第六十九話 検査(examination) 紅壱、魔力量を計る検査の事を聞かされ、焦る
瑛の『組織』に対する憤りを鎮めたのは、やはり、紅壱への恋愛感情だった
自分のパンチ力の低下を疑い、落ちこむ愛梨も、何とか元気づけた紅壱は、瑛から「忌み血」の説明を受ける
「忌み血」には、攻撃タイプ、防御タイプ、回復タイプ、魔力量タイプ、そして、そのどれにもあてはまらない特異なタイプがあった
カガリ戦で負ったダメージの治癒が早かった紅壱は、回復タイプだろう、と瑛達は疑問を抱かなかったが、アバドンを自らの身に封じている事で、自分の体に流れる「忌み血」は特異タイプに変質しているのでは、と推測していた
「まぁ、教えなくて良かった、そうは言ったが、あの検査で、あまりに魔力量が低かったら、呪文を教えておかないとならんがな」
「検査?」
「もうしばらくしたら、今年はゴールデンウィーク前だったかな、『組織』が催すの、所属している生徒全員を対象に。
まぁ、基本的には普通の身体測定とスポーツテスト、あとは、実力のチェックかな。
新入生は、魔力量と、得意な属性を調べるの」
「もっとも、どちらも、その日までの実戦である程度は把握できているからな、どちらかと言えば、他校への牽制と、自分達が獲得した新人のお披露目イベントに近い」
「なるほど」
興味ありげな面持ちで頷きながらも、紅壱は焦りを覚えていた。
(やっぱ、その類のイベントがあったか)
自分の実力が、今の時点で、どれほどのものか、興味はある。それは本心だ。
しかし、ありのままを知られる訳にはいかない、それも本音だ。
一抹の不安から、まだ、己自身のステータスは確認できていない。だが、少なくとも、新入生のレベルではないはずだ。何せ、忌み血が流れているだけじゃなく、魔王の宿主でもあるのだから。
新入生が持つ魔力量の平均は分からないが、最低でも数十倍はあるに違いない。なかったら、逆にショックだ。ますます、アバドンに顔向けが出来なくなる。
(あんまり急かすつもりはなかったけど、孤募一には急いでもらうか)
属性はともかく、魔力量は早々に、自分で把握しないと不味い。
魔力の使い方が覚えられれば、桁違いの魔力を隠す事も出来るだろう。もし、その隠蔽もしくは、器具を騙すスキルを得ないと、ライトノベルや漫画のように、その計測する道具がボカンと吹っ飛びかねない。
目立たない決意を新たにし直した紅壱は、眉、瞳孔、頬、口角、息遣いにも動揺を微塵も出さなかったので、瑛も彼の感情と思考の推移に気付けなかった。
唯一、些末な異変を感じ取ったのは、常に無表情な夏煌だが、彼女も何故、この話題で彼が狼狽え、それを押し殺しているのか、理由が想像できず、小首を傾けるしかなかった。
「あれから、アタシも場数は踏んでるし、魔力量は少し増えたと思うんだよな」
目が燃えている愛梨の言葉に、紅壱はわざとらしく反応する。
「え、計測するのは新一年だけじゃ」
思いきって訊こうとした夏煌は、その言葉が空振ってしまう。彼女が不満げに上唇を噛んだのを見て、紅壱は「悪ぃな」と彼女に胸の内で詫びる。
「記録を取るのは、一年生だけ。
でも、皆、自分が、どれくらい魔力量を増やせてるのか、気にしてるから、器具が余分に置かれてて、二、三年生はそれを使ってるの」
「自分の実力を、しっかり把握するのは大事ですもんね」
その通りだ、と瑛はまたしても、紅壱を褒めるように胸板をドンと叩く。
「あれから、結構、魔術を使ってるからな、30くらいは増えてると思うんだよな」
「今年は、最下位じゃないといいね、エリちゃん」
「あんな赤っ恥は、二度とごめんですよ。
リンさんの面子も潰しちまったし、穴があったら、いや、穴掘って隠れたかったっす」
「林檎さんは、気にしてなかったよ」
「そうだぞ、エリ。
確かに、君は魔力量こそ、その年の最低値だったが、スポーツテストでは、ほとんど、一位を独占していたからな。逆に、誇らしげだったぞ、空知前生徒会長は」
初耳だったのだろう、愛梨は「マジか」と口を半開きにする。唖然とした友人を見て、ハッとしたのは瑛。
「しまった、エリが調子に乗ったら面倒だから、言うな、と釘を刺されていたんだった」
「時効じゃない?」
恵夢の言葉で、愛梨はギリギリと歯軋る。
「現役時代は、一回も褒めてくれなかったじゃねぇか、リンさん」
「空知前会長は、エリ、君を高く評価していたからな。
だから、君が増長し、暴走しないよう、あえて、賛辞しなかったらしい。
いつも、言っていたよ、素直に褒められないが歯痒い、とな。きっと、私は愛梨に嫌われてしまっているな、と寂しそうに」
苦笑いを浮かべた瑛は、震えている親友の肩へ手を乗せる、そっと。
「鈴木前副会長と藤田前会計は、君を会長にしたらいい、と推していたんだが、空知全生徒会長は、エリはトップに立つと、最前線に立てなくなって、良さが死んでしまう、と言って、私にこの腕章を譲ったんだ」
「・・・・・・全然、知らなかった。
てっきり、お前を新しい会長に、リンさん選んだのは、あの事があったからだと思ってたぜ」
「まぁ、それもある、と言われたよ。
私としても、彼女への償いがしたかったから、君を押し退けるのは複雑だったが、熟考の末に引き受けた」
先輩らの話に置いてけぼりにされてしまい、途方に暮れる紅壱と夏煌。やっぱり、鳴はまだ、落ちこんでいる。
「あの~」と、気まずそうに紅壱が声をかけると、瑛は「あ、すまない」と即座に我へ返る。
あの事件の事を思い出して、瑛が涙ぐむと思った愛梨と恵夢は予想が外れ、顔に出ないほど驚いた。
(よっぽど、コーイチにベタ惚れなんすね、アキ)
(今は自覚できてないから良いけど、自分がヒメくんを男として見ているって気付いたら、仕事なんか手に着かなくなっちゃうね)
目と目で語り合う二人は、友人と後輩があの事件で受けた痛みを忘れ、自分を許せるようになってほしいと思いながらも、腑抜けになってしまうのは困るなぁ、と憂うのだった。
何で、二人が自分を、やけに温かい目で見ているのかは気になったが、紅壱の相手をする方が大事だったので、瑛は構わずに彼へ凛々しさが放出るようなポーズで向き合う。
「御歓談に割り込んで、すいません、会長」
「気にしなくていい。私こそ、君に説明している最中だったのに、放置してしまい、すまなかった。
それで、どこまで話したかな?」
「二、三年生も興味がある人は、自分の魔力値を計測するってとこまでです」
「うん、そうだったな。
何か気になる事があるようだな」
さぁ、質問してくれ、と目でアピールされ、紅壱はずっと、瑛と見つめ合いたい、いや、いっそ、彼女の眼球を舐めたい、そんな一線を踏み越えそうな欲望を深呼吸で鎮める。
「参考の為に聞きたいんですけど、新一年生の魔力値、平均はどれくらいなんですかね?」
「そんな事、聞いてどうするのよ、アンタ?」
いつの間にか、復活していた鳴は早速、紅壱に喰ってかかってきた。
彼女の攻撃な態度に鼻白みつつ、紅壱は「いや、どうするもないんだけどよ」と言葉を濁す。
煮え切らない彼の態度に、鳴は苛立ちを見せたが、瑛は気にしなかったようで、「少し待ってくれ」と自身の机に向かうと、ノートパソコンを操作し、情報をプリンターから出力する。
「これが昨年の結果だな」
「拝見します」と手刀を切る動作をしてから、紅壱は瑛から書類を受け取る。その際、彼らの指先が触れあった。
「!!」
瑛は少女漫画のような体験に嬉しさと驚き、感謝で真っ赤になり、慌てて、後ろを向く。指先に感じる熱さが、自分のものなのか、それとも、紅壱のものなのか、判別らなかったけど、そこから体の芯に波打って伝わるものは幸福感だった。
一方の、紅壱も早鐘のようにリズムを刻む心臓にアイアンクローをかまされているような感覚に陥るも、男として、この程度で恥ずかしがれないと耐える。疑問を解決したい、その逸る気持ちも、頬を引き締めるのを助けてくれた。
当然、目敏い鳴は見逃していなかった、そのラヴいイベントを。
ただ、瑛に触れた、紅壱の雑菌だらけ(と決めつけた)の指を切り落とすべきか、自分の唾液で瑛の指を丹念に消毒すべきか、を迷って、般若のような面と、濃い目のモザイクが必須の下品な顔の入れ替えを繰り返し、オロオロしていた。
「? あぁ、悪い」
夏煌も見たがっているのに気付き、紅壱はしゃがんでやる。
「781っすか、去年の平均は」
「悪くはない数字だと思うぞ、私は」
自分の指を咥えそうになるも、どうにか自重し、円周率で落ち着いたらしい瑛は紅壱の背後から、書類を覗きこむ。
瑛の誇りを慮り、あえて言うが、わざとではない。だからこそ、ドキンと来るのだが。
修一ほどではないにしろ打たれ強い紅壱だが、わざわざ、背後からの不意打ちで痛い思いはしたくないので、常に注意している。
さすがに、あの不吉な数字が名に入っている、世界でもっとも有名なプロのスナイパーのように、偶然だろうが故意だろうが構う事なく、背後に立った者に反射的な攻撃を加えるような真似はしないが。
だから、紅壱は瑛が自分の背後から顔を近づけてくるのに気付いていた。でも、動けなかった。肩口から書類を覗きこむ彼女の息が耳朶をくすぐり、紅壱は引っ繰り返った声が出そうになる。
(しまった)
紅壱は、股間に血が集まるのを感じ、焦燥る。しゃがんでいて良かったと安堵しつつ、瑛にバレたら一巻の終わりだ、と下着の中で自慢の大砲が暴発する前に通常サイズに戻すべく、紅壱は仕方なく、義姉の裸身を思い出す。
途端に、怒張の状態を維持できなくなった己の鉄棍に虚しさを覚える紅壱は、「会長にバレなくて良かった」と思う事で、それを有耶無耶にするのだった。
紅壱が接近された事でドキドキしてしまったのなら、瑛も接近した事でドキドキしてしまうのも当然だ。
(辰姫、良い匂いがするな・・・・・・何故か、食欲がそそられるな)
瑛は紅壱の頭皮、耳の裏、首筋から漂う体臭に鼻腔を入り口から奥までくすぐられ、胸が甘酸っぱく高鳴ってしまう。同時に、下っ腹にも快い疼きを感じ、少しだけ怖くなってしまう。
視界に入る、紅壱のちょっとだけ赤みが強くなっている耳を見ると、甘噛みしたくなる瑛。自分は「変態だったのか」と恐れつつも、彼女は紅壱から遠ざかる事ができない。
「781ってのは、そんなに悪くない数字ですか、会長」
「あぁ、ごく平均的と言えるだろう」
自分が感じている動揺、羞恥、興奮は相手に気取らせまい、と鉄のごとき克己心で平静を装う二人。なまじ、ぎくしゃくとしないからこそ、俯瞰から視えていて、彼らの気持ちが当人以上に把握できている恵夢と愛梨は温かい気持ちになる。
「・・・・・・・・・」
「私がコレで、愛梨はコッチだな」
何故、夏煌がぶすっとしているのか、分からず戸惑いながらも、瑛は彼女からの質問にも真面目に答える。嫉妬をぶつけてしまった自分の小ささに落ちこみつつ、夏煌は二人の数値を見る。
「会長が1239で、エリ先輩が467か」
(エリ先輩が出しちまった最低値でも、やっぱり、名無しの魔属どころか、幹部よりは高いな。
当たり前っちゃ当たり前だが、幹部も会長と戦えないか、今は)
残念だ、とは思ったが、落胆はしない紅壱。
自分が名を与えた吾武一達だけでなく、アルシエルの住魔なら、この程度の差は努力で埋められる、と確信じていたからだ。
戦闘は魔力の量だけは決まりはしない。事実、愛梨は魔力量が低くとも、実戦で戦法として十分な活躍が出来ている。要するに、魔力の使い方なのだろう。
「うわ、改めて聞くと凹むな」
言葉こそ弱気だが、一年間ほど積んで来た実戦経験と、それを支えた努力で、必ず、魔力量は増えている、と愛梨は思っているのだろう、目には力が入っていた。
「会長の1239は、この年の新入生のトップなんですね。
さすが、私達の誇り!! 会長の下で働けるなんて、私は幸せ者だなぁ。
これから、もっと、私、お役に立てるように頑張ります。どっかの役立たずみたいに、足は絶対に引っ張りませんし、期待にはちゃんと応えて見せます」
目線と体の前は瑛にこそ向いている鳴だが、その背中は紅壱をせせら笑っていた。
(「アンタより先に、会長の凄さを讃えたわ。今、あんたが何を言っても、二番煎じにしかならないのよ!!」ってか)
考えている事が雰囲気で丸分かりの鳴に、紅壱は苛立ちや悔しさを感じるよりも、ほとほと呆れてしまう。
(こいつ、実戦でも、こんな分かりやすかったら死ぬぞ)
瑛も、あからさまにゴマを擦ってくる訳ではないにしろ、自分のイメージアップを大胆に図ってくる後輩に、どう釘を刺して良いのか、反応と言葉に迷いあぐねているようだ。
実戦の中で、魔力量を増やす術やアイテムは存在する
けれど、自分の身に収まりきらないほど、魔力を無理に増やせば反動もある
そんな危険な方法を、無茶をしがちな紅壱に教えておかなくて正解だった、と確信する瑛から、紅壱は『組織』が一年生の身体能力と、魔力量、魔力の属性を調べる事を聞かされ、必死に焦りを押し殺す
果たして、紅壱は計測の日までに、自らの魔力量を把握し、それを隠す術を身に付けられるのだろうか!?




