第五十七話 友人(friend) 紅壱、修一との友情を深める
アルシエルを今後、どう発展させていくか、それも課題であったが、紅壱は一先ず、それを脇に置く
何故なら、瑛と会えるのだ、やっと
その嬉しさで気分が昂揚していたのは、紅壱だけではない、瑛もだ
両片思いの二人が醸す甘い空気に胸を膨らませ、恵夢はお節介を焼きつつ、紅壱に瑛の傷を癒してほしい、と自分勝手な都合を押しつけるしかない自分の不甲斐なさに苦味を覚えるのだった
「よっす」
「おう」
ざわめく女生徒の動揺や戸惑い、恐怖、不信感、ほんのちょっとずつ増してきている照れなど一切気にせぬ、鐵メンタルの紅壱は自らの席に向かう。
そうして、机の上に胡坐をかき、己を待ち構えていた修一が突き出した拳に、己の握り拳を当てる。
本人らは軽くぶつけたつもりだが、どちらの拳骨も電柱に陥没痕を刻める代物だ。
ゴツンッ、と重低音が教室内に響き、一拍の静寂を生んだ事も、何らおかしくはない。
急に、歓談のトーンが下がった事も、やはり気にせず、紅壱は修一を机の上から退かし、椅子に腰かけると、「ふぅ」と安堵感が混ざる息を吐き出した、天井に向かって。
「どうしたよ、そんな妙な溜息。辛気臭ぇな」
「いや、久しぶりに教室に来た感じがしてよ」
友人の苦い笑い顔に、修一は肩を竦めた。
「ちっと休んだだけで大袈裟だな。
けど、妙なもんで、俺も一か月くらい、お前に会ってなかった気がするぜ」
今更、不思議になったのか、修一は小首を傾げながら、少し痺れている自分の右手を見つめる。マブダチが自分の間合いに入るや、言葉にしづらい感情が湧いてきて、無意識に拳を出してしまっていたようだ。
ゴンッ、と紅壱の拳へ、自らの拳を当てた修一はスッと目を細める。紅壱に劣らぬほど、人相が良くない彼の目に鋭利な光が宿ると、教室の温度は一気に下がる。
「お前、何か、変化ったか?」
「・・・・・・かもな」
「俺との約束、覚えてるよな」
「あぁ、嘘は吐かない、だろ」
「俺に、何か隠してるよな」
「あぁ、隠してる」
悪びれもせず、怯む事すらなく、ハッキリ頷いた上で、有無を言わさぬ強い語調で、紅壱は言葉を続ける。
「でも、今はお前に話せる、見せられるタイミングじゃない。
だから、待っててくれ。頼む」
その圧は、慣れている修一ですら、ビリビリと肌が痺れるのを感じるほどだった。
「頼む、ね」
幾度も、周囲が止めるのに死を覚悟せねばならぬほどの、本気な喧嘩をしているからこそ、修一には紅壱が自分に対し、隠し事をしてしまっている事に負い目を感じているのが理解できた。
辰姫紅壱の親友である矢車修一には、そんな友人の意を受け止めるだけの漢気があった。
「・・・・・・しょうがねぇな」
頷き返した修一は、もう一度、ゴツンっと拳を当てると、一転して、人懐っこい笑顔になる。二人が出していた、一触触発の空気に怯えていたクラスの女子らは、彼の笑顔にキュンとしてしまう。
EXIL〇系の顔つきである修一は、何だかんだと言っても、異性からの人気は低くなかったりする。けれど、恋人は出来ない。それは、やはり、相手の都合も考えず、自分の下半身の滾りに任せ、ガンガンと積極的に距離を詰めようとしてしまうからだろう。
顔の作りだけで言えば、修一より凶悪である紅壱の下駄箱へ、バレンタインデーに悪友よりも匿名のチョコレートが多く入っているのは、彼が女子供には、なるべく優しく接し、適切な距離を保てる紳士だからか。
「いつか、ちゃんと話してくれよ」
「約束する」
クラスの女子の一部から熟成した視線を向けられ、彼女らのネタ帳をより濃くする材料を提供してしまったとは露も知らぬ、幸せな紅壱と修一は教師が来るまで、他愛もないおしゃべりに興じていた。
彼らに会話に入る度胸はまだないクラスメイトからしたら、その姿は、敵対する組織から、どのようにして縄張りを奪い取るか、計画を立てている、ヤの付く職業人に見えたのは言うまでもない。
その日の昼休み、いつものように、ジャンケンで勝った紅壱が中庭で、修一が戻ってくるのを待っていると、彼は愛梨、夏煌と共に歩いてくるではないか。
修一が愛梨に、やや気圧されているにしろ、対等に話しているのを見て、少なからず驚いている紅壱に気付いたのだろう、夏煌は一瞬で距離を詰めてきた。
女子小学生ほどの体格とは言え、競輪選手がゴール直前で魅せる、本気のラストスプリントに匹敵するスピードで突っ込んで来たら、その衝撃はおよそ、人が耐えられるものじゃない。
修一であっても、数mは無様に滑ってしまっていただろう。
もっとも、避け勘がズバ抜けている彼だ、目には見えずとも、何かが超高速で突進してくると感じるや、見事に回避していた可能性の方が高い。いや、むしろ、回避てくれた方がいい。
肉体の頑強さは、紅壱より勝っている修一に真正面から、夏煌がぶつかったら、逆に重傷となりかねない。
しかも、なまじ勘が鋭い修一なら、衝撃を真っ向から耐えるよりも、迎撃しかねない。紅壱にすら片膝を付かせる彼のハンマーパンチがカウンターで直撃したら、夏煌の体が地面に何cmメリこんでしまうか。めり込んでしまうだけなら、まだマシな方だろう、結果としては。最悪、頭部は木刀で割られた西瓜よりも無惨な状態になる。
自分のスピードで肉体がダメージを負わないように、夏煌もある程度は魔術ないしはアイテムで強化しているだろうが、その効果も修一の打撃の前で、どれほど発揮されるか、定かではない。
ともかく、夏煌がぶつかったのが、分別のある紅壱で、誰にとっても良かった。
無事に登校してきた紅壱と再会できた嬉しさは、夏煌の無表情を軽く崩壊させ、一般人の前で瞬動法は使うべきじゃない、そんな当たり前の自制心のリミッターすら外してしまったようだ。
意図的ではなかったとは言え、愛梨が修一の気を自分の方に向けさせていなかったら、彼は同級生が視界から突然に消え失せたと気付く間もなく、紅壱にタックルしていた事に対し、絶句していただろう。
大抵の事はドンと受け止められる修一であっても、人間がそれほどの速度で動ける事実と言うのは、簡単に受け入れられるものではなかっただろう。
下手をすれば、自分たち生徒会の仕事の裏面に気付かれていたかも知れなかったので、夏煌が瞬動法を使うのを、特有の空気の変化で察知していた愛梨は咄嗟に、彼の注意を引き、修一がその瞬間を見ていなかった事に安堵する。
対する紅壱も、親友が夏煌の尋常じゃないスピードを目視していなかった事に、夏煌がグリグリと頭を擦りつけてくる胸を、内で撫で下ろしていた。と言っても、見られなくて良かった、と思う理由は、愛梨とは違っていた。
紅壱には、瑛の右腕になる、そんな気概はあるが、まだ、役員として活動している期間も長くないから、裏の業務の秘匿性に関しては、そこまで緊張感を持てない。
彼が修一に、瞬動法を見られずに済んで良かった、と思ったのは、修一のポテンシャルを熟知しているからだ。さすがに、自分のように一朝一夕とは行かないにしろ、修一であれば、半年もあれば、世界記録を塗り替える程度の脚となるだろう。
悪用する奴じゃない、と承知していても、あまり教えたくはない技術だった。
自分の失態に、同級生と先輩が呆れているとも気付かず、夏煌は依然として、紅壱の熱い胸板に額を押しつけていた、半ば無茶をしたコトについて責めるように。
夏煌は、瑛に対し、自分の居場所を与えてくれて感謝をしていた。その凛々しい強さも、尊敬していた。鳴とは違い、真っ直ぐで澄んだ憧れもある。
しかし、それはそれ、これはこれだった、夏煌にとって。
彼女は気付いていた、瑛もまた、紅壱が好きだ、と。
夏煌も瑛と同じく、自分が紅壱の事が好きである事を、ちゃんと自認していた。
だから、瑛が積極的な行動に出てしまう前に、紅壱と相思相愛になりたかった。
では、ここで、夏煌にライバル認定されている、瑛について、少し語ろう。
瑛は幼い頃より、日常的に異性の弟子と稽古をする事が多く、傍にいる男子も性格の良い者ばかりだった。なので、鳴とは異なり、男性に対する嫌悪の念が強くはない。
ただ、天賦の才で男子を次から次へと負かしていた、瑛は。勝ち星を重ねすぎて、天狗にならなかったのは幸いだったが、いささか、恋人にしたい男性への評価、条件がいささか、厳しいものになってしまったのは、家族にとってもお約束な誤算であった。
家族としては、瑛が流派を継ぎ、師範になってくれれば万々歳。もしも、彼女が家を出る気になったのなら、その意志は否定しないつもりでいた。その代わり、弟子の誰かを婿とし、その者を後継者に、と考えていた。
瑛のモノサシが、より「正しさ」を優先する物となったのも、家族から、そのような考えを聞かされていたからかも知れない。
瑛と結婚すれば獅子ヶ谷の看板が貰える、それが弟子へ公表されていた事もあり、後継者の座を狙って、瑛を自分に惚れさせようとする輩もいた。
だが、そんな野心ではなく、下心と表現すべき腹黒さを有する男の策に、瑛が囚われるはずがない。男らしくない実力行使に出ても、瑛は圧倒的な力で叩き潰した、男としての誇りもシンボルも。
中には、少女漫画の定番と言うべき、幼少時より共に研鑽を積み、純粋な恋心を抱き続けていた幼馴染みも何人かいた。
彼らは互いの容姿の良さ、戦闘力、瑛への気持ちを尊敬し合っていたので、ゲスい抜け駆けなどはせず、ライバルと真っ向からぶつかり、時には瑛を害そうとする悪意へ共に立ち向かい、自分達の心技体を磨き、武闘者、退魔師としてのステージを着実に上げていった。
しかし、どんなに努力しようとも、自分の気持ちを不器用、時にはストレートに表現しようとも、彼らは瑛の心で眠っていた恋心を起こす事は出来なかった。
瑛は、少女漫画のヒロインとして選ばれても、何ら不思議ではない個性の持ち主ではあったが、幼馴染みらは彼女の王子さまとなるには、力が足りな過ぎたのだ。
ハッキリ言って、好きな人を振り向かせるために、100%を超える努力をし続けていた彼らは、周囲の大人とも互角に渡り合えた。
瑛の家族も、この幼馴染みの誰かが、新たな家族になるのだ、と疑わなかった。
しかし、幼馴染みが努力をしているのを見て、何の刺激も受けない訳がない、獅子ヶ谷瑛が。
もし、彼女が努力を嘲笑し、追い詰められるとすぐに折れる背骨を持つタイプの、薄っぺらい天才であれば、彼らにも大いにチャンスはあったに違いない。
ただ、残念ながら、瑛は自分は天から与えられた才がある、と自覚した上で、その才を錆びさせず、より輝かせるべく、努力を欠かさなかった。
幼馴染みが10の努力で15進んでいる間に、瑛は20の努力で40も進んでしまう。
その程度で諦めるか、と努力を止めなかった彼らは立派だが、厳しい試練をクリアできなければ、何の意味もなかった。
瑛が恋に落ちる男、それは彼女よりも強い男。つまり、瑛と交際するには、彼女に己の実力が勝っている事実を戦いで示さなければならなかった。
しかし、幼馴染みらは幾度、瑛に挑もうとも、彼女に勝てなかった。もちろん、惚れた女相手でも、彼らは本気を出して戦った。それでも、負けた。
ここで、何の性質が悪いか、と言えば、瑛はこの条件に無自覚である点だ。
本人が、自分より強い男と結婚する、と考え抜き、自分で決断を下していたのなら、幼馴染みの諦めない心に強さを見出し、そこに惚れていたかも知れない。だが、彼女は自分のハードルが高い、そんな自覚もなかったので、それを下げる事も出来なかった。
そのハードルを高くしていたのは、女としての意地からではなく、人々を悪い怪異から守りたい、そんな熱い正義感が下地にある尋常じゃない量と質の努力。
瑛の実力が、努力と実戦経験で増すほどに、そのハードルは誰も跳び越えられない高さになっていった。
それだけでなく、瑛には、誰かにアラクネから救ってもらった、そんな過去もある。
その誰かに再び逢い、その時の礼をしっかりと告げたい、そんな揺るがぬ意志も、ピンチに陥った瑛を土壇場で支え続けてきた。そんな正体不明の相手への強い思慕の念が、ハードルをより高くしている事も、頭ごなしに否定できない。
120の努力が出来る幼馴染みたちも、体格で勝る年上の男たちも負かせるまでに、磨き上げられている堅実な強さだからこそ、瑛に直感させた、紅壱は強い、と。
本当の武道の達人は、戦っても勝てない相手と立ち会う場所に辿り着けなくなるらしい。
辿り着けなければ、戦わなくて済む。つまり、負けもしなければ、死にもしない。自分の身を完全に守れる、と言う訳だ。
瑛が会得している武技は、怪異と対等に渡り合えるようにするそれなので、対人武道の極みにある達人の至る境地とは異なる。
瑛は、その頂点へ達していなくても、そこへ確実に行ける、「選ばれた」のではなく、自分で「選んだ」人間だったから、現時点で少なくとも、頂点が目視できる位置まで来ていただろう。
それ故に、彼女は自分の直感を疑わず、同時に気付けなかった。
瑛は、紅壱が戦っても、自分じゃ全力を出しても勝てない相手、つまりは好きな相手、と直感しているのだが、自分の中で雁字搦めになっている乙女心が見えていないので、自分が紅壱を好きになっている事に気付けても、どうしたらいいのか、解からず、その場から一歩も動けないでいた。
友人や先輩に相談すれば、良いアドバイスが貰える、それも漠然と気付いていた瑛。けれど、持ち前のマジメさが、これは自分一人で悩み抜き、納得できる答えを手に入れられる、と彼女に思い込ませていた。
自分では完璧に隠せているつもりの、男子への恋心は周囲の親しい者には丸分かり。瑛ほどの美少女だと、実に可愛らしく思えるのだから、ときめくというものだ。
短い時間だったからこそ、好きな人と一緒にいられる幸福感を噛み締められた紅壱と瑛
弾んだ気分のまま、自分の教室に入った紅壱は修一との再会も果たす
改めて、コイツがダチで良かった、と自分の運の良さに笑う二人へ、クラスの一部の女子からは熱い視線が注がれるのだった
その日の昼休み、夏煌は紅壱にタックルする、貴方が好きだ、と真っ直ぐに伝えるように




