第百八十六話 様式(style) 紅壱、自分の魔術師としてのスタイルを、どのようなものにするか、悩む
弧慕一に頼んでいた、自らの魔力を引き出す儀式の準備を待つ間、若手らの成長度合いを確認していた紅壱
妖精に「有翅」の名を与えて、ハイフェアリーへ進化させ、ゴブリン小僧に左ストレートを教えるなど、手応えをしっかりと感じて、紅壱はアルシエルへの帰路についていた
その道中で戻ってきた剛力恋と林二、続いて、吾武一らにも有翅を紹介する
有翅は、吾武一らが自身の進化を喜んでくれた事に嬉しさを噛み締め、これからも、強くなろう、と決意する
一方で、紅壱は、弧慕一に無理をさせた事を反省しつつ、魔力を使えるようになる事にワクワクするのだった
問題があるとするなら、瑛を、どうサポートするか、だけだ。
弧慕一が考えた方法が失敗するとは、微塵も思っていない紅壱が心配なのは、瑛の支え方だ。
超攻撃的《ガンガン行こうぜ》、そう評しても良いほどに、瑛は単騎で、最前に出て刀を振り、火球を撃ちまくる。
そんな彼女をサポートするとなったら、生半可な実力とやり方では温い。
誰かを守るためなら、自分が傷付く事も厭わない彼女を守る、その為に取るべき方法を、紅壱は三つ、考えていた。
一つは、瑛と同じように、自らも攻撃タイプの魔術を重点的に覚える。
一つは、瑛の攻撃が当たるように、彼女の攻撃力を上げる、もしくは、標的の防御力ないしは機動力を低下させる魔術を優先して覚える。
一つは、相手の攻撃が当たろうとも、致命傷にならねば、それでいい、と気にしない瑛を守れる盾、壁を作り出せる魔術を率先して覚える。
(理想としちゃ、攻撃も補助も防御も出来るようになりたい)
いや、ならなきゃいけないのか、と紅壱は己の甘えを殴りつけた。
アバドンを復活させたい、瑛と一緒に戦いたい、そして、このアルシエルの王で在り続けたい、その強欲を貫き通したいのであれば、出来ない事があってはならない。
時間は有限だ。となると、やはり、無理をさせてしまった弧慕一には申し訳ないが、今しばらく、もうひと踏ん張りしてもらうしかなさそうだった。
弧慕一に心中で詫びながら、紅壱は用意された王座に向かい、腰を落とす。
今日の昼食は、コーンピラフと、兎肉のオニオンソース焼き、キャベツとツナのブイヨン煮、ブロッコリーのガーリック炒めのようだ。
しっかりと、味、色合い、栄養バランスが考えられており、紅壱は食々菜が調理人として、確実に成長している事を感じられた。
「よし、皆、手は洗ってきたな」
「洗ってきました!」と、この場に集まっている住魔は、吾武一の確認に返事をする。来ていないのは、この時間帯の周囲巡回を担当している者であり、彼らは、調理班から握り飯と大根の醤油漬けを作って貰っていた。
紅壱は、吾武一へ、「ちょっと、いいか」と声をかける。当然だが、吾武一は紅壱からの頼みを断ったりなどしない。
どうぞ、と笑みを浮かべた吾武一に礼を告げ、立ち上がった紅壱は集まっている住魔を見渡した。自然と、住魔らは彼の方を見て、言葉を待つ。
「皆、腹が減っているだろうが、少し、時間をくれ」
彼に手招きされた有翅は、慌てて、口から垂れそうになっていた涎を拭くと、彼の元へ飛んでいく。
「彼女は、有翅。
見て判るだろうが、俺に名付けされた妖精だ。
一応、挨拶してもらおうと思う」
唐突なフリに、有翅は仰天した。だが、紅壱の言う事は尤もだし、このアルシエルと友達を守るために戦いへ、この大きくはない身を投じる覚悟を示す為にも、挨拶はしっかりとしておくべきだ、と納得した。
「あえて、はじめまして、と言わせてください」
この昼飯前まで、大半の住魔が、妖精を紅壱の為に、一緒に戦える仲間と認めながらも、彼女の声は聞いた事がなかった。だから、有翅が、自分達の手と変わらぬサイズでありながら、一帯に響く声を出したので驚かされた。
臍、そこを意識して発声している事もあるだろうが、どうやら、有翅は魔術で声量を大きくし、皆の耳へ届くようにしているようだ。
「今日、アタシはコオイチ様から、有翅と言う名前を貰い、ハイフェアリーに進化できました」
皆は、友人が紅壱から名前を貰えた事を祝福する拍手を贈る。そこには、一切の嫉妬もなかった。
それが感じ取れたのだろう、有翅は嬉しさとありがたさで涙ぐみ、言葉も詰まりそうになる。
それでも、この時間を用意してくれた紅壱の顔へ泥は塗れない。だから、ぐっと堪え、彼女は自己紹介を続けた。
「格好はありがたいことに変化し、強くもなれました。
けれど、アタシはアタシのままです。
皆さんの友達として、これからも、コオイチ様が守りたい、この場所の為に、戦っていきます。
どうか、よろしくお願いします」
そうして、有翅は深々と頭を下げ、改めて、自分をアルシエルの一員として迎え入れてくれる事を願った。
もちろん、住魔らの答えは決まっていた。
「当たり前ゴブ」
「有翅さん、これからも、よろしくブー」
「俺達も頑張るボル」
「負けちゃいられんホネ」
「ありがとうございますッッ」
もう限界だったのか、泣き出してしまった有翅。だが、彼女は笑顔をそのまま浮かべ、「ありがとうございます」と繰り返しながら、幾度も頭を下げた。
「良かったな」
戻ってきた有翅の頭を、紅壱は優しい指付きで撫でる。
「はいっ」
紅壱の人差し指に頭を撫でられ、有翅はご満悦だ。
そんな彼女へ、紅壱は釘を刺す。
「期待はしている。
俺の為に、村の為に戦ってくれる事も嬉しい。
けどな、俺はお前に、『死ね』なんて命令を下すつもりはない。
自分の身しか守る余裕がなかったら、躊躇うな。自分を優先しろ」
「・・・・・・はい」
己の命と自分にとって大切な場所、それを天秤にかけた時、自分を選ぶ覚悟は、まだ、有翅は持っていないのか、頷きながらも、不安げな表情になっていた。
戸惑っている彼女を励ますように、紅壱は有翅の頬を指でチョンと突く。
「まぁ、そもそも、そんな状況にお前らを追い込まないよう、俺がいるんだけどな。
俺の仕事は、お前らが笑顔で暮らせるよう、真っ先に敵をブッ倒す事だからよ。
その為にも、魔術は使えるようにならないと、だな」
その言葉で、有翅は吾武一らの苦労を察した。
紅壱が、自分達を守るために戦う、その為に強くなろうとしてくれている事は、純粋に嬉しい。けれど、同じく、己の力不足も痛感させられてしまう。
紅壱を戦いに赴かせない、それは、どうしたって無理だ。
であるならば、自分も共に同じ場で戦うしかない。
共に同じ場で戦うには、強くならねばならない。
そこで、彼の足を引っ張らないためには、もっと、強くなるしかない。
「いただきます」
「いただきますッ」
皆、この昼食を楽しみに、午前中の仕事に励んでいたのだろう、勢いが凄い。
「腕を上げたな、また」
コーンピラフを三口ほど食べた紅壱の賛辞に、「ありがとうございます」と、食々菜は小さく頭を下げたのみ。
けれど、皆、分かっている。彼女の態度が素っ気ないのは、紅壱に褒められたのが、本当に嬉しいために、却って、その感情が表に出ないよう、自制心をフル稼働させているからだ、と。
「材料は、紅壱様があちら側で購入してきてくださった物ですし、フライパンなども同じです。
それに、ゴブリンの皆さんが作ってくださった竈も、使いやすいですから」
ありがとうございます、と食々菜は竈を作ってくれた小鬼らに礼を告げる。
ゴブリン達は、紅壱のアドバイスに従い、積んだ石の隙間を草が混じった粘土で埋める事で、竈の強度を補強したようだ。
しかし、この竈は、まだ、改良の余地がある。と言うより、改善しないと、空気の取り込みが足りず、不完全燃焼を起こし、一酸化炭素が発生しやすくなってしまう。いくら、人間よりも基本能力が、魔属の方が優れていると言っても、中毒にならない訳ではない。
住魔らの生活を安全な物にする為にも、自分が、その手の知識を図書館やネットで集め、作り方を指南できるようにならねばならない、と紅壱は己の負う責任感の重さを感じた。
並みの男であれば、顔色が冴えなくなるだろうが、桁違いである紅壱は楽しそうに笑うのだ。
「どうかなさいましたか」
「飯が美味けりゃ、つい、笑っちまうさ」
「!! きょ、恐縮です」
最終的には、人間界のキッチンに置かれる、ガスコンロのような形状にしたい、と考えつつ、紅壱は兎肉を咀嚼する。
人間界の森で罠にかけた兎の肉よりも、旨味を感じるのは、自分が魔王をその身に宿している影響を受けているからか、それとも、こちらの兎が自分で狩りを始めるようになった、経験値の浅いゴブリンくらい、逆に倒せるほどの実力があるからか。
どちらの理由にしても、美味しいならば、それで問題はない。また、食々菜が、その味を引き出せる調理技術を体得しつつあるなら、美味しい事尽くめなので、難しく考える気にもならない。
ゴクリ、と兎肉を紅壱が飲み込んだのを見計らい、吾武一が距離を寄せてきた。
「お食事中に、申し訳ありません。
報告を今、よろしいでしょうか」
「あぁ、構わないぜ」
口許についたソースを親指で拭った紅壱は、傅く吾武一へ悠然と頷く。彼の口元へハンカチを持った手を伸ばそうとしていた食々菜は、残念そうな表情で手を引いた。
彼女に、心中で詫びてから、吾武一は紅壱が今日、来るまでにあった事の報告を始めた。
「昨日ですが、他所のゴブリンが二匹、ここへ侵入しようとしました。
幸い、影陰忍の仕掛けていたトラップに引っ掛かり、警告音が鳴ったので、巡回していたオーク1体とスケルトン2体が、すぐに駆け付け、侵入は未然に防げました」
「そりゃ、良かった。取り押さえる時、誰も怪我をしていないな」
「余所者のゴブリンが必死に抵抗しましたが、こちらは擦り傷と打撲程度で済みました。
日々の訓練が活きていますので、これからも、精進してまいります」
頷いた紅壱は、鞄に手を伸ばそうとした。すると、彼の行動を予測でいたのか、食々菜が既に鞄を持ち、そこに待機していた。
「おぅ、サンキュー、食々菜」
紅壱に笑顔を向けられただけでなく、お礼まで言われ、食々菜は歓喜で失神そうになる。けれど、グッと耐えた彼女は「どうぞ」と、紅壱へ鞄を差し出す。
これまで、瑛と共に街を巡回し、何匹かの下級怪異を討伐した過程で、紅壱は彼女の戦い方を、ある程度まで把握できていた
総合的な戦闘力が高い事もあってか、瑛はチームリーダーでありながら、自身が積極的に前に出て、攻撃するタイプであった
まさか、瑛が自分に惚れていて、危ない目に遭わせたくないから、紅壱より先に手が出てしまっているとは露も思っていない彼は、瑛の隣で戦うには、どのような魔術師となるべきか、考えを巡らせていた
昼食を皆で食べる前に、紅壱はアルシエルの住魔へ、有翅を改めて紹介する
当然、アルシエルの住魔らは有翅を歓迎し、頑張れば名前を与えて貰えるんだ、と希望を抱くのだった
食々菜の作ったものを食べながら、紅壱は吾武一から、他所の集落のゴブリンが村に侵入しようとしたので、生け捕りにした、と報告を受ける