と思え、自分の才能に枷を付けられるなら、まだ良いが、ほぼ初対面である魚見でも、瑛はそれに気付けないタイプだ、と察せた。
練習風景こそ見ていないが、あの試合(と表現して良いのか、迷うほど、一方的だったが)だけでも、瑛が去っていった部員に、過酷な努力を善意から強いていたのも、容易に察せた。
(この子が、生徒会に入ったのは正解だったかもな)
運動部に入っていたら、その部は間違いなく、この長刀部と同じ末路を迎えていただろう。長刀部に同情する一方で、魚見は「ボクシング部」が無事で良かった、と安堵してしまう。
強くなる為に常軌を逸した鍛錬のメニューを、己に課せる彼女は、頂きを目指す最中に、自分の横に誰もおらず、それに加え、自分を後ろから追いかけてくれる者もいないのに気付かないのだろう、と。
よしんば、気付いたとしても、寂しい、とは感じず、何故、他の者は自分と同じように出来ないのか、強さを諦められる事を不思議がるのだろう、と。
なるべく関わりたくない、と思う一方で、魚見はつい、瑛を追いかけてくるのではなく、瑛が追いかけられる相手が出てきてくれたら、と願ってしまった。
当時は、絶対にありえない、と思った魚見だったが、ここ最近の瑛を見て、「もしかして」と感じるようになり、愛梨からの話で、希望が芽吹いた、と期待が抱けた。
無自覚で、他人の才能を潰えさせ、努力を蹂躙してしまう生き方で、人が幸せになれるはずがない。
真の強さを得たとしても、辿り着いたそこは荒涼とした荒野だ。
本当に強くなった者は、そんな些末な事など気にしないのだろう。しかし、多少とは言え、縁が出来てしまった魚見としては、そんな後輩が誰かに救われてほしい、と思ってしまう。一時期、事情は知らないが、随分と憔悴した瑛を見て、吃驚させられた事もあっただけに。
「・・・・・・私の勘違いかもしれないが、会長は以前よりも、強さが増したな。
少し前までは、剣呑すぎる雰囲気を纏い、ファンも近づくのを躊躇っていたほどだったが、ここ最近は、随分と笑い方も柔らかくなった。
あれは、誰のおかげなんだろうな?」
知っているのに聞いてくる魚見に苦笑で返し、「コウイチでしょうね、間違いなく」と断言した。
「恋と言うのは、女子を変えるものらしいな」
「ですね」
後輩、しかも、攻略がそう簡単ではなさそうな相手に惚れている者同士だからか、瑛は紅壱へ自分から告白できないだろう、と意見が同じになったようだ。
「実力第一のお前が認め、なおかつ、あの会長も良い方向に変えたんだ、相当に強いようだな、あの赤髪の一年生は」
魚見ほどの猛者に、後輩が褒められ、愛梨は嬉しそうだ。彼女の言葉に頷きながら、愛梨は心中で、「あの強さは桁違い過ぎるけどな」と一抹の不安を感じていた。
愛梨は、危険な怪異を人知れずに排除している『組織』に属しているので、これまで、何十人も強い男を見てきて、その一部に対し、「まだ、勝てそうもないな」と感じていた。
しかし、そんな愛梨が、紅壱に感じる、自分との差は何かが違った。
『組織』の男に感じる強さは、完敗を予見させる類のものだ。
そんな彼らに対抗意識を燃やせる愛梨は観察する事で、どのようなトレーニングを行っているか、をある程度までなら見抜けるようになった。
また、『組織』は新人研修で、様々な怪異相手の戦い方を教える為に、彼らの日々の戦いを撮影する事もあるので、研究ができる。学校からの課題は敬遠するが、この手の学習は率先して行うのだ、愛梨は。
強い、怖い、とは感じる反面で、自信家である愛梨は、追いつける、と確信していた。
けれど、初見で、強さの頂も、怖さの底も見えない、と直感した紅壱は観察すればするほど、その実力に慄かされる。
研究できるほどの材料がないからだ、と自分に言い聞かせて、紅壱から逃げだしたい自分を、どうにか押さえている。
紅壱が己に課している鍛錬の質と量が見抜けないのも、愛梨に根拠が並べられない不安を抱かせていた。
愛梨も、自分にオリンピックに参加する選手に負けないほどの努力を課している、そんな矜持があったけれど、紅壱はそれ以上の事をしているように思えた。
もちろん、確認していないから断言は避けるしかないが、体型が維持でき、実力が常に安定している事から考えても、自分と同じくらいの努力はしている、と理解できた。
瑛は、誰もが認める、全校生徒から慕われ、敬われ、憧れられている生徒会長である
魚見もまた、後輩である瑛は自慢であった
しかし、彼女は知っていた、桁違いの天才である瑛の才能によって、伝統ある長刀部が廃部に追い込まれた事を
決して、瑛は悪意を持って、長刀部の部員を鍛えた訳じゃない。ただ、強くなりたい、と彼女達が望んでいたから、自分の才能を活かして、それを叶えてあげようとしただけだった
決して、誰も悪くはなかった。ただ、瑛が自分の天才性に、凡人は着いて来られない、と知らなかった、そして、弱者の気持ちを理解できなかっただけなのだ
紅壱を好きになった事で、ここ最近、瑛の雰囲気が和らいだのに気付いていた魚見は、彼女が一人の少女としての幸福を掴む事を祈るのだった




