第六十話 頑丈(sturdy) 愛梨、修一のタフネスさに惚れ惚れする
紅壱が休んでいた間に、何故か、仲良くなっていた修一と愛梨
似ているタイプではあるにしろ、キッカケは何だったのか、と疑問に感じた彼が尋ねてみると、とんでもない事が起こっていた
可愛い後輩の見舞いに行こうとしていた愛梨は、修一に紅壱の家に案内させようとしていたのだが、修一はその頼みをキッパリと断った
言葉でダメなら、拳で頼むだけだ、と愛梨は修一へ容赦のないパンチをぶち込む
だけど、修一は倒れなかった!?
まさか、コイツ、人に化けて、それとも、寄生して、侵入した中位の魔属か、と怪しんだ愛梨を、誰も責められない。
けれど、矢車修一は、れっきとした人間である。
なのに、スケルトン程度ならば、戦闘不能にできる愛梨の通常パンチを受けても平然としていられるのは、そんなパンチよりも遥かに強烈なパンチを何度も受けているからに他ならない。
もしも、アバドンを宿し、なおかつ、情報解析のスキルも使えるようになった紅壱が、修一のステータスを見たなら、アビリティの一つに「物理攻撃耐性(大)」がある事に気付けただろう。きっと、紅壱なら、さほど驚かないだろうが。
どの耐性も、その身に受ける事で、アビリティが獲得できる。熟練度が(大)になっているのなら、強烈な攻撃を何度も受け、死ななかった事を意味する。
では、一体、誰が修一に、それほどの打撃を浴びせ続けてきたのか。
それは、難しく考えずとも、呆気なく見出せるだろう。
まずは、紅壱だ。
中学生時代からの付き合いである彼から、修一は日常的なスキンシップから、仲間や警察官も止められないほどの喧嘩まで、何百発と一撃必殺の打撃や蹴りを受けてきた。
野獣のような回避能力で、紅壱の素早い動きに対応できるようにはなったが、全ては避けられた訳ではない。
意識が飛ぶほどに激しい喧嘩の最中ともなれば、死を覚悟させられるような一撃を浴びる事もある。
しかし、修一は死や痛みよりも、敗北と屈辱を拒むタイプの喧嘩屋なので、紅壱の攻撃を急所に入れられても倒れなかった。それどころか、カウンターまで繰り出すようになった。
「華麗に避けて丁寧に打つ」ではなく「全力で打たせて本気で打つ」、十発殴られようとも一発デカいのを殴り返して勝つ、そんなハイリスクハイリターンな、マゾいスタイルに、修一が落ち着いてしまったのも、紅壱との友情が原因だろう。
そんな下地がある修一が、「物理攻撃耐性(大)」を獲得するに至ったのには、もう二人の強者の存在がある。
一人は、紅壱の姉弟子ポジションである、球磨素歌だ。
ここまで、格好の良い所ばかり挙げてきたが、修一には助平、そんな年頃の男子高校生らしい欠点もある。
修一は自分と同じく、紅壱が天戯堂学園への進学が決まり、音桐荘へ引っ越してくると、部屋の整理を手伝いに来た修一。ちなみに、紅壱は修一が試験を受けていたのを知らなかったので、自分の合格よりも仰天した。
どうやら、彼は別会場で試験を受けていて、しかも、マークシート方式だったらしい。あまりにも問題が難しかったので、全て勘で答えていた修一。彼自身も不合格だろう、と思い込んでいたから、入学に必要な書類が家に届いた時には、唖然としたそうだ。
本来なら、矢車家にも息子を、そんな名門校に進学させられるほどの金銭的な余裕はありなどしなかった。
けれども、入学金を振り込まねばならない期日の前日、彼の親は宝くじに当選した。キャリーオーバーが発生していた一等ではなかったけれど、0の数が多すぎる入学金を払っても、手元には十分に残る額だった。
金の問題が解決し、天戯堂学園の高等部に行ける事となった修一のテンションは上がった。
紅壱との学生生活にも期待で膨らんだのは胸だが、股間にテントを張らせたのは、女生徒の容姿だった。
男子生徒が酷い扱いを受けている、その噂は修一も知っていたが、その程度で怯むような男じゃない、彼は。気の強い女は大歓迎だ、と余計に青春を楽しむ気満々になったらしい。
レベルの高い恋人が出来る、いや、作ってみせる、そんな下心ありきの野望はさておき、手伝いの最中に、お茶を出してくれた洲湾の形容しがたい色気に魅了された修一は、親友の手伝いも放り投げ、彼女の身に着けている物を手に入れようとした。
何を無断借用としたのか、何に使おうとしたのか、そこに関しては、修一にもプライドがあるだろうから、情けで控えてやるが、その下品な行為は結果、失敗で終わる。球磨に見つかったからだ。
日常トークに下ネタをぶっこんでくるが、球磨は痴漢、ノゾキ、下着ドロ、と言った女性を傷つける行為を、己の性欲もコントロールできずに行う輩を、笑って許すような女ではない。
紅壱が必死に頼み込んだおかげもあり、修一は高校合格が決まって早々、警察に突き出されずに済んだ。
もっとも、警察に守ってもらった方が良かった、と誰もが思うような、そんなお約束の目に遭った訳だが、修一は、この後。
修一は、球磨のスパーリングに付き合わされたのだ。いや、人型のサンドバックにされた、と言い換えた方が正確な表現だったかもしれない、それは。
紅壱と同じく、なおかつ、彼よりも早く、十歳になる前から、神威玄壱に対人戦闘のイロハを叩き込まれていた球磨素歌は、さすがに修一相手に、闃然、長押、山翡翠と言った技こそ使わなかったが、世界ランカーですらKOできるだけの打ち技、蹴り技、投げ技、極め技を躊躇いもなく、叩き込んだ。
球磨としては、最初、お灸をすえる程度のつもりだったので、病院送りになるくらいの威力で攻撃を放っていた。
だが、修一は紅壱の所為か、この時点で既に、「物理攻撃耐性(中)」を会得していたのかも知れない。
不幸にも、このアビリティがあったおかげで、修一は球磨からの攻撃を全弾被弾しても倒れず、意識を手放せなかった。もしかしたら、体力が時間の経過で回復する、「自動体力回復」系のアビリティも、紅壱との喧嘩で得ていたのかも知れない。
攻撃や守備のセンスこそ、自分に遥か及ばないにしても、打たれ強さとスタミナに関しては侮れない物がある、と球磨に判断されてしまったのが、修一にとっては運の尽き。
紅壱ですら、防御が間に合わず、直撃すれば、膝が落ちてしまうであろう攻撃を受けたのだ、修一は。
もし、見るに見かねた紅壱が、球磨の放った、二発目の唐柏を、全開で発動した闘氣で止めていなかったら、修一が向かった先は、警察でも、病院でもなく、墓地だっただろう。
もう、修一は音桐荘に来ないだろう、と紅壱は落胆した。しかし、その不安は良い意味で裏切られる。
翌日は無理だったが、修一は翌々日には、自分の足で歩いて、音桐荘を再訪問したのだ。
そして、球磨に模擬戦を申し出た。
喧嘩の事、と言うよりは、紅壱に勝つ事しか頭にないからこそ、修一は直感したのだろう、紅壱に置いていかれないためには、更なる強さを持つ相手と戦い、濃密な経験を積むしかない、と。
その判断は、概ね正しかった。
もしも、球磨とスパーリングした経験で、「物理攻撃耐性」の熟練度が上昇していなければ、修一の五体は二人目の、紅壱と球磨ですら勝てない、絶対強者に殴り砕かれていたに違いない。
その二人目とは・・・・・・おっと、これはまだ語れないようだ。
修一の桁違いの頑健さに隠されている秘密は、さておき、今、愛梨が自分の打撃が通じなかったショックを受けているのは、事実だ。
「・・・・・・上等だ。
アタシの強さ、きっちり教えてやる。ついでに、先輩の怖さと、生徒会役員の凄味って奴もな」
聞きようによっては、威厳も何もかも吹き飛ぶような情けない台詞ではあるが、今の愛梨からは、そんな命知らずなツッコミなど出来ないほどの迫力が噴き出ていた。
オーソドックスな構えを取った愛梨は、修一を殴り倒す、と決断る。
もう、彼女の頭の中からは、紅壱のアパートに案内させる、そんな目的は消え去ってしまっていた。
何故、愛梨のスイッチが入ってしまったのか、それは理解できなかった。だが、そんな事など、どうでもよくなるくらい、修一も頭に血が上っていた。怒りからではない、こんなにも強い相手と巡り合えた歓喜ゆえだった。
紅壱と比較すれば、ある程度はマシ、と一般人から思われている修一だが、結局のところ、彼の個性の根っこも喧嘩屋だ。親友と同じく、強い相手を前にしたら、つい、笑ってしまうし、その笑顔は「凶悪」の単語ですら、完全には表現が追いつかない。
「来いよ、先輩!!」
生粋の喧嘩屋だからこそ、修一は女に手は上げない、と決めている。殴らないけど蹴る、みたいなトンチじみた返しもしない。
女は男に喧嘩など売らず、家で編み物でもしてろ、そんな時代錯誤な考えを押しつける気は微塵も持っていない修一は、これまで女の不良との喧嘩で、殴ることなく勝ってきた。
分かりやすく言えば、女の不良の全力の攻撃を、自慢の頑丈な肉体で全て受けきってきたのだ。
どれほど、喧嘩慣れしている女でも、全力の攻撃を続ければ、体力は大きく消耗する。修一に、渾身の打撃がまるで通じない、と理解してしまう事で精神力が一発ごとに削がれれば、尚更だろう。
紅壱が、修一に対し、「凄ぇな、コイツ」、誇大ではない尊敬を核にした怖さを感じる長所の一つに、球磨が相手でも、そのスタンスを貫く、心の頑強さがあった。
ごくごく、普通の女の不良が放ってきたパンチでも、数が重なれば、それなりにダメージは溜まっていくだろうし、急所に当たりでもすれば、喧嘩屋の沽券に関わる事態になりかねない。
案外、負けず嫌いな紅壱は、そんな極端に低い可能性も警戒し、受けても痛さなど感じない打撃も最低限の動きで避け、その上で、女の不良に対し、デコピンを放っていた。
紅壱の指で、死角から顎を打ち抜かれたら、鍛えていない女の不良はたちまち、意識が頭の外へズレてしまう。
女は殴りたくない点は、紅壱も修一と同じだが、彼の場合は、殴打の傷が残らないデコピンくらいならセーフだろう、そんな甘い判定を下していた。
球磨が相手では、プライドよりも命が先に、手から零れ落ちかねないのは、いくら、修一がバカでも、いや、強くなる事しか考えていないバカだからこそ、理解できるはずだ。
修一ほどの実力なら、さすがに、ドンピシャで直撃させ、昏倒させる事は無理にしても、球磨が咄嗟にガードしてしまうほどの打撃を、最良のタイミングでカウンターとして繰り出せるはずだ。
実際、紅壱も何度か、修一の体重、握力、速度の掛け算で破壊力が倍増しになったロシアンフックを被弾し、無様に何歩か、よろめいた挙句、膝が地面まで数cmの高さまで落ちてしまった事もある。
それでも、修一は攻撃を受け続け、球磨がスタミナ切れを起こすまで耐えると決意し、気力で立ち続けていた。
どんな経験、もしくは、教えが、彼にそこまでの無謀を働かせるのか、その辺りは付き合いが短くはない紅壱にも分からない。
今現在、彼と球磨の間には、相当な実力差があるので、その目論見が成功した試しがない。
ただ、万が一の時に備えるべく、近くで観戦している紅壱は、もしかしたら、と思っていた。
修一が球磨の人間サンドバックとなるのは、まだ、両手でも数え切れるほどの回数でしかないが、当初と比較し、ここ最近は、球磨の流す汗が増えているように、紅壱には思えた。
もちろん、球磨がギアを上げ、回転数だけでなく、打撃力まで増させているので、修一が負うダメージも増えてきた。しかし、格闘技を一度も習った事が無い、素人最強の喧嘩師が、神威玄壱の弟子を少しマジにさせているのも、間違いない。
球磨は、これで倒せる、と確信した一発を叩き込んでいる。
リングの外にいる紅壱も、これで終わりだな、と思うほどの一撃。にも関わらず、修一は吐きそうになりながらも、その場に膝から崩れ落ちそうになろうとも、体より頑丈でしなやかな心の力で、背後に引かれた一本の線を踏み越えてしまう、それだけはド根性で耐えた。
そのラインを踏んでしまったら、二度と紅壱の隣で戦えず、背中も預けてはもらえない、そんな葛藤と恐怖が、彼の地面にハグされたがっている背中を支えたのだろう。
地下リングの猛者相手でもKOできる一発を入れたのに、よろめいただけで倒れない修一に「もっと、来い」と目で煽られたら、球磨はやる気になってしまう。
本気も全力も出さず、並みの相手では底すら見えない球磨は、ますます、修一を気に入り、ここ最近では流派の技まで使いはじめる始末だ。
それでも倒れず、意識も掴み続けられる修一だ、愛梨の猛攻を受けきった、と聞かされても、さほどの驚きはない。まぁ、当たり前だな、と誇らしく思ってしまうくらいだ、逆に。
(何せ、修一は無意識に闘気を練って、しかも、体の表面を覆えるようになってきたからな)
紅壱や球磨からすれば、修一が無自覚で放出し、体を包む闘気は不安定で、無駄に分厚い。
修一が打撃によるダメージではなく、闘気の出し過ぎによる疲労から立っていられなくなるのも、コントロールが不完全であるのが原因だろう、と紅壱は見抜いていた。
修一は闘気の存在など知らないはずだが、野性的な直感で、自分を更に強くしてくれそうな「何か」の片鱗を見出しつつあるらしく、つい、この間など、闘気の垂れ流しが半分になり、胸部だけではあるが、厚みが均一となり、球磨の攻撃によるダメージを冠を出来るようになっていたので、紅壱は思わず、「げっ」と叫んでしまったくらいだ。
もし、愛梨が目的達成に拘りすぎて、呪文で腕力を強化し、打撃を放っていたとしても、修一なら耐えただろう。
恐らく、第一階位の呪文で強化しても、その威力は球磨のパンチにも及ばない。ゴブリンをKOできる、それは『組織』の傘下にある学校の生徒会に入っている生徒からすれば、尊敬の目を向けるに値するのだろうが、その程度の攻撃では俺のライバルは倒せねぇよ、と紅壱の口角が吊り上がる、自然に。
ただ、どうして、そんな事になったのに、修一と愛梨が意気投合しているのか、そこが謎に感じた紅壱。
(・・・・・・まぁ、エリ先輩も、素歌さんに近い、男の趣味ってことだろう)
彼の推測が的中している事は、愛梨が笑顔で口にした言葉で証明される。
「いやー、アタシ、ここまで頑丈な男、初めてだ。
正直、惚れちまうぜ」
「光栄っす、先輩。けど、すいません、俺、おっぱいがデカい、年上の女性がタイプなんで」
「ハハハ、正直なトコも好きだぜ」
快活に笑いながら、愛梨は修一の脇腹へフックをぶち込んだ。
その刹那、どれほどの轟音が上がったのか、それはビクンッと肩が跳ね、瞼を強く閉じるリアクションをしてしまった夏煌を見れば、容易に想像できよう。
それほどの攻撃力を、簡単には鍛えられない脇腹に受ければ、膝が地面に落ち、吐しゃ物を撒き散らすのが、普通の男だろう。しかし、修一は「いてて」と殴られた箇所を、わずかに顔を顰め、擦っただけだ。
魔属すら倒せる己のパンチに対する自信が揺らぐ事に焦る反面で、愛梨は喜びも感じていた
その喜びは、自分の全力を受け止めても壊れない男が今、自分の目の前に現れてくれたのではないか、そんな期待
それを確かめるべく、愛梨は遠慮せずに連撃を叩き込み、修一は愛梨のラッシュを受けきった
拳で語り合って仲良くなった二人に、紅壱は開いた口が塞がらなくなってしまうのだった・・・
ところで、愛梨と夏煌は何故、紅壱の元へやってきたのだろうか?




