第百七十四話 適性(aptitude) 剛力恋ら、紅壱の魔力適性は何か、で盛り上がる
弧慕一の準備が済むまでの間、紅壱は若手の成長を確認する事に
磊二、剛力恋、完二の三匹に完敗の味を舐めさせた後、紅壱は魔術を使えるようになるのはロマンなのだから、今の強さに驕らず、会得する努力は怠らない、と言い切る
彼の意識の高さに敬意を抱きつつ、剛力恋らは一抹の不安を抱く、魔術を使えるようになったら、この王は単身で危険な戦いへ飛び込んでいくのでは、と
痛い所を突かれそうになった紅壱は大慌てで、トイレに行ってくる、とその場から離脱する
磊二らが作ってくれたトイレには、脱臭と防疫を兼ね、スライムが底に置かれていたのだが、紅壱はそれを知らず、小便を思いきり、スライムにかけてしまった
紅壱がトイレで用を足していたころ・・・
「うーん」
いつになく、険しい面持ちの剛力恋は腕を組んで、低く唸っていた。
「どうした、剛力恋」と、林二は眉を顰めた、心配そうに。
「腹でも痛いのか」
完二も心配そうな表情を浮かべ、剛力恋を見やった。
「食々菜さん達が作った料理が、悪くなっていたはずはないですけど」と、磊二は首を傾げた。
「地面に落ちている物でも食べたか?」と、骸二は呆れ気味に尋ねた。
「それか、肉を生焼けで食べた?」
心配半分、揶揄半分で確認したのは彗慧骨だ。
「下痢止めの薬草、あるでござるよ」と、ウェストポーチを影陰忍は弄った。
「いや、いや、どうして、アタシが腹痛になっている感じで、話が進んじゃってるっすか」
剛力恋が不機嫌になるのは当然と言えたが、林二はしれっと言い返す。
「・・・・・普段の行いじゃないか」
「体を強くするために食べるのは良いが、俺ら、オーク族くらい、大量に食べるからな、お前は」
遠慮のない完二に苦笑しつつ、磊二はさりげなく、フォローを入れる。だが、それを台無しにするのは、骸二だ。
「それだけ、真面目に鍛えているからでしょう」
「しかし、あの食べ方は見ているだけで胸焼けがするぞ」
「骸二殿、焼ける胸もないでござる」
影陰忍としては、面白い事を言ったつもりではなかったのだが、彗慧骨には効いたらしい。
「ブフッ」
「・・・・・・彗慧骨嬢は、笑いのツボが独特でござるな」
小刻みに震えて、笑いを噛み殺している親友に、影陰忍は当惑してしまう。
「冗談はさておき、何を唸っているんだ? 悩みなら聞くぞ」
若手のリーダーとしての意識が芽生えており、また、剛力恋に好意を抱いている林二は咳払いを一つしてから、話を促す。
「ありがとっす、林兄ぃ。
ちょっと、王様の事で思う事があるっすよ」
剛力恋の発言に、骸二は不快そうに口の中の炎を揺らめかせる。
「くどいぞ。
ボスが最前線で戦うのであれば、我らが共に戦えるよう、努力すればいいだけではないか」
「いや、それはアタシも納得してるっすよ、骸兄ぃ」
「何が気懸りなんですか?」
磊二の問いに、剛力恋は村の方を見る。
「王様は、魔力の使い方を弧慕一さんに教わろうとしているっすよね」
「恐らくは、今日にでも学ぶでござるな」
「きっと、そうね。
弧慕一様は、今朝、『出来たッ』と言っていたから」
影陰忍と彗慧骨の二匹が頷くと、剛力恋はピッと人差し指を立てる。
「そこっすよ」
「そこ?」と、林二は訝しげに聞き返す。
「王様が弧慕一様に魔力の使い方を教えて貰う、それは、つまり、魔術が使えるようになるってことっすよね」
その言葉に頷いた完二は、剛力恋の真意を疑う。
「そうだな。まさか、お前、本当に、王に勝てなくなるから、邪魔しようとしていないだろうな」
「そうなら、俺らは全力で止めるぞ」
猪くらいなら逃げていくほどの殺気を飛ばしてくる完二と骸二に、剛力恋はちょっとだけ焦りを滲ませ、右手を横に振った。
「そんな訳ないっすから。
さっきは、王様が、王様なのに敵へ、最初に突っ込んで行きそうだから、不安になっただけっす。
むしろ、アタシは王様が魔術師としても強くなるのは大歓迎っす」
「俺もだな。越える壁は高く、厚く、堅い方が良い」
剛力恋と意見が一致したのが嬉しいのか、林二の真顔は、いつもよりも圧が強かった。
「右に同じでござるな」
「影陰忍さん、それ、左で言ってもダメよ」
「でも、王様だって、いきなり、魔術師として凄い訳じゃないと思うっすよ、アタシは」
剛力恋が堂々とした態度でした指摘に、完二らは肯定の頷きを繰り返す。
「まぁ、そうだな。
あれだけの量だからな、魔力が。魔弾一発を撃つにしても、繊細なコントロール力が必要になる」
「魔力は、量が多いほどにコントロールが難しく、暴走しやすい。
弧慕一様であれば、その辺りも考えているだろう。
しかし、剛力恋、お前は何が言いたいんだ?」
「王様が魔術の練習をするなら、アタシ達も、それに参加が出来るっす」
「そう言えば、そうですね。
けれど、それが、どうしたんですか」
話が見えてこず、戸惑っている磊二に、剛力恋は「チッチッ」と指を振った。
「鈍いっすね、意外に、磊兄ぃも」
「・・・・・・あー、なるほどね」
鈍い、と言われて、ムッとした磊二を他所に、彗慧骨は手を打つ。
「おや、彗慧骨嬢は分かったんでござるか」
「剛力恋さん、貴女、適性属性の事を言っているのね」
「!!」
「ッッッ」
「なるほど」
「そうっす。
王様の適性属性、それで一緒に練習できるチャンスが多いか、少ないか、決まるっす」
「それは、失念していましたね」
魔術師である自分が真っ先に気付くべき事案をスルーしてしまっていたのが、よほど悔しいのか、磊二の表情は険しい。自制心をフルに働かせ、地団太を踏むのは堪えているようだが、歯軋りは漏れていた。
「王の適性属性、か」
林二の呟きに、完二は己の右拳に錬金属性を示す黄色の魔力を集める。ギュンッ、と魔力が凝縮すると、完二の右拳は鉄拳と化した。
「俺は錬金だが、王様は違う気がするな」
「地土属性の適正値が高いのであれば、私が教える事も可能では」
「火炎属性だったら、アドバイスが貰えるか」
「拙者は、上様の性格からして、雷電だと思うでござる」
「いえ、思考が柔軟だし、疾風か流水の方が、相性は良さそうよ」
「どれも有り得るな。
剛力恋、言い出しっぺのお前はどう思う?
火炎、流水、樹木、錬金、地土、疾風、雷電、氷凍、明光、暗闇、どの属性が、我らが王の適性属性だと思っているんだ」
「性格は捻くれていないし、陰気でもないから、暗闇は可能性として低そうだな」
完二の言葉に、剛力恋を除くメンバーは「確かに」と、首を縦に振る。
「このアルシエルの事を考えるなら、防衛力の強化が出来る地土属性。
もしくは、まだ、誰も発現していない、今後も発現する可能性が低い氷凍属性を、王様が使えるのであれば、心強いでしょう」
「アタシは・・・」
「何だと思うでござる?」
「剛力恋さんは、確か、雷電よね。
なら、お揃いが良いんじゃない?」
「全部だと思うっす」
「全部!?」
剛力恋の大胆な予想に、全員が目を剥く。骸二には眼球がないが、眼窩の中にある火は驚きで揺らめいていた。
「それは、さすがに」
「何を根拠に」
「根拠って言えるほど、大したものじゃないっすけど・・・・・・あの王様なんすよ、全部の属性が満遍なく使えちゃっても、全く不思議じゃないっす。
それに、全部の属性の相性値が高ければ、全員に公平なチャンスが出来るっす」
ドヤ顔で言う剛力恋の、乱暴な、いくらか、己の願望も混じった推測に対し、誰もが「有り得ない」と一蹴しようとする。
けれど、一瞬で生じた逡巡と戦慄が、剛力恋へぶつける叱咤を口から出させなかった。
あれほどまでに規格外で、強さの底も視えず、成長の限界も天井知らずである紅壱ならば、全ての属性と相性が良くても、何ら、不思議ではない。むしろ、一つに偏っている方が違和感がないだろうか。
皆の心中に、「もしかして」が生じたタイミングだった、紅壱がスッキリとした面持ちで戻ってきたのは。
「おかえりなさいませ」
「どうでしたでしょうか、トイレの出来は」
「悪くないな。
後で、作った奴らを労いたいから、誰か、教えてくれ」
「急務の改善点がある、と言うことですか」
林二の鋭い読みに、紅壱は苦笑し、「そこまで大袈裟じゃないが、直してほしいトコはあるな」と正直に告げた。
「磊二、水脈は見つかってるのか」
「はい。
しかし、地盤は固く、そこを突破するには、まだ、アルシエルの名を持たぬコボルドはレベル不足でして、井戸は、まだ掘れません」
「今、料理や洗濯に使う水は、どうしてるんだ?」
「料理は川から水を汲んできます。
水で満たした甕を運ぶのも、十分なトレーニングになります。
また、王様からリヤカーなる、便利な物を賜りましたので、非力な者でも力を合わせ、引っ張る事で十個程度の水瓶を村に持ち帰ってこられます」
林二からの感謝の言葉に、「役に立っているなら、こっちもありがたい」と紅壱は照れ臭そうだ。
「もう二つ、三つ、リヤカーを調達すれば、水運びも楽か?」
「いえ、さすがに、そこまでしていただく必要は。
現在、志願した、樹木や錬鉄の魔術を得意とする住魔が、賜ったリヤカーを手本に、新たな物を製作中です」
「そりゃ、楽しみだ。洗濯はキツいか?」
「キツくない、と言ったら、嘘になりますが、皆、文句も言わずに励んでくれています」
「村と川を繋ぐ水路作りは、順調なのか」
「正直なとこ、大変っすね。
王様が鍬やショベルをくれたから、前よりは楽っすよ、確かに。
川に向かって、ちゃんと正しく掘れているか、そこも、空から風巻丸さんが見て、教えてくれるから大丈夫っす。
けど、やっぱり、かなりの距離があるから楽じゃないっす」
「そうか・・・」
魔力を少しでも早く扱えるようにならねば、と一人で頷いた紅壱は、その問題を心の中の棚へ戻すと、頭を切り替えた。
「さて、もう一戦くらいなら出来る時間があるな」
全員が手を挙げようとした、その瞬間に、紅壱の前へと飛び出してきたのが、妖精であった。
スライムが、紅壱の小便を全身に浴びていたころ、その場で待機していた剛力恋ら
何か悩んでいる様子の剛力恋を、皆は心配する
一体、剛力恋は何を悩んでいたのか、と言うと、紅壱の魔力は、どの属性なのか、を考えていたようだ
剛力恋の言葉をきっかけに、皆は紅壱の適性を予想するのだが、剛力恋は、これほどまでに凄い紅壱なら、全ての属性魔術を使えても不思議じゃない、と断言する
荒唐無稽すぎるが、紅壱ならば、有り得ない話じゃない、と皆が納得したころ、紅壱は戻ってきた
次に、紅壱へ挑んだのは・・・妖精であった