第三十五話 往復(round-trip) 紅壱、ショッピングモールとアルシエルを行ったり来たりする
学園を襲撃してきた魔属の軍団との戦闘、カガリとの一騎打ちで負ったダメージは一夜の熟睡で、完全に回復した紅壱
逡巡の末、彼は瑛を悲しませないために学校をサボる事に
輝愛子に雇われている、プロの尾行者から逃れた紅壱は、自らがトップとなったアルシエルでの生活レベルを上げるのに必要なものを購入すべく、大型ショッピングモールへ向かうのだった
「・・・・・・ァ」
女性店員を失神させてしまった事に、ダメージを地味に食らう紅壱。
どうにか立ち直った彼は同時に購入していた荷車へ、購入したものを乗せる。総重量は500kg近くとなったが、紅壱であれば闘気で身体能力を高めれば、苦なく引く事が可能だ。荷車も、本来であれば、これだけの積載量となれば動くどころか、壊れてしまうが、闘氣に覆われる事で強度も増していた。
(問題は・・・・・・)
紅壱は店の自動ドアを睨み、意識を集中させた。
ただでさえ、兇悪な紅壱が無言になると、表情だけではなく、雰囲気に鋭さと重さ、その上、黒さが加わる。そうなると、他の客は無意識に、彼から距離を置くようになる。雑踏を歩く際や、タイムセールでGETしたいものがある時などは、実に便利かも知れない。
自動ドアのガラスが、ビリッと一瞬にも満たぬ震動を起こしたのを感じ取った紅壱は、自然と笑ってしまう。途端に、遠ざかっていた客らは気分が悪くなったり、手足が小刻みに震え出したりしてしまう。中には、立っていられなくなる子供、老人までいた。
思考の一点に集中し、自動ドアに向かって進んでいた紅壱は、そんな異変に気付かない。
そうして、彼の体重を感知した自動ドアが静かに開くと、紅壱の視界を支配したのは、駐車場ではなく、見覚えのある森であった。
「うっし」
自室の扉以外でも、イメージさえすれば、他の扉でも異世界に行ける、その推測が当たっていた事に満足する紅壱。自然としてしまっていたガッツポーズに気付き、紅壱は頬を赤らめた。
自動ドアが閉じ、すぐに外から客が入ってきた時、そこには謎の上客の姿も、あれだけの大量の荷物も見当たらなかったものだから、紅壱の背中を目で追ってしまっていた店員は腰を抜かしてしまう。
異世界に転移したんだ、その手のライトノベルが好きな店員は休憩時間に、同僚相手に騒いだのだが、それは正解だったにも関わらず、あまりにも荒唐無稽過ぎたので、誰も信じなかった。
元々、この職場に馴染み切れていなかった彼は、この体験を機に一念発起、すぐに退職して、小説家を目指す。
そうして、一代で会社を急成長させた社長が死後に、異世界へ転生し、神から与えられた「人材育成」のスキルと、前世のチートな知識と財政テクを駆使し、商人として成り上がり、ついには、仲間と共に攻略したダンジョンを一つの巨大店舗とするストーリーで、人気作家となる事になるのだった。
しかし、残念ながら、彼は人生を変えるキッカケを作ってくれた紅壱と再会する事は今後、一度もなかった。
「お待ちしておりました」
「悪いな、朝っぱらから。昨日の疲れもあるから、もう少し休ませてやりたかったんだが」
申し訳なさそうに頭を掻く紅壱に、彼からの連絡を村に残っていた翠玉丸から伝えられ、村の前に集まっていた吾武一らは焦る。
「構いません。貴方様が来い、と言えば、どこにでも、火の中だろうと水の中であろうと参りましょう」
彼らの気持ちは嬉しいが、くすぐったい。その気持ちが意図せず、顔に出てしまっていたのだろう、紅壱の顔を見て、幹部らは溜息を吐きたいのを堪える。
「タツヒメ様、いえ、王」
代表して、前に出てきた吾武一の鬼気迫る気迫に、紅壱は緊張を覚える。だが、王と呼ばれた以上、怯む所は見せられないので、「何だ、吾武一」とドスの効いた、低い声を出す。ズンッ、と効果音だけでなく、空気が重さを帯びたようなエフェクトまで見えるような緊迫感が漂う。
「そうです、この威厳を常に保ってください。
王は、臣下に恐れられ過ぎてもいけませんが、侮られてもなりません。
常に、堂々とした態度で臣下に接してください。
タツヒメ様は、もう少し、偉そうにしてもいいくらいです。
王があまりフランクすぎると、臣下の気も緩み、規律に乱れが生じます。引くべき一線は、跨がないで下さい」
厳しい口調で注意され、紅壱は落ちこみたくなるも、そうすると、また、吾武一に叱られてしまう。何とか耐え、自省した紅壱は「なら、どうすればいいかな?」と問うた。
「まず、臣下に対する口調から改めましょう。
なるべく、命令口調を意識するべきか、と」
弧慕一のアドバイスに、「命令口調か・・・」と紅壱は渋い顔だ。基本的に、彼は仲間を大事にしたい性質なので、上から目線で「ああしろ、こうしろ」と命じるのが得意ではなく、あまり好きでもない。
だけれども、彼に「やってくれるか?」、「出来るか?」と言われてしまうと、仲間は断る気になれず、つい、全力以上で頑張ってしまえる。仲間や部下のやる気を無意識で引っ張り出す、自分にそんな「王」としてのカリスマ性が備わっていると、本人が微塵も気付いていないのだから面白い。臣下からすると、笑うに笑えないが。
「ところで、BOSS、今日は何の用ですか?」
「木の伐採と、畑作り、水路作りを今日の内から、ちょっとずつでも進めようと思ってな、使えそうな道具を買ってきた。
吾武一、これで家の穴、直せるだろ」
紅壱は十数枚の木板を持ち上げる。
「!?」
途端に、幹部四人はその場に跪く。
「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません!!」
「いや、構わねぇよ。俺が、そうしたかっただけだから」
紅壱はいつものように優しい言葉をかけたつもりだったのだが、吾武一らはお気に召さなかったようだ。違ったか、と紅壱は少し考える。
「申し訳ないと思うのなら、労働で返してくれりゃいいよ」
口調はともかく、内容は、それなりに王らしかったからか、吾武一らは一先ずは納得したような表情で頷き合う。
「とりあえず、村に運ぶから、手伝ってくれ」
「・・・・・・王様」
吾武一の目に、紅壱はガリガリと頭を掻く。そうして、何かを吹っ切ったらしく、彼は荷車の上の荷物を指し示す。
「お前ら、これを全て、村へ運べ。落としたら、罰を受けてもらうぞ」
それでいいのです、と弧慕一に首を縦に振られ、奥一が親指を立ててくれたので、紅壱はホッとする。
(王様っぽい態度って、結構、疲れるんだな・・・・・・しんどい)
「アバドンさん、王になるって大変なんですね」
一日でも早く復活してもらって、王位を譲ろう、そんな妙な決意を紅壱が固めているとも知らず、吾武一らは荷車を押していくか、それとも、荷物を一つずつ運ぶか、で話し合っていた。
「じゃあ、俺は他の物を買ってくるから、戻ってくるまでに頼むな」
吾武一は再び、注意をしようとしたが、紅壱は彼がそちたを向いた時にはもう、扉を開けて、ショッピングモールへ戻ってしまっていた。
5階まで階段で向かった紅壱が目指す店は、調理器具が置いてある。
世界的に有名なブランドだけでなく、業務用のサイズが特大の品も置かれており、様々な世代や職業の者に重宝されている店であった。
「軍資金は・・・・・・まーだ、結構、残ってるなぁ」
紅壱の長財布は、紙幣でパンパンに膨らんでいた。しかも、背負っている鞄にも、札束が入っていた。仮に、紅壱が持ち主でなければ、確実にプロから狙われ、気付かぬうちに掏摸まれていただろう。
しかし、熟練の域にあるプロであれば、紅壱の足運び、何気ない視線の巡らせ方、完璧に近い脱力から、ただものではない、と見抜いて近づく事も躊躇うだろう。失敗する、と分かる相手は狙わない、だから、プロなのだ。
もし、掏ろうとした最後、そのスリの犯罪者人生は、そこで終止符を打たれていただろう。
紅壱は、自分のモノを奪おうとする輩に対し、一切の容赦がない。気の好い、ライトノベルの主人公のように情けなどかけない。
彼から何かを奪おうとして捕まり、ボロ雑巾のようにされ、両手の指全てが折られた掏摸を見て、修一や昔の仲間であれば、殺されないだけマシだ、と言うに違いないだろう。
何故、普通(?)の男子高校生である紅壱が、これほどの大金を持っているのか。
彼が『うみねこ』で副料理長的な立場でバイトに精を出しているのは先述したが、いくら、何でも、これだけの金額は稼げない。
紅壱の人となりを知らず、見た目だけで判断する者は、カツアゲで得た、弱者の涙が染み込んでいる金だろう、と疑ったに違いない。
確かに、働いて得た正当な報酬ではないにしろ、暴力で奪った金でもないのは確かだ。
出所は、聡明な方々であれば察しが付くだろうが、紅壱を溺愛している輝愛子である。
彼女は、天戯堂学園の高等部に合格した愛弟に、思いつく限りのものをプレゼントした。自分が嫌われている自覚が大いにあった彼女は、物品で紅壱の気を惹き、好意を持ってもらう方法しか思いつかなかったのだ。
大量の贈り物を目の前に積まれた紅壱の表情を、皆さんは想像できるだろうか。呆れるでもなく、怒るでもなく、かと言って、喜ぶ訳でもなく、ただただ、唖然とするしかなかった。
高価なもので、自分の機嫌を取ろうとする輝愛子に、紅壱は少しだけ、憐憫の念を抱いた。家族や、同年代の友人が、彼女に対し、対等な接し方をしていれば、こんな発想には至らなかっただろう。
突き返したとしても、より高額な物を持ってくるだけだろうな、と簡単に予想できた紅壱は受け取った、半笑いで。愛弟が「ありがとうございます」と言ってくれた瞬間の悦びは、童貞を貰った時に劣らなかった、と輝愛子は後に語る。
紅壱は輝愛子に贈られた品々を全て、フリーマーケットとネットオークションに出品した。
当然だが、二束三文で売りはしない。輝愛子に贈られた物を部屋に置いておきたくない、その気持ちはあったが、時計や絵画、指輪には罪が無いので、正当な値段はつけるべきだ、そんな律儀な所が彼にはあった。本当に欲しい人に迎えられた方が、この高級品も満足だろう、そんな思いもあった。
輝愛子は、紅壱の自分の気持ちを否定するかのような行動を報告されたが、悲しむどころか、逆に喜んだらしい。「こうちゃん、優しい」と感動し、ボロボロと泣く雇用主を間近で見て、絹河と瓶持は記念すべき五十回目のドン引きを経験した。
(嫌ってくれりゃ、御の字だったんだが、あの人の愛情をナメてたな)
各種ブランドへの造詣が深い友人や、ネットオークションの駆け引きに詳しい友人のおかげで、紅壱は思いがけない臨時収入を手に入れた。
さすがに、出品できなかった、輝愛子からの入学祝い金の300万円と合わせ、今の彼の預金残高は1000万円近い。高校生が手にしてしまったら、青春を破滅させてしまいそうな金額だが、物欲がさほと烈しくなく、金銭への執着も淡泊な紅壱は使い道を迷いあぐねていた。
そして、今回、やっと、その預金を使う機会がやってきてくれた。自分が汗水を垂らして稼いだ金であっても、仲間の生活基準を上げ、長いスパンで見れば、自分に対してもプラスに働く事であれば躊躇わないが、出本が輝愛子のものとなれば、買い方もノンブレーキだ。
店に到着した紅壱は、真っ先に業務用の大鍋を選びに向かう。
『うみねこ』で使っている鍋も、一度に三十人前後は作れるサイズだが、上には上があるものだ。
「こっちにするか」
紅壱はアルミ製の寸胴鍋で、最も大きな60cmを買う事に決める。
重さは16kgだが、闘気や魔術を使わずとも、基本的な腕力が人より強いオークであれば、難なく持ち運べるはずだろう。
続けて、紅壱は標準サイズの片手鍋やフライパン、ヤカン、土鍋も複数個、近くにいた店員を呼び止め、レジで預かってほしい、と頼む。
その店員は紅壱の“微笑”に「ひっ」と引き攣った後に、彼が買う量にギョッとする。しかし、さすがはバイトリーダー。どうにか、気持ちを立て直すと、「畏まりました」とカートを受け取る。
「じゃ、お願いします」
一人じゃ、とてもではないが動かせない重量のカートを、筋肉に悲鳴を叫ばせながら押していく店員へ背を向け、紅壱は次のコーナーへ向かう。
「これくらいあれば、十分か」
紅壱は魔数分の皿とフォーク、スプーン、コップをカートへ乗せる。
王は大変だ、と嘆きつつも、紅壱はゴブリンらに文化的な食事をさせよう、と決めていた。栄養面をしっかり考えた食事で体を作る事は当たり前、食事を手掴みではなく、道具を使って食べる事を常識としたかった。
昨夜は串焼きだったので、むしろ、手掴みで食べるのが正しいマナーと言えるが、毎日、串焼きでは飽きが来る。食々菜自身も、新たな味を求めている以上、その食事をより美味しく、楽しく食べ、嬉しくなるためには、食べ方にも美しさは不可欠だ、と教えたかった。
飲食店で働いている者の、ある意味、職業病に紅壱も罹っていたらしい。
皿やコップなどは、手先の器用な物であれば、土から技術ないしは魔術で作れるかも知れなかったが、お手本があるに越した事はないだろう、と紅壱は思った。もしも、素人目にも良いな、と思える皿が出来たら、フリーマーケットに出品してみよう、そんな事も考えていた。
「電化製品は止めておくか」
冷蔵庫、電子レンジ、炊飯器が揃っているコーナーをしばらくの間、目移りしながら歩いていた紅壱は、それらを買う事を諦める。
あれば便利であるが、持って行っても電気がない異世界では、動かない。魔術で電気を作る事も可能だろうが、それなら、魔術で冷凍や加熱すればいい話である。
「なるべく、俺も早く、魔力の使い方を覚えて、生活に役立つ術を覚えないとな」
血統と、魔王・アバドンを宿している事で、常人どころか並みの術師の数十倍はある魔力を、戦争ではなく、生活を満たすために使う、そんな事が知ったら、日々、魔力量を少しでも増やすために、血反吐を吐くような努力にも音を上げていない、『組織』の新人は非難轟轟の嵐に、紅壱を飲み込んだだろう。
包丁も何本か見繕った彼は、「一応、フライ返しと菜箸、そんで、砥石も買ってくか」と適当にカートへ放り込んでいく。
ゴブリンらが持っている片手剣は、どこで手に入れたかは不明だが、大量生産品で、切れ味はさほど良くない。あれでは、「切る」攻撃で与えられるダメージなど、たかが知れている。むしろ、「叩き付ける」方が効果的だろう。
かと言って、集落にいる魔属全てに、新品の武器は与えられない。武器を扱っている店にコネがない訳ではないが、さすがに、大量購入は出来ない。何せ、その店の商品は質が良く、それだけに値が張る。
なので、適切な手入れを教え、手持ちの武器を使えるレベルに戻す方が現実的だった。
(まぁ、研いでもダメな剣は一回、溶かして板にしちまおう)
その鉄板で剣を作り直してもいいし、盾にも使えるだろう。
(武器作りの知識がある個体がいりゃいいが・・・・・・厳しいか、それは)
知識と経験は、紅壱にもあったが、あくまで素人に少しの毛が生えた程度だ。職人のそれと比較されると、粗の方が目立ってしまう。
(武器作り、修復のプロが欲しいな・・・あとで聞くか、近場にドワーフがいないか)
瑛の資料によれば、ドワーフが人間界に『偶喚』される事は、実に稀らしい。しかし、その稀な『偶喚』で、小さからぬ被害も出た事があるそうだ。ドワーフは顔は老け、体躯も小学生の3、4年生程度。
しかし、鍛冶を得意とする魔属だけあってか、力は強く、お人間の大人も簡単に持ち上げ、数mは放り投げる事が出来てしまう。その腕力で揮うハンマーによる打撃も強烈で、安物の盾や防具、生半可な防御魔術では、防ぐ事は難しい。しかも、個体によっては鉄を自在に操るスキルまで持っているそうだ。
森の中ならまだしも、人の世界は金属で溢れている。ドワーフの本領は、大いに発揮されてしまうという訳だ。
(スカウトできりゃ、色々と助かるんだがな)
幸いと言うべきか、ドワーフは酒が大好物らしい。ドワーフが偶喚された時は、下手に戦うよりも、美味い酒で酔い潰してしまうのが通例だ、と瑛は教えてくれた。
ならば、交渉の余地はありそうだ、と紅壱は前向きに考える。酒で気持ちを揺るがせられたなら、今度は質の良い金属を贈ろう、と目論む彼の表情は、実に悪どい。
目に付いたものを片っ端から購入していく紅壱に、こっそり様子を窺っていた店員は目を剥く。万引きなどしようものなら、すぐに捕まえている(可能かは別として)ところだが、あくまで、紅壱は普通に買い物をしているだけだ。ただ、大量に商品を買っているだけでは、警察に通報は出来ない。
包丁を大量に買った、それだけでは根拠としても弱かったし、さすがに顔が怖い、そんな理由では警官も呼べない。逆に、店のイメージダウンンになってしまうだろう。
唸りながら、自分の行動を監視している店員に、紅壱は気付いていたが、挙動を怪しまれるのは、大して珍しい事でもなかったので、不快さも覚えない。「またか」と肩を竦め乍ら次のコーナーに向かう。
やや逡巡した紅壱は、米、小麦、蕎麦、その三つを50kgずつ購入する。
(あの森の中なら、野生の小麦はあるかもしれないな)
人間の常識に当てはまらない、異界の森であれば、稲もあるかもしれない、そんな期待が紅壱の逞しい胸板の内で膨らむ。
最初は、増やしやすい芋類を主食にする予定だが、いつまでも、芋だけの食事では体はともかく、心が飽きてきてしまう。芋料理のレパートリーなら、紅壱も豊富だが、他の食材や調味料、器具がなければ、それも限られてしまう。
1000万円近い資金があるのなら心配はない、と人は言うだろう。けれど、紅壱は魔属らに自分達だけの力で、衣食住のレベルが高い生活を築いて欲しいのだ。足りないものが多すぎる今は、王としての責務もあるのでサポートもするが、これだけの大量購入は今回だけにするつもりだった。
彼らにもプライドはあるし、自分に頼る悪癖がついてしまっても困る、と紅壱は配下に対して非情になる覚悟も出来ていた。
調味料は、料理の基本、「さ行」である砂糖、塩、酢、醤油、味噌を1kgずつ買い込む。
「塩は、あっちでも入手できるかも知れないけど、一応な」
コボルドやスケルトンが住処としていた洞窟ならば、岩塩があるかも知れない。縄張りを広げていけば、塩湖があるエリアを知っている魔属と接触も出来るだろう。
砂糖も、サトウキビ、もしくはてん菜が自生していたなら、加工して手に入れられる。また、大豆に近い穀物があれば、自家製の大豆加工食品を作れる。
料理が趣味である紅壱としては、怪異との出逢い、強敵との語り合いと同じくらいに、未知の食材に対しても夢が膨らむ。
無自覚で、鼻息が荒くなり、獣性が剥き出しになりそうになった紅壱を見てしまった、今日、たまたま、この店に社会科見学で来ていた小学生のグループは、男児も女児も火が付いたように泣き出し、失禁してしまう。
さすがに、興奮も子供の泣き声で一気に醒め、紅壱は急いで、その場から半ば逃げるようにして離れる。 子供らに謝りたかったが、自分が近づけば、子供らは恐怖がピークに達し、心臓が停止ってしまうかも知れなかった。ごめんな、と店員らに連れていかれる子供らに胸中で詫びながら、彼はレジへ急ぐ。
「飯関係は、これくらいでいいな」
鍋類を預かってくれているレジで、合計の代金を支払った彼は、またしても、配送を丁寧な態度で断られて戸惑っている店員に一瞥もくれず、自動ドアから異世界へ入る。
村の前で、自分を待っていたのが食々菜だったので、紅壱は「ほっ」と安堵してしまう。そんな自分が矮小な人間のような気がしたのか、続けて出た息には自己嫌悪の色も滲んでいた。
輝愛子からのプレゼントを売って作った資金を惜しまずに使い、大量の道具を購入した紅壱
自分が、その店で関わりを持った人間の人生を良い方向に動かしたとも知らず、彼は自室以外のドアからでも、異世界に転移できる事を知る
吾武一達から、王らしくあれ、とお小言を貰ってしまい、軽く凹んだ彼は、半ば逃げるようにして、ショッピングモールへと戻り、続いては食料品をどっさりと買い込むのだった




