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とある生徒会長の本音は日誌だけが知っている  作者: 『黒狗』の優樹
異界への転移
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第三十一話 準備(prepare) 紅壱、食事の用意を手伝う

名を与えたゴブリンらから、自分たちの王になってほしい、と頼まれた紅壱

熟考の末、彼らの力になる事を決断した彼は、幹部となる個体にも名を与えていく

どうにかこうにか、名付けを終えた彼は空いた腹を満たすべく、食々菜を助手として、食事の準備を始める

調理を始めようとした時、一つのジャガイモを見て、何故か、食々菜は怪訝な表情を浮かべるのだった

 「こっちの世界には、ジャガイモがないのか?」


 「これは、ジャガイモと呼ぶのですか?

 名は付いておりませんが、似たような実が土中に成る植物なら、森の中にございます」


 「・・・・・・しかし、食べた事はない、と」


 「正確に言えば、一度だけ食べようとした事があります。

 以前、私たちは酷い食糧難に襲われたのです。

 その際、私たちは食べる事が出来る物を必死に探しました。

 この実を土の中から掘り出した時は、一抹の希望を得ました」


 「生で食って、酷い腹痛に苦しんだ奴がいたんだな?」


 驚きの表情を露わにした食々菜は、数秒ほどの間を置いて、首を縦に振った。


 「やはり、この実は生で食べてはいけなかったのですね。

 そのまま齧った何匹かは、その日の内に腹痛と嘔吐に襲われ、死にました。

 なので、この実には毒がある、と思っていたのです」


 友人が亡くなったのだろうか、ぐすっと鼻を鳴らした食々菜の瞳は潤んでいた。

 

 「絶対に、生で食っちゃいけないって訳じゃない。ただ、青い部分が残っていたり、目が出ていたりすると、危険だな。

 生で食いたいって時は、薄く切ったヤツを千切りにして、なおかつ、水に晒して、でんぷん質を抜く」

 

 実際、「うみねこ」では、そのような下処理をしたジャガイモをサラダや酢の物の具に使っている。パリパリ、ポリポリとした食感が、実にクセになるのだ。


 「火を通して食べれば安全・・・・・・いえ、美味しいのでしょうか?」


 「もちろん、味や食感で好みは分かれるが、俺の周囲にゃ、嫌いって奴はいない。

 俺は、蒸かして食べるのが好きだな。マヨネーズも良いが、塩辛を乗っけて食うと、酒が・・・いや、何でもねぇ」


 誰に聞かれている訳でもないのに、咳払いで誤魔化し、紅壱は手にしているジャガイモを食々菜へ渡す。 ズシリと重いそれをジッと見つめていた彼女は迷いを振り切るように、涙を拭うと、芯のある瞳に主の顔を映す。


 「美味しさを引き出せる方法を、私に教えてください、タツヒメ様」

 

 「あぁ、任せろ。

 食々菜、君には当面、この村の農業と食事情の管理責任を頼みたい。

 このジャガイモは、村の主食の一つにしたいんだ」


 米は水田が用意できるか、微妙だ。小麦も収穫できるまでに、相応の時間が要るだろう。

 そうなると、確実なのは芋類か蕎麦だ。まずは、ジャガイモとサツマイモを増やしてみよう、紅壱は決めていた。

 

 「さて、どうするか・・・・・・」


 蒸かしたい。鍋と籠があるなら、それも可能だが、量もあるので、全員分となると、時間もかかってしまう。なので、蒸し焼きにする事にした紅壱は、磊二に声をかけた。


 「磊二、ちょっと頼みがある」


 「はい、何でしょうか?」


 「この辺りの、粘土層を術で剥き出しに出来るか?」


 「お安い御用です」


 磊二は地面に手の平を密着させると、意識を集中させる。


 「おっ」


 「大地に宿りし、偉大な精霊よ、我が意思に従いたまえ、我が願いを聞き入れたまえ・・・地形グランド操作コントロール


 呪文を口から発した彼の手が茶色い光に覆われたのを見て、紅壱が眉を寄せると同時に、地面が波打つ。 そうして、磊二が「どうぞ」と手を上げると、青色の粘土層が見えていた。


 「ありがとうな」


 「いえ、自分でも驚いています。

 魔力の量が増えた事もそうですが、まさか、こんなにも土を操る力が上達しているとは」


 「魔力の流れが滑らかでしたし、成果が出るのも早かったですね」

 

 食々菜は魔術に長けるジョブこそ得ていないが、その方面の知識は豊富らしく、磊二の驚きが理解できるようだった。

 

 「弧慕一は村の運営に関わって忙しくなるから、魔力の使い方に関しちゃ、磊二、お前に教わる事になるかもな」


 「そ、そんな、私などが王様に魔術の指南など恐れ多いです」


 「ダメか?」


 可愛らしい少女が上目遣いでおねだりすれば、その破壊力は尋常ではない。しかし、紅壱は立派なものがブラ下がっているし、何より、女顔どころか、むしろ、悪人面だ。そんな彼がそんな目つきになれば、強請っているようにしか見えない。

 もちろん、磊二は脅されているような錯覚は受けないが、やはり、恐縮したままだ。


 「魔王の一柱を宿しているのですから、魔術を覚える必要はないのでは?」


 おずおずと自分に助け舟を出してくれた食々菜に、磊二は感謝の表情を浮かべる。


 「それがな、俺、魔術は今んトコ、からっきしなんだ。

 魔術もろくに使えんし、知らないんだ。

 教わって、それなりに使えるのは、初歩の肉体強化だけ。

 魔弾も撃てないんだ、情けないだろ」


 魔力を球状に固め、放つのが、実際はどれほど難しいか、を知らぬ紅壱は、愛梨から教えられた、肉体を強化する呪文も、実戦向きではない、と感じていた。


 「我が魂より湧き出で、体の内を巡りし魔力よ、我が求めに応じ、我の体を強くせよ。

 ガンファ・ロフア・タフウィーロン・ショープ・スディッチ・・・・・・って長すぎだろ。

 戦闘中に効果が切れて、いちいち、唱え直してたら、攻撃食らいまくるぜ」


 そうは思っても、嬉しそうに説明する先輩に対し、抗議が出来ないのが後輩の悲しいところだ。

 愛梨ほどの身体能力があれば、闘気が使えても不思議ではないはずだが、彼女はその存在すら知らないようだ。


 こっちの方が実戦じゃ便利だろ、苦笑しながら、紅壱は闘気を腕から立ち上らせる。

 愛梨が教えた初歩の肉体強化の持続時間は五分前後で、その間は、拳大の石を砕き、100mを10秒台で走れるようになる。だが、紅壱は闘気を体内で巡らさずとも、その程度は容易い。

 闘気と闘氣の有効性を知る彼は、あながち間違った事は言っていない。

 だが、魔力を用いての身体強化は、自らだけではなく、他者にも使える、そんな利点もあった。逆に、魔力で敵の身体能力を下げる事も可能だった。さすがに、闘気では、敵を弱体化させるのは難しい。怯え、竦ませ、強張らせる事は可能だが、それは弱体化させた、とは言わないだろう。

 要するに、適材適所である。個と個の戦いであれば、闘気の方が使い勝手は良い。個と群の戦いであるなら、魔術で敵の力を削いだ方が勝ち目はある。紅壱ほどの強さになってしまうと、その定石が意味を為さないだけで、魔術による身体強化が今日も研究され続けているのは、生き残る確率を少しでも上げるためだ。



 魔力とは異なる淡い白の光に驚いた彼らは、彼のぶっちゃけに目を剥いた。


 「それだけの魔力をお持ちなのに、魔術が苦手なのですか?」


 仰天する食々菜の隣で、磊二は険しい顔で唸っていたが、不意に納得する。


 「いや、魔力は量が多すぎると、コントロールが難しくなりますから、王様が魔術は不得手、と言うのも、あながち有り得ない話ではないですよ、食々菜さん」


 「そうなのですか?」


 「俺は、そんなに魔力の量が多いのか?」


 アバドンが自分の中にいるのだから、それなりには多いのだろう、と思ってはいたが、桁外れと言う自覚に欠けている紅壱。小首を傾げる王に、食々菜と磊二は気まずげな表情を浮かべた。


 「今、タツヒメ様は魔力を意識して抑えているのではありませんか?」


 「いや、してない・・・あ、こいつのおかげか」


 紅壱は、祖母がくれた眼鏡に魔力の不要な垂れ流しを抑制する効果がある事に思い至り、つい、外そうとしたのだが、たちまち、磊二がストップをかける。コボルドは犬頭で、肌も土や砂に近い色だが、名付けによる種族ランク進化アップを果たし、人に近い顔つきになった磊二は焦燥の青色が、顔に滲むと分かりやすくなっていた。


 「お、お、お待ちください、王様。

 恐らく、その押さえ込んだ魔力が、この場で外に出ると、私たちの命が危うくなります」


 「・・・・・・本当に?」


 「正確に言うなら、名が無い個体は呪素の過剰摂取で即死でしょう」


 冷や汗が垂れた紅壱は、眼鏡から指を外す。ホッとした磊二は、紅壱に断ってから、彼の胸板へ手を当てる。数秒後に、彼から手を離した磊二は汗だくとなっていた。「大丈夫ですか?」と、食々菜は彼の額に浮かんだ汗をそっと拭ってやる。


 「ありがとうございます、食々菜さん。

 予想通り、王様の魔力量は尋常ではありません。

 しかも、私程度では総量を計測できませんでしたので、実際は数倍、いえ、十倍はあると推測できます。

 この量を完全に制御するとなると、一朝一夕ではいきませんね」


 「そりゃ、百も承知だ。でも、やらないよりはマシだ。

 コントロールができなきゃ、宝の持ち腐れも良い所だし、これからの戦いで生き残れん。

 だから、磊二、魔力の制御のイロハを教えてくれ。もちろん、俺も人間界に戻ったら、勉強はする」


 ここに話が戻ってきてしまった事に愕然とする磊二だが、冷静に考えれば、紅壱の魔力制御の能力をこのままにしておく訳にもいかないのは、純然たる事実だ。

 魔力の量が多いのに、それを制御できないと、暴走のリスクしかない。紅壱の有する魔力の総量は、精霊使い(エレメンター)のジョブを得た自分どころか、この集落に住む者全ての魔力を足しても1割にすら及ばないのだ。そんな魔力が暴走したら、集落どころか、この森の半分は消え去る。いや、下手をすれば、自分たちの誰も見た事が無いけれど、確かにある森の外にまで被害が及びかねない。

 紅壱が魔力の制御が出来ない、と知ってしまった以上、技術を彼に伝授する責任が自分には生じたのだ、と考える磊二はクソ真面目な性格である。


 「・・・・・・分かりました。王様に、魔力制御をお教えします。

 ですが、私も自身の力をまだ把握できておりませんし、これまで、誰かに教えた経験もありません。なので、しばらく、猶予を頂けますでしょうか?」


 「あぁ、もちろんだ。じっくり、カリキュラムを組んでくれ。

 多少、厳しくても俺は構わないからな」


 「はい・・・不遜だとは思うのですが、一つ、約束していただけますか?」


 「何だ?」


 躊躇っていた磊二だったが、腹を括り、彼は紅壱へ釘を刺す。


 「先走って、ご自身で魔力の制御を試そうとしないでください。

 その道具は、ドワーフの職人の作品に劣らぬ、素晴らしい物であるようですが、限度はあります。

 ご自身だけでなく、身近な親しい方を大切とお思いでしたら、私が教えるまで自制なさってください」

 

 王にこんな事を言えば殺されても文句は言えない、だが、言わねばならなかった。魔力が暴走したとしても、紅壱本人は命を落とすどころか、大きな怪我もしないだろう。けれど、周囲の人間は無傷じゃ済まない。魔術で防御をしたとしても、無駄かつ無為な抵抗に終わる。

 跪き、小刻みに震えている磊二をジッと見つめていた紅壱だったが、我慢の限界を迎えたか、「はぁ」と嘆息する。その瞬間、磊二の細い体は竦んでしまう。咄嗟に、食々菜は自分の、彼より横幅のある体で守ろうとするも、紅壱は彼女の動きに目を丸くする。


 「・・・・・・あぁ、安心しろ。別に怒っちゃいねぇよ。

 部下に心配されて、俺は情けない、と思って、つい、溜息が出ちまった。

 磊二、約束する。お前に教わるまで、魔力を使って、何かをしようとしねぇ」


 (『螢惑けいこく炎陽えんよう』は、しばらく使わない方がいいな)


 あの時は、カガリを倒す事だけに全集中力が凝縮していたから、魔力による発火が成功した。けれど、次も巧く行くとは限らない。磊二の緊張を見る限り、失敗する目の方が確実に出てしまいそうだ。

 恩魔王であるアバドンのため、野望に邁進する瑛の役に立つ為、一刻も早く、魔術を使えるようになりたいが、焦りは禁物。格闘技術も、基礎・基本を蔑ろにしなかったからこそ、何とか、怪異相手の実戦で使えるレベルになったのだ。魔術も、その辺りは同じはずだ。

 力強く頷く主を見て、磊二は自分の命が助かった安堵感に、紅壱が自分を頼りにしてくれている事が嬉しくて、涙が溢れてきてしまう。

 「どうぞ」と、食々菜は優しい笑顔でハンカチを差し出す。


 「それで、タツヒメ様、磊二さんが出してくれた、この粘土をどうするのですか?」


 「あ、そう言えば、飯の準備をしてるんだったな。

 食々菜、悪いが、水を持ってきてくれるか?」


 お安い御用ですわ、と食々菜は壺を持って、水汲みに向かう。



 「これくらいでよろしいですか?」

 

 「十分だ」


 紅壱は粘土に水を加え、ネチャネチャと練っていく。鳴などは顔を引き攣らせそうな手触りに、紅壱は童心に返る。食々菜と磊二も、彼と同じように粘土を捏ねる。


 「それで、この粘土でジャガイモを包む」


 「え?」


 「もちろん、このままじゃ食えないぞ。生で食うより、腹を壊す危険性が高まるからな」


 ホッとしている食々菜に微笑みかけつつ、紅壱は磊二に半径と深さを指定して、穴を掘るように頼む。快諾した彼は、土系の魔術の一つである、『落とし穴(ピットフォール)』で地面に適度な窪みを作る。

 礼を告げ、紅壱はその穴の中に火を熾す。祖父の友人らに、ある程度のサバイバル技術を叩き込まれている紅壱には、朝飯前だ、このくらい。


 (魔力のコントロールが出来るようになりゃ、持ってくる道具も減らせそうだな)


 「タツヒメ様、猪の肉を切り終えましたゴブ」


 「これをどうすればいいブウ?」


 肉が刺さった串を、ゴブリンやオークらは涎を流しながら見ている。

 元より、肉は生で食べてきたのだから、その反応はおかしくない。ただ、今日は焼いた肉の美味さも知ってもらいたいので、我慢してもらおう。


 「じゃ、熾した火を囲むようにして、串のケツを地面に突き刺すんだ。

 あんまり火に近づけると、肉が黒焦げになっちまうからな、気ぃ付けてくれ」


 「はい!!」と元気な返事をゴブリン達は紅壱にして、指示を仲間らへ伝えに走る。


 「転ぶなよ!!」

 朗らかに笑い、紅壱は残っているジャガイモも泥で包んでいく。戸惑いながら、二匹は手を動かす。


 

 「うし、火が強くなったな。泥に包んだジャガイモを、こうする」


 紅壱がジャガイモ入りの泥玉を火の中へ放り込んだものだから、食々菜、磊二は言葉を失う。


 「ほれ、どんどん入れてくれ」


 「は、はい」


 彼らは紅壱を信じて、自分たちが作った泥玉も火へ投入する。


 「磊二、やり方は覚えたな。

 あっちで、やってきてくれ」


 「・・・・・・畏まりました」


 磊二は、穴の中を覗いている食々菜を見て、少し名残惜しそうな表情を浮かべるも、紅壱には逆らえない、と迷いを振り切る。籠に盛ったジャガイモを運んでいく磊二を見送り、紅壱は箱からタマネギやピーマン、シイタケを取り出す。


 「焼けるまで、しばらく時間がかかるからな、他の野菜の下拵えをするぞ」


 「これは、キノコの一種ですね。けど、こっちでは見た事が無い品種です。

 この緑色の実は、初めて見ます。匂いは・・・う、ちょっと青臭いですね」


 ピーマンの匂いを嗅いで、思わず、顔を顰めてしまう食々菜。

 予想通りのリアクションに、紅壱は噴き出しそうになるも、部下のプライドを慮り、真剣な表情を作る。しかし、例に漏れず、その努力は食々菜の顔を真っ赤に染め上げてしまう。

 

 「・・・・・・・・・すまん」


 「こちらこそ、申し訳ありません。醜態を晒しました」


 「おーい、何してるっすか、二人は?」


 手持無沙汰になったのか、剛力恋が紅壱らへ近づいてきた。彼女は食々菜の背後から顔を出し、手に持っているピーマンに気付く。


 「お、綺麗な色。食べ物っすか?」


 食々菜が首を縦にぎこちなく振るなり、剛力恋はピーマンを彼女の手から掠め取った。そうして、彼女が制止するより先に、ピーマンへ齧りついた。


 「!?」


 直後に、剛力恋の口いっぱいに広がった、独特な青臭い苦味。


 「うぐぅ」


 地面の上を激しく転げまわった剛力恋は、さして慌てていない、むしろ、呆れた表情の食々菜から飲まされた水で口の中を濯ぐ。

 数十回ばかり繰り返し、やっと、苦味が薄まったのか、彼女は手に持ったままでいたピーマンに気付き、「ひっ」と声を絞り出す。


 「これ、毒じゃないっすか、コウイチ様!!」


 「剛力恋さん、声が大きいですよ?」


 ニコッと笑い、厚めな唇の前に人差し指を立てる食々菜。その目も柔和に笑っている分、プレッシャーが凄く、つい、「王様」と大きな声で言ってしまった口を、剛力恋は咄嗟に押さえ、周囲を見回す。幸い、他の者らは簡素な小屋を作るのに追われており、その作業の音に彼女の声は掻き消されたらしい。


 「ご、ごめんっす、コウイチ様。でも、これは毒っす、食べちゃダメっすよ」


 「別に、毒じゃねぇよ、ピーマンは。

 そもそも、生で食べる野菜じゃねぇんだがな」


 「でしょうね」


 「生で食べても大丈夫なピーマンもあるが、これは基本的に火を通した方が美味い」


 「本当に?凄い苦くて、死ぬかと思ったのに」


 「まぁ、人間の子供も苦手だからなァ」


 すると、剛力恋はムキになり、再び、ピーマンを生のままで齧ろうとする。


 「あたしは子供じゃないっすよ」


 しかし、口を開くと同時に、強烈な苦みがフラッシュバックしたらしく、剛力恋は口を閉じてしまった。


 「大丈夫だ、俺の知り合いの大人もピーマンがダメだから、別に食えなくても恥ずかしい事はねぇ。

 ただ、まぁ、料理好きとしちゃ、そういう苦手意識を持たれると、却って燃えるよな」


 ニヤリと笑い、紅壱は箱から新しいピーマンを取り出す。


 「この丸いものは・・・・・・皮を剥くのでしょうか」


 食々菜は茶色い皮を剥くと、おもむろに近づけた鼻を小刻みに動かす。


 オークは豚の特性が濃い魔属だからか、犬系の魔属に劣らぬレベルで嗅覚が優れているようだ。鼻の奥を突きさされ、食々菜の目からは涙が滲んできてしまう。


 「食々菜さんは大袈裟っすね」


 友人をからかった剛力恋は、玉葱を齧った。今度は辛味だ、彼女の口の中で大暴れしたのは。


 「懲りないな、お前も」


 「これも毒っすよぉ」


 「毒じゃねぇよ・・・いや、まぁ、犬や猫にゃ毒だな」


 「匂いで判別わかりますよ、生食に向かないのは」


 食々菜に重々しい溜息を吐かれ、剛力恋は頬を赤くする。


 「おーい、剛力恋、手伝ってくれぇ」

 

 「林二と完二が呼んでるぞ」


 「あ、今すぐ行くっす!!」


 焦りも露わに立ち上がった剛力恋は、「その喧嘩、買ったっす!!」と言い放ち、仲間の元へ駆けていく。


 「喧嘩、売りましたっけ?」


 「いや、覚えはねぇな。

 ただ、勝つのは俺だ」


 「・・・・・・何をどうしたら、タツヒメ様の勝ちになるのでしょう?」


 「そりゃ、一つに決まってる」


 ニヤリと楽し気に笑い、紅壱は親指を立てる。


 「剛力恋に野菜を食わせて、『美味い』と言わせたら、俺、いや、俺らの勝ちだ」


 なるほど、と肯いた食々菜もやる気が出たのか、鼻息が少し荒くなっていた。


 「このピーマンとキノコは、どうすればいいんですか?」


 (鉄板なり、鉄網があればいいんだが、この村にはないか)


 無い物を惜しんでも仕方ないので、どちらも串に刺して焼く事にする。


 「アルミホイルもないからな、玉葱も泥で蒸し焼きにしよう」


 再び、二人はせっせと泥玉を作り、火の中にそっと置く。


 「これで、泥がレンガに近い色になったら取り出して割る・・・美味いぞ、凄ぇな」


 紅壱の言葉と笑顔に、食々菜の期待は高まり、キラキラした双眸は熱によって、旨味が高まっている野菜に釘付けだ。


 「番は俺がしているから、食々菜は肉の切り分けと、干し肉作りの指示に行ってくれるか?」


 「任せて下さい」


 食々菜は後ろ髪を引かれていたが、その感情はおくびも出さず、恭しい態度で王に首を垂れる。

 刃物の粗末さから悪戦苦闘している仲間の元へ、長く細いとは言えない足で駆けていく食々菜に「頼むなぁ」と手を振る紅壱。


 「とりあえずは、森の探索だな」


 畑を作れば、食糧は安定して入手できるが、それは一朝一夕で叶う事ではない。

 しばらくは、森にあるもので食生活を支える必要がある。食々菜との会話で、人間界の野菜に近い種が自生しているのが判明したのは幸運だった。

 どの魔属も「食べられない」と誤解しているのであれば、量は多いはずだ。繁殖している場所が散らばっているなら、そこも助かる。密集していれば、確かに収穫は楽だ。しかし、一度で採り尽くしてしまったら、次の実が生るまで時間がかかる。だが、別れていれば、ローテーションで収穫が行える。

 どこに何があるか、詳細に調査しつつ、畑作りに着手していきたい。機械はない。けれど、ゴブリンやオークは力が人間よりあるし、コボルドやスケルトンには各属性の魔術が使える個体もいる。最初は作業が大変だろうけど、栄養のある食事で体がしっかり作っていければ、作業効率は格段に良くなる。

 

 (あー、水路も整備してぇな)


 川へ水を汲みに行く手間が無くなれば、その時間を有効活用できる。

 先程、この集落を歩いてみて、井戸も無い事に気付いていた紅壱。ゴブリンらに、井戸、その概念がないのか、もしくは、井戸を掘る技術がないのか、そこは聞いてみなければ分からないが、王となる事を自分で決めたのなら、安全な飲み水の確保も最優先事項だ。

 きちんとした水路を通し、衛生環境も改善すれば、病気に罹る率も低くなる。各家にトイレを作るのは、技術的に厳しいとしても、公衆トイレを設置するだけでも違うだろう。

 風呂も作りたい、そう考えるのは、紅壱が日本人だからか。


 (個人の風呂も、今は厳しい。銭湯みたいな設備も・・・・・・難しいか)


 木もしくは石の大きな浴槽の制作に、それを満たす水を運ぶのも懸念材料だが、それ以上に、それだけの水を湯に変えるシステムがない。魔術で火を起こして温める、もしくは、火属性と水属性の魔術を同時に使い、お湯を生み出して浴槽に溜めていく、色々と手段はあるが、今の自分達では不可能だろう。しかし、それで諦めていたら、話が進まない。


 「そう言えば」


 ふと、紅壱は、この集落に来る道中の事を思い出した。

 森の中を歩いている時、南側に山があり、吾武一によれば、季節が一巡する間に幾度か、火を山頂から噴くらしい。相当な距離があるので、直接的な被害は特にないらしいが、時に大地が揺れ、住居が全壊してしまう事もあったらしい。


 (活火山があるとなると・・・・・・場所によりゃ、地面を掘ったら、温泉が出る可能性もあるか)


 もちろん、紅壱も捕らぬ狸の皮算用をしても仕方ない、と承知している。だが、右も左も分からない異世界だ、まずはチャレンジしてみるしかない。それで失敗したなら、その次、しくじらない方法を考え、慎重に実行すればいいだけだ。


 (温泉が出なくても、他のものを掘り当てれば、儲けものだしな)


 「――――――・・・・・・あぁ、なるほど」


 ふとしたタイミングで、彼は自分が『組織』の思惑に触れたかもしれない、と気付き、口の両端を低く吊り上げる。彼の唇の右端には呆れ、左端には嘲りが宿っていた。

 

 「おっと、そろそろか」


 色が変わってきた泥玉を木の棒で持ち上げた紅壱は、それを軽く叩く。火が通っていた煉瓦色のそれは、綺麗に真っ二つに割れる。


 「よし」


 中から姿を見せた美味さの塊に、紅壱のテンションは静かに高まる。

 自分を落ち着かせながら、それを一口齧った彼は絶句する。小刻みに肩が揺れ、俯いてしまった主を魔属らは心配げに見つめるも、彼の発する雰囲気が何やら不気味で近づけず、遠巻きにヒソヒソと囁き合うしかなかった。

 何とか持ち直すと、紅壱は火の中の泥玉を全て取り出し、次の泥玉を火へ放り込んでいく。

仲間とした魔属らの調理技術の低さに驚きつつも、これからの発展は自分の双肩にかかっている、と紅壱はやる気が出る

その一方で、紅壱は磊二に魔力のコントロールの方法を教わる約束を取り付ける

強くなり、野望の成就に近づく手応えを覚えながら、紅壱は滑らかな手捌きで調理を進めていく

果たして、魔属らの舌に、紅壱の料理はどんな感動を齎すのだろうか?

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