第六十七話 食止(check) 紅壱、修一の生徒会入りを食い止める
死にかけるほどの仕事をしたにも関わらず、紅壱へ、『組織』が雀の涙ほどの報酬を支払わなかったために、瑛は激しく憤る
そんな彼女をどうにか宥めた紅壱が、『組織』への訴えを取り下げさせたのは、自分が悪目立ちしたくないからでもあったが、それ以上に、トップに立つ、そんな野望を胸に秘め、その為の努力を怠っていない瑛の邪魔をしたくなかったからである
紅壱の真意にこそ気付かなかった瑛だったが、惚れた男からの頼みは断れず、それを受け入れるのだった
そんな折、紅壱が本調子に戻った事をパンチで確認した愛梨は、珍しく、落ちこみ始めた
「いやー、シュウの頑丈さはチートですから、エリ先輩が落ちこむだけ無駄ですよ。
アイツをKOしようと思ったら、それこそ、軽トラをぶっ壊すくらいで殴らないと」
「いや、そんな威力で人間を殴ったら、木端微塵になっちまうよ!
オークどころか、オーガでも死ぬぞ」
「大丈夫だと思いますよ、アイツなら」
「・・・・・・お前ら、友達なんだよな?」
「もちろん、拳で語り合ったマブダチですよ」
唖然とする愛梨は、紅壱の爽やかな笑みにゾッとしてしまう。その笑い方は、本気で修一が、その程度のパンチでは死なないと解かってなきゃ浮かべられない、と本能で直感で来てしまうほど、無垢なものだった。
「シュウって、ヒメくんのお友達だよね。
前、クラスに行った時に、私がぶつかっちゃった子だっけ?」
えぇ、と紅壱が肯定し、フルネームを告げると、恵夢は少し考えた後、「そんなに強いなら、生徒会にスカウトしちゃおうかな」と呟いた。
「!! いや、それは止めておいた方がいいっすよ。
アイツはバカなんで、表の業務は厳しいですし、直情的だから怪異と対峙した時も、自分の判断で動いて、事態をメチャクチャにしますよ。
メグ副会長、エリ先輩だけでも手一杯じゃないっすか」
「おい、コーイチ。アタシのこと、何だと思ってんだ!?」
「うーん、確かにエリちゃんだけでも手綱を取るのが大変だしなぁ」
「ちょ、先輩ッッ」
じゃあ、諦めようかな、と肩を竦めた恵夢にホッとする。
修一の入会を止められた、それに安堵したのも確かだが、それ以上に、強いカードを生徒会に引き抜かれずに済んでよかった、そちらの方が大きい。
何せ、修一とは阿吽の呼吸で呼吸できる。
いつか、『組織』と正面からぶつかる以上は、自分の思考を読んで動いてくれる者が、傍にいる方が好ましい。
武一ら幹部も、そのように成長させるつもりだが、彼らには他の魔属を率いて動いてもらう必要がある。
(まぁ、シュウに真実を話すのは、しばらく後だけどな)
別に、今すぐ、自分の秘密を語っても構わない。修一は、頭ではなく体で考えるタイプである以上は、親友の秘密は受け入れるだろう。だが、そうなると、吾武一らに顔を見せさせ、異世界に連れていく必要もある。
自分が名を与え、種族進化したとは言え、吾武一らは魔属だ。召喚して、こちらに連れてきた時、どんな悪影響が出るか、分からない。
弱体化してしまうだけならまだしも、理性を失い、凶暴な状態になってしまったら、瑛たち生徒会が来てしまう。異世界に還して、元の状態に戻るならいいが、そうならなかったら、目が当てられない。
先日の昼休み、吾武一ら、学園を襲撃した集団にいたメンバーに確認したところ、やはり、あの時、彼らは通常の精神状態ではなかったようだ。
どうやら、瑛と戦った女吸血鬼は、強引に徴兵した下位種族に、暗闇属性の魔術をかけたらしい。その魔術と言うのは、感情を操作する類のもので、ゴブリンらは怒りや憎しみの感情を増幅させられ、異常な激昂状態にあったらしい。
あの時、頭には血が上り、心の中では激情が渦巻き、それ以上の空腹感に本能までもが支配され、大きな建物の中にいる餌を食いたい、それしか考えられず、それだけで無謀な行動をしてしまっていた、と吾武一らは青褪めた顔で紅壱に語った。
ただでさえ、呪素が希薄な人間界に来てしまった事で絶望していたところに、そんなゲスい魔術で強制的に怒りと餓えの権化にされれば、死に対する恐怖は薄まる。本来であれば、瑛たちほどのハンターを前にすれば逃走一択だっただろうに、凶暴化したゴブリンらは荒ぶった感情に抗えなかった。
その結果、大勢の同族は死んだ。かつてであれば、仕方ない事と泣き寝入っただろうが、今や、紅壱を王とし、名まで与えられたからか、吾武一らは自分達の意志で怒りを蓄えていた。
(まぁ、大丈夫な気はするけどなぁ)
根拠はないが、名付け、つまり、自分の魔力の一部を分け与えた以上は、普通の魔属とは根本的に変わったはずだ。それなら、人間の世界に召喚でも、自分への忠誠心を初めとした理性は喪失する可能性は低いのではないか。
もちろん、世の中、絶対に大丈夫だ、と安易に判断するのは危険なので、時機を見て、実行に移す必要がある。
学園が襲撃されて、その混乱が完全に落ち着いてないので、しばらくは様子見せねばならないだろう。
普通の人間を、異世界へ連れていって、何も起こらないか、その辺りも不安だ。
自分は魔王・アバドンを宿しているし、祖母は土着の退魔師で、その血が流れているらしいから、異世界でも違和感なく行動できる。むしろ、気分が昂揚しやすくなるのか、自制心を働かせる回数が増えた。
普通の人間が、異世界に足を踏み入れたら、最悪、死んでしまうかもしれない。怪異化したら、まだ良いが、人間性の根幹となる自我と記憶まで消え、本能のままに行動するバケモノになってしまう可能性もあり得る。
修一は、瑛らと同じく、死なせたくないし、殺したくもない、大事な存在だ。
(まぁ、修一を「普通の人間」と同じ括りにしていいか、そこは微妙だけどなぁ)
アバドンを崇拝している上位の魔属が人間に化けているのか、と疑った事も、中学生時代に何度かあった。それならそれで、別に構わないのだが、何かが起きてからでは遅い。
なので、修一を普通扱いして良いか、は別として、彼を異世界に連れていく、それ以前の秘密を打ち明ける事については保留事案だった。
王として、まず、優先すべきは居住エリアの拡張と、個体の成長促進だ。
(それには、俺自身が魔力を自由に使えるようにならないとな)
どうも、人間の魔術師は、魔力を持つ者は呪文さえ唱えれば、魔術を発動できる、と考えているようだ。
現実的に、瑛らが戦えているから、それ自体は間違ってないのだろうけれど、紅壱はそのスタイルがしっくり来ない、と感じていた。
魔属の頂点の一角たる、アバドンを宿しているからなのか、『組織』に対して不信感が強くあるからなのか、その辺りは定かではないが、直感は囁いていた、より強大な魔術を使うのに必要なのは、呪文の正確な詠唱ではなく、魔力そのものを制御することだ、と。
もちろん、その制御のイメージに、長い呪文の詠唱が一役買っているのかもしれないが、正直なとこ、実戦向きではない。
瑛らのように詠唱を努力で短縮できるようになっているのなら、実戦での危険性は下げられるだろうが、ちょっと身体能力を上げるだけで、一分近くもかかる呪文を唱えていたら、間違いなく、狙われる。
その為に、前衛役がいるし、結界を張るアイテムなどがあるのだろうが、それらも突破されたら、魔術師は為す術なしだ。
(やっぱり、実戦では、その手のゲームみたいに、それっぽい単語だけで済めばいいし、理想論かも知れないが、無詠唱で発動できる方がいい)
相手に手の内を読ませない、先見させない、それは喧嘩やギャンブルで勝つ、シンプルな極意だ。
呪文で、自分がどんな魔術を発動しようとしているか、それが察知されてしまっては、意味がない。
何もさせないまま勝てるなら、それが一番だ。
魔力を制御する方法、それは瑛にレクチャーして欲しかったが、どうも、それは難しそうだ。瑛本人も、魔力を制御する有効さに関して、あまり重要視しているようではない。
なので、孤募一が、その方法を考え出してくれる事に期待するしかない、今は。
(そう考えると、アイツには無茶な頼みをしちまったな)
現時点で、アルシエル内で最も魔術に明るい彼に苦労をかけている事に対し、申し訳ないな、と感じる紅壱の耳に、瑛の吐いた溜め息が飛び込んで来た。
あっと言う間に、彼は思考を折り畳み、瑛に意識を向ける。彼の中にいる、孤募一のイメージ体は「王の為なら、その程度の苦労、屁でもありませんよ」と言おうとしたのだが、残念、そんな篤い忠誠心から出る、本当の言葉は紅壱に聞いて貰えなかった。
「どうしたんすか、会長」
紅壱の声に、自分の事を心配している色が滲んでいたからか、瑛は気まずそうに頭を掻く。
「ほんと、俺が大怪我したのは、会長の所為じゃないんですから、気にしなくていいんすよ」
その言葉に、瑛はますます、気まずそうな表情になる。それを見て、チャンスと感じて動く鳴だが、この時、つい調子に乗ってしまうのが、彼女の欠点だろう。
「そうですよ。この男が力不足だっただけで、会長の采配は完璧でした。
もし、会長がカガリの相手をしていれば、きっと、討ち取れていました。
やはり、この男は生徒会のメンバーとして相応しくありません。
今後、会長の経歴に傷がつくようなヘマを繰り返すに決まっています」
積極的に自分を貶め、貶してくる鳴に対し、紅壱は怒りを覚えるどころか、よくも、ここまで舌が滑らかに動くな、と感心してしまう。瑛も最初こそ、鳴に柳眉を逆立てていたが、次第に紅壱と同じ心境に到り、そこも通り過ぎてしまう。
「辰姫、すまないな。先程の溜息は、君の負傷に責任を感じたからじゃないんだ」
激しく叱られる事よりも、完全に無視される方が、心には堪える。
鳴の奈落に落ちていくかのような表情は視界の端に入っており、瑛の心はチクリと痛んだ。だが、想い人を愚弄された苛立ちも、まだ残っていたのか、「良い薬だ」と己に言い聞かせたようで、彼女は紅壱と向き合い、言葉を続けた。
「いや、もちろん、すまない、とは思っている。
けれど、それを蒸し返すつもりはないんだ。
君に不快感は与え、嫌われたくないからな」
「俺が、会長、嫌う訳ありませんよ。
でも、じゃあ、なんで、また、あんなヘビーな溜息なんか」
すると、そこで瑛の鋭い眼光は、親友に向いた。
「ちょ、何だよ」
いきなり、親友から軽いものとは言え、威圧された愛梨は狼狽えを隠せない。
「私は、エリに呆れただけだ」
「エリ先輩に?」
小首を傾げた紅壱に頷き返し、瑛は愛梨に詰め寄る。
「コンディションを殴打で確かめる事も看過できないが、殴るのなら殴るで、一言、先に言うべきだろう。
もしも、彼の傷が開いたら、どうするつもりだったんだ。
自分のパンチ力を考えろ、エリ」
「何もなかったから、いいじゃねぇか、アキ。
それに、アタシのパンチ、全然、効いてなかったしよ・・・やべ、泣きそう」
「あ、いや、ちょっとは痛かったですよ」
凹む愛梨に、紅壱は慌てて、親指と人差し指の間に数cmの隙間を作って、軽微のダメージがあった事をアピールする、顰めた表情で。
だが、下手なフォローは、余計に塩を傷に塗る結果となるのは、世の常だ。
親友を逆に落ちこませてしまい、自分の短慮さを反省した瑛には、鳴を励ましていた恵夢がフォローを入れた。
「アキちゃんの言ってる事も尤もだけど、実戦じゃ、相手はこっちがガードするのは待ってくれないんだから、エリちゃんが予告なしでパンチしたのも間違ってないよね」
「――――――・・・・・・まぁ、一理ありますね。
しかし、今度からは、あんな不意打ちは止めてくれ。
辰姫が耐えられたとしても、コッチの心臓に悪くて仕方がない」
そうするよ、と頷きつつ、愛梨はまたしても、紅壱の腹にパンチを当てる。と言っても、ポスン、そんな効果音しか発さないパンチとも呼べないものだ。
愛梨が自信を喪失しかけている理由、それは、素人である修一と、まだ初心者扱いの紅壱に、自慢のパンチが通じない事であった
二人が闘気を使っているとは、まるで知らない愛梨が随分とショックを受けているのを見て、瑛も不安になる
闘気に関しては口に出来ないものの、愛梨の打撃力が落ちているのではなく、修一の頑丈さが異常なのだ、と紅壱は励ます
元々、単純な思考である愛梨は、紅壱のコトバで、簡単にテンションが上がるのだった
親友のチョロさに呆れつつも、瑛は自分の心臓が止まってしまうから、次は打撃で、紅壱の具合を確かめるな、そう、釘を深々と刺すのも忘れない




