第百九十七話 魔弾(magical power bullet) アルシエルの名無し住魔ら、紅壱に自身の魔弾を披露する
これから、瑛と一緒に戦う為には、物理攻撃だけでは手札不足である、と考えた紅壱は、早速、魔術の練習を開始する。
魔王としては未熟ながらも、保有する魔力量は、人間の枠を遥かに凌駕してしまっている紅壱をサポートすべく生み出された疑似精霊は、彼によって「マナミ」と名付けられた。
魔術攻撃の基本であるのは、魔力の弾丸、いわゆる、魔弾だ。
なので、紅壱は名無しの住魔らに、魔弾の手本を見せてもらう事にした。
厳正なクジによって選ばれた五匹の中から、一番目に、魔弾を披露したのはゴブリン。
人間の術師であれば、十分にダメージを与えられる魔弾であったが、紅壱は少しだけ落胆してしまう。
紅壱が獲得したスキルで強化されている事を差し引いても、この小鬼は間違いなく、強くなっていた。努力が、結果になりつつあるのだ。
それも承知の上で、紅壱は、そのゴブリンに、更なる成長を求めていた。
口に出さない分、ゴブリンには紅壱からの期待が、しっかりと伝わっていく。
次は、あの標的を破壊せる魔弾を撃ってみせる、その決意を小さな頷き一つに籠めたゴブリンは、「ありがとうございましたゴブッ」と、紅壱に勢いよく頭を下げ、腹から出した声で礼を告げる。
皆の元へ戻っていくゴブリンに「頑張るゴブ」と声をかけられた、次の番である小鬼は驚いた。
なまじ実力がある分、自分は強い、と調子に乗り、この思い上がりで鼻が高くなっている、そのゴブリンが、今まで、そんなエールを口にした事など、一度もない。
つまり、紅壱に魔弾の撃ち方のお手本を見せる、これは、思っていた以上に、本気で挑まなければならないようだ。
これまでの努力、逃げ出したくなるほどにキツかった走り込み、腕立て伏せ、腹筋運動、背筋運動、ダンベル、ストレッチ、その後の素振りと型の反復、スパーリング、そして、名持ちの幹部が相手をしてくれた模擬戦で傷と一緒に増やしてきた自信が今、試される。
「よしっ」
仲間のお節介に報いるべく、ゴブリンは発射のラインに立つ。
紅壱に良い所を見せたい、その思いはあるが、気負い過ぎて、失敗したら大恥だ。
仲間は、失敗した自分の事を嘲笑しないと分かっている。だが、自分自身に怒りは覚える。
いつも通りにやればいい、とゴブリンが己に言い聞かせている間に、紅壱は弧慕一へ目配せした。
頷き返した弧慕一は、磊二を手招いた。
弧慕一の言葉に、磊二は質問を返す。
駄目だ、と言う理由も特になかったので、弧慕一は「好きにしなさい、貴方の」と了承した。
ありがとうございます、と頭を下げると、早速、磊二は非戦闘員の中から、コボルドを一匹呼んで、先程のゴブリンが魔弾を当てた箇所を修復するよう、指示する。
「緊張」と呼ばれる感情は、顔の作りが犬に近くとも、濃厚に滲めば分かりやすいようだ。
上擦った声で、彼女は「了解ですコボ」と答え、標的へ近づく。
確かに、自分は村の開拓作業の合間に、地土属性の魔術のレベルを上げるべく、練習している。戦闘チームに入りたい訳ではないが、いざと言う時に、自分と友人を守る壁を即座に作りだせるくらいにはなっておきたかったからだ。
磊二に、その練習を見られているのは知っていた。アドバイスを受けた事もある。
先ほど、紅壱と彼らが手合わせした時、凸凹になった修練場の土を均したコボルドの中にも、彼女がいたのも、それが理由だ。
自分どころか、戦闘班にいるコボルドも太刀打ちできない磊二よりも優れている弧慕一が作り出した標的を直せるのか、不安が無いと言ったら嘘になる。窪んだ部分に粘土を押し込み、それを固めるだけの作業であっても。
しかし、いつまでも、弧慕一が作った標的の前に佇んでいても、時間を浪費するだけだ。
やるだけやってみるしかない。
標的に触れたコボルドは、その固さに息を飲み込む。やはり、紅壱から、最初に名を与えられ、ハイコボルドに進化した一匹だけあって、想像を絶する操地技術だ。
弧慕一への尊敬が深まった事で、不思議な事に、彼女の中から不安は霧散した。
この役目を任せてくれた磊二への感謝、この標的に傷を付けたゴブリンへの感心を胸に響かせながら、コボルドは土の中から手ごろな大きさの石を掘り出した。
「柔らかくなれコボ」
掌に乗せられた、石斧を作るには十分なサイズの石は、コボルドの魔力が注がれ、粘土となった。
彼女はそれをクレーターへ押し込み、貼りつけた。
「ちょっと足りないコボか?」
なので、彼女は同じ重さの石を粘土に変え、陥没を埋めた。そうして、表面を均したコボルドは、掌を押し当てて、「戻れコボ」と魔力を注いだ。
粘土から石へ戻ったそれは、標的にしっかりと接着ついていた。
ホッとする反面、コボルドは自分が直した部分と、傷付いていない部分を交互に触れて、明らかな差に悔しさを抱いた。
もっと腕を上げよう、と決意て、彼女は磊二の元ではなく、弧慕一の前に向かい、「終わりましたコボ」と告げた。
「ご苦労様でした」
標的に籠めている自分の魔力で、このコボルドが行った修繕は、完璧ではないにしても、わざわざ、自分が手直しするほどでもないのは把握できていた弧慕一。
やり直しを命じられたら、どうしようか、怯えていたコボルドは安堵する。
その場で腰が抜けそうになるが、どうにか耐え、彼女は、自分に負けないくらい、顔が強張っていた仲間の元へ、危うげな足取りで戻っていく。
心配にはなったが、彼女を仲間らが震えながら迎え入れていたので、大丈夫だな、と判断を下した紅壱は、ゴブリンに顔を向けた。
「いいぞ」
「はいゴブッ」
気合の入った顔の小鬼は、両手を頭上と掲げた。
一匹目より長く時間をかけ、彼の頭の上には、バレーボール大の魔力が球の形になる。
「やあっ!!」
真っ直ぐに、3m近くジャンプしたゴブリンは空中で、両手を勢いよく振り下ろした。
跳躍と腕の振りによる加速も上乗せされたからか、魔弾が標的へ向かっていくスピードは一匹目のゴブリンよりも速かった。
普段から、しっかりと体幹も鍛えていたおかげだろう、魔弾の軌道も大きくはズレず、見事に着弾する。
威力もあったようで、クレーターの直径も1cmほど勝っていた。
二匹目のゴブリンは直撃られた事にホッとしたようで、悔しそうな表情で拍手をしてくれている一匹目に、ドヤ顔を見せる余裕も戻っていないようだ。
「見事だったな」
しかし、彼も一匹目と同じく、紅壱の瞳に、これくらいで満足しちゃいられない、と間髪入れずに、気を引き締め直せる。
「次は、ボクが直して良いでしょうコボか?」
磊二は、自分から、標的の修復に名乗りを上げたコボルドに「頼みます」と頷いた。
はいっ、と一匹目のコボルドに劣らぬほどの緊張を漂わせ、彼は標的へ歩み寄っていく。
このコボルドも一匹目と同じ方法で陥没を直し、やはり、自分の力不足を噛み締めながら、弧慕一に報告し、OKを貰った。
「次は、俺だブー」
グルグルと左肩を回したオーク。
彼は胸の前で、手を横にし、それぞれの中指の先が左右の手首へくっつくように合わせてから、拳一つ分ばかり開けた空間に、魔力を集め出した。
「ぶぅぅぅ」
彼も数十秒ほど唸りながら、魔力を球状にしたが、その大きさは野球ボールほどだ。
ゴブリン達と比べて小さくしたな、と感じた紅壱は、すぐに、その理由を察した。
オークは、その魔弾を、高校の野球部ピッチャーにも見劣りしない、整ったフォームで、全力で投げたのだ。
自分の魔力量で作れる魔弾の大きさは、このサイズまで。故に、これを、どうやったら、確実に敵へ当てられるか、豚頭魔は考え、このスタイルに辿り着いたのだろう。
硬球サイズの魔弾は、ゴブリンらが標的に向かって放った魔弾よりも、スピードがあった。
軌道こそ真っ直ぐで、工夫に欠けるも、鈍重なオークに遠距離攻撃の手段はない、と温い考えから油断していた人間の術者には、確実に、ぶち直撃られるだろう。
着弾音は小さく、クレーターも狭かったが、標的を抉った深さは断トツだった。また、魔弾には回転も、しっかりとかけられていたようで、陥没の表面には、うっすらとだが渦が出来ている。
「・・・やるな」
おっすブー、と頭を振り下ろしたオークも、紅壱の期待に、自分がまだまだ届かなかったと知る。だが、彼もまた、「次こそは」と鼻息を荒く出来た。
すぐさま、三匹目のコボルドが率先して、標的の修繕へ取り掛かる。
彼女は一匹目、二匹目とは違い、地面に転がっている十数個の石を魔力で浮かせ、陥没痕へパズルのピースのように高速ではめていく。
石のサイズや標的に当たる音から、攻撃力が乏しいのは明らかだが、この数を同時に操作し、なおかつ、隙間に合う一つを的確に選ぶ判断力は優良れていた。
隙間なく埋まった石の表面を、コボルドは地土属性の茶色い魔力で覆った掌で一撫でした。すると、石片は一つとなり、どこが凹んでいたか、一瞬では看破できなくなった。
「上手いな、あのコボルド」
「感服したでゴザル」
幹部らの褒め言葉は耳に入っていたが、同種だからこそ、彼女もまた、弧慕一が魔力をどれほど濃く練っているのか、触れるだけで理解できてしまう、いやでも。
皆は、小石を操った事に驚いてくれたが、自信家である彼女は、本当は、標的に触れ、直で魔力を流し込む事で、表面を元通りにしよう、と企んでいた。
けれど、触れる前から、その驕りは呆気なく、萎んでしまった。
標的のサイズは、せいぜいが、オークと変わらぬのに、そこから発せられるプレッシャーは凄まじい。
彼女の目には、その標的が、上も横も見えないほどに巨大な壁と映った。
これほどの圧力がある魔力で作った石作りの標的に、己の魔力全てを注ぎ込んだって、元通りにする事はおろか、1cm四方すら戻せぬ、と判断したからこそ、このコボルドは小石を操作して修繕する手段にスイッチしたのだ。
壁に背を向けて逃げたにも関わらず、褒められている己が滑稽だったのか、コボルドの笑顔は苦しそうであった。
そんな彼女の辛さが理解できるのだろう、迎え入れたコボルドらは無言で肩を叩いたり、背を撫でてやった。
涙は溢れたが、頬を伝わせなかったのは、彼女が「負けない」と、折れかけていた自信を立て直したからか。
彼女の成長に期待しつつ、紅壱は四匹目に目をやった。
必要な知識を持っていなかった紅壱は、ゴブリンの魔弾に物足りなさを覚えてしまう。
彼を満足させられる魔弾を撃てなかったゴブリンはショックを受けるも、これからも努力し、必ず、主に褒められるだけの実力を得る、と決意した。
友人が一皮剥けたのを感じた、他の魔属らも気合が入る一方で、弧慕一が作った石製の標的を修繕していたコボルドらも実力差に打ちひしがれたが、それでも、次は必ず、と気合を昂らせた。
果たして、残る二匹は、どんな魔弾を撃つのか・・・