第二十九話 忍者(SINOBI) 紅壱、祖父の友人について思い出す
他の魔王の力を借り、異世界にやってきた紅壱
その森で、戦いの末、己に服従したゴブリンらと再会した紅壱は、訪れた村で、彼らの王になる事を決意する
王としての最初の仕事は、村の運営と発展の計画を任せる幹部決めと、名付けであった
その
命の恩人に憧れるコボルドの少女に名を与える折、ふと、紅壱は祖父の友人について思い出す・・・
現代でも、と言うより、現代だからこそ、諜報と偸盗、そして、暗殺の熟練者である忍者は需要があるらしい。
その忍者と知り合ったのも、飯代を立て替えてくれた、貧乏政治家―後に、彼は首相にまで上り詰めたらしい―の護衛をしていた時だそうだ。
元より、忍者の目的は、その貧乏政治家の命ではなく、彼が先輩から預かっていた機密文書の写しだったらしい。
だが、祖父にとっては、相手の正体も、目的にも興味はない。楽しい戦いが出来そうな相手が、あっちからやってきてくれた、それで十分だった。
本気になった祖父に殺される事も、捕まる事も無く、骨こそ五、六本は折られ、内臓も破裂はしたが、無事に逃げる事に成功した忍者を、紅壱は尊敬していた。
互いの仕事が終わった後、この二人は街中で出くわしたらしい。
忍者と言えば、深い森の中で生活しているイメージが持たれがちだが、主な仕事は潜入と情報収集なので、むしろ、雰囲気に自分を馴染ませるべく、仕事場となる街をぶらついている事が多い、と忍者は教えてくれた。
忍者は変装していたが、やはり、祖父には関係ないらしい。
パッと一瞥しただけで、取り逃がした忍者だと気づけた、と言っていた。その言葉に、変装術には相当の自信がある忍者は、本気で落ち込んでいた。実際のところ、そんな祖父や紅壱も、変装それ自体は見破る事が出来ても、忍者の素顔までは知らない。
忍者にもプライドがあり、あの手この手で素顔を見ようとする祖父を全力で阻んできた。
本名は勿論として、年齢や出身地どころか、性別すら、あの祖父に気取らせない、紅壱は一層に、その忍者に憧れの視線を向ける事が多くなった。
当然、その忍者は祖父が自分に気付いた事に気付いたから、脱兎のごとく、逃げようとした。
これだけの雑踏がいれば紛れ込み、祖父の追走を撒ける、と考えた。それを聞いた紅壱は、「ジジィが同じ相手を二度も逃がすようなヘマはしないだろうな」と素直に思い、指摘した。忍者は苦み走った表情で頷き、ぼやきを続けた。
本気を出していたのに逃げられた、そんな初めての経験で腸が煮えくり返っていた祖父は、忍者と目が合った瞬間に、その悶々を再会に対する歓喜で場外ホームランにしてしまった。そして、相手がまた逃げようとしているのを直感した祖父は、その忍者を逃がさない為に、とんでもない手段に出た。
この人ごみの中では、自分が不利、と祖父は判断した。なので、忍者が変装した上で、雑踏の中に隠れようとしたのは、限りなく成功の確率が高かったのだ。
誤算が忍者にあったとするなら、祖父の強さはともかく、性格までは把握できていなかった点だろう。
ただ、祖父の事を、祖母には劣るにしろ、それなりに知っている孫としては、忍者を間抜けだと嘲笑できなかった。忍者と同じ立場であれば、祖父がそんな手段に出るなど、予想もしなかっただろうから。
人混みが邪魔だから、その忍者を追いかけづらい、そう判断した祖父は真っ先に、周囲の有象無象を取り除く事にした。と言っても、乱暴な手段に出た訳じゃない。当人曰く、誰も傷つけない、穏便な手段だ、と自信ありげに言いきっていた。
祖父は何をしたのか、と考えた紅壱に、その場にいた忍者が答えを教えてやった。
祖父は人ごみの中で、特大の闘気を放ったのだ。闘気は自身の肉体も強化すれば、外に放てば、他者への威圧ともなる。戦いなど知らない一般人が闘気、しかも、当時、既に関東一と言われていた神威玄壱の闘気を浴びて、ただで済む筈が無い。
闘気は外傷を与えないが、精神に負荷を与える。衝撃を受けた精神は、肉体に変調を及ぼす。簡単に言えば、呼吸と心臓が止まる。祖父はなるべく、加減したらしいが、それでも、半径50m内にいて失神した一般人の大半が病院に運び込まれたのだから、それは加減じゃないな、と紅壱は思った。
忍者は失神もしなかったし、眩暈も起こさなかったが、それは仇になった。
立っている、それは自分の闘気に耐えた、強い証拠である、と祖父に判断されてしまったのだ。
忍者はわずか一秒で近場にいた女性への変装を遂げ、祖父から相当な距離を離していた。しかし、プロでも、周囲の人々がバタバタと倒れていく中で狼狽してしまうのは、仕方のない話だった。
咄嗟に、忍者は気絶しようとしたが、それは問屋が卸さない。
倒れ込もうとした忍者を、祖父は呆気なく捕まえてしまった。もし、怪我が癒えていても、その時の祖父から逃げる事は困難だっただろう。
敵の手には落ちられない、常に覚悟している忍者は自死を選択した、しかも、祖父を巻き添えにする死に方を。
普段であれば、舌を噛み切るなり、喉を短刀で突くなり、手持ちの毒を呑むなりして、自分と仲間の情報が敵に渡らないようにするのが掟だからだ。
だが、忍者は人ごみから出ていて、倒れている人からはそれなりに遠ざかる事が出来ていた為に、爆弾を起動させた。自分の肉体の情報を残したりしない、それも派手な自爆を選択した理由だったが、それ以上に、この場で爆弾によって、祖父を葬ろうとした、
生かしておけば、自分の一族が、今後、仕事をする際に、最も大きな障害になる、その直感は間違っていなかっただろう。ただ、やっぱり、相手が悪すぎたな、と紅壱は同情した。
忍者が自分ごと死ぬつもりだ、野生の勘で見抜いた祖父は、忍者の指よりも速く、鳩尾へ打撃を叩き込んだ。
誰も知らない、名が売れない、それが一流かつ一人前と言う考えがある忍者は、「地上最強」の称号に対しても、一分の興味はない忍者は、目当てのモノを頭首、雇い主の元に持ち返ってきて、初めて、仕事に成功したと言える。
いざと言う時は、口や術よりも身体能力が最も頼りとなるので、忍者はスポーツ選手や格闘家よりも、己へ過酷な鍛錬と体術の習得を課す。基本的に、余計な戦いを避けるとは言え、チームで作戦に当たる際、障害となる者を真っ向から排除せねばならぬ時もあるからだ。
この忍者は幻術、忍術、体術と三つを極めており、肉体そのもののスペックは超人級だ。それでも、祖父のボディブローには耐えられなかった。怪我と、自爆に全神経を傾けていなければ結果は違った、と紅壱は擁護したが、忍者は自嘲気味に口の端を釣り上げるだけだった。
祖父の部屋で苦痛から目覚めた時は、嬲り殺しに遭う事も覚悟したと言うのに、祖父は殴った事を詫び、しかも、「友人になってくれ」と頼んできたそうだ。後にも先にも、目が白黒したのは、この時だけだ、と肩を竦めた忍者の言葉に、紅壱は容易く、その情景を想像する事が出来た。
忍者ほどの実力者だからこそ、祖父のような本物に、そんな頼みを持ちかけられれば、混乱は必至だろう。
忍者が、この申し出に、どんな答えを返したのか、それはわざわざ、聞く必要はなかった。
酒を呑み交わし、差し当たりの無い世間話で温度差こそあれど、盛り上がっているのを、紅壱は見てきたからだ。
玄壱は新たに出来た友人に対し、本名を尋ねなかった。
忍者、と言う特殊な修行に対して気を遣った訳ではなく、綽名で呼ぶ事が、友情を何よりも重んじる彼のポリシーなんだそうだ。
忍者が、玄壱によって与えられた綽名は、「カカシ」であった。ちなみに、沼は「ツバメ」だった。神威流の技に付けた名称と同じく、それらは、玄壱が目に付いた物から、適当に付けていた。
沼は玄壱にベタ惚れだったし、忍者も名があるようで無いようなものなので、自身らに押しつけられたニックネームに対し、文句を口にしなかった。もちろん、玄壱のネーミングセンスを気に入らず、事あるごとに改名を求めて、彼へ喧嘩を吹っかける友人もいた。
カカシは、紅壱の事を沼と同じように、しかし、沼ほどには病的でない程度で気に入っており、色々な事を教えてくれた。
祖父とは違ったスパルタな指導で「死ぬ!?」と思った事も両手じゃ済まなかったが、強さに柔軟さが出たので、結果オーライだった。そう、ポジティブに考えでもしなければ、やっていられない。
カカシに縄抜けの練習で亀甲縛りをされた時の事を思い出して、身がブルッと震えた事で回想から戻ってきた紅壱は、まだ呟いていたコボルドの少女も呼び戻す。
「さて、名前はリクエストがあるか?」
「忍者になりたいですボル!!」
予想通りの答えに、紅壱はニヤッとしてしまう。回想に浸りながらも、紅壱は並列思考で、忍者に憧れるコボルナに相応しい名をちゃんと考えていたのだ。
「なら、影陰忍と名乗って貰おうか」
名は体を表現し、願いは姿を変える。「影陰忍」、その名を与えたのは、あのカカシのような凄腕の忍者になってくれ、そんな紅壱の期待も籠っていた。
犬頭土精族は名を得ても、体格に変化が生じないと思っていたが、どうやら、何事も例外はあるようだ。
コボルナは体格に見て判る変化が起こっていた、ただし、意外な方向に。
つい、ここまでの経験から、紅壱は視線を上に動かしてしまったのだが、そこに少女の顔はなかった。 「?」と首を捻ろうとした時、下から声がかかった。
「殿さま、下でござる」
コボルドの少女、影陰忍は頭三つ分ばかり、背丈が縮んでいた。一瞬、その場に膝をついているのかと思ったが、彼女は直立不動の体勢でいる。
小さくなった、そう感じるのは小豆色の忍び装束に袖を通している影陰忍が、巨大な十字手裏剣を背負っているのもあるのだろう。
この体格で、これほど大きな手裏剣を敵に向かって投げられるんだろうか、と紅壱は疑問に思うも、その辺りは魔術やジョブ補正で、どうにかなるのか、と結論を出す。
「これが忍者でござるか」
「そうだな、見た目は俺の知ってるっつーか、イメージする忍者だな」
祖父の友人である忍者・カカシは、一目で忍者と分かるような姿はしていなかった。毎度、そこらへんにいそうなサラリーマンや教師、女子大生、警察官の格好で訪問してきた。祖父は気付けるだろうが、自分はこの変装は見破れそうもない、と紅壱は異なる声で名を呼ばれ、驚かされるたびに思ったものだ。
「ただ、影陰忍は女の子だから、忍者っつーより、くノ一だな」
「何と、雄と雌で呼び方が変わるでござるか!?」
驚いている彼女に頷き返しつつ、「ござる」は忍者と言うより、武士の語尾なんじゃないだろうか、と紅壱は内心で首を傾ける。しかし、忍者だからと言って、語尾に「ニン」と付けるのも、それはそれで、キャラ作りとしては安易で、弱い。
「今日より、この影陰忍、くノ一として、殿様を裏から支えさるでござる」
「あぁ、お前の陰働きに期待するぞ」
「御意」と静かに答えると同時に、影陰忍はもくもくと上がった土煙の中に消え、気付くと室内から消えていた。他の者らは、「この一瞬で、一体、どこへ!?」と周囲を見回している。
「ここでござる」
床に寝転んで、その色に同化していた影陰忍が己らの背後に立ち上がると、誰もが引っ繰り返った驚きの声を上げる。
「じゃ、最後にスケルトンだな」
スケルトンは筋肉も肌もないので、表情を作れないが、自分にどんな変化が起こるのか、楽しみ半分怖さ半分なのか、緊張しているのが分かる。骨は、その感情で一層に白さを濃くしていた。
「変な名前はつけないから、安心してくれ」
「SORRYホネ」
仲間が、紅壱の前でガチガチになっているのを見かね、輔一は首を垂れる。長に謝らせてしまい、二体のスケルトンは「カタカタ」と悲し気な音を奥歯で鳴らす。
「さて、希望があるなら、前向きに検討するぞ」
「死にたくない、だから、強くなりたい、それだけが願いホネ」
「うん、シンプルでいいな」
なら、深い意味は無く、単純に強さを追い求める事に集中できる名にした方が良さそうだ、と紅壱は恐怖に打ち勝とうとしている、スケルトンの青年をジッと見つめた。
「じゃあ、骸二、そう名乗ってくれ」
死にたくない、そう強く想う者に、あえて、骸の一文字を与え、その悪いイメージを吹き飛ばせる実力を手に入れて欲しい、そんな紅壱の念は、雄のスケルトンに求めた以上の力を与える。
一瞬にして、雄のスケルトン、骸二の170cm強はある体躯が真紅の炎に飲み込まれた。
「ちょっ!?」
慌てた剛力恋が水で満たされている瓶を持ち上げ、弧慕一と磊二が砂で消火を試みようとしたが、「待て」と紅壱は視線で制す。
「大丈夫だ」
たちまち、全員は安心感を覚えた、紅壱《王》の落ち着いている声で。
「骸二は、もがいちゃいねぇだろ」
確かに、彼は真紅の炎に、肉の付いていない身を隅々までしゃぶられているのに、苦悶の呻き一つすら上げず、奥歯を食い縛っていた。炎、その現象を起こし、己の中で暴れる狂気をコントロールし、己の生きる力にするべく、極限まで集中力を高めているようだ。
「骸二、俺の配下となるなら、その程度の魔力、完璧に扱え」
紅壱の厳しいが、冷酷ではないエールに骸二は根性も最大値まで引き上げた。そうして、限界まで顎を開いた彼は、少しずつ、真紅の炎を啜り、噛み、吸い込んでいく。
ガチン、と重低音を発して口を閉じたと同時に、骸二を包んでいた炎は骨の隙間からも、彼の体内へと獲り込まれていった。そして、ついに、骸二は己の荒ぶる魔力を支配下に置いた。
「骨が真っ赤になってますわ」
食々菜の震える声に、己の外見の変化に気付いたのか、骸二は己の手を見る。
確かに、彼女の言う通り、骸二のスケルトンらしい白骨は、炎によって魔力の組成に変化が起きたかのように、血のような紅と変じており、ガーネットの一種であるパイロープを連想させた。
頭にも変形が起こっており、残念ながら髪は生えてきていなかったが、頭蓋骨は焔のような形状となっていた。これで頭突きなどされたら、ダメージは倍であろう。
また、彼の眼窩の内と、胸の中では、真紅の炎が荒々しく灯っており、不気味さと共に力強さも対峙した者に抱かせるだろう。
「マイロードよ、これが我の忠誠心でございます」
そう、骸二はジャマダハルを、熱で空気が歪んでいる胸の前に構えた。
「あぁ、お前の激熱、しっかりと伝わってきたぜ」
後ろに引いた骸二は目配せし、次かつ最後となるスケルトンの少女が、紅壱の前に平伏す。
「さて、お前でラストか。どうしたものかな」
「王よ、不躾ながら、お願いがございます」
「何だ?」
「我が父は全力で、どう足掻いても勝てぬ敵に挑み、粉々にされた、と生き残った仲間より聞きましたホネ」
「――――――・・・・・・俺はお前の仇と言う訳だ」
躊躇いの後、スケルトナは、コクリと肯く。
親を奪った事に対して、罪悪感が芽生えなかった訳ではない。けれども、あの場は戦場。生きるためには、他者の命を奪うしかない。
無傷かつ不殺生で、生き残れるほど、紅壱は強くない。故に、謝るのは、このスケルトンの父娘に対し、失礼だな、と紅壱は開きかけた口を噤んだ。
「スケルトン族の誇りを持ち、親思いである少女よ、あれは戦だったのだ。タツヒメ様を恨むのは、お門違いである」
「はい、弧慕一様、その通りですホネ。しかし、私は逃げなかった父を誇りと思いますし、王様も恨んではおりませんホネ、これっぽちも。
だからこそ、私は招集に応じたんですホネ」
自身にフォローを入れてくれた弧慕一に、紅壱はアイコンタクトで礼を告げると、その輝きを取り戻した、毅然とした態度で父の死を受け入れている、動骨魔族の少女へ戻す。
「で、願いってのは何だ?」
「はい。父が名持ちの動骨魔であれば、その名を私が受け継ぎたかったところですが、残念な事に、父は弱小ながら、弓兵としての職は得ていましたが、名無しでしたホネ」
もし、あの場に、カガリ以外の名を持っている魔属がいたのなら、自分は危なかったな、と考えながら、紅壱は頷いて続きを促す。
「ですので、私はそんな父の苦難に立ち向う勇気と、スケルトンとしての誇りを片時も忘れぬ名を、王様より賜りたいのですホネ」
「お安い御用だ」
(今まで、一番にハードなリクエストだな、おい)
だが、これだけ期待が籠もった“表情”を見せられてしまっては、王として応えない訳には行かない。
人の上に立つ事の大変さを噛み締め、瑛への尊敬度を真摯に高めながら、紅壱はスケルトナの願いに見合う名を、必死に考える。
ギリギリと奥歯を軋ませながら、数十の候補を頭の中で挙げては消す、それを繰り返していた紅壱。
カッと、彼が目を見開いた瞬間に、体内で無意識の内に練っていた闘気がわずかに放出され、固唾を飲んで、紅壱の口が開くのを待っていたスケルトナは、それを浴び、頭蓋骨が首から外れそうになってしまった。
「ちょ、すまん」
「だ、大丈夫ですホネ。して、王様、私の名は?」
グラついた頭を押さえて、どうにか、頸骨に嵌め直した彼女は眼窩の中で揺らめく光を膨張させる。
「うん、お前には彗慧骨の名を与えようと思う」
正直な所を言えば、彼女の父親は思い出せなかった。スケルトン・アーチャーは何体か倒したので、その内の一体だったのだろう。
なので、父の弓兵としての腕を越えられるよう、彗星のごとき一矢を放てるように彗の字、相手の急所を射抜く慧眼を得られるように慧の字、そして、スケルトンとしての誇りは骨の字で表現したのだった。
そんな紅壱の思惑は、無事に成功した。名付けによる種族進化が終わった時に、彗慧骨は骨を素材にした弩を装備していた。
しかし、スケルトンの誇りを胸に戦う、そんな願いは残念ながら、望んでいた形で成就されなかったようだ。
彗慧骨の体、いや、骨格には肉と皮膚が生じてしまっており、スケルトンとしての名残が一部を除いて残っていなかった。スケルトンらしさが辛うじて残っていたのは頭部だけなのだが、頭蓋骨が剥き出しになっている訳ではなく、頭蓋骨を模した防護帽を被っているに過ぎない。
「スケルトンではなく、リビングアンデッドに種族が変化してますね」
彗慧骨の肌には生気がなく、食々菜の驚く言葉が示す通り、彼女は動骨魔から、動屍兵になってしまったようだ。
小枝のように細いが、確かに肉に覆われている己の両手を見つめている彗慧骨。青白く、ほっそりとはしているが、顔全体に肉が付いた事で、感情と表情が一致していた。
愕然としている彼女に、紅壱はすぐさま、頭を下げようとした。しかし、その謝罪を止めたのは、誰でもない、望んだ姿を得られなかった彗慧骨だった。
「王様、部下に軽々しく謝ってはいけません」
「だが、俺はお前の誇りを踏み躙った訳だし」
「・・・・・・確かに、ショックです」と、彼女はヘルメットを外し、俯く。リビングアンデッドとなった事で、彗慧骨の頭部には艶こそないが黒い髪が生えており、ヘルメットを脱いだことで、髪の先が肩に触れた。
「けれど、この姿になったのは、父の影響だと思うんです」
「お、親父さんの?」
「負けて死んだ俺の無念に囚われるな、お前はお前の生き方をしろ、って念で、私はこの体を得たんじゃないでしょうか?」
動く死体になったのに、生き方もクソもないですよね、と自虐に笑いながら、彗慧骨は自分の虚しい願いの残滓から具現化したヘルメットを頭に乗せ直す。そして、彼女の立ち直りを目の当りにして、冷静になった紅壱へ跪く。
「種族こそ変化いたしましたが、心は変わっておりません。
粉骨砕身の精神で、王様に仕えさせていただきます」
「あぁ、お前のボウガンが活躍するのを楽しみにしているぞ」
こうして、紅壱の王としての初仕事、幹部の決定と名付けが、穏便無事に終了し、彼はやっと肩の力を抜ける。
後に、剛力恋、食々菜、影陰忍、そして、彗慧骨は獄皇となった紅壱の側近を担う二十八宿の心、尾、箕、斗の座に就く事となる。
各々の種族のリーダーを補佐すべく、名を与えられ、進化した林二、完二、磊二、骸二は紅壱の恭順の意を示した魔属の貴族を経て、他の魔王に預けられ、紅壱を国の外から支え、守護する、“八つの門”の「開門」、「休門」、「生門」、「傷門」を冠する事となっていくが、やっぱり、それは、まだまだ先の話である。
魔王・アバドンを宿す紅壱から名を与えられた幹部たち
彼らの種族は、ゴブリン、オーク、コボルド、スケルトン、数多くの魔属の中でも雑魚扱いされ、毎日、生きるのが精一杯だった
しかし、彼らは名付けによる恩恵で、戦う為の力と、戦う理由となる誇りを得た
力強い仲間に恵まれ、紅壱は一歩ずつ、王として、厳しく長い道を歩き出していくのである




