第五十三話 展望(prospects) 紅壱、ウルフを殺さない場合のメリットについて説く
一日の仕事を終え、紅壱は幹部を集め、今日の結果を報告させる
各々から、仕事の進捗と今後の問題について報告を受け、紅壱は丁寧に一つずつ答えを出していく
その最中、彗慧骨からウルフの足跡を見つけたと報告され、幹部らは焦燥にざわめくのだった
人間界に棲息する狼よりも、遥かに危険なウルフが村に近づきつつあると知った紅壱は、どんな判断を降すのか
「よし、この件は一旦保留にして、報告の続きだ。
エルフとデビルが、この村に接触して来たら、その時はその時で考える。
一応、あっちが穏やかじゃない行動に出る前に、村の周囲に柵くらいは作っておきたいな。
明日は、手の空いてる奴らに柵作りをさせよう」
「賛成です」と、手前に出てきたのは彗慧骨だった。
「村の防衛は急ぐべきか、と」
「・・・・・・何かあったか?」
「ハッキリと言える異変があった訳ではありません。
まず、先に、命令されていた件についての報告を。
猪は見つけられませんでしたが、鹿の親子は二組、兎の巣穴を一カ所、発見しました。
早速、生け捕りに出来るか、仲間と相談いたします」
「何か、必要な物があるなら言え。すぐに、買ってくる」
「・・・・・・よろしくお願いします」
幹部としては、王に金銭や道具の面で頼りたくはない。けれど、実際のところ、自分達の能力と技術では、王の望みを最良の形で実現するのが難しい。ここは抵抗を飲み込んで素直に頼り、働きと結果で恩を返すのが正解、そんな葛藤の末に、自分を納得させるしかなかった悔しさが、夏煌にも負けぬほど、無表情な彗慧骨の白い顔に出ていた。
「だが、生け捕りする前に、動物を入れる檻やスペースを作っておかないと、マズイな」
「吾武一殿の言う通りですね。
低い柵だと、鹿は跳んで、猪は壊してしまうかもしれませんよ」
「地面を低くして、ANIMALが登れないようにするデスよ」
そうしよう、と他の幹部が纏めた考えに頷き、紅壱は彗慧骨に話の続きを促す。
「家畜にできそうな獣を探していた時、地面にウルフの足跡を発見しました」
「何!?」
吾武一らは、またもや、ざわめいた。そんな大人組を諫めたのは、誰よりもウルフの恐ろしさを知っている影陰忍だった。
「落ち着くでござる、皆々。
彗慧骨嬢、ウルフの足跡は、この村から近い所にあったでござるか?」
「いえ、タイヤンがこの程度、傾くくらい歩いたから、そんなに近くないわ。
けど、奴らの足なら、私達よりも速く、きっと、半分の時間で村まで接近できる」
「何匹くらいの群れだ、そのウルフは」
「・・・・・・少なく見積もっても、十頭前後か、と。
その群れのリーダーウルフが、スキルを得ている可能性も否定できません」
「中々に脅威的だな」
ふむ、と顎を擦った紅壱に、吾武一が進言する。
「ウルフが、この村を襲う前に駆除すべきです、王」
しかし、その提案に対し、紅壱が眉間に皺を寄せたので、幹部らは戸惑いを覚える。彼が怖気づいたとは思えない。
見た事がなくとも、ウルフが戦う力を持たない、弱小い魔属にとって危険である事は理解しているはずである。
ここら一帯を狩場にしているウルフ全て、全滅させるのは、如何せん、やり過ぎにしても、この村をエサ場にしようとしている群れは先手を打って倒すべきであり、この村を第一に考えている紅壱であれば、すぐにその旨の命令を出してくれる、と血気盛んなメンバーは期待していた。
けれど、そんな予想に反し、紅壱は命令を発すべき、口を真一文字に引き結んで、ウルフの駆除に気分が乗っていないように見えた。
「ウルフは、若いベアですら勝ち目がなく、しかも、逃げきれないほど、息の合った連携で狩りをする魔獣です。
そんなウルフが、この村に襲って来たら大変な事になります」
「倒せないか?」
「倒す自信はあります。
ですが、村の仲間を守りきれるか、そこが不安なのです」
素直に自分らの力不足を認めた弧慕一に、「それでいい」と褒めた上で、己の考えを説明する。と言っても、たったの一言であり、それ故に吾武一らは、またもや、紅壱の器のデカさに舌を任され、彼に仕えられる幸福を噛み締められた。
「いや、飼おうと思ってよ」
「ウルフを?このアルシエルで?」
「反対か?」
そう、紅壱に真面目な顔で聞き返され、首を横に振れる魔属はいまい。紅壱自身も、少し意地悪な返しだったか、と反省する。
「俺がちゃんと世話する。こう見えて、犬には懐かれやすいタイプなんだ」
いや、それは犬が、自分と紅壱の間にある、生物としての強さの差に屈服し、降伏のポーズとなり、完全服従しているんだけじゃ、と思っても言わないであげて欲しい。
「・・・・・・番犬ですか?」
食々菜の推測に、親指を立て、紅壱は「正解だ」と笑う。「ありがとうございます」と、静かに返した食々菜であるが、彗慧骨は彼女の頬が赤らんでいるのに気付いていた。良かったね、と親友に肘で小突かれ、はにかむ食々菜。
「ウルフを飼いたいってのは、別に、俺が癒されたいだけじゃない。
ウルフを飼い慣らせて、番犬、この場合は、番狼か? に出来れば、便利だろう。
今後、畑や牧場が出来て、見張りは立てるにしろ、ウルフが周囲の見回りをしてくれれば、その分、お前らの負担は減るだろう。
泥棒も近づけないし、生け捕りにしてきた動物も逃げない」
「仰る通りだとは思いますが・・・」
「確かに、仕事の負担が減るのは助かるな」
「見回りをウルフに任せれば、その時間を他の仕事や、自己鍛錬に使えるぞ」
完二、骸二の言葉に頷いた磊二は、「他にも意図があるのでしょうか?」と尋ねた。
「あぁ、ウルフをこの村で飼いたいって理由は、四つだ」
一つは、俺がウルフをモフりたい、と真顔で言った時の、幹部が浮かべた笑みに宿った苦さと言ったら、サンマの肝に匹敵したろう。
ジョークで言った訳ではないので、紅壱は気まずさを誤魔化すような、わざとらしい咳払いをする事もなく、「二つ目は、今、食々菜が言った、番犬としての役目」と、普通に続ける。
「さて、残り二つが理解る奴はいるか?
思いついた奴は、挙手な」
唐突に、紅壱から問われ、全員は面食らう。しかし、彼を尊敬している吾武一らは嫌な顔一つせず、真摯に頭をフル回転させる。
皆、無言で考え込む。答えを間違ってもペナルティはないし、紅壱が呆れたり、怒ったりしないのも承知している。だが、一発で正解し、王に褒められたい、そんな欲目が幹部達の口を閉じさせ、一文字に結ばれた唇が、不安の残る答えが飛び出すのを阻んでいた。
真っ先に、正答に辿り着いたのは輔一であった。
モビリティーの確保ですね、その答えに紅壱は両腕で、頭上へ大きな丸を作る。ほぉ、と輔一は安堵から、中身のない胸を撫で下ろす。一方、他の幹部は悔しそうな表情の者、小首を傾げている者、と反応が別れていた。
「ウルフってのは、お前らの話から推測するに、それなりの大きさなんだろう」
吾武一が頷き返したのを確認してから、紅壱は説明を淡々とした調子で続ける。
「逃げる敵を追う時、ウルフにゴブリンかコボルド、スケルトンに跨ってもらうつもりだ」
「騎兵のジョブを得させるのですか?」
「ウルフだけでも、敵を追走できる。
だが、息の合ったパートナーを背中に乗せていれば、戦い方の幅が広がるだろう」
「オークは体重的に無理だな、奥一さま」
「そうだな、いくら、ウルフが大型とは言え、オラ達が跨ったら走るどころか、潰れてしまうぞ」
しょんぼりとした奥一と完二を見て、紅壱は優しい言葉をかける。
「ウルフだけじゃなく、ボーアも可能なら、騎乗用に飼いたいと思ってる。
剣を持つゴブリンを乗っけたボーアに追いかけられたら、相当におっかねぇぞ」
「ボーアなら、私も跨がれますね」
いや、ベアじゃなきゃ無理だろ、と食々菜に言おうとした完二は、鋭い眼光に射抜かれ、失言を発しかけた己の口を大慌てで塞いだ。そのやり取りに、皆は朗らかな笑い声を響かせる。
「あと、一つか」
自分だけで考えていたら日が暮れてしまう、と皆は意見を小声で出し合い、正答に近づこうとする。
尻込みしているのか、妖精は幹部らの話し合いに参加せず、空中に円を描くようにして低速飛行し、難しい顔で考え込んでいた。
「!!」
何かを思いついたのだろう、妖精は手を打ち合わせる。サイズがサイズなので、音は小さく、誰の耳にも入っていなかったからこそ、彼女は幹部より先んじて、紅壱の元へ寄る事が出来た。
妖精は紅壱の耳元でホバリングすると、自分の考えをこそっと伝える。小声ではあったが、これだけ近づかれ、なおかつ、闘気で聴力を高めた紅壱なら、妖精の答えを聞き取る事は可能だった。
妖精に夏煌の姿を重ねながら、紅壱は右手の親指と人差し指で丸を作る。
「正解だ」
ご褒美に、紅壱から五円玉チョコを貰えた妖精は、嬉しそうに小屋の中を飛び回り出す。
「ぬぅ、残念」
落胆する吾武一に、その意図はなかっただろうが、彼の目付きは鋭い、紅壱ほどではないにしろ。彼の眼光に、睨まれた、と勘違いした妖精は慌てて、紅壱の頭の後ろへ隠れる。
「お父、何、ビビらせてるっすか」
「いや、そんなつもりは。すまん、フェアリーよ」
深々と、吾武一から頭を下げられた妖精は萎縮してしまう。だが、彼の頭がいつまでも上がらないのを見て、彼女は紅壱に耳打ちする。苦笑を噛み殺し、紅壱は妖精の言葉を代わりに伝える。
「吾武一、許すから、頭を上げて下さい、だってよ」
「感謝する」
面を前に戻した吾武一は、妖精が目前にいたので、ギョッとする。その表情の変化に、またしても、妖精は「ひっ」と泣きそうになるも、小さな体に宿した勇気で耐える。そうして、持っていた五円玉チョコに全力を籠める。
必死に力を手に入れている所為で、顔が真っ赤になった妖精。しばらくして、五円玉チョコは音を上げ、真っ二つに割れた。にぱぁ、とやりきった笑顔を浮かべた妖精は大きい方のチョコを面食らったままでいる吾武一に差し出した。
戸惑っていた吾武一だが、「くれるってよ」と受けってやるよう、紅壱から促されると、ぎこちなく頷き返す。
ゆっくりと向かってくる、彼の自分の身長よりも長く太い指に、妖精は怖がるも、そこから逃げようとはしなかった。
「・・・・・・うん、美味い」
妖精からすれば、食べきるのに十分以上はかかるサイズなのだが、ゴブリンにとっては一口以下だ。それでも、舌に乗せれば、ほのかな甘みと丁度いい苦さが薫り、滑らかに消えていく。
吾武一の反応に満足した妖精は、紅壱の元へ戻ると、肩に腰かけ、半分になったチョコレートをちまちまと齧り、未知の美味しさを堪能する、だらしない表情で。
「そのちっこい妖精は、何て言ったんだ?」
妖精は周りが汚れた口をゴシゴシと拭うも、逆に茶色いものが広がっていくだけだ。
自らの顔が酷い事になっているとは知らず、妖精は皆に正答を発表する。けれど、今まで一番に大きな声で叫んでも、幹部には届かなかった。
困惑する剛力恋らの表情を見て泣きそうになっている妖精を慰め、紅壱は代弁してやる。
「魔獣を飼いたいって理由の、最後の一つは、他の魔属への示威行動だ」
「そういう事ですか」と、納得に頷いたのは吾武一、弧慕一、輔一、林二、磊二、食々菜、彗慧骨と言った、頭が回る幹部。体に任せるタイプの残りは、それぞれが首を傾げてしまっている。
「ウルフやベアってのは、このアルシエルに住んでいる種族以外にも、そこそこ脅威の対象なんだろう?」
「はい、年を経て、呪素を身に溜める事で魔術に近い技能を扱う個体もおりますし、それがリーダーとなっていますと、群れの危険性も上がります」
「仮にウルフの群れが、まぁ、十数匹くらいだ、この村を襲って来たら、どうなる?」
完二、と急に振られ、彼は驚いたようだが、すぐに「酷い事になるに決まってるぞ」と答えた上で、「けど、オラたちが皆を守るぞ」と重ねる。
「そうだな、これまでのお前らなら抵抗も出来ずに、襲ってきた魔獣の腹ん中に直行するしかなかった。
けど、俺に名前を与えられたお前らだけじゃなく、このアルシエルの奴らは皆、ウルフに立ち向う事を決断するだろう」
「・・・・・・一瞬、不安になった事をお許しください、王よ」
「どんな不安だ、骸二」
「戦わず、逃げよ、そう言われるかと思いました」
「タツヒメ様は、アタシらにそう言っておいて、自分は足止めとして残るタイプっすよね、絶対」
図星を突かれ、妖精を落とさないように注意しながら肩を竦めた紅壱は「いよいよ、ヤバくならない限りは、この村は捨てないさ」と断言する。
「さて、話を続けるが、その群れを真正面から迎え撃つとして、特に有効な手段は何だと思う、奥一」
「頭を潰す事だな」
「そうだ、さすがに烏合の衆とは言えないだろうが、群れってのは、リーダーが優秀なほど、その個体が真っ先にやられた時の混乱ってのはデカい。
だから、今後の集団戦の訓練では、指示に迅速かつ正確に動く事、グループの連携を磨くと同時に、万が一、リーダーが戦闘不能になった時、サブリーダーがすぐに役を担えるってトコにも重点を置く」
承知しました、と吾武一は重々しく、首を縦に振った。
「では、そのリーダーのウルフを殺さずに生け捕りにし、従順にさせる事が出来たら、どうなると思う?」
「その群れも、アタシたちの言う事を聞くようになるっす!!」
「そうでござるな。
これまで、魔獣の群れが襲ってきたなら、こちらも全滅させるしかないと思っていたでござるが、あえて殺さず、飼い慣らす事が出来れば、戦力を強化できるでござる」
「故に、他の魔属への示威行動になるのだ。
この村を侵略しようとすれば、我々だけでなく、魔獣の群れも相手になるぞ、と」
「その生け捕りにした魔獣の世話をBOSSから任された個体は、もしかすると、テイマーの職業も得る可能性もあるデス」
「おお、良い事尽くめだな」
先をしっかり見据えた計画を立てている紅壱への尊敬を深めると同時に、吾武一らは彼の意図を察した妖精にも賛辞を送る。
「大したものだ」
「頭がいいんですね」
「しかも、可愛らしい」
矢継ぎ早に褒められ、妖精は頬を手に染め、くすぐったそうに身を捩った。
「今更だが、この妖精もアルシエルの仲間に迎えたいんだが、いいか?」
静かな調子だが強さが宿っている紅壱の言葉は、妖精にとっても予想外だったらしく、彼女は肩の上から飛び上がり、「みんなの仲間にしてくれるの?」と目を潤ませた。
「もちろんです」
「幹部になってほしいくらいっすよ」
「それは、さすがに・・・・・・いえ、アリかも知れませんね」
「オラは、とっくに友達だと思ってたぞ」
「反対する理由はないでござる」
「頼りになる仲間が増える、それは助かる」
「王の決定に、NOと言うつもりはありません」
「右に同じく」
「ただし、我らが王に忠誠を誓ってもらいますよ、妖精さん」
自分を快く迎え入れる姿勢を見せてくれた吾武一らの温かさに、妖精の目からは涙が溢れる。
「まぁ、幹部にするかどうかは先送りにするにしろ、お前も今日から、俺らの仲間だ。
これから、よろしくな」
笑顔で紅壱が差し出した右手の人差し指を、妖精は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている笑顔で、力一杯に握り返し、「お世話になります」と幾度も頭を下げた。
新たな仲間を拍手で迎え入れる幹部らに微笑みかけつつ、紅壱は妖精のステータスにあった、「妖精女王の三女」と「家出中」の情報について、一抹の不安を覚えていたのだが、仮に何があったとしても、彼女は見捨てない、と決意を強くする。
(問題は、この妖精の名前を何にするか、だよな。
まぁ、名付けは、もうちょい強くなってから、役立つ仕事をしてから、か)
自分の悪い予感が的中するとも知らず、紅壱は平穏な悩みに内心で首を傾けるのだった。
アルシエルに住む、どの魔属よりも、ウルフの怖さをその身で知っている影陰忍
だからこそ、彼女は落ち着いていられた。冷静な彼女の言葉で、落ち着きを取り戻した幹部らから、すぐにでも討伐しましょう、と訴えられた紅壱
しかし、元より動物が好きな紅壱はウルフを、このアルシエルで飼い慣らせないだろうか、と考えていた
彼から、ウルフを飼う事で生じるメリットを説かれ、幹部たちは期待に胸が膨らむ
妖精も彼らに仲間として歓迎され、紅壱を頂点とするアルシエルはますます、賑やかになっていく




