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とある生徒会長の本音は日誌だけが知っている  作者: 『黒狗』の優樹
異界への転移
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第三十二話 美味(delicious) 吾武一ら、「美味しい」に震える

仲間かつ部下としたゴブリンらに請われ、王となった紅壱

突然に背負った責任感に、彼は不安と共に、やる気も漲らせていた

話し合いも一段落し、紅壱は皆と親交を深め、獲った猪と持ってきた野菜を味わってもらうべく、率先して調理に取り掛かる

 「肉と野菜は全て、行き渡ったか?」


 吾武一の確認に、ゴブリンたちは「貰いましたゴブ」と返事をする。



 共同生活を始める事になるゴブリン、オーク、コボルド、スケルトンは計83匹。

 大猪2匹では足りそうもない、と判断したリーダーら。早速、奥一はナンバー2の四匹を引き連れ、狩りに出た。


 

 三十分もしない内に、奥一達は大量の猟果を抱えて、集落へ戻ってきた。

 兎が12匹、山鳥が20匹、鹿を3匹、と中々の成果だったが、一番の大物は奥一が担いでいる熊だろう。

 吾武一が大猪に勝って、紅壱から賞賛された旨をゴブリンから聞いて、やる気を出したらしい。

 重量のある斧の一撃は、立ち上がれば3mはあろうかという熊を頭のてっぺんから股間まで、一度も止まらずに切り裂いたようだ。真っ二つとなり、内臓を晒している熊の、奥一に森の中で出会ってしまった運の悪さに、紅壱は同情する。


 「やっぱ、デカイな」


 解体されている熊の大きさに唖然としつつ、紅壱は他の獣に対しても舌を巻く。



 ちなみに、後で吾武一らに聞いた話によれば、この熊は生まれてから、せいぜいが一年ほどで、しかも、ボスやそれに準ずる個体でもないらしい。

 運が良い事に、彼らはまだ、遭遇した事はないらしいが、この付近を縄張りにしている巨大熊は5mを超える上に、火まで吐くらしい。魔術ではなく、体内にそれを可能とする器官があるのかもしれないな、と紅壱は話から推測した。

 そんな大熊だけでなく、氷柱を咆哮と共に発射はなってくる巨狼、嘶きと共に電撃を纏った双角で突進してくる大牡鹿、はばたき一つで大木を微塵切りにする竜巻を起こす大鷲まで棲息するようだ。

 この森、というより、世界に棲息する獣は魔力を内包しているので、人間の感覚からすれば、魔獣と呼ぶべき存在に分類される。

 その魔獣らは、年を経て、他の魔獣を食し続け、魔力を蓄えていく事で、魔属と同じように、種族進化を果たす事もあるらしい。種族進化に至った個体こそが、人間の世界に伝わる神話や幻想譚に登場するモンスターとなるようだ。

 ワーウルフやワーキャットなどの獣人と言われる魔属の中にも、魔獣から進化を果たした個体がいるらしい。その個体は、呪素が集合して、自然的に発生した個体よりも強大な力を宿し、知能と魔術を有するそうだ。

 今後、この村を発展させていく上で、そんな個体との接触は不可避だと思われるので、この情報は紅壱にとって、実に価値あるものだった。


 兎や山鳥は小型犬サイズだけでなく、中型犬サイズまであり、鹿は体長、体高共に人間界の個体の三倍だ。草食動物が、このサイズなので、それらを餌にする熊が大きいのも納得だ。

 その理屈で考えれば、影陰忍をかつて襲ったウルフ、つまり、狼の体躯も常識外れであろう。凶暴性まで考えると、一般人どころか、瑛らの手にすら余りそうだ。

 そんな狼を追い払ったとなると、影陰忍の憧れの相手は、かなりの強者だろう。

 

 「できりゃ、敵対したくないな」


 口ではそう言いつつも、紅壱の眼は「戦ってみたい」とハッキリ言っていた。

 戦ってみたい、それも純然たる願望。本人は否定しているが、紅壱は三度の飯と同じくらいに、強い者を相手に自分の強さを測るのが大好きな、喧嘩狂いであった。特殊な血統や非日常的な環境、それだけでなく、魔王の依代なのだ、これだけの条件が揃っていて、喧嘩っ早い平和主義者にならない方が難しいだろう。

 しかし、その気持ち以上に、紅壱の中で大きい欲求は、「食べてみたい」だった。

 仲間にしたから、それもあるが、オークに対しては食欲が湧かない。だが、魔力により巨大化している猪には食欲が刺激される。

 きっと、この森に棲息している魔獣を食材にし、適切な調理を施せば、美味いだけではなく、魔力を回復させ、総量も増やせる一品が作れる、そんな確信が紅壱にはあり、料理人としての才気が疼いてしまっていた。


 「兎は集落で育てて、増やす事も出来るか」


 野菜は持って、扉を通過する事が出来たが、生き物はまだ分からない。

 家禽も通れて、なおかつ、音桐荘の自室の扉以外も、こちらへ繋げられるならば、家鴨か羊を持ち込みたい、それが、無理ならこちらの野生動物を家畜とするのもアリだ、とも考えていた。


 (兎を生け捕りにするとなると、スネアトラップを仕掛けないとな)


 人間界の森に設置すると逮捕かつ罰金ものの罠だが、この異世界の森であれば、その辺りに配慮しなくて済みそうだった。改めて、紅壱は、この異世界に繋がる扉を貸してくれた魔王に、胸の内で感謝する。



 紅壱本人は自覚していないが、チャンスを掴むなり、やりたい事を片っ端から試していき、成功も失敗も、全てが己を高めるだけでなく、仲間の生活を豊かにし、自身の縄張りを反映させる事に繋がるのは、王としての才能があるからに他ならなかった。

 魔王のアバドンを宿しているのだから、その才能があるのは不思議じゃないし、それも借り物に過ぎない、と当人は自嘲するだろう。しかし、借り物だとしても使いこなせなければ意味はない。今はまだ、無自覚で発揮していたとしても、紅壱が王としても成長しているのは事実だった。

 吾武一らが、この人の力になりたい、その為に強くなりたい、と願うのも、紅壱に王として、人誑しの才覚があるゆえだ。巻き込む力に長けている、と言ってもいい。

 もちろん、王として歩いていくからには、器の大きさに見合った苦難が、道を歩いていく中で立ちふさがる。王の自覚を持ち出し、縄張りが広がっていけば、夢の成就を阻む敵も大きく、強く、厄介になっていくだろう。

 天災、飢饉、侵略、様々な形の悲しみが、王になろうとする者の前に現れ、足を止めさせ、心を折りに来る。それは、最早、「運命」と言い換えてもいい。そして、その「運命」は王となった以上は避ける事も、逃げる事も叶わない。

 王は「運命」に屈するか、「運命」と戦い続ける、その二択しかない。

 歴史に名を残した王も、歴史に名を残せなかった王も、歴史から名を消された王も、ほとんどが「運命」の奔流、言うなれば、最高神とやらの気まぐれに一度は絶望させられてきた。

 己の「運命」を受け入れ、己の与えられた役目に徹し、後悔を抱いたまま死んだ王もいれば、遮二無二に「運命」に反抗し続け、無様な死に様を晒した王もいる。

 紅壱が、どんな末路を迎えるのか、それは誰にも分からない。だが、彼には「運命」に逆らう覚悟と、「運命」を書き換える決意、そして、「運命」と言う荷物を押しつけてくる輩に一発くれる野望があった。

そんな紅壱だからこそ、アバドンは選び、瑛が恋し、輝愛子は惚れ、多くの者が惹かれ、力になろうとするのだろう。

 「運命」に反旗を翻す“宿命”にある、己の役目について知らなかったのに、魔属らの王になるのを決断した彼は、無意識の内に、獄皇となるのに必要な条件の一つをクリアしていたようだ。



 辰姫紅壱は、王にして王にあらず、王にあって王でない者、唯一無二の皇なり、そう、後の歴史書で書かれる事となる。

 ちなみに、その歴史書の編纂者は、辰姫紅壱を傍で支え続けた、一人の女性だった。将軍としても、戦士としても優秀であり、歴史に残る大きな戦いの九割以上で活躍した。

 牝獅子のように強く、激しく、美しく、凛々しく、慈愛に満ち溢れていた、その女傑は辰姫紅壱が生涯を通して、一途に愛し続けた、至高の伴侶であり、彼女もまた、夫をあらゆる面からサポートした。辰姫紅壱が笑う時は共に笑い、怒る時は一緒に怒り、泣く時は隣で泣き、戦う時はその背を守った、そう、多くの書籍に記される事になる。

 後に獄皇と讃えられる少年は、今はまだ己が何者か知らず、それを考える事なく、待ち受けている困難を予感し、腕を磨き、その力を隠し続けていた。


 

 「では、食事の前に、タツヒメ様から一言を頂く。清聴するように」


 またしても、魔属らに注目され、紅壱は緊張してしまう。しかし、皆の目が期待で光ってしまっている以上は、何も話さない訳には行かない。

 これからは、なるべく、この手の場に俺を引っ張りだすな、後で釘を幹部に刺そう、と思いながら、皆の前に立った紅壱はスッと手を上げる。途端に、彼の登場で騒いでいた魔属らは静かになる。カリスマ性のなせる業なのだが、急変っぷりに、紅壱は胃が痛む。

 一つ二つと咳払いをした紅壱は、皆を見回し、確認をする。


 「全員、手は洗ったな?」


 ハイッ、と魔属らは声を揃える。これまで、手洗いの習慣がなかった魔属らは紅壱の指示に戸惑いこそ見せたが、逆らうことなく、素直に従ってくれた。


 「いいか、これから、調理前と食事前、用を足した後は手を洗うように。

 もちろん、わざわざ、水場に行くのは大変だと思う。

 だから、井戸掘りと川から村に水を引きたいので、協力してくれ」


 分かりました、と皆が快く了承してくれた事にホッとし、己の席、長に就任した事をアピールするためか、急拵えで弧慕一と輔一が用意した王座に戻ろうとした。だが、吾武一が険しい表情で、首を横に振る。彼の目は、「もう少し、王らしい事を喋ってください」と訴えてきていた。横を見ると、弧慕一と輔一まで似たような目をしている。かと言って、体で考える奥一は味方になってくれそうもない。


 (マジか)


 もう少し、瑛のスピーチを真面目に見て、勉強をしておくべきだったな、と後悔が過るも、今更である。


 「あっとだな・・・・・・」


 虚空を一頻り睨んだ紅壱は、頭を空っぽにすると、心のままに喋る事にした。


 「俺は見ての通り、人間だ。人間界から、こっちに来た。なので、この村には、ずっといられない。

 隠しても仕方ないから、今、この場を借りて言うが、そもそも、俺はお前ら、怪異を討つ任務に就いている。ハッキリ言えば、お前らの天敵だ。

 だから、今日、お前らの仲間や家族を人間界で・・・・・殺しているかも知れない。

 俺はそいつらの骸を退帰もさせず、パートナーに食べさせた。

 だから、そいつらの魂は、この世界に還してやる事も出来なかった」


 唐突な主の告白に、吾武一らは焦り、止めさせようとしたが、彼らの前に立ちはだかり、威圧してきたのは、翠玉丸らだった。いくら、紅壱から名が与えられ、種族進化した彼らでも、翠玉丸らとの実力差は大きい。強くなったからこそ、その差が分かるようになってしまい、吾武一らは竦んだ足を前に出す事が出来ない。


 「ただ、誤解してほしくないが、償いのつもりで、俺はこの集落の村長を引き受けた訳じゃない。

 困っているお前らを助けてやりたい、そう思ったのも本当だ。そこは、信じてほしい。

 まぁ、正直なとこ、俺の勝手な都合に、お前らを巻き込むって下心もあった。

 既に知ってる奴もいるだろうが、俺は魔王の一柱を宿している。

 俺は、その魔王を復活させたい。異界に来たってのは、偶発的な出来事だったんだが、こっちで活動する拠点も欲しかった。

 あと、怪異をむやみやたらに狩る輩、魔王の復活を邪魔しようとする奴ら、天使とドンパチする時、俺の力になってくれる仲間も必要だった。

 もちろん、お前らを捨て駒にする気は、微塵もない。戦いとなったら、長として、誰も死なない作戦を考える。

 ハッキリ言って、俺はお前らを、この村を発展させて、大きな戦いに備えられるようにコキ使う。

 だから、お前らも俺を、自分たちの為に利用しろ、思う存分にな」


 予想外の内容に、皆の開いた口が塞がらなくなっているのを見た紅壱は迷ったが、言葉を続ける。何せ、彼の心は叫びたがっていた。


 「長って肩書きを得た俺は、お前らより立場が上になる。

 だが、俺は威張るのが下手だ。媚びるのは、もっと苦手だ。

 なので、俺はお前らの奴隷になったつもりで、この集落の為に全力以上で努力しよう。

 お前らの害となる存在を切る剣となろう、お前らを敵の悪意から守る盾となろう、この村を脅かす不埒者を追い返す壁になろう。

 そんな俺がお前らに求める事は、そんな難しい事じゃない」


 ゴブリン、オーク、コボルド、スケルトン、その順に彼らの表情をじっくりと見た紅壱は一拍置いて、要求を口にした。

 

 「誇りを持て、それだけだ」


 あまりにもシンプル。紅壱が何を言いたいのか、大半の人は分からず、混乱しただろう。

 けれど、弱肉強食、その本能に生き、そんな自然の摂理に自由を奪われ、尊厳を踏みにじられ、信念に生きる事すら認められてこなかった下位魔属らは、紅壱の気持ちを頭ではなく、心意気で理解した。

 下位魔属でも、感動のあまり、腹から雄叫びを放てば、相当な轟きとなる。さすがに、紅壱のカリスマ性を持ってしても、彼らの「コウイチ!!」コールを止ませるには五分近くも要した。


 「この集落を盛り上げていくには、多くの事をやる必要がある。

 だが、今日は、それは脇に置いて、宴を楽しめッッ

 さぁ、腹が破れるまで食うぞ!!」


 いただきます!!と両手を合わせた紅壱に、下位魔属らはぴったりと息を合わせ、食材への感謝を示した。


 「挨拶は、こんなものでいいか?吾武一」


 「あの盛り上がりを見れば、大成功としか言いようがありません。

 ありがとうございました」


 「こんな柄でもないこと、二度はやらねぇぞ」


 席に戻ってくるなり、緊張が緩み、紅壱の顔には大粒の汗が大量に噴き出ていた。


 「オラ、気張るぞッ」


 「ファンタスティック」


 「名スピーチでしたね」


 「また、やってほしいものですね」


 「誇りを持て、魂に刻みました」


 「私どもも、幹部として頑張らねばな」


 幹部らの喜々とした空気に、紅壱は愚痴る気分でもなくなってしまう。


 「あぁ、しっかり、俺を支えてくれ。頼むぜ」


 ハイ、と重なった返事に、「あぁ、俺、本当に王様になっちまったんだな」と妙な感慨を覚えながら、食々菜が淹れてくれた茶を啜る。


 「おっ、焼けたぞ」


 紅壱は頃合いを見逃さず、火の中から泥玉を取り出す。


 「王様、自分でやりますから」


 恐縮している幹部に「いいから、いいから」と笑い、紅壱は彼らの前に一つずつ、まだ表面が熱を帯びている泥玉を置いていく。


 「ありがとうございます」


 紅壱の手を煩わせてしまった事も、吾武一らが気まずそうな表情を浮かべている理由だろうが、彼に差し出された泥玉に対しての不安もあるのだろう。ハイオークとなり、オークの頃より食欲が増しているはずである奥一と完二も、躊躇ってしまっている。


 「熱いから気ぃつけろよ。でも、焼き芋は出来たてを食うに限る」


 「は、はぁ」


 お前、行けよ、と目配せし合い、先手を譲り合う名持ちの魔属ら。


 「では、頂きます」


 大人らの押し付け合いに呆れたか、それとも、腹を括ったのか、「ふぅ」と息を強く吐いた食々菜は近くにあった石を、泥玉に当てる。固まり切っていた泥は簡単に割れ、中身を見せる、芳しい香りを立ち昇らせて。


 鼻腔が白煙に撫でられた刹那に、食々菜は自身の細胞がざわつくのを感じた。


 「!!」


 その振動は、恐怖が齎したものではない、体がこの食べ物を一秒でも早く食べろ、と訴えている、食々菜は緊張しながら、蒸し焼きにされたジャガイモから固まった泥を火傷に気をつけながら剥がす。破片を一つ取り除くごとに、内包されていた旨味を纏った白煙に食々菜は惹き込まれていってしまう。

 どうにか、破片ごとジャガイモに齧りつくのに耐えきり、食々菜は綺麗に皮も剥けたジャガイモに見惚れてしまう。紅壱は掌の上で転がして、熱を食べられるまで除いているのに、彼女は熱さを感じていないようだった。


 「・・・・・・では」


 口の中いっぱいに溜まった唾液を「ゴクンッ」と大きな音を発して飲み込んだ食々菜は、自分がどうなってしまうのか、その恐怖を覚えていた。それでも、もう、我慢の限界だった。

 一口、たった一口齧っただけで、食々菜は危うく、呪素に還ってしまいそうになる。


 「お、美味しい」


 蕩け切った表情となった彼女の口から零れ落ちた感想は、吾武一らの迷いを振り切るには、十分な効果だった。


 「美味い!!」


 「何だ、この旨味はッッッ」


 「口の中が火傷しそうなのに、食べられるのが止められないぞ」

 

 「こんなの初めてェェェェ」


 目の前で起きた、某料理漫画のような、衣服が飛び散り、露出多めとなる、ど派手なリアクションに、紅壱はジャガイモを咀嚼していた口をあんぐりと開いてしまう。

 剛力恋、食々菜、忍々影、彗慧骨はまだしも、吾武一らの逞しい、実にキレてる肉体美を見て、誰が喜ぶと言うのか。

 減退しかけた食欲を奮い立たせ、紅壱は猪肉の串焼きを噛み千切る。


 (やっぱ、塩コショウだけだと、肉そのものの味が引き立つな)


 人間界から持ってきた野菜も、実に美味い。ジャガイモだけでなく、ニンジン、ネギ、シシトウの味も魔属らにとっては未知であり、同時に経験のない幸福を覚えたらしく、またも、衣服がはだけてしまっている。


 「・・・・・・・・・どうだ、剛力恋」


 「ふぇぅ?」


 ピーマンの串焼きを齧っていた剛力恋は、不意に紅壱に尋ねられ、目を丸くする。


 「ピーマン、美味いか?」


 「はいっ。まだ、ちょっと苦いけど、それがクセになるっす」


 「この歯応えが良い橙色の実は噛むごとに、甘味が口に広がるでござる」


 「この緑色の実、辛い。でも、この刺激は最高」

 

 「白い輪が集合している、この野菜もシャクシャクしてて、甘いわね」


 「火を通すと、こんなにも違うのですね、コウイチ様」


 感動しながら、三個目のジャガイモを頬張っている食々菜の口の端には、食べかすがついていた。剛力恋が声に出して笑いながら、「くーさん、ついてるっすよ」と指摘すると、彼女は鼻を真っ赤にし、慌てて、口周りを拭った。


 「ジャガイモ料理ってのは100以上もあるが、やっぱり、芋本来の美味さを堪能するなら、蒸し焼きに限るな」


 「他の料理も食べ、私もその境地に至ってみたいですね」


 手に持つジャガイモが、どれほど美味しい料理に出来るのか、楽しみなのだろう、食々菜は目をキラキラとさせている。剛力恋は自分で調理する気は微塵もないが、味見の名目で誰よりも先に味わえる、と目論んでいるのか、口元が緩んでいた。


 「最初は、このジャガイモを増やそうと思ってる。

 野生の芋があるなら、コイツも十分、量が出来るはずだ」


 「森の中にある芋も、このように泥で蒸し焼きにすれば、美味しくなるっすかね?」


 「あぁ、もちろん。

 ただ、食々菜から聞いた特徴からして、その芋はメークインっぽいからな、どちらかと言えば、カレー向きだろう」


 「カレー、初めて聞く名だと言うのに、美味いものだ、と言う事は想像できるでござる」


 「どんな料理なのでしょうか?」


 「カリー、味の想像がつかないな」


 涎を拭った幹部たちに笑みを浮かべて頷き返し、紅壱は齧り付いた肉を串から豪快に引き抜く。


 「意見は様々だろうが、カレーは俺が生まれ育った国で、最も美味い家庭料理だ。

 ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、この三つが育ったら、俺が作ってやるよ」


 「その時は、私にも作り方をご教授してください、コウイチ様」


 「あぁ、食々菜には、この村の料理長と農産部門のリーダーを任せるからな」


 この村を繁栄させる上で、かなり重要な任務に就ける事を、紅壱からサラッと告げられ、食々菜の両目は丸くなってしまう。


 そんな仲間の硬直にも気付かず、剛力恋は紅壱の食べている肉串に注目する。


 「ちょ、タツヒメ様、猪の肉に乗っけてる白いものは何っすか?」


 「む、気付いたか。目敏いな」


 眉間に皺を寄せた紅壱は、「何っすか!?」を連呼する剛力恋に、それを盛った皿を見せる。

 皿の上には、小さな白い丘が出来ていた。躊躇いもなく、それを指で抓み、口に運んだ剛力恋は途端に顔を顰めた。


 「か、辛いっす!! タマネギやシシトウとは違う、辛さが口の中で暴れるっす!!」


 「大丈夫でござるか!?」


 忍々影から渡されたお茶をがぶ飲みしている剛力恋に溜息を洩らし、彗慧骨は紅壱に断ってから、それを一舐めした。


 「確かに辛いわ・・・けど、サッパリする、口の中が」


 その言葉を聞き、食々菜は紅壱がそれを肉に乗せて食べていた理由を察したようだった。


 「肉の脂を和らげるのですね、この白いものは」


 「何でござるか?」


 「大根おろしっつーもんだ」


 紅壱は大根おろしを肉に乗せると、またも豪快に食らいつく。

 試してみろ、と促され、吾武一達もおずおずと、大根おろしを肉へ乗せた。そうして、一口含んだ瞬間に、驚きの色がハッキリと表に出た顔を合わせる。


 「これは美味い!!」


 「デリシャス!!」


 「口の中がサッパリとするから、食欲が落ちませんね、これなら」


 「ずるいっすよ、一人占めしてるなんて」


 剛力恋に怒られ、「悪ぃ」と頭を掻く紅壱。プリプリとする娘に、父が鉄拳を落としたのは言うまでもない。

 ちなみに、この大根おろし、道具も無いのに、紅壱は、どうやって作ったのか。役に立ってくれたのは、奔湍丸だった、言えるのはそれだけだ。


 「他の野菜と一緒に食べるのも、いいでござるな」


 「そのままで食べると辛いだけだが、他の食材の美味さを引き出し、なおかつ、食欲の減衰を防いでくれるとは、素晴らしいな、大根おろし」


 感心する弧慕一に苦笑しつつ、紅壱は「ポン酢が欲しいな」と考える。大根おろしだけでも、十分に猪の肉を美味しくしてくれるが、おろしポン酢で味替えも楽しみたくなるのが、食欲魔人の深い業だ。


 「この大根に近い植物も、森にはあるんでしょうか?」


 「大根は、地面の中で大きくなるから、掘ってみないと気付かないな。葉は分かりやすい形だから、見つけるのは、そんな難しくないだろうが。

 俺が持ってきた種だと、こっちの土で育成できないって可能性もあるからな、こっちに地物があるなら、それを増やせるに越した事はない」


 「そうですな、毎回、タツヒメ様に食材を恵んでいただく訳にはいきません。

 自分達で安定した食糧を確保する努力をせねばな、これからは」


 「改めて、村の繁栄にお力を貸してください、タツヒメ様」


 深々と皆に頭を下げられ、紅壱は肩にズシンと重さが増すのを覚える。しかし、その重みはどこか心強く、自信を芽生えさせてくれる。


 「あぁ、任せろ。

 ここら一帯・・・・・・いや、森全部を統治するぞ。だから、お前らも協力してくれ」


 「はい!!」


 イイ返事をしてくれた部下と、杯をぶつけ、一気に中身を飲み干す紅壱。

吾武一の無茶ぶりに焦りながらも、紅壱は王として、まずは順調なスタートに成功する

見事な演説で、仲間の心をより強く掴んだ紅壱は、食事を始める

これまで、肉は生でしか食べてこなかった魔属らにとって、串焼きは初めて。もちろん、野菜など食べた事がない

だからこそ、美味しい野菜は、形容しがたい歓喜と興奮を魔属らに与えたのだった

食で、彼らの胃袋も掴んだ紅壱は、更なる食材を得るために、この森一帯を統べる事を決意し、魔属らも彼の為に働く誓いを立てる

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