第七十三話 相談(talk to)瑛、夏煌の態度について、恵夢に相談する
生徒会の業務に復帰した紅壱
早速、瑛の役に立つべく、仕事をしようと張り切る彼は界隈で問題になっている連続不審火が、怪異の仕業であるかもしれない、と聞かされる
その調査が仕事か、と逸る紅壱だが、既に瑛の指示で、もう一人の生徒会メンバーが動いていた
誰も顔を知らないメンバーに、紅壱の興味は膨らむばかりである
途中、何度かの脱線はあったにしろ、こうして、紅壱の復帰は、鳴を除いたメンバーに歓迎されたのだった。
「では、辰姫、遠慮なく、今日はこき使わせてもらうぞ」
紅壱は、瑛からの信用が宿る、力強くも優しい言葉に、ニカッと笑う事で応える。
人食い熊や狼よりも恐ろしい、戦闘の事しか頭にない狂った悪魔じみた、獰悪な嗤みに、鳴は腰を抜かし、夏煌はギュッと下唇を強く噛み、愛梨は一歩ばかり後ずさり、恵夢は痛んだ心臓を癒すように自らの冷たく汗ばんだ肉丘に手の平を当てた。
平然としているのは、瑛だけで、「頼もしいな」と頬を薄く赤らめながら、紅壱の肩に手を伸ばして置く。さりげなく、紅壱がバレない程度に膝をほんの少し曲げていなかったら、瑛は爪先立ちせねばならなかっただろう。
さすが、私の会長、こんな連続殺人鬼みたいな、薄汚いオーラにも怯えないなんて、と瑛が紅壱に恋しているとは微塵も気付かぬ、盲目的な狂信者である鳴に、他の三者は同情と憐憫が入り混じった一瞥をくれた。
もうしばらく、瑛は紅壱の肩に手を置いていたかったが、あまり、長時間、触っていると、他のメンバーに怪しまれるし、また、鳴に不機嫌になられてしまうので、理性で欲求を押さえ込む。と言うのは、それらしい建前で、もっと違う所を触りたくなるからだった。
稽古と荒事以外では、異性の体に接触する機会など皆無な瑛。しかも、初めて、恋愛感情が生じた相手だ、肩に触るだけでも相当な勇気を振り絞っていた。
そんな瑛の健気さが感じ取れるからこそ、うっとりしている鳴から外された三人の視線の色は異なるのだろう。
「・・・・・・」
「そうだな、行こう」
顔に出さない分、雰囲気が刺々しい夏煌に急かされ、瑛はぎこちなく、首を縦に振った。
生徒会室を出て、校舎も出て、目的地に向かう最中・・・
「鯱淵先輩、なぜ、大神は苛立っている、と言うか、急に、私への当たりがキツくなったんでしょうか?」
歩調を変え、後ろにいた恵夢の横に来た瑛は夏煌に聞こえぬよう、声を抑えて尋ねた。
後輩がしてきた、まさかの質問に、恵夢がつい、苦笑してしまったのは誰も詰れまい。
数秒ばかり悩んだ恵夢は、その真剣なトーンで尋ねられた事への答えの前に、自分が気になった事を確認する事にした。
「どうして、私に聞くのかな?」
「最も、信頼できるからです。
私の質問に、的確な答えをくださるのは、鯱淵先輩以外にいない、と判断しました。
燕ヶ原先輩は今、ここにおりませんし、豹堂とエリでは的外れな答えが返ってきそうです。
大神に尋ねるのは、さすがにデリカシーに欠けます」
「うーん、じゃあさ、ヒメくんは?
アキちゃんが欲しい答えはくれないかもしれないけど、一緒に悩んでくれると思うけど」
「・・・・・・辰姫の傍には、大神がいて近づけませんので」
本当は、自分が紅壱の隣を歩きたいのだろう、他愛もない話で盛り上がりたいのだろう、彼の微笑を近くで眺めたいのだろう。けれど、夏煌と険悪にもなりたくない、そんな気遣いと遠慮が、瑛にあの二人の間に割り込む度胸を奪っているようだ。
しかし、我慢は体に良くない。瑛は先輩かつ生徒会長としての立場と、獅子ヶ谷瑛と言う一人の少女が持つ恋心の板挟みになっているのか、その精神的な辛さが下腹部に鈍く響いてくる痛みを生んでいるようだった。
「お腹いたい?」
「いえ、痛いと言うか、ムカムカすると言うか・・・・・・言いようのない不快感としか表現のしようが」
自分でも上手く説明できない事にもどかしさを覚えるのだろう、瑛の眉は小刻みに痙攣する。しかし、恵夢は、相手が夏煌であるとは言え、好きな人に近づく他の少女に嫉妬を覚えるのは好い傾向だ、と感じた。
うん、うん、と一人で勝手に納得し、満足するように幾度も頭を振る恵夢に、瑛は渋い面持ちだ。答えを、経験豊富な先輩である恵夢から聞ければ、下腹部の痛みだけでなく、胸の中で渦巻く黒い感情が消えるのでは、と期待しているような眼差しだ。
はぐらかしても良かったのだが、こうも、縋られてしまうと虐める訳にもいかない。
しょうがないわね、と溜息を飲み込んだ恵夢。
「ナッちゃんはね」
「はい」
「さっき、アキちゃんがヒメくんと話している時、アキちゃんと同じ痛みを、ここに感じていたんだよ」
そう告げ、恵夢はサイズこそ、自分に劣るも、形は整っている柔肉の先端を指で押す。
急に、女の体の中でも一、二を争う敏感な箇所を、いくら、同性とは言え、強めに押され、瑛は「ひゃんっぅ」と引っ繰り返った声を発してしまう。
急に、瑛が妙に色っぽい声を出したからだろう、紅壱は昂ぶるよりも仰天してしまい、慌てて、振り向いた。
何も言わなかったら、そのまま、こっちに来そうだったので、瑛は「何でもない」と凛とした調子の声で、既に一歩を踏み出しかけていた紅壱を制止る。一瞬、迷ったが、本人が「何でもない」と言う以上は引くしかない。
戸惑いながらも、恵夢が隣にいるなら大丈夫か、と自分を納得させた紅壱は前に向き直り、歩き出す。
ほっと安堵した瑛は、恵夢に押されたからか、やけに疼く胸に拳を持って行く。
「・・・・・・あぁ」
そうして、ジッと虚空を睨みながら、思考と推察に集中した彼女は、一つの結論に至る。それを口から溢すには、相当な覚悟が必要だっただろうが、瑛は躊躇しなかった。
「大神は、私と同じく、辰姫を恋愛対象として見ているのですね」
「そういう事になるねぇ」
恵夢は、瑛が自分が紅壱に惚れている自覚を持っている事に驚いたのだが、表情や言葉に滲ませてしまえば、瑛のプライドを酷く傷つけてしまいそうだったので、おくびにも出さないよう、努力った。
「つまり、大神のあの態度は、私への牽制と、負けないと言う意思表示でしょうか」
「多分ねぇ」
なるほど、と呟いた瑛の横顔は、どこか嬉しそうだ。
「・・・・・・アキちゃん」
「何ですか?」
「遠慮しちゃダメだよ」
その一瞬、瑛は目を見開いたが、いつになく、真剣な表情になった恵夢の言わんとしている事が理解できたのだろう、「しませんよ」と言い切った。
「辰姫の事に関しては、一歩どころか半歩も譲りたくないですし、何より、遠慮や躊躇は、大神に対しても失礼でしょう」
「なら、いいんだ」
瑛が安っぽい優しさで、夏煌に紅壱を譲ってしまうのでは、一抹の不安が彼女の真っ直ぐで純粋な言葉で洗い流され、恵夢は口角を軽く上げた。
「嬉しそうだねぇ」
「嬉しそうに見えますか?」
自分が、その感情を顔に出している事に気付いていなかったのだろう、瑛は驚き、自分の頬へ手をやる。
「嬉しい・・・・・・そうかもしれませんね。
辰姫の良さに気付いてくれる者が、私だけじゃなかった、それが嬉しいのでしょう。
だけど、それはそれ、これはこれです」
勝ち気な意志を、双眸に爛々と光らせる瑛は、名字に入っている、百獣の王すら頭が上がらぬ牝獅子のような気迫を纏う。
「大神の事は、可愛い後輩、その印象に変化はありませんが、恋のライバルとなる以上は、立場は関係ありません。
選ぶのは、辰姫なのは重々承知していますが、選んでもらう為の努力は全てやります。
誰が相手でも、私は辰姫は渡したくない。辰姫の恋人になりたい」
瑛の声は小さかったが、それには確固たる決意が漲っていた。
夏煌にも、それが聞こえた訳ではなかったが、同じ男に惚れている者だからこそ、瑛の纏う雰囲気、抱く恋心の様子に生じた変化を敏感に察したのだろう、チラリと振り向いた。そして、前をしっかりと見据えた瑛と目を合わせた。
ぶつかったのは一瞬だったが、二人にとって、お互いの気持ちを確認かめ、正々堂々と戦う意志がある事を表明するには、十分だった。
空気に異様な緊張感が走ったのを感じた紅壱が振り向くまで、瑛と夏煌は睨み合っていた。その瞳には、微塵の憎悪も宿っていなかっただからこそ、ほんの一瞬だけ、真っ向から高速で衝突した視線から生じた火花は色とりどりで、実に美しかった。
紅壱や修一のように荒事慣れしていない、戦闘力が著しく低下い一般人の目にも、きっと、視えただろう、空中で激しく唸り合い、敵の急所へ己の爪牙を突き立てる、絶好のタイミングを逃さんとしている、麗しい牝獅子と、美しい牝狼が。
(あらあら、少し煽りすぎちゃったかしら)
さしもの恵夢も焦燥の冷たい汗が背中一面に滲み出てくるのを感じ、苦い微笑を浮かべるので精一杯になってしまう。
もし、紅壱が振り返らなかったら、魔術攻撃を互いに放っていたかも知れない。
瑛が放った炎の矢は夏煌の心臓を寸分違わずに貫き、高熱により焼かれた傷口からは血の一滴すら滲み出なかっただろう。射抜かれた者は、自らが死んだ事にすら気付かず、そのまま倒れ、直後、炎に包まれただろう。魔力による火は、水をかけようが、優れた消火剤をかけようが、決して消えない。しかも、瑛の恋心から生じた炎だ、名うての術者が発動した流水属性の魔術ですら、鎮火には時間がかかる。
しかし、胸に穴をぶち開けられたくらいで死んでいたら、最初から恋なんてしていない。心臓を失っても、夏煌は止まらず、勢いもそのまま、口に咥えたナイフで瑛の首を切り飛ばしたのは間違いない。仮に反応が出来て、首と胴が別れるのを免れても、夏煌のナイフの先端からは、振り抜かれると同時にカマイタチが放たれる。目に見えぬ、二本目の刃は確実に、瑛の健康的な弾力の頸動脈を容易く切断したであろう。
振り返ってくれた紅壱に感謝する一方で、「もうちょっと、早くしてほしかったな」と思ってしまった恵夢は、自己嫌悪から目元が強張ってしまい、彼の目に映った彼女の微笑は、少しぎこちないものだった。
どうしたのだろう、と気になりはしたが、隣の夏煌を蔑ろにするわけにもいかない。仕方なく、紅壱は夏煌との会話に集中しながら、耳を闘気で覆い、聴力を通常の倍まで高め、なおかつ、瑛と恵夢の声だけ拾えるように範囲を調整した。
闘気こそ、二人には見えなかったが、紅壱の雰囲気から聞き耳を立てていると感じた瑛は疾風属性の呪文を唱え、自分達の話が彼の耳に入らないようにする。
「カローリ・ダマ・プエルルス・コモディン・イコノミー・ゲルト・ビイェ・モネータ」
空気の重層を作り、自分の周囲を防音室と同様にする術は、見事に成功し、紅壱は呪文が詠唱されると同時に、二人の声どころか呼吸音や心音まで聞こえなくなったので、ギョッとしてしまう。
紅壱に隠し事をするようで気は咎めたが、これは男子禁制、女子だけで共有せねばならない事案だ、と術を解除したくなる自分を尚も諫め、瑛は恵夢に改めて、決意を告げた。
「辰姫は、私のように生真面目で、融通が利かない、年上の女には好感は持っても、好意は抱いてくれないかも知れません。
けど、そんなことくらいで、私は、この恋を諦めたくない。
だから、何も出来ないとしても、自分が出来る事は全部やって、辰姫を振り向かせようと思います」
連続不審火が怪異の仕業なのか、そこは一旦、脇に置き、瑛らは今、すべき仕事に着手する事に
生徒会室を出て、校舎外の作業場に向かう途中で、瑛は恵夢に相談を持ち掛ける
ここ最近、夏煌が何故か、自分に対して、敵意に近い感情を向けてくる事が気になっていたのだ
恵夢の言葉により、瑛は夏煌もまた、紅壱に恋愛感情を抱いている事を察し、驚きを隠せない
けれども、彼女は紅壱の恋人の座を、誰にも譲りたくなかった
イイ意味で我儘になった瑛と夏煌は、空中で視線を衝突させ、激しい火花を散らすッッ




