第二話 勧誘(invition) 辰姫紅壱、獅子ヶ谷瑛に生徒会室へ召喚される
自転車が壊れる、そんなトラブルに見舞われた辰姫紅壱
必死な全力疾走を評価し、生徒会長・獅子ヶ谷瑛は彼を会長権限で遅刻扱いしない事に
その代わり、辰姫紅壱は生徒会室へ反省文を提出をするハメに
果たして、獅子ヶ谷瑛が彼を呼び出す理由とは?
「かあああ、やっと終わらせたぞ」
唸った紅壱は汗だくの頬を、シャツの袖口で乱暴に拭う。四月とは言え、さすがに、これだけ体を動かすと暑い。しかも、その汗はすぐに冷えてきてしまう。
第三校舎裏の掃除を、どうにか一人で終わらせた紅壱。小学校の校庭と大差のない広さとなると、些か骨が折れたが、下手にさぼれば、罰を重ねられてしまう。
さすがは良家の御嬢さん方が通っているだけあって、袋三つに溜まったゴミは落ち葉ばかりで、菓子パンの袋やコンビニ弁当の空き箱など一つもなかった。
(中学ん時ぁ、使用済みのコンドウさんが落ちてたもんだが。
やっぱ、ゴミまで上品でいらっしゃるか)
見当違いの感心に息を漏らしつつ、紅壱は膨らんだゴミ袋を集積場へ運ぶと、足を校門ではなく、校舎の方へ戻す。その足取りは、軽いとは言えなかった。
それを、紅壱は不意に止めると、シャツの襟を引っ張り、鼻をひくつかせた。
「とりあえず、シャツは変えるか」
自分では、さほど気にならないが、男と女では嫌いな匂いも異なるだろう。汗臭いままで生徒会室に入り、不興を買ってしまったら目も当てられない。生徒会長は気にしないだろうな、と呟きつつも、紅壱は何となく、彼女に嫌われたくないな、そう漠然と感じていた。
恵夢が教室を去った後、自分で作ってきた昼飯を詰め込みながら、反省文を書いていた紅壱。
中学時代に、たっぷりと書かされた紅壱は大人受けするものも書けたが、そんな虚飾は通用しないだろう、と考えて、ありのままに事実を書いたうえで、反省の意を示す事にした。不良の自覚はあるが、自分に非があるなら、素直に詫びを入れる、それが彼なりのポリシーだった。もちろん、こちらに非がないのに、責任転嫁をしてくるような輩には、相応の対応をする、それも彼のスタンスであった。
「てめぇを信じられないなら~♪ お前を『最強』に育てた俺を信じろ~♩」
カラオケの十八番を口ずさみながら、彼は生徒会室がある西校舎の四階、聞いた話では、このフロア全てを生徒会で使用しているらしい、まで足取りも軽やかに上がってきたのだが、階段が終わってすぐ、思わず驚き、肉食獣に例えられる事が多い、鋭き光が宿る目を丸くしまった。
「おいおい、赤絨毯かよ」
角を曲がると、奥の生徒会室まで続いている廊下には、素人目でも0が六つ以上は必要になるであろう値段と思わしき絨毯が敷かれていた。念の為に、靴の裏の泥を払い落とした紅壱は足を乗せた瞬間、足の裏に広がった柔かさで唸ってしまう。
「さ、さすが、この学園で先公以上の権力を使いこなせる生徒会。
財力も半端じゃないってか」
逆に歩き辛さを感じる廊下を緩慢な歩調で進み、ついに生徒会室の厚い樫製の扉の前に、紅壱は立つ。自分がここまで来た事は途中、巧妙に隠されている監視カメラで既に分かっているのだろう。
(そう言やぁ、後ろめたい事がある人間は監視カメラ、そうでもねぇ人間は防犯カメラって無意識に使うって言ってたな、瓶持さんが)
つい、監視カメラがあらぁ、と思ってしまった己の頬を掻きながら、重さを増す歩みが、ふと止められる。
(・・・・・・いるな)
陳腐な放電のイメージを、接近した者に思い浮かばせるほどの威圧感が扉越しに伝わってくる。うなじの毛が逆立つのを感じ、紅壱は制服のボタンを緩めたい衝動に駆られる。
やはり、修一を強引に連れてくるべきだったか、と寂しさ混じりの後悔が心の中に浮かぶも、紅壱はすぐにその考えを振り払った。悪友を連れてきていたら、この赤絨毯を見ただけで、テンションが上がりきり、大声を出してはしゃいでいたに違いない。そうなったら、会長の怒りを買ってしまうだけだろう。
(と言うか、何でまた、反省文をここに直接、持って来いだなんて・・・)
面倒臭い、その言葉を噛み潰した紅壱は右肩から下げた鞄に突っ込んだ、授業中に教師の目を盗みながら書き終えていた原稿用紙を抜き出す。
しわを伸ばしながら、いつまでも、ここで尻込みしていても仕方ないな、と腹を括った紅壱は深呼吸をしながら軽く丸めた手を上げていく。少し躊躇った彼は扉を四度、叩いた。
返ってきた重々しい音に耳を打たれ、意思がグラつきかけた紅壱だったが、臍の下へ力を入れ直すと、「一年い組、出席番号13番、辰姫紅壱です。反省文の提出に来ました」と、がらでもない緊張で強張った声を腹から絞り出した。
数秒後、扉は内側から開かれた。紅壱は自分を招き入れるべく、扉を開けてくれた恵夢に小さく会釈をする。
「待ってたよぉ。どうぞぉ」
「・・・・・・失礼します」
扉が開けられた瞬間、圧迫感は更に強まり、紅壱の緊張感は高まる。しかし、不思議と「恐怖」の念はさほど感じておらず、ただ一人だけ敬うに値する女王に拝謁を許された若騎士のような気分も覚える。
小刻みに波立った心を静めるように息を一つ二つ、浅く吐き出した彼は大きく頭を下げてから生徒会室に足を踏み入れた。
先ず、紅壱は生徒会室の広さに驚かされた。職員室の二、いや、三倍は軽くある。どうやら、半分は委員長会議に使っているのか、楕円形の大きな机と二十を超える椅子が置かれている。
仕切りのカーテンを開け、飛び込んできた光景に紅壱は目を見張った。
『本物嗜好』を体現したかのような、シンプルなデザインでありながら高級感が漂うカフェブラウンの机の上には、書類が積み重なっている。
紙の山のわずかな隙間からは、書類を凄まじい速度で処理している両手が見えた。
(あの人も確か、あんな感じの机を使ってたよな。
やっぱ、仕事の出来る人間だからこそ、道具はこだわるのかねぇ)
紅壱が部屋に入り、恵夢がタイミングを見計らって声をかけるまで三分ほどだったが、その間だけで30cmはあった小山が、彼の目前で『チェック済み』と記された箱へと、全て移動させられた。
(噂に違わぬ仕事ぶりだな、オイ)
紅壱は口の中で唸りつつ、二度とは入れないであろう生徒会室の中を失礼にならないように気をつけながら見回した。
やはり、生徒のトップに立つ面々が集まる部屋だからだろう。無駄と判断される物は一切、置かれていないようだ。あまりにも整頓されているものだから、紅壱は逆に居心地の悪さを感じてしまう。汚部屋と評されるほどではないが、彼の部屋は衣服や漫画などで雑然としていた。もちろん、これら全ては取りやすい配置になっている、それが彼の言だ。
どうやら、今現在、この部屋で仕事をしていたのは会長である瑛と、副会長の恵夢の二人だけだったようだ。
「アキちゃ、じゃなくて、獅子ヶ谷会長、辰姫君が来ました」
「うむ」と書類の山の後ろで頷いた瑛は手を止め、高級ブランド独特の凛とした雰囲気が細身から漂うペンを机の上へ置く。そうして、机に見合うであろう値段と容易に想像の付く椅子から腰を上げ、彼女は紅壱に顔を見せる。
「すまない、待たせた」
「いえ、お気になさらず。こちらこそ遅くなりました」と、紅壱は頭を小さく下げる。
「あの、反省文、書いてきました」
恵夢は原稿用紙を「はい、ご苦労様でした」と優しく微笑みながら受け取ると、座った瑛の手元へ小走りで持っていく。鷹揚に頷きながら受け取ると、瑛は紅壱へソファに腰を下ろすように手で促しつつ、サッと文章に目を通しだす。
「なるほど・・・それは災難だったな」
数分後、形のいい眉を厳しく寄せた瑛は、思わず、立ち上がってしまい、恐縮そうに後頭部へ手をやった紅壱へ「辰姫紅壱、怪我は本当になかったのか?」と気遣いが滲む声で尋ねた。「あ、はい、そこに書いたとおり、俺は自転車から離れていたんで」と、フルネームで呼ばれた事に戸惑いながらも紅壱は緊張しながら答える。
「背中、まだ痛む?」
「あ、いえ、受け身が取れたんで、あの瞬間こそ痛かったですけど、今は大丈夫です。
こうしても、何ともないですから、痛めてもないみたいですし」
突然、背中を擦られ、彼は驚いて跳び上がりかけたが、恵夢から距離を置くと、動きに支障が出てない事を示すように背中を幾度か捻ってみせる。
それを見た恵夢は豊満な胸を撫で下ろして安堵の息を漏らすも、ふと、紅壱が気付くと、瑛と視線を、何やら意味深に交し合っており、紅壱は逆に訝しげな表情を浮かべたてしまう。
それに気付き、恵夢は「あ、何でもないよ、ヒメ君」と手を左右に振った。相当、慌てたのだろう、恵夢は手の動きに合わせ、体も左右に動く。思いがけず、激しく揺れる桃饅を凝視してしまった紅壱は瑛の咳払いに、急いで目を逸らす。
「あ、じゃあ、俺、失礼します。今後は遅刻しないよう、気をつけますんで」
ソファから勢い良く立ち上がった紅壱は厳しい顔の瑛へ深々と頭を下げると、一秒でも早くこの部屋を出たい、と言う気持ちにグイグイと押される背中を向けた。
しかし、日本刀、しかも、国宝級だ、を思わせる冷徹な声で瑛は彼を呼び止めた。
「待ってくれ、辰姫紅壱。
君をこの生徒会室にわざわざ呼びつけたのは、こちらに用があったからだ」
「座り直してくれると嬉しい」と半ば脅迫めいた響きで言われ、断れる人間がいるだろうか。
「・・・うっす」
紅壱はそれなりの修羅場を潜ってきた気でいたが、これほどまでの圧迫感を受けたのは片手で数えるほどしかなかった。現実に空気を震わせるほどの圧迫感を放ってきた相手、それは祖父、そして、狭間で自分を殺そうとした『天使』だけだった。
瑛に向き直るも、男のつまらない意地で圧迫感を振り払い、ソファには腰を下ろさずに直立不動の体勢で、彼女の言葉の続きを待つ。自分の命令を無視した紅壱に、「ほぉ」と感嘆に潤んだ声を上げた瑛は彼の態度をさほど気にせず、話を続けようとした。
その時、他のメンバーが戻ってきたのか、扉が開かれる音が聞こえた。
「うむ、タイミングがいいな」
ニヤリ、そんな擬音を横に浮かべたくなるような笑みを見せた瑛。
カーテンを開け、自分達のトップを見下ろすような形で立つ男子生徒を気付いた生徒会メンバーの反応は異なっていた。
「おっ、来てたのか」と楽しそうに声を弾ませたのは、紅壱に原稿用紙を渡した女生徒。
眉すら寄せずに「・・・・・・」と無言を貫いているのは、小等部の生徒かと思わしき背丈の女生徒。
そして、「会長、危ない」とモップを振り上げて飛びかかってきたのは、栗茶色の髪をツインテールにしている女生徒だった。
彼女は完全に、背中を向けている紅壱の頭部を狙っていた。怒声、床を蹴る音で襲撃を察した紅壱の反応は「速い」と言う表現を超えていた。
左足の踵を軸にして振り返ると同時に、紅壱は自分の頭を割るべく振り下ろされたモップを見事に回転して避けた。そうして、彼は独楽を思い浮かばせる動きで彼女の背後へ流れるように移動し、敵が視界から消え失せた事に驚いて体勢を宙で崩してしまった女生徒の肩を掴み、顔から床に激突、そんな痛々しい「未来」を阻止した。
「おい、大丈夫か?」
「さ、触るんじゃないわよ!!」
肩に置いている手を引いて体勢を戻そうとしてやった彼の手を打ち払うと、女生徒は飄然としている瑛を守るようにモップを構える。
「もう、最悪ッッ」
怒りを露わにしている彼女が涙目で、自分が手を置いた箇所を必死に払っているのを見た紅壱は若干、苛立ちを覚えた。
肩口から漏れた、肌がビリッと痺れるほどの怒気に打たれた女生徒は「ひっ」と更に涙を溢れさせたが、瑛の前から退こうとはしなかった。そんな健気な姿を見せられて、なおも怒っていたら俺が悪者だ、と何だか萎えてしまう紅壱。
「こらこら、豹堂、仮にも助けてくれたんだ。礼を言わねば筋だろう?」
「で、ですが」
「筋を通せない人間は、生徒会にはいられんぞ」
グッと言葉に詰まった女生徒は露骨に嫌そうな顔で、紅壱へ頭を下げる。「ありがとうございます」、その台詞は聴覚を集中して高めていなければ聞こえなかったほど、か細かった。
「すまないな、彼女には少し、男性アレルギーの気があってね。
名を豹堂鳴、生徒会庶務をやって貰っている」
庶務の証を誇らしそうに見せつけてくる鳴に、渋々と小さく頭を下げた紅壱へ、『書記』のバッジをスカートに止めている女生徒が近づいた。そうして、少女は指の部分を切り落とした、真っ黒なグローブをはめた右手を差し出す。
「アタシは太猿愛梨、会計だ。よろしくな、コーイチ」
ガッツリと愛梨に右手を握られた紅壱は、反射的に力を入れかけてしまう。慌てて、力を緩めたが、その一瞬で彼の握力を測ったようで、愛梨は白い歯を剥き出すようにして満面の笑みを顔全体で作った。
手を離した後、「よしよし」と力強く頷く彼女を少し不気味そうに見てしまう紅壱は、不意に裾を軽く引かれ、小首を傾げながら振り向いた。すると、自分の脇に日輪を思わせる黄金色の髪をシニヨンにした小柄な少女が立ち、自分の制服の裾を小さな手で摘んでいたので、さすがに驚いてしまう。
いくら、握手を交わした愛梨に気を一瞬だけ取られたとは言え、ここまでの接近を許してしまうとは思っていなかった。今朝の恵夢にしてもそうだが、彼女達はかなり武芸が達者なのだと思い知らされ、背中に寒いものを覚えた紅壱。
「・・・あの、獅子ヶ谷会長、この娘も、もしかしなくても」
「生徒会書記の大神夏煌、君や豹堂と同じ一年だ。
中学生どころか、小学生として見間違われ、マスコット扱いを受けてもいるが、実力は折り紙付きだ」
ジッと自分の顔を見上げてくる真摯な視線がこそばゆくなってしまう紅壱に、夏煌は唐突に裾を掴んでいた手を離し、彼の眼前へ伸ばした。そうして、鈴が鳴るような澄んだ小声を桜貝色の小さな唇から紡いだ。
「あ、あぁ、こちらこそ・・・別に、どっちでもイイぜ?
昔からのダチからはヒメって呼ばれてるから、そう言う呼ばれ方は新鮮でいい」
「これは驚いたな」
「え?」と不思議そうな表情を浮かべた紅壱を、賞賛するように瑛は真っ直ぐ伸ばした人差し指の先を向ける。
「大神はかなり無口でね。私達も一日に一度か二度、声を聞けるだけなんだが、まさか、初対面かつ異性である君と会話を交わすとは・・・・・・気に入られたな」
瑛の言葉に頬をわずかに赤らめた夏煌は紅壱の手から再び、制服の裾へと指を戻す。
「さて、自己紹介も穏便に済んだことだし、単刀直入に本題を切り出そう」
空気を切り替えるように瑛から「大神」と手招きされた夏煌は少し躊躇っていたようだが、名残惜しそうに制服の裾を離すと、小走りでメンバーの元に向かい、すぐに恵夢の背後に隠れてしまう。
「辰姫紅壱、生徒会に入れ」
高圧的な口調に絶句してしまう紅壱。
瑛の発したそれは『勧誘』ではなく、『嘆願』でもなく、完全な『命令』。しかし、彼が二の句が告げないのではなく、明確な説明を求めて言葉を発しないと判断した瑛は大きく頷いた。
「辰姫紅壱、今、この学園の現状は、懇切丁寧に語らなくとも知っているな?」
「えぇ」と言葉も短く頷いた紅壱は今のところ、クラスの女生徒から堂々とした暴行、もしくは陰湿な嫌がらせを受けてはいなかった。その理由は単純明快にして唯一無二、彼が色男だからである。これまでの男子とは違い、禁欲的な雰囲気も滲む野生的な面構え、無口な所が生むミステリアスさ、些細ではあるが効果的な異性への気遣い、これで人気が出ない方がおかしい。
女生徒らは、そんな他の男子とは一線を画している紅壱に嫌われる事を無意識に恐れ、全員が全員、手を出せずにいたのだ。同時に、同性からの攻撃を危惧し、積極的に交流を深められずにもいた。
「私はこのギスギスした状況を打破したい」
まさか、女生徒のトップが、自分たち男子生徒との間にあるデカ過ぎな溝を無くしたい、と思っているとは予想もしていなかった紅壱は眉間に皺を寄せてしまう。
異性を排し、学園を女子の園に戻す為に、自分を間諜にする気なのでは、そんな疑念を彼が抱いた事に表情の変化で察したのだろうか、瑛は苦笑いを零した。その表情すら、思わず、ドキッとしてしまう。
「疑いたい気持ちは分かる。しかし、私は本気で、この学園から性差別を排除したい。
その為にも、君に協力して貰わねば困るのだ」
「・・・・・・どうして、俺なんですか? 他にも候補はいそうでしょう。
俺より勉強が出来る奴も、この生徒会に入りたいって奴もゴロゴロいますよ」
「私が、辰姫紅壱、君を選んだ理由は一つだよ。私は君が気に入ったんだ。
興味を持った、君と言う人間に。自分で言うのも何だが、私の人の本質を見抜く目は、中々の物だぞ。
勿論、他にも理由はあるが、それは追々で良いだろう」
唐突な告白に、紅壱だけでなく鳴までもが目を剥き、絶句してしまう。
「獅子ヶ谷会長!! 聞き捨てなりません、今の発言!!
そもそも、私はお昼休み、反対しました!! 今も、その姿勢は変わってません」
どうやら、この同級生は異分子を招き入れるのを断固阻止したいようだ、と言動からよく判った紅壱は心の内で彼女を応援する。
(冗談じゃねぇぞ。俺は生徒会ってガラじゃねぇっての)
だが、食ってかかろうとした鳴は、瑛の電光を思わせる鋭い眼光だけで口を噤んでしまう。しかも、頬まで赤らめてしまったものだから、紅壱は顔にこそ出さなかったが、呆れてしまう。
「もちろん、君にもメリットはある」
「メリット?」と聞き返してしまった彼に、「そうだ」と頷き返した瑛。
「会長である私が公言してはいけないのだが、生徒会はある種、超法規的な存在だ。
ある程度までの校則違反も、教師たちに見て見ぬ振りをされる。
もし、入会すれば、君はもう、その髪が理由の罰掃除をやらされずに済む」
意地の悪い笑みを浮かべた瑛は、紅壱の名を表したかのように、根元から5cmほどが真っ赤な髪を指す。気まずそうに俯いた彼は、自分の髪をくしゃりと撫でた。
「辰姫、そりゃ、染めてんのか?」
初対面時から興味があったのか、愛梨が不思議そうな面持ちで指差しながら尋ねた。
「・・・いや、地毛です」
顔を上げないままで紅壱が呟くと、おもむろに腰を上げた瑛が絨毯の上を滑るような足取りで進み、彼に近づき、「どれ?」と紅壱の髪を撫でる。
その刹那、鳴が子供くらいならば失神させられる程度の殺気を放ち、モップを片手にまたも飛びかかろうとした。だが、太猿は彼女が床を蹴るより先に、足元を払う。
今度こそ、床にキスをしそうになった鳴だったが、恵夢が己のにクッションで彼女の顔を保護した。あまりの弾力性に、鳴は反対側に吹っ飛んでしまい、尻もちをつくも、それくらいの痛みは享受せねばなるまい、男ならば死んでもいいと思うほどのモノを顔全体で堪能したのだから。
「確かに染色はしていないようだな。
だが、ここまで真っ赤とは・・・君には外国の方の血が流れてるのか?」
「いや、事故のショックが原因で変色したんだろう、ってのが医者の見解です」
紅壱はどんな事故に遭ったのか、を語らなかった。しかし、髪の毛が白ではなく、赤に変わるなど、『普通』ではあり得ない。つまり、目の前の少年は、そんな異常事態が身体に起こってしまうほどの事故から生還したのだ、と身に覚えのある瑛たちは理解した。
あの事故、いや、事件から生還してきた彼が集中治療室で目を覚ました時、既に彼の髪の根元は黒から赤に変わっていた。
彼の治療を担当した医師は事故のショックによるもの、と自信なさげに判断を下したが、鏡に映った自分を見た紅壱は原因に思い当たる節があり、溜息を漏らした。
(多分、いや、確実に、あの魔王との融合が進んだな)
今回のトラブルに遭遇する以前にも、喧嘩相手に木刀で殴られたり、スクーターでぶつかられたりした際、痛みでキレてしまった事が何度かあった。
シンプルなまでの暴力で騒乱を収めた後、我に返れば、小さな傷はほとんどが不自然なほどに治っており、右小指の爪も赤く染まっていた。それもまた、何日かすれば元に戻ったのが、事故の後も爪は赤いままだった。しかも、小指だけでなく薬指までもが変色し、真紅が定着してしまった。
医者の的外れではあるが一応の説得力がある診断のおかげで、中学時代、髪に関して教員に文句を言われる事はなくなり、また、目立つようになった事で名も更に知れ渡った。
しかし、高校生になると、それも通用せず、初日から生徒指導の教員から染め直してくるように言われ、注意を無視していたら、ついに今日、罰掃除をやらされてしまったのだ。
(校則違反が見逃される、か。イイ条件ではあるが・・・・・・)
「すいません、獅子ヶ谷会長、一晩だけ考えさせて貰っても良いですか?」
「わかった、一晩だけ待とう。私の方も、少し気が急いていたからな。
すまなかったな、君の心情に配慮が足りていなかった。
だが、良い返事をくれれば、実に嬉しい。
私は辰姫くん、君に期待しているんだ」
折り目正しく、深々と自分に頭を下げた紅壱を静かだが、王の風格を示す光が灯っている瞳で見送った瑛。
彼女が楽しげな笑みを漏らしたのを間近で目にした恵夢はヤンチャな息子を持つ母親を思わせる微笑みを漏らし、少しだけ紅壱に同情の念を覚えた。
四月九日(月) 天候 晴れ
通常業務は滞りなく終了
緑化委員会にホースの買い替えを相談される。明日、備品の確認に行こう
一年い組の辰姫紅壱を生徒会に勧誘する。豹堂は良い顔をせず、彼からもその場で入会の返事を貰う事は叶わなかったが、首を縦に振ってくれるまで根気良く誘うつもりでいる
彼には今までの男子生徒とは違う『匂い』がある。必ず、素晴らしい活躍をしてくれる筈だ、どちらの業務でも
校則違反が見逃される事を入会の特権にすれば、すぐに首を縦に振ってくれると思っていたが、これは私が彼を見縊っていたようだ
甘い誘いに乗らない、見所のある男子生徒だ、辰姫紅壱
もし、明日、入会してくれるのであれば、誤解に対して謝らねばなるまい
万が一、入会の意志が固まらないようならば、何か他の条件を出さねばならない
ただ、すぐには思いつかない。彼は一体、何を欲するのだろう
金には転ぶまい。成績の優遇も微妙だろう。自転車を支給するのは、どうだろうか。明日、大神に相談してみようか
・・・・・・もし、もしもの話だが、付き合ってほしい、と言われたら、どうしたらいいだろう
まだ知り合って間もないけれど、辰姫は好意的な男だ
正直に言えば、これまで出逢って来た異性の中では、ダントツだろう。まぁ、今までの輩が下の下すぎる訳だが
交際、それは吝かではない。けれど、付き合うと言う事は、手を繋いで登下校したり、休日にどこかへ遊びに行く、その過程でキキキキキ・・・接吻をするかもしれない
不純異性交遊を禁じる校則はないけれど、生徒の代表たる私が生徒会の役員と付き合うのはマズいだろうか
けど、もし、彼に迫られたら・・・・・・
ダメだ、随分と話が逸れてしまった
ともかく、明日は辰姫と、しっかり話し合おう
しかし、何故か、今日は、霊素探知機の数値が普段より若干ではあるが高い
夜の巡回時には、いつもより警戒するとしよう・・・少々、不安も胸に過る
息の仕方すら忘れそうになるほどの緊張感が漂う生徒会室
そこの長たる、獅子ヶ谷瑛は辰姫紅壱に「生徒会に、男子生徒の代表として入ってくれ」と請う
返答は保留とし、一晩だけの猶予を貰う辰姫紅壱
彼は生徒会に入るのか、入らないのか、そして、獅子ヶ谷瑛の嫌な予感は的中してしまうのか