第三十六話 解析(analyze) 紅壱、アナライズが出来るようになる
激しい戦いを経て、紅壱はゴブリン、オーク、コボルド、スケルトン、四つの種族が集まって暮らす村、アルシエルの村長に就任し、同時に、彼らを束ね、森の統治を目指す王となる
ちょっとした宴を催した翌日、紅壱は近隣のショッピングモールで、村の発展に必要な物品を大量購入していた
そんな中、彼には一つの能力が覚醒していた
「おかえりなさいませ、王様」
食々菜は吾武一から紅壱が来るのを聞かされていたのか、アルシエルの正面入り口で待っていたようだ。
紅壱が何もない箇所に、突然、出現した扉から出てきた事に驚いただろうに、その揺らぎを見事に隠して、深々と頭を下げ、王に忠誠の姿勢を示す。
「・・・・・・出迎え、ご苦労」
わざとらしく胸を張り、偉そうな発言をした真顔の紅壱に、食々菜は咄嗟に口元を押さえるも、「ブクク」と押し殺している笑い声は、手指の間から漏れてしまっていた。
「やっぱり、似合わないか」
自嘲気味に舌打ちを発し、紅壱は改めて、食々菜に「ただいま」と返す。
「吾武一らは、その、なんだ、怒ってたか?」
「副村長らは、怒ってはいませんでした。
けど、憂い顔でした。王様に、もっと偉そうにして貰わないと困るぞ、と」
「ガラじゃねぇんだって、お山の大将気取りは。
悪ぃな、食々菜、気を遣わせちまって」
「いえ、これも幹部の仕事ですから。
王様として振る舞うのは大変でしょうから、時々は息抜きをして、力が入り過ぎた肩をほぐしてください。
愚痴でしたら、いくらでも私たちが付き合います」
「・・・・・・ありがとうな。
けど、王様以前に、男として、そう簡単にゃ、部下に情けない姿は見せられないからな、気張る事にするぜ。
立場が人を育てるって事もあるからな、王様っぽさも、地道に頑張ってりゃ、自然になるだろう」
「はい、期待しています」
やる気を漲らせた紅壱に、食々菜は優しい笑みを見せる。そうして、彼女は視線を紅壱から、大量の荷に向ける。
「こちらの荷物を、村へ運んでおけばいいのですか?」
「あぁ。できれば、吾武一か、お前の家で預かってくれ。
集会所か食糧庫が出来るまで、我慢してくれるか?」
「もちろんです。
・・・・・・これは、料理の道具でしょうか?」
初見の物品も、料理に関する物であれば、職業「料理人」の職業補正と所持能力により、食々菜は用途を理解できるらしい。
昨夜、皆で食事を楽しんでいる時だった、紅壱が目に違和感を覚えたのは。
目の奥が痛む、妙に霞む、むず痒い、涙が出る、そんな言葉に出来るものではなく、単に「おかしい」、そんな漠然とした異変が、自分の目、眼球に生じた事に、紅壱は不安で血色が悪くなりそうになる。
カガリとあれだけ真正面から殴り合い、頭部や顔面に、幾度も打撃を受けたのだ、目にダメージがあってもおかしくなかった。
一度、目を洗ってみようか、そんな事を考えながら、紅壱はポケットに入れていた小型の鏡を覗きこむ。
鏡面に映ったのは、驚きで限界寸前まで見開かれている己の目。
紅壱の目は、真っ赤になっていた。充血していた訳ではない。むしろ、その方がまだ、紅壱は大きなリアクションをせずに済んだだろう。
戦闘時でもないのに、彼の両目は深紅に変色していた。しかし、爛々と光ってはおらず、落ち着いている。アドレナリンも分泌されていない。
(・・・・・・どうしたんだ?)
不思議に思いながら、紅壱は目に異変が生じていないか、周囲を見回して確認する。
その異変に気付いたのは、鹿の大腿骨を美味そうに齧り、髄液を啜っているスケルトンを見た時だった。
(体のラインが点滅してる?)
その一匹だけか、と思ったが、相撲をしている吾武一と奥一、磊二と今後の魔術についての指導について語り合っている弧慕一や、愛馬の首筋を愛おしそうに撫でている輔一、多くのゴブリンやオークの全身も、淡い光に包まれ、点滅を繰り返している。
点滅していないのは、食事や周囲の木々、自分が持ってきたサバイバルツールくらいだ。
何が起こっているのか、疑問に思いながら、奥一の大木すら真っ二つに折りそうな張り手を、ギリギリまで身を低くして回避し、懐へと入り込み、またもや、組み合う体勢に持ち込んだ吾武一に視点を合わせ、意識が自然に集中した時だった。
点滅が止まったと思った矢先に、視界の中央へノート大の画面が出現する。
「!?」
その画面は半透明で、奥一に投げ飛ばされそうになりながらも、粘り強い足腰で体勢を崩さないようにしている、必死な吾武一が見えていた。
(これは、RPGでよく見るアレか)
自分では進んでやらないにしろ、修一が真面目に取り組んでいる所を後ろから、これまで何度か見ていたので、紅壱は、その画面が何を意味しているのか、容易に察せた。
(イメージするのか、実際に触れるのか)
とりあえず、紅壱は空中に浮かぶ画面に出ている、「YES」の表示を、やや緊張しながら人差し指の先で押した。
ポーン、と木琴を打ったかなような音が聞こえ、画面は表示が切り替えられる。
表示されたのは、吾武一についての情報だった。
[名前] 吾武一
[種族] ブラックホブゴブリン・亜種
[職業] 重剣士
[役職] 副村長
[Lv] 38
[HP] 345
[SP] 112
そんな基本的な情報が、画面に表示されていた。
試しに、[Lv]を押すと、次のレベルに達するに必要な経験値が表示された。
画面を動かすと、装備と修得スキルも閲覧できるようだった。
(頭部は中鬼の兜、防具は中鬼の胸当てと腹当て、足には中鬼の脚甲と靴か。
力が45、技が40、体が44、速が39、魔が30、運が33か・・・・・・高いのか、低いのか、他の奴と比較しないと判断できないか。
武器は、グレートソードで、スキルは・・・・・・「一文字斬り」と「回転斬り」、「正拳突き」、「噛み付き」に、そんで、「大剣の心得・小」、「威嚇耐性・小」か)
ステータスの六つは、紅壱の感覚に沿って、分かりやすい表現になっているようだった。ゲームをやり込んでいる者が、紅壱と同じ目、ないしは同効果の術を有していれば、表示が違ってくる可能性は小さくない。
(力は腕力だろうな。物理攻撃系のスキルも、関係してるか。
技は武器の取り扱い、体はスタミナや物理攻撃への耐性、速も攻撃や回避のスピードと考えて良いっぽいな。
魔は、魔力の量や魔術への耐性かね。
運は数値が高ければ、幸運が舞い込むようになっているのか)
続けて、攻撃スキルを押すと、技の動作と威力についてが読めた。
どうやら、これらのアクティブスキルを獲得していると、発動させた状態で、その攻撃を繰り出した際に、威力が上乗せされるらしい。時には、二~三倍近くなるらしいので、持っている方は当然ながら、大いに有利だ。レベルが上がれば、その恩恵は増していくようだ。また、未所有の派生技スキルも、技の練度が上がれば獲得できる、ともあった。
アビリティの一つである、「大剣の心得」は、装備している武器が大剣であった場合に、プラスとなるスキル、どちらかと言えば、常時発動能力と呼ぶべき能力らしい。
この常時発動能力を得ていると、通常攻撃の威力が増す、武器が扱いやすくなる、攻撃スキルを獲得しやすくなる、と言った効果が発生するようだった。
「威嚇耐性」の効果は、そのままで、威嚇されても怯まなくなるようだ。「小」と表示されているのなら、実戦を積み、敵の威嚇に対抗し続ければ、「恐怖」や「混乱」、「硬直」と言った行動異常に陥る危険も低くなるのではないか、と推測できる。確認したところ、その通りだった。
(こりゃ、便利な能力だな。
アバドンさんが持っていたのか、カガリって修羅が持っていたのか、それとも、敵を倒した事で、俺のレベルが上がって、自動的に獲得したのか)
自分についての情報も見てみたい、そんな衝動に駆られるも、予想外に低かったら凹むかもしれない、と思い直し、この場で見るのは止めておく事にした。妙な臆病さがあるようだ、紅壱には。
(こいつらの「個人情報」が見られるなら、どんなトレーニングをやらせるか、実戦でどの敵にぶつけるか、色々な状況で考えるのが楽になるな)
この情報を見る能力が、仲間だけに対して有効なのか、それとも、敵にも有効なのか、現時点では把握できない。しかし、可能であれば、大きなアドバンテージを得られる。風巻丸と視界を共有させた状態でも発動が出来れば、活用の幅は広がる。
とは言え、ずっと、この画面が出たままでは、些か困る、そんな不安を紅壱が覚えると、画面は突然に消える。驚いて、一つ瞬きをすると、ほぼ同時に倒れた吾武一と奥一、他の者らの点滅も収まっていた。鏡を見れば、目も元の色に戻っていた。
(ON/OFFが切り替え自由なのは、これまた、助かる)
良い能力を得られた悦びで、満面の笑みを浮かべている紅壱の顔は忠誠を誓った吾武一らですら恐ろしかったらしく、思わず、身を竦ませてしまう。とてもじゃないが、どちらが勝ったか、ジャッジしてほしい、とは頼めなかったので、仕方なく、吾武一と奥一は再び、ぶつかりあう事にした。
紅壱が「ククク」と笑うのを聞きいてしまい、心臓が縮み上がりそうだったゴブリンらは名勝負が齎す興奮に没頭する事で、恐怖を打ち消そうとした。その目論見が成功するほど、吾武一と奥一の相撲は激しかった。
その目で、食々菜を確認したところ、彼女の職業は、予想通り、「料理人」で、「料理の心得・小」も得ていた。
「料理の心得」は、料理に関するパッシブスキルで、初見である食材の調理法、道具の適した使い方が、「何となく」のレベルで理解できるものらしい。
昨夜、紅壱の傍で、彼の手付きの良い調理を見て、正しいやり方を学習したことで、アビリティが成長したようだ。
「人間は、こんな便利な道具を開発しているのですね。
料理のレパートリーが、豊富になるのも納得です」
「あっても、使いこなせなきゃ意味がないけどな」
冷笑を浮かべ、紅壱は荷物が梱包されている箱をポンポンと叩く。
「こちらは、食材ですね」
米や小麦、蕎麦を見て、食々菜は食べ物と判断できたようだ。しかし、「料理の心得・小」では、まだ食べ方が明確には分からないらしい。困惑の中に、悔しさが滲んでいた。
「調理法は、後で教える。
しばらくは、これで食い繋げる。その間に、この森の食えるものを探しつつ、畑で野菜を育てていこう」
(職業「農民」を持ってくれる魔属が出てくれば、野菜の出来も良くなるだろう)
名を与えていない彼らの可能性に期待しつつ、紅壱は食々菜に一つ、質問をする。
「とりあえず、道具と食い物は揃えた。これで、十分だと思うか?
足りないものがあるなら、もう一回、買い物に行ってくるけどよ」
王に買い物を頼む、普通の感覚であれば、畏れ多く、頼めやしない。だが、温厚ながらも、言いたい事はハッキリ言えちゃうタイプの食々菜は少し考えた後、「布でしょうか」と答えた。
「布・・・・・・服か」
確かに、魔属はオスもメスも、大事な部分をボロ布で隠しているだけだ。今は、陽気が良い時分なので問題はないだろうが、この異界にも四季があるのなら、防寒具は必要だろう。何より、紅壱も目のやり所に困る。昨夜の宴でも、ちょいちょい、恥部が見え、その度に目を逸らしていたのだ。
名持ちとなった吾武一らは、種族進化に伴い、魔力が増した。それにより、生体防具と呼ばれるものが体の表面に現れた。
これは文字通り、防具であるが、非戦闘時はイメージする事により、形状が日常的な服に変えられる代物らしい。現に、食々菜はふわっとした、レモンイエローのワンピースに、生体防具を変化させていた。
全員が、種族進化してくれれば、服の問題は万事解決だが、これは一朝一夕でどうにかなるものではない。
この森にも、綿花や麻はあるだろうが、紡績の技術も設備もない。羅綾丸の糸で布を織る事も出来るだろうが、やはり、全員分は短時間では賄えないし、それだけの量の糸を出すには、相当なエネルギーが必要だ。
名を下手に与えれば、増えた魔力に耐え切れず、体が爆散してしまう可能性もある。
そうなると、既製品か、布地を買ってきて縫製するのが現実的だった。
「分かった。服と布地を買ってくる」
「ありがとうございます。
私達は人間の貨幣を持っておりませんので、これらの代金は労働と奉仕で返させていただきます」
「そうしてくれりゃ、助かるぜ。
寝具の類は、必要そうか?」
食々菜は俯いて考え込んだが、「いえ、いりませんね」と答える。
「基本的に、下位魔属の住処と言うのは、粗末な造りですから、寝る時も床や土の上に藁を敷きます。
それで、十分に安眠が出来るので、質の良い寝具だと、却って落ち着かなくなるか、と」
「一理あるな」
「ですが、集会所が出来ましたら、王様の分は買っておくべきだと思います」
ベッドは吾武一様らが張り切って作るでしょうから、と可笑しそうに言った食々菜に、紅壱も楽しそうに口元を緩める。
買い物を終えたら、翠玉丸に連絡する、と告げてから扉の向こうへ消えた紅壱を見送った食々菜。頭を上げた彼女は、魔属特有の精神感応で、手の空いている仲間に呼びかけ、大量の荷物を運ぶ準備を始める。
ショッピングモールに戻ってきた紅壱は、まず、近場のおにぎり屋に入り、一つ200gの特大おにぎりを五個ばかり購入する。全て同じ味ではなく、定番の梅と鮭、おかかは押さえ、変わり種のツナマヨキムチ、牛ゴボウにもチャレンジする、それが辰姫紅壱と言う、料理人志望の男子高校生だ。
(魔力の消費する感覚ってのは分からないが、小腹が空いちまうのかね)
昨日は興奮していたから、全く気付かなかったようで、次元に隔たれている弐つの世界を「扉」を使って行き来するのは、それなりにエネルギーが燃焼するものらしい。小腹が空く、いくらかの疲労感を覚えるのは、まだ魔力の使い方が頭で理解できておらず、本能的に体力を代用しているからか、と推測する紅壱。
魔力の扱い方を覚えられたなら、大量の物品を亜空間に作ったスペースに保管できる術か、世界的にも有名な青いロボットが腹に付けている、あのポケットに近いアイテムを作ってみよう、と紅壱は決意し、最後の牛ごぼうを胃に入れる。
米1kg、合に換えれば、約6.7合ではあるが、今の紅壱にとっては小腹を満たせる量に過ぎなかった。
服飾店に向かい最中、ふと、彼は一軒の店の前で足を止めた。
そこは薬局。ちょうど、セールをしているようで、それを知らせる旗が何本も立ち、風に揺らめいていた。
「買ってくか」
魔属は人間と比べ、自己再生能力が高いらしい。しかし、限度はある。
今、村に治癒系の魔術を使えるのは数体で、その術も、ちょっとしたヒビが入った骨を完治させるのに、最低でも十回は使用せねばならないレベルらしい。一度で治せるのは、ナイフによる浅い切り傷か、ボールが当たった程度の痣がやっとらしい。
使えるだけでもマシだが、これから、訓練を積み、生傷が増える事が予想できる。そうなると、その数体だけでは手が回らなくなってしまうだろう。
(栄養ドリンクの効きからして、人間界の薬は、魔属にゃ段違いで、効果を発揮するのかもしれねぇな)
人間と魔属の違いについて、色々と考えながらも、紅壱の手は必要だ、と自身の尺度で判断した品物をカゴへ放り込む、次々に。
ガーゼ、包帯、ネット、消毒液、湿布、火傷用の軟膏、鎮痛剤、胃薬、下痢止め、風邪薬。
一つ一つは軽いが、量が凄まじいなので、あっと言う間にカゴは満杯になる。
(カガリの、腕を増やす魔術、あれも覚えるべきだな)
戦闘時に、羅綾丸の八本肢と二対の腕は戦力を大幅にアップしてくれるだろう。しかし、四腕が本領を発揮するのは、むしろ、日常生活の中ではないか、と棚にあった全ての栄養ドリンクを籠に入れながら、紅壱は考えていた。
買い物で多くの荷物を持つ際にも重宝するだろうが、調理時は更に役立ってくれるだろう。元の腕と同じように扱うまでは、相当な練習がいるだろうけれども、使いこなせた際のメリットは、それに見合う。
思った以上に、買い物袋が増えてしまったので、紅壱は異世界へ、それを部下へ預けに戻る事にした。
怪異のステータスが見る事が出来る目を得た紅壱
自らの能力に振り回されないようにしよう、と己を厳しく律しつつ、彼は早速、知った情報を元に、部下らに課すトレーニングのプランを考えるのだった
地獄の特訓が始まるとも知らず、幹部らは自分達の為に金を惜しまぬ紅壱に感謝を示す
またしても、荷物が一杯になってしまい、紅壱はアルシエルへ戻ってきたのだが、そこで、彼は驚きの光景を目にする
大抵の事では動揺しない彼に走った衝撃とは!?




