第七十五話 思浮(recall) 恵夢、愛梨の片思いの相手が誰か、思い浮かべる
瑛は、紅壱に恋愛感情を抱いている者が自分だけでなく、可愛がっている夏煌もまた、と知る
驚いた彼女ではあったが、決して退けなかった
互いに、紅壱は渡さない覚悟を示し合い、二人は火花を散らすのだった
そんな美少女二人に挟まれ、オロオロしている紅壱を眺めていた愛梨は、つい、自分にも好きな相手がいて、それは後輩である事を恵夢に口を滑らせてしまう
「え、誰かなぁ?
後輩って事は、一年生だよねぇ。
ヒメくんが違うとなると、他の子だったりする。
エリちゃんが関わりを持ちそうな一年生の男子・・・・・・もしかして」
恵夢が頭の中に思い浮かべた男子の名を言おうとした刹那に、愛梨は強引に質問を直撃させる。いくら、手が速い愛梨でも、先輩の言葉を殴って止めるような真似はしないのだ。
何より、もしも、彼の名前を言われたら、漠然としていた意識が鮮明となり、本当に自分が彼の事を特別な男子として想っている、それを意識してしまうのが怖かったのだろう。
「ってか、メグ先輩はアイツの事、どう思ってるんですか」
「私が?」
唐突な質問に、恵夢は目をパチクリとさせる。
どうにか、彼の名前が恵夢の口から出ずに済み、愛梨は安心した。しかし、本人は気付いていないようだが、そう思う時点で、愛梨の心を、その男子生徒が占めている割合が大きくなっている証拠である。
少し、真剣な表情で考えていた恵夢は再び、紅壱が瑛からの「う」攻めに劣勢に陥っている姿を見て、首を横に振った。
「やっぱり、私の中でも、ヒメくんは恋愛対象じゃないなぁ」
聞いてはみたが、予想はしていたのだろう、愛梨はさほど驚いたりはしなかった。
「もちろん、ヒメくんは格好いいと思うよ。
日常でも、戦場でも、頼りになるから好き。
でも、恋心がトキめくか、って聞かれたら、NOなんだよねぇ」
申し訳なさそうな表情をした恵夢が、遠く見ながら、ぼそっと呟いた言葉、それは愛梨にも聞こえたが、彼女は自身の精神衛生を保守すべく、あえて、聞こえなかったフリをする事にした。
(小学五年生くらいのヒメくんなら、ドストライクだったんだけどなぁ、って言ったよ、このショタコン先輩)
愛梨は知っている、恵夢が生徒会の仕事が忙しい合間を縫って、初等部へ出向いている事を。善意からのボランティア精神で、彼女が小学生らの遊び相手になっているのは間違いない。
しかし、小学生と遊ぶと言う事は、体に触る機会も多い。つまり、恵夢にとっては、合法的に、しかも、誰からも怪しまれず、男子小学生にボディタッチできるのだ。
もちろん、恵夢はキスしたり、股間を触ったりなどはしない。頬や手足だけでなく、髪を撫でるだけでも快楽なれる、ある意味、小学生の男子に近づけちゃいけない領域にまで至っていた。
しかし、彼女が自制して、ある程度は離れているようにしていても、男子小学生はあちらからやってくる。
何せ、この年頃の男子小学生は、おっぱいに興味が出始める。無邪気なフリをして抱きつき、大胆に顔を埋めたり、頬ずりしたりしても、恵夢が嫌がらず、しかも、優しく、「めっ」と諭してくれるとなれば、半分は度胸試しに近い感覚で、彼らは恵夢に抱擁を求める、それが恵夢の計画通りとも知らず。
クラスの女子に白い目で見られる危険性もあったが、平たい彼女らに嫌われようとも、目の前に母親よりも大きなおっぱいがあり、触るチャンスが掴めるのならば、行くのが男だ。いくら、好きな女の子がいようとも、それはそれ、これはこれなのだ、男子にとって。
中には、御利益を求めて、恵夢に巨乳を揉ませてください、そう、こっそりと頼んでくる女子小学生もいた。
元気なショタが大好物の恵夢だが、ロリに冷たくはしない。好きな男の子に振り向いてもらいたくて、頑張っている恋する美少女であれば、尚更に協力してあげたくなるらしい。
膨らみ出した乳房が痛くならないような、それでいて、十分な結果が続けた分だけ、ちゃんと出るマッサージの仕方を教え、または成長を促す、栄養バランスの整った食事も指南した。
なので、もしかすると、恵夢の事を、女子小学生の方が男子小学生よりも理想のお姉さん、そう崇めているのではないだろうか、と愛梨は感じていた。
恵夢の性癖は個人的に、受け入れ難いとまでは行かないにしても、理解の更なる先にあるものではあるが、小学生が彼女との交流を嫌がってはいない。むしろ、恵夢は小学生を毒牙にかけようとしている、マナーのなっていないゲスを排除している。
子供好きの恵夢の逆鱗に触れた輩が、どうなったか、それは想像もしたくない。少なくとも、コンクリートに叩き付けた豆腐のようになっているはずだ、と察しがついてしまうだけに。
紅壱は普段から怖いが、実際は優しく、筋が通り、芯もある。
瑛は日頃から厳しいし、ルールの遵守を大事にしているが、温かみもある。
恵夢も、慈愛に満ち、包容力も高いが、一度、キレたら手が付けられなくなる節があった。
怒りよりも悲しみでキレた恵夢を、一度、目の前で見た事がある愛梨。あれから一年も経過していないから、仕方ないとは言えるが、恐怖がフラッシュバックして、真夜中に汗だくで飛び起きてしまう回数は、さすがに、そろそろ減って欲しい、と思っていた。
「―――・・・コーイチって、どんな子供だったんですかね」
「きっと、可愛かったと思うな」
言い切った恵夢に苦笑してしまう愛梨は、「それは同意しますけどね」と首を縦に振った上で、言葉を続けた。
「一体、どんな育て方されたら、リザードマンどころか、あのカガリに向かっていけるような度胸が付くんですかね」
恵夢が、ほんの少しだけ、大きな胸を動揺で揺らしたのを横目に見て、愛梨は彼女も自分と同じく、紅壱とカガリは戦った、と推測している事を察した。
下位魔属に果敢に立ち向かう紅壱の姿を見て、カガリは彼の潜在能力を高く評価し、少し“撫でた”だけせ済ませ、本格的な戦闘、命の奪い合いを後の楽しみにしたのだろう、と考えている瑛とは違い、愛梨はガチの戦いがあったのだろう、と確信していた。
高級外車が一括で買えてしまうだけの懸賞金がかけられている霊属だ、あのカガリは。
大袈裟でもなく、怪物級の戦闘力を有するカガリが相手ならば、例え、軽く力を試されただけでも、大怪我は免れないのは確かだ。けれど、それは並みの強さの術師だからだ。
魔術よりも物理攻撃の方が得意である愛梨だからこそ、紅壱の喧嘩師としての実力の高さは、匂いで解かる。自分よりも魔術が使えないとしても、カガリと肉弾戦で互角に渡り合えても不思議ではない、と考えていた。
真っ向から、カガリと戦ったからこそ、あれだけの大怪我を、紅壱は負ったのだ、そんな結論に達したからこそ、愛梨は「どうして?」と疑問を覚えた。
賞賛には値するし、後輩として誇りにも思う。
けれど、紅壱はまだ、この生徒会に入ったばかりで、学園にもそこまでの愛着はないはずだ。
あのカガリが相手だったのだ、逃げても恥じゃない。むしろ、常識的に考えれば、一人で勝てる相手じゃない、力を合わさねば死ぬ、そう判断するはずだ。紅壱ほどの男であれば、躊躇いなく動けたはずだ。
なのに、紅壱は持ち場で踏ん張るだけではなく、カガリに単身で挑む選択をした。自分が言えた義理ではないが、理屈に合わない、と思った。
何故か、と考えた愛梨。勘に任せて体が動くタイプであるのは確かだが、彼女だって、疑問があれば、脳味噌をちゃんと働かせるのだ。そうでなければ、人の理解の外にある怪異と戦う役目なんて務まらない。
そんな愛梨は、表情や雰囲気に出さないように努力しているのが一目瞭然な大親友を見て、気付いた。と言うより、納得した。
紅壱は、瑛が守りたい学園だから、死線ギリギリまで踏み込んで戦い、そして、紙一重の差で勝ち切ったのだろう。
愛の力か、ふと、口に出してしまい、気恥ずかしくなってしまう愛梨。自分の名に入ってこそいるが、それは関係ないようだ。
紅壱にそこまで思われる瑛が、羨ましくない、と言ったら大嘘吐きになってしまう。しかし、そんな嫉妬よりも、さっさと告白して付き合っちまえばいいのに、そんな老婆心の方が彼女の中では大きかった。
少し前まで、この天戯堂学園高等部は女生徒だけだったから、共学化に踏み切るに到り、一応は校則に「不純異性交遊の禁止」は追加した。
鳴は、瑛が紅壱を生徒会の一員にする、と皆の意見を求めた時は、この校則を持ち出して、断固反対した。
瑛はこの時、紅壱は、あくまで男子目線でアドバイスをしてくれる者が必要だから、生徒会役員にするのだ、自分は彼を恋愛対象として見ている訳じゃない、そう説いた。
並々ならぬ努力の末に、どうにか、鳴を宥めて、問題を起こしたら即除籍させる、そこまで約束して、紅壱を生徒会に入れたのだ。
(完全に、自分の言葉で首を絞めちまってるな、アキのやつ)
恋愛対象として見ていない、と鳴に勢いで言ってしまった以上、今さら、紅壱に恋している事を気取られる訳にはいかず、必死に隠している。
鳴は瑛を神格化とまでは行かないにしろ、度が過ぎた崇拝の念を抱いているせいで、目が曇り、瑛の気持ちが見えてないようだが、愛梨らには簡単に察せた。
一般生徒からは、常に自らを厳しく律し、熱い正義感の持ち主であり、この学園のトップに相応しい、と思われ、慕われている瑛。当人は困っているが、聖炎の《オブ・》女帝、そんな尊称も似合っていると愛梨は感じていた。
親友だからこそ知っているのだが、女帝と称される要因になっているものは、瑛の一面に過ぎない。
瑛は意外に子供舌だし、魔法少女もののアニメも好きだ。他の女生徒が持っている、動物と天ぷらが合体したぬいぐるみを、密かに集めている。
これは、ここ最近、知った彼女の新たな一面だったが、どうやら、彼女は惚れた男には一途で、素直な態度になるらしい。クール要素多めのツンデレになるのか、と予想していただけに、これは意外だったが、愛梨の中では好感が強まった。
だからこそ、瑛と紅壱には、さっさと、自分達の恋心を言葉で伝えあい、体もくっついてしまえばいい、と急かしたい気持ちでいっぱいだった。
確かに、校則には「不純異性交遊の禁止」がある。破れば、停学一週間の重い罰がある。しかも、それは十五分以上、同じ部屋にいる、授業や医療行為以外で手を握る、そんな清い触れ合いが発覚した場合だ。
もしも、校外でデートをしたり、キスをしたり、相手の家に行ったとなれば、停学の期間は伸びる。
外泊となったら、もう間違いなく、退学だろう。いや、それで済めば、まだ良い方かも知れない。あまり想像したくない事を、平気でする生徒が、この学園にはいるのだから。
こんなムチャクチャな校則を追加してしまった先輩たちを、愛梨は怨む気にはなれない。
生徒会は新しい風を学園に吹き込ませ、良い変化を求めたかったのだろうが、周囲がそれを好意的に許してくれるとは限らない。共学、それを実現するには、ここで妥協するしかなかったのだろう。
前の生徒会長らから、当時は相当に激しい戦いがあったらしい。怪異から担当エリアを守るだけでも大変だったのに、お嬢様学校としての黴が生えたブランドを頑なに守りたがる、潔癖な同級生やその親、教師と火花を散らし、神経を削るのは過酷だったのだろう。
当時の生徒会が粉骨砕身してくれたからこそ、紅壱は入学を許された。そして、生徒会に入る事も出来た。大袈裟かも知れないが、瑛と紅壱を出逢わせてくれたのは、彼女達に他ならない。オーバーリアクションすぎる、そう失笑されてもいいから、愛梨は先輩たちに感謝したかった。
半ば強引に話題を変え、自分が紅壱の親友である矢車修一に惚れている事を隠し通せた愛梨
やや罪悪感を抱きつつ、愛梨は恵夢に、紅壱の事を恋愛対象として見ていないのか、と尋ねるも、恵夢はキッパリと否定するのだった
ショタコンである彼女の中で、紅壱は好感度の高い男性ではあるが、恋愛対象ではなかったようだ
彼女の答えに納得しつつ、愛梨は何故、紅壱はあんなにも強いのか、を疑問に覚える




