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とある生徒会長の本音は日誌だけが知っている  作者: 『黒狗』の優樹
女子ボクシング部に、愛梨がやってきた
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第九十七話 差異(difference) 魚見、愛梨と瑛の違いを考える

井上順子は、誰もが認めるボクシング部のエースである

しかし、生徒会会計・太猿愛梨は圧倒的に強く、善戦及ばず、敗北を喫してしまうのだった

自分が、壁にぶつかっている井上の為を思って、全力で戦ってくれ、と頼んだとは言え、まさか、ここまで一方的なスパーリングになるとは思ってもいなかった巧は、衝動的に、愛梨へパンチを放ってしまう

本来であれば、当たらぬはずのパンチであったが、愛梨は巧の男を立てるべく、あえて、受けたのだった

そんな彼女の強さに、巧は己の小ささを自覚し、真摯に謝罪する

 武技も魔術も、後輩に追い抜かれたら、先輩として面子が立たないにも程がある。その後輩が、自分を追い抜いたくらいで調子に乗らず、それまで同様に慕ってくれるような男だ、と解かっていれば、余計に惨めな気分になる。

 あまりにも才能の差を感じしてしまったら、今から努力しても、どうせ追いつけない、そんな考えが一瞬、誰だって過るものだ。もちろん、愛梨だって感じた。だから、愛梨は他人を嘲笑したりしない。

 しかし、彼女は、「それがどうした」と、自分に諦める事を進言してくる、チキンな自分を投げ捨てた。

 確かに、この時点で開いてしまった差を、努力で埋める事は不可能だ。だからこそ、努力をする価値はある。

 例え、自分と紅壱の間にある距離が10あるとしても、その事実くらいで、愛梨は負けない。埋めるのは、10や9ではなく、5だけでいい。全力で頑張れば、それくらいはどうにかなる、と愛梨は自分の事を信じていた。

 あくまで、差があるのは魔術の才能だけだ。

 慢心ではないが、武技に関しては、互角だ、と愛梨は感じていた。しかも、自分には「経験」と言う、紅壱が一朝一夕では得られない、二本目の刃を得ている。怪我で離脱しない限り、経験値は追いつかれる事はない。

 その為に、愛梨はここ最近、瑛には内緒で、恵夢に魔術の指南を請うていた。

 当人は、いきなり、新たな呪文を覚えたがる理由を恵夢には話さなかったが、元より勘が鋭く、何より、経験豊富な恵夢は聞かずとも察し、彼女のステップアップに手を貸していた。

 三段飛ばしで、自分を追走てきている紅壱を引き離そうとすれば、着地でヘマをして、階段を転がり落ちる事は目に見えている。

 言葉では表現しがたい焦りは感じるが、愛梨は一段ずつ踏み締めて、上を目指していこう、と腹を括っていた。


 「アイツらは強いですよ。だから、尚更、先輩風は吹かしたいんですよ」


 「その為に、乗り込まれ、部員を負かされるこっちは堪らないんだがな」


 「すんません」と、気まずげに頭を下げた愛梨に、巧も心苦しくなる。

 何故って、愛梨を焚き付けてしまったのは、誰でもない、自分だからだ。

 改めて、彼は愛梨に、「井上に壁を越えさせたいから、負かしてくれ」と頼んでしまった事を心から悔いた。

 罪の呵責に耐え切れず、巧は魚見に責任は自分にある、と懺悔しようとした。

 けれども、魚見の目に、彼は何も言えなくなった。彼女は、自分が愛梨にした頼みに気付いている、そう確信するに値する目であった。しかも、魚見は間髪入れずに、巧を絶句させる言葉を口にした。


 「お前がコイツに頼んでいなかったら、私が言っていたよ、『井上をぶっ飛ばしてくれ』とな」


 「!?」


 「曲がりなりにも、部長だぞ、私は。

 いつも、どうやったら、部員がぶつかっている壁を攻略できるか、考えてる。

 どうしたものか、と手を拱いている時に、太猿、お前が来てくれて助かったよ」


 「何か、気になる言い方なんですけど、それ」


 「人間、小さい事を気にしたら負けだぞ」


 魚見の、わざとらしい下手糞な誤魔化し方に、肩を叩かれた愛梨は苦笑するしかない。


 「じゃあ、気にしない事にしますよ」


 「太猿もこう言ってるんだ、お前も、あまり思い詰めなくていい。

 むしろ、井上がもっと強くなれたら、お前のお手柄だぞ」


 「・・・・・・そうですね」


 憧れの魚見に背中を強めに叩かれた事で、巧もようやく、自責の念から抜け出せたようだ。

 スッキリとした顔つきになった彼は、「ありがとうございました」と、愛梨に頭を下げる。


 「今度、またお願いします」


 「マネージャーさんは、こう言ってますけど、アタシは出禁にならずに済むんですかね、部長さん」


 「まぁ、仕方あるまい。

 さて、走って来い」


 「はい!!」


 巧は愛梨と魚見に勢いよく頭を下げ、すぐさま、部室から飛び出ていった。


 「素直な良い奴ですね、アイツ」


 「だろう。自慢のマネージャーだよ」


 「今度は、アイツとやろうかな」


 「・・・・・・次は鯱淵と一緒に来い」


 肩を大袈裟な動作で竦めて、愛梨の出入りを改めて許可した魚見だが、巧とやりたがる愛梨に、剣呑な表情で釘を刺した。

 愛梨とのスパーリングで、部員が成長するキッカケを掴んでくれる分にはありがたいが、今度も無事に済むとは限らない。やりすぎさせないためにも、愛梨が割と、素直に言う事を聞く恵夢と一緒に来てもらった方が良い、と魚見は考えたようだ。

 一年生では、愛梨は止められない。

 瑛もストッパーとしての役目は果たしてくれるが、彼女の場合、自らもリングに上がろうとする可能性も大だ。

 いや、むしろ、瑛とスパーリングをさせる方が、危険と言えた。

 圧倒的な実力差がある愛梨と戦えば、何だかんだで、部員はより強くなろう、と発奮できる。

 しかし、瑛と対戦したら、間違いなく、部員は自身の才能の無さに絶望し、部を去ってしまう。

 本人らは謙遜し合うだろうが、一般人からすれば、瑛と愛梨は、間違いなく、天才と呼ばれるべき存在だ。

 しかしながら、二人のタイプは、全く異なる、少なくとも、魚見はそう感じ取っていた。

 愛梨の天才性は、立ち向かってきた者を真っ向から受け止めた上で、更なる強さをあえて引き出す鷹揚さを帯びている。それは、彼女自身が楽しみたいからに他ならないが、少なくとも、愛梨だけでなく、相手にも良い結果が齎される。

 だが、そんな愛梨と実力こそ拮抗している瑛だが、齎す結果は真逆だ。

 この女子ボクシング部に、瑛は部室の清潔さが保たれているか、チェックしに来た事はあるが、その時、彼女とはスパーリングをしなかった。

 当時の部長が、瑛の怖さを知っていたので、部員に喧嘩を売ったりしないよう、釘を刺しておいたのだ。

 魚見自身も、噂話だけでなく、瑛の強さに触れて再起不能となった、二流止まりの天才の末路を目の当りにしたことがあったので、先輩の教えを忠実に守っていた。

 中学一年生の瑛が、剣道の全国大会で優勝経験もある婦人警官をコテンパンに負かした事がある、そんな噂を聞いた時は、真っ赤な嘘か、人の口を経る間に誇張してしまったものだ、と高を括っていた。

 けれど、去年、それは真実なのでは、と思わされるような事態が、魚見の前で起きた。


 現在、この高等部に長刀部はない。これだけの歴史がある学園だ、長刀部くらいはありそうなものだが、と思う者もいるだろう。厳密には、去年まであったのだ。

 その長刀部を廃部に追い込んだのが、他でもない、獅子ヶ谷瑛だった。

 当然ながら、彼女は悪意や恨み、または、悦楽を以て、長刀部を潰し、才能ある部員にトラウマを植え付けた訳じゃない。

 それが、あの時の表情と、その後の一言で理解できるからこそ、魚見は瑛と拳を交えたくなかった。

 あれには、勝てない。ただ、負けるだけならともかく、大事な物を失い、二度と取り戻せなくなる、と解かっているのに、戦いたい、そんな気持ちが芽生えるはずがない。

 魚見にも、自分が全国クラスの猛者である、自負と自覚がある。そんな強い彼女だからこそ、瑛は戦ってはいけない存在だ、と気付けるのだ。

 生き地獄、そう評しても大袈裟じゃない目に遭った被害者たちを非難したくない気持ちもあるが、長刀部にも、それに気付ける勘を持った者がいれば、五十年の歴史を持ち、全国大会六連覇中だった長刀部は廃れる事はなかったのではないか。

 瑛の強さに初見で気付き、彼女と戦う事がなければ、彼女らは今、長刀を見ただけで昏倒するようにはなっていなかったはずではないか。

 先にも述べたが、瑛は長刀部や、長刀そのものに憎しみを抱いていたわけではない。

 ただただ、純粋に、対長刀の戦い方を習得したかったからこそ、長刀部の戸を叩いた。

 入部する意志こそ、瑛にはなかったが、部員らは瑛が剣の扱い方に慣れていると言う事もあり、練習への参加を快く許可した。

 長刀同士だけでなく、他の武器とも戦う大会への参戦を目論んでいた部員らにとって、瑛が練習に参加してくれるのは願ってもない事態だった。しかし、彼女らはその下心ありきの判断が間違いだ、と気付くのが遅すぎた。

 本物の天才である瑛は、二週間も経過しない内に、部員全てに勝てるようになってしまった、剣でも長刀でも。

 瑛が、そこで、教わる事のない長刀部に、長居は無用、と去るような、典型的キャラであったのなら、最悪の事態は免れたのかもしれない。だが、瑛がそんなキャラでなかったのが、長刀部にとって運の尽きだったのだろう。

 長刀の扱いを指導してくれた恩を返すべく、瑛は部員らをもっと強くしてあげたい、と考えた。

 高慢ちきな考え方であるのだが、瑛には一欠けらの慢心もなく、本当に純粋な気持ちから、自分が長刀部を上のステージを連れていきたい、と考えた。

 瑛には、それが出来るだけの実力はあったが、残念なことに、長刀部の部員には、そんな瑛の優しさを受け止めるだけの才能がなかった。

 部員の中には、全国で最強と言われるだけの実力者もいたが、瑛相手には、まるで歯が立たなかった。

 瑛のシゴキで、真っ先に心が折れたのが、その最強の女子だったらしい。

 瑛もまた、人を強くするのは、敗北だ、と信じていた。だから、彼女は部員を自分が徹底的に負かし、「勝ちたい」と思わせ、練習量を自発的に倍に増やさせ、なおかつ、実戦に近い試合で勘を研ぎ澄まさせる事で、部員を強くしようとした。

 そんな彼女のやり方を聞いて、絶対的に「正しい」と肯定するのは鳴だけだろう。

 愛梨なら、真っ向から否定して、彼女を実力行使で止めようとする。

 夏煌は、すぐさま逃げるに違いない。

 恵夢は穏やかな微苦笑を浮かべつつ、懇切丁寧に、そのやり方では、凡人は強くなれない、と言葉で諭す。

 紅壱は、その強さがモンスター級である点で、瑛と同じなので、彼女のやり方で、本当に強くなってしまうだろう。瑛が、緊張して、彼にまともな指導が出来るか、は別にして。

 恋愛感情が突き抜け過ぎている鳴と、強さの次元が違う紅壱だからこそ結果が出る、瑛の鍛え方に、一般人が音を上げないはずがない。むしろ、息の根が止まらなかっただけ、運が良かっただろう。

 彼女らにだって、プライドはある、だから、頑張った。初心者の瑛に負けたままじゃいられない、と練習にも熱が入った。

 しかし、才能の差は残酷だった。

巧へ、見合ったペナルティを与えた魚見は、愛梨の強さを讃える

冗談めかして、芯のある巧と戦いたがる彼女に釘を刺す、次は、ブレーキ役として恵夢を連れてこい、と

魚見は、愛梨以上に、瑛が部室に来て、部員とスパーリングをしてしまう事を恐れていた

愛梨に劣らず、瑛もまた、天才であるが、魚見にとって、瑛の才能は純粋に恐ろしいものであった

彼女が思い出すのは、かつて、瑛の天才性の犠牲になってしまった、ある部活だった

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