第百七十六話 毒粉(poison powder) 紅壱は、妖精の毒粉を警戒する
自身の魔力を自在に扱えるようになる準備が済むまで、若手幹部らの実力を確認していた紅壱
一悶着はあったにしろ、彼と林二らの絆はしっかりと強さを増した
もう少し、時間がありそうだったので、紅壱は次の挑戦者を求む
次は私がやりたい、と剛力恋らの前に出て、スパーリングを求めたのは妖精
紅壱の力になるべく、彼女はこっそり、小動物の魔獣や魔虫を相手に取って、修行をし、その実力を高めていた
紅壱は、特に、面と向かって命令していた訳でもなかったのだが、翠玉丸達は、自分達の食事は自分で狩っている。
一方で、吾武一らは、アルシエルから少し離れたエリアに棲息し、今の自分達の手に負えない強さの魔獣を狩り、同時に、他の怪異に睨みを利かせ、アルシエルに接近づいてこないよう、威嚇してくれている翠玉丸達に、感謝の印として、その日に狩った一番の大物を献上していた。
自分達の分は自力で賄えるとは言え、感謝から差し出された物を無碍にするのも失礼なので、翠玉丸らは礼を述べ、献上された肉も食べているようだ。
そんな翠玉丸らは、妖精がほぼ毎日のように、ラビットやラクーンドッグ、毒を持つ魔虫を自分達に持ってきていたのだ、何かあると勘付き、彼女の単独での努力も察していたはずである。
しかし、彼女のプライドを慮ったのか、それとも、紅壱が驚くところを見たかったのか、口は噤んでいたようだ。
それを証明するように、先程から、何度か、紅壱は呼びかけているのだが、翠玉丸らは無反応だ。あえて、聞こえないフリ、気付かないフリをしているのは、主従契約を結んでいる紅壱には丸分かりである。
(それを、あいつらが知らないって事はねぇだろうに)
とは言え、翠玉丸らを叱責する気はなかった、紅壱に。
彼女らの意図は分からないにしろ、妖精のレベルが著しく上昇していた事に、動揺してしまった以上、自分の負けだ。なのに、報告しなかった事を詰問するのは、滑稽でしかない。
(レベルもここまで上げて、新しいスキルも得てるってんなら、戦ってみても大丈夫か)
恐らく、いや、間違いなく、妖精は物理攻撃ではなく、相手の手足が届かない遠距離から魔術を連写してくる、もしくは、後方に位置して仲間を支援するスタイルだろう。
先程の、磊二との戦いとは異なった、魔術に対する学習が叶いそうだ。
(警戒すべきは、麻痺毒粉か)
毒を持つ魔虫を修行相手にして、レベルをコツコツ上げていたからなのか、それとも、毒に対する耐性を得る為に、魔虫の一部を本当に食していたからなのか、そこは定かでないが、妖精は背の翅から毒粉を出せるようになっているようだ。
さすがに、ステータスのスキル欄を見ただけでは、どれほどの毒性なのか、は判断らない。
カカシに鍛えられたおかげもあって、ある程度の耐性は、紅壱も備えている。ただ、効きづらいのは、あくまで、人間界の毒だ。
妖精が生成する毒が、自分の肉体に、どのような悪影響を及ぼすか、正確に判断できない。
だからこそ、闘う価値がある、と笑った紅壱が「よし、やるか」と、妖精からの挑戦状を受け取ろうとしたタイミングだった。
「ちょっと待つゴブ!!」
森の名から飛び出てきた、茶色味がかった緑色の影が割り込んで来たのは。
「何だ、お前か」
ゴブリン小僧の気配が近づいてきているのは、とっくに察知していた紅壱は、あからさまにビックリする事はなかったが、彼が単独でなかった事に関しては、小首が傾いた。
「そいつらは・・・」
「オイラの仲間ですゴブ!!」
ドヤ顔で、ゴブリン小僧は自分と共に、ここへ駆け付けた仲間を両手で示す。
一匹は、オーク。肌の色は一般的な黄色だが、左の頬に四本の引っ掻き傷がある。
一匹は、コボルド。毛色は灰白で、顔つきがチワワに近いが、背は最も高かった。
一匹は、スケルトン。ただ、よれよれの灰色ローブを被り、顔の上半分を布で隠している。
「オイラ一匹じゃ、タツヒメ様には敵わないから、一緒に戦ってくれる仲間を集めたんだゴブっ。
皆、強いし、チームワークも完璧なんだゴブッ」
いつの間にか、リーダーとしての貫禄や自信、または、責任感も育ったのか、ゴブリン小僧は仲間に全幅の信頼を寄せているようだ。そんなゴブリン小僧の、自分達の事を積極に紅壱へアピールする姿に、オークらがはにかんだ。
「タツヒメ様、オイラのチームと勝負だゴブッッ」
「!!」
「お前らとも、か」
チームを作って、自分に挑んできても良い、と告げたのは自分なので、ゴブリン小僧が仲間連れである事は、特に問題が見当たらない。
あるとしたら、妖精が先に名乗りを上げている事くらいだ。
ギョッとしていた妖精は、すぐに揺さぶられた気持ちを通常状態まで戻すなり、ゴブリン小僧らの前に立ちはだかった。
「ちょ、妖精に用はないゴブ」
ゴブリン小僧は狼狽えながらも、暴力には頼らず、話し合いで解決しようとしているようだ。
しかし、妖精は彼らに道は譲らず、更にゴブリン小僧へ迫り、「先に、王様へ戦って、とお願いしたのは自分だ」と告げる。
「オイラ達は、妖精さん、アンタが来る前より、紅壱様の配下になっているゴブ。
だから、先輩に順番を譲るべきだゴブ」
若干の無理矢理感はあるにしても、ゴブリン小僧の発言は筋が通ってしまっている。
「別に、お前らと立て続けに戦ってもいいぞ、俺は」
しかし、妖精とゴブリン小僧には、そんな事すら関係ない。
戦ってくれる、紅壱の言葉と気遣いは嬉しい。
しかしながら、彼らが大事にしたい、我を通したいのは、順番だ。
紅壱が、連戦したくらいで疲れないのも承知である。
だからこそ、自分が先に戦いたい、コイツの次は嫌だ、と考えが被ってしまったようだ。
ジャンケンして決めろ、と言った所で納得しないのは、二人の目で察せる。
困っちまったな、紅壱が渋い表情で頭を掻くと、骸二が助け船を出した。
「そもそも、お前、いや、お前らか、タツヒメ様と戦う資格があるのか?
少なくとも、俺はお前らに許可を出していないぞ」
ゴブリン小僧らに指を突き付けた骸二の言葉に、他の名持ちの幹部も首を縦に振った。
「つまり、ここにいる奴は、お前らが、まだ、俺と戦える強さに達しているか、どうか
を確かめていない訳だ。
そうなると、吾武一達も違うな」
消去法で考えると、残っているのは食々菜だが、彼女にしても、ゴブリン小僧が単独で、紅壱と戦う事には良い顔はしないはずだ。
仲間の身を案じる、それもあるだろうが、食々菜は低レベルの者が、紅壱へ無謀どころか浅慮な挑戦をする、と知ったら止めるだろう、言葉ではなく、腕力で。
紅壱との手合わせへ積極的に参加しないだけで、食々菜は弱小の魔属ではない。
名が与えられている、それもあるが、彼女は彼女で、レベルを上げる努力も怠っていないのだろう。
名無しの魔属や、レベルの低い魔獣くらいなら、単独でも圧倒できるだけの強さは、既に備わっているようだった。
もっとも、ゴブリン小僧だって、弱いままではない。
確かに、名持ちの幹部と比較すれば、実力に差は付けられてしまっている。
しかし、名無しの魔属の中では、頭一つ分が抜け出ているのも事実だ。
彼の背後ろにいる、オーク、コボルド、スケルトンもレベルは低くない。全員が50前後であり、ソロやペアでは厳しいにしても、チームとして挑み、各々が役目を全うすれば、紅壱が相手でも、それなりには見るに値する戦いにはなりそうだった。
それが解かるからこそ、妖精は先手をゴブリン小僧に譲りたくないらしい。
「幹部の許可が出てないなら、タツヒメ様と手合わせさせるわけにはいきませんね」
磊二の言葉に対し、一歩、前に出たのはスケルトンだった。
スケルトンはおもむろに、拳を前に出す。
開かれた手の上には、透明の玉が乗っていた。
全員が不思議そうな顔をすると、スケルトンは、その玉を握り潰す。
パリンッ、と割れる音の後に、何者かの声が全員に聞こえた。
『タツヒメ様と戦いたい?
いいっすよ。私が許すっす!!
ドーンッとぶつかって、ガーンッと負かされるっす。
そんで、もっと成長するっす』
剛力恋の声だった、どう聞いても。そして、声の調子からして、ひどく酔っ払っているようだった、彼女は。
狩ってきていたラビットなどを、妖精は翠玉丸らに食べて貰い、自分の努力を妖精は隠していた
ほぼ毎日のように、毒を持つ虫を、その苦みと臭さ、最悪の食感に耐えながら食べ続けていた妖精は、背の翅から毒性を持つ鱗粉を撒き散らせるようになっていた
妖精が、紅壱へ挑もうとした時、そこへ仲間を集めたゴブリン小僧が飛び出してきた
先に、紅壱と戦ってもらうのは自分だ、とお互いに一歩も引かない妖精と小鬼
そんな折、骸二は、誰に、紅壱へ挑戦する許可を貰ったのか、を気にする
おもむろにスケルトン小僧が取り出した空気の塊には、ベロベロに酔っぱらっている剛力恋が許可を出した時の声が・・・・・・