第二百一話 鮫鰭(fin of shark) 紅壱、鮫の背ビレ状のブレード系魔弾を撃つ
自らの膨大な魔力を制御してくれるマナミの協力を得て、魔術師としての鍛錬を始めた紅壱。
真っ先に会得すべきは、魔術師が覚えるべき、遠距離攻撃魔術の基本である魔弾。
住魔の中から五匹を選出し、彼らに見せてもらった手本を参考に、早速、自分のやりかたで、紅壱は魔弾を撃ってみた。
まず、銃の形を模した指の先から、球状の小さい魔弾を撃ったところ、桁違いの威力に度肝を抜かされてしまう。
弧慕一に魔力を譲渡して回復させた紅壱は、より強度を増した石製の標的へ、切る事を目的にした魔弾を撃ってみる。
「・・・よし、もう一つのパターンも試すぞ、マナミ」
『了解しました、My Lord 辰姫紅壱』
続いて、紅壱の思い浮かべたイメージを受け取ったマナミは、彼が求める攻撃を実現させるべく、一瞬で必要な魔力を計算し、術式を即座に組み立てた。
何をするのか、吾武一らが、紅壱の放つ攻撃を想像できなかったのは、彼らにその手の知識が欠落していたからだ。
これは、彼らが愚かと言う訳ではない。異世界生まれであり、人間界へ行ったのも、カーミラに脅されて召喚された時だけなのだから、致し方ない話だ。
また、人間の中にだって、紅壱が取ったポーズを目の前で見ても、何の技を参考にしているのか、サッパリな者だっているに違いない。
紅壱が頭上へ両手を持って行き、何かを挟み込むようにした直後に、手と手の隙間に魔力が集められる。
そして、彼はブレード形、それはサメの背びれにも見えた、に魔力で形作った、標的を切る事を目的とした魔弾を、全身の筋肉を連動させて、標的へ投擲した。
「ゼアッ」
輪刃形の魔弾よりも、そのヒレ型の魔弾はスピードが倍は出ており、軌道も一直線であった。
そして、やはり、先ほどとは違い、今度は「ズバァァァン」、そんな音を轟かせ、石製の標的を真っ二つにした。
左右に分かれ、ゆっくりと倒れていく標的を、吾武一らは呆然とした表情で見るしかなかった。
ズシンッ、と腹の底に届く重低音に、皆は体を竦ませた。
ありえない、と頭では理解っていても、自分が今の魔弾を喰らってしまったら、と想像してしまったのだろう。
両断された標的を見つめたまま、しばらく、息も忘れていた吾武一は、自分と同じ状態に陥っていたライバルに、震えを抑えきれていない声で問うた。
「奥一、お前、弧慕一が作ったアレ、あんな風に出来るか?」
尋ねられた奥一は、これまで、猪や熊の頭蓋骨を叩き切ってきた愛斧の柄を力強く握って、こう断言した。
「無理だな、今はまだ」
「切るコツ云々よりも、地力の差が大き過ぎるな、今は」
奥一の潔い言葉に、吾武一は頷き返し、自らも愛剣の柄頭に手を乗せた。
「出来るようになるしかないな」
「出来なければ、タツヒメ様と共に戦えないからな」
ゴヅンッ、と拳をぶつけ合い、二匹は素振りの数はあえて増やさず、筋肉の動かし方を意識してみよう、と考えた。
ガムシャラに数を重ねても、あの域に到達できない。遠回りになっても、ゴールには到達できる、その確信があるのならば、継続にも意味は生じる。けれど、目的地から遠ざかる道は、いつまでも進んではいられない。
早速、紅壱に威力が十全の斬撃を、常に繰り出せるようにするには、どんな風に体の動かし方を意識するべきか、質問してみよう、と吾武一たちが決めた矢先に、マナミが二匹へ指示を出してきた。
『吾武一さん、奥一さん』
「は、ハイ!」
『この二つに割れた石を、立ち上げてください』
いきなりの指示に戸惑うも、マナミは紅壱の制御分霊、つまり、彼女の指示は、紅壱からの直接的な命令に近しい。
拒絶する理由なんて、当然、ありはしないので、二匹は「わかりました」と快い返事をし、両断された標的の元まで足早に向かう。
「す、凄いな」
近づいて、吾武一は改めて、感歎と尊敬の念が混じる言葉を呟いてしまう。
「俺らの王様は、化物だ」
本来であれば、王に対しての無礼を詰問している所だが、吾武一も近しい事を胸の内では感じてしまっていたので、奥一の呟きは聞かなかった事にした。
(この断面の平らさ、とてもじゃないが、私の剣技では出来ない)
ブレード型の魔弾で、見事、真っ二つにされた標的、その断面は、何日も丹念に、寝食も忘れ、数種類の砥石で砥いだのでは、と錯覚するほどに滑らかであった。
無意識の内に、断面へ触れた吾武一は指の腹に覚えた、石とは思えぬ感触で、ゾッとしてしまう。
「よ、よし、俺はこっちを持ち上げるから、奥一、お前はそっちを頼む」
畏怖の念で、思考が停止してしまう事が幸いにもなかった吾武一は、その感情を慌てて、振り払うかのように、右側の石を全力で起こそうとする。
「おう、任せろ」
腕力に関しては、吾武一に勝っている奥一は彼よりも余裕を感じさせる面持ちで、左側の石を起こした。
そうして、吾武一が汗を滲ませながら支えている片方へ、断面を当てた。
「マナミ・・・・・・様、これから、どうすれば」
『しばらく、支えていて下さい。
弧慕一さん』
もしや、自分に声がかかるのでは、と予想していた弧慕一は、既に魔力を栄養ドリンクで回復済みだった。
はい、と前に出た弧慕一へ、マナミは二つの石を一つに戻せるかどうか、試してください、と指示を出す。
思ってもいなかった指示の内容に、弧慕一は目が点になるも、やはり、拒否はできない。
「お任せください」
小走りで、親友らが支えている、二つに切り割られた標的に向かう弧慕一。
すぐさま、彼は継ぎ目へ手を当て、二つの石が一つにくっつくイメージを明確に思い浮かべながら、地土属性の魔力をそこへ注ぐ。
けれど、魔術師として優秀である弧慕一は、すぐに異変に気が付いた。
一度は、自分の気の所為か、と思ったのか、手を離し、再び、押しつけ、更に集中して魔力を注いだが、やはり、おかしい、と察したようだ。
「これは、くっつける事は厳しいです」
「成功したようだな」
弧慕一のギブアップ宣言に、紅壱は満足気だ。
ブレード状の魔弾を撃つのに必要な魔力を弾き出し、術式を発動させたのは、マナミだが、形と効果のイメージは紅壱のものだ。
つまり、弧慕一が、自分で作った標的をくっつけられないのは、紅壱がブレード状の魔弾に、何らかの効果を付与させたからに他ならない。
「吾武一、奥一、もう、石を離していいぞ」
紅壱の言葉にホッとした吾武一は、石を支えていた手から力を抜く。
再び、倒れていく大きな石。
それを、吾武一は、いきなり斬りつけた、自らの愛剣で。
地面へ落ちたそれに付いた傷の小ささ、溝の浅さに、吾武一は下唇を強く噛んだ。
奥一もライバルに倣い、石へ全力で斧撃を叩き込んだ。
得物が斧、なおかつ、奥一の膂力が吾武一より優れている事もあって、傷は彼のそれより、少しは大きく、深い。
しかし、石を両断する事は、当然、出来なかった。
それだけ、弧慕一の作った石の標的が頑丈である事が証明された訳だが、二匹の失敗を笑うほど、弧慕一は鬼ではない。彼の種族は、コボルドだ。
「何をなさったのか、聞いても構いませんか」
質問と言うよりは懇願に近い語調の弧慕一に、紅壱は気まずそうに首筋を掻いた。
「魔術の式、その辺りの小難しいトコは、マナミに丸投げしちまってるんだが、俺がイメージしたのは、ぶった切った敵が再生できないようにしたい、だ」
『My Lord 辰姫紅壱の要求に応じるべく、今の魔弾には、“結合不能”と“再生阻害”の効果を付与しました。
切ろうとした物は、それの耐久性に関係なく、結合の事象を無かった事にします。
つまり、何であろうと、あの魔弾は真っ二つにできます。
また、“再生阻害”によって、再結合も困難とします。
My Lord 辰姫紅壱に等しい再生能力があるか、もしくは、私が付与した“再生阻害”の効果を上回れるほどの治癒魔術を使えなければ、対象は真っ二つのままです』
マナミの説明は、淡々と事実だけを、温度を感じさせない声で行われるので、より恐ろしい。
「撃っておいて、何だが、使いどころが難しいな」
自分の野望に邪魔となる敵を倒す事に躊躇いはないが、誰彼構わず、殺したい訳じゃない。
威嚇としては充分に役立ってくれそうだが、実戦で使うとなると、余程の時になりそうだ。
「有効距離も、せいぜい、15mくらいか」
『正確に言えば、13mです。
それ以上となると、今の魔弾は、単なる切れ味が良いだけのモノです。
切り傷も、時間をかければ、塞がってしまうでしょう』
淡々と事実を、紅壱へ告げるマナミに、吾武一らは心中でツッコむ、その単なる切れ味が良いだけの魔弾でも、十分に脅威だ、と。
「スピードは、そこそこだからイイにしても、精密な操作が出来ないのも、欠点か」
確かに、ブレード状の魔弾は、標的へ一直線に向かい、通り過ぎて戻ってくる、そんな動きはせず、シンプルに両断した。
仮に、外しても、コントロールが効かないのは困るな、と紅壱は渋い顔だが、やはり、奥一達は心の中でツッコむのだ、あんな速度で迫られて回避られるか、と。
「それに、せいぜい、通用するのは、オーガが位置する強さの奴くらいだな。
カガリさん相手だと、厳しいか」
彼は悠々と回避するか、自分にプレッシャーを与えるべく、真っ向から、シンプルな力で迫りくるブレード状の魔弾を破壊できるだろう。
紅壱の思考、その表面に浮かぶ声くらいであれば聞く事が出来るマナミ。
彼女は、カガリ程度なら、殺す事や戦闘不能な状態に追い込むのは無理にしても、ある程度のダメージは十分に与えられます、今の貴方の敵ではありません、と言うのを堪えた。
事実だけを告げる彼女だが、言うべきでない事は言わない、それくらいは出来るのだ。
紅壱は激闘い、自分を強くしてくれたカガリに感謝し、尊敬の念を強く持っている。
そんな彼に、「カガリくらい楽勝だ」と貶めるような評価をすれば、激怒は必至だ。
アバドンを彷彿とさせる見た目の自分を、消去するような暴挙に、紅壱は踏み切るまい。
けれども、自分に頼ってくれなくなる可能性が、特大い。
マナミの唯一にして絶対的な存在意義は、マスターのサポート。
マスターである紅壱が、自分の能力を使う事を怒りから拒む。
それを考えた時、マナミは自分の存在力が、一瞬、0に落ち込んだ事を自覚してしまう。
大切な人の役に立てない、それを思った時に生じる感情、恐怖を知ったマナミ。
チャクラム状の魔弾は、標的を外したと見せかけ、Uターンし、切りつけるだけでなく、再Uターンし、再び、石を切り裂く。
予想もしていなかった二連続の切る魔弾に、一同が唖然とするのを尻目に、紅壱はもう一つのパターンも試し撃ちしてみる。
サメの背ビレを彷彿させる形状の魔弾は、石製の標的を縦に真っ二つにぶった切って見せ、吾武一たちを絶句させる。
しかし、驚くのはまだ早かった。ある正義の巨人が繰り出す必殺技に近いスタイルで繰り出された魔弾に真っ二つにされた石製の標的は、弧慕一が地土属性の魔力を流し込んでも、一つへ戻す事が出来なくなったのである。
再生を阻害する攻撃を得た紅壱をサポートできる役目に矜持を感じる一方で、彼の不興を買い、役立たずの烙印を押されてしまう事を怖れるマナミ。
少しずつ、感情を得ていくマナミは、今後、どう変わっていくのか。




