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とある生徒会長の本音は日誌だけが知っている  作者: 『黒狗』の優樹
紅壱は、若手の成長を確認する
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第百六十九話 実演(demonstrate) 紅壱、剛力恋に求められ、『孤雲』を実演する

弧慕一に、自分が魔術を使えるようにするための準備を頼んだ紅壱

待っている間、何もしないのもマヌケなので、彼は若手らの実力が、どれほど育っているか、確かめてみることに

落とし穴を事前に掘っておくも通じなかった磊二に続き、完二と剛力恋が即席ペアを組み、紅壱へ挑戦する

息の合った猛攻を仕掛けるも、紅壱との差は埋めきれず、二匹は完敗してしまうのだった

長所である力だけではなく、知識も蓄えろ、と紅壱は完二へアドバイスを送り、剛力恋には新たな打撃技を伝授する事にする

 「林二、もう一回、同じように持て」


 ぎこちなく、首を縦に振った林二が、紅壱に言われた通り、木と石、二枚の板を構えたので、つい、剛力恋は声を荒げてしまった。この場に、吾武一がいなくて、気が緩んでいたのもあるのだろう。


 「ちょっと、タツヒメ様、アタシに何をさせたいんっすか!?

 アタシは、さっき、アタシをぶっ倒した技を教えて欲しいだけっすよ。

 早く、教えてほしいっす」

 

 「? いや、だから、今、教えてるだろ」


 「・・・・・・そ、そうなんすか?」


 ジト目の紅壱から呆れ気味に見返されてしまい、剛力恋は罰の悪い思いとなる。紅壱当人は、裸眼の時の方が目付きは悪い、と思っているが、実の所、眼鏡をかけている時の方が、相手に緊張を強いているのだ。


 「えっと、じゃあ、もう一回、この二枚を割ればいいっすか?

 それとも、パンチの打ち方を変えた方がいいっすか?」


 「違う」と、紅壱が無表情で、首を横に振ったので、剛力恋は握った拳の突き出す先を見失ってしまう。


 「割るのは、石板だけだ」


 「あ、じゃあ、なら、林兄ぃ、石板の方をこっちに向けて欲しいっす」


 後ろの木の板を割らないようにするのは、魔術で強化した肉体を精密にコントロールするのが今だに苦手な自分にとって、かなり難しい。しかし、紅壱に技を教えて貰うには、これが出来なければならない。

 やってみよう、そんな剛力恋のやる気に水を差した、怖い物知らずは、当然ながら、紅壱だ。


 「おい、剛力恋、お前、俺の言った事をちゃんと聞いてたのか」


 「え」


 狼狽えたのは、剛力恋だけではなく、彼女に言われた通りに、二枚の板の表裏を返そうとしていた林二も同様だった。


 「俺は、石板だけ(・・)割ってみろ、と言ったんだ」


 「だから、石板だけ割るために、表の方を石板にしようとしてるんじゃないっすか、タツヒメ様」


 弱々しき声で反論してきた剛力恋に、紅壱は眉を顰めるでもなかったが、ほんの一瞬だけ呆けた後に、自分の言い方が悪かったのか、と省みたようだ。コン、と己の額を指で打った。


 「あー、言葉が足りなかったな。悪ぃ。

 表側になってる木の板は割らないで、裏の石板だけ割れ、って言いたかったんだ」


 「は!?」


 仰天したのは、その場にいた魔属たちだ。


 「そんなの不可能に決まってる」


 「木の板を打つのに、それは割らず、石板だけ割るなど、無理難題でござる」


 「絶対、どちらも割れてしまうぞ」


 「けど、タツヒメ様が、そんな意地が悪い事を言うなんてありえないわよ」


 「そうですね。我らの主は、そんな人ではありません」


 「だが、どうやるんだ」


 紅壱は、剛力恋に嫌がらせをしている訳じゃない、と納得こそした面々。けれども、完二の言う通り、どうやれば重なっている二枚の板、その二枚目だけを割る事が出来るのか、全員が見当もつかない。

 もっとも、混乱しているのは、誰でもない剛力恋だったから、つい、暴言を吐いてしまったのも致し方ない話だろう。


 「じゃあ、タツヒメ様は、そんな事が出来るんすか!?」


 出来るぞ、と淀みなく言ったと同時に前に進み、林二が構え続けたままでいた二枚の板を軽く打った紅壱。

 音は、「コンッ」と、ドアをノックした時のように軽やかなものだったのに、直後に上がった音は石板だけが割れた、「バキンッ」と言う音だった。

 ありえない光景に、全員は絶句し、その視線は林二の足元へ落ちた、真っ二つの石板へ向けられる。

 数秒ほどしてから、林二が持ったままでいる、亀裂一つ入っていない木の板を見て、剛力恋らは、やっと、自分達が息を止めていた事に気付いたのか、襲ってきた息苦しさに咳き込んでしまう。


 「ど、どうなってるでござる!?」


 「リンジ、お前、魔術で木の板を戻してないよな」


 「本当に、木の板は割れてませんよ」


 「何で、石板だけ」


 驚きに顔色を失い、声の抑揚が乱れている彼らを嘲笑するでもなく、紅壱は、「もう一回、やるか?」と小首を傾げた。もちろん、その答えは全員、「お願いします」だった。


 「じゃあ、次は木の板だけ割るから、林二、石板を表の方にしろ」


 強張った首を縦に振った林二は、石板と木の板を重ねて持つと、石板を紅壱の方へ向ける。


 「よっ」


 無駄な力を入れていない構えで、紅壱が無造作に繰り出した左ジャブは、石板を打つ。

 やはり、「パキンッ」と真っ二つになったのは木の板だけであり、石板は無傷であった。

 どうして、後ろの木板だけが破壊されるのか、理解が出来なかった一同の中で、剛力恋だけは、やっと、この技で自分は倒されたのだ、と合点が行った。


 「だから、完兄ぃはノーダメージだったのに、アタシだけ、KOされちゃったんすか」


 「あぁ。名を『孤雲こうん』と言う」


 「でも、何で、これを使ったっすか?」


 剛力恋が抱いた、当然の疑問に正しい答えを教えたのは、紅壱ではなく、骸二だった。


 「我らが王は、ゴリコ、お前を守ったんだろう」


 「え、アタシをっすか」


 自分の顔を指して驚く彼女に、骸二が言わんとしている事を理解した彗慧骨も頷き、説明の捕捉をしてやる。


 「確かに、タツヒメ様なら、アンタと完二さん、一緒に倒す事も出来た。

 けど、二人を一度に倒すようなパンチを打っていたら、どうなっていたか、理解わかる?」


 「どうなってた?」


 「・・・・・・下敷きになっていたでしょうね、剛力恋さんは、完二さんの」


 「!!」


 「確かに、あの状況で、完二殿も打撃で気絶させられていたら、後ろにいた剛力恋嬢は、そのまま、押し潰されていたでござるな」


 そうなんすか、と目で尋ねられた紅壱は、聡明な仲間らに説明を掻っ攫われてしまった事に失笑しつつ、鷹揚に頷いた。


 「さすが、我らが王」と、林二は感涙している。


 「そんな大袈裟な事じゃねぇよ」


 「けど、この『孤雲こうん』ってパンチ、使い勝手が悪くないっすか?」


 紅壱が、自分の身を案じてくれた、それ自体は嬉しかった剛力恋。けれど、手心を加えられたようで悔しがったのだろう、つい、噛み付いてしまう。

 彼女の不遜な態度に、仲間らは眉を顰め、叱咤しかろうとしたが、紅壱は「まぁまぁ」と手で留める。


 「そんな事はねぇさ。

 そもそも、この『孤雲こうん』は、相手を倒すっつーより、誰かを救う、に重きを置いてる攻撃だしな」


 紅壱の言葉に、一同は瞬きを繰り返す。勘の鋭い骸二や、推理力が優れている磊二も、さすがに答えが浮かばないようだ。それでも、紅壱に幻滅されたくないので、彼らは必死に考える、これまでの事や言葉をヒントにして。

 ただ、骸二らほど気は長くなく、分からないなら素直に質問きけばいい、と悪くはない意味で思考を放棄できる剛力恋は「タツヒメ様は、どういう状況で使うっすか?」とド直球で聞いた。


 「おいおい、お前、もうちょい、自分の頭で考えろよ」


 聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥とは言え、これから、共に戦っていく仲間には、頭を使う事も習慣にして欲しい紅壱は、剛力恋の素直さに苦笑いを浮かべる。

 しかし、それくらいで諦めるような中牝鬼ホブゴブリナではない、剛力恋は。


 「アタシの頭じゃ、三日考えても答えが出ないって事だけは、考えて判ったっす」

 

 きっぱりと言い切った彼女に、紅壱は目を丸くしてしまう。林二らも、彼女の自虐に笑っていいのか、小言をぶつけるべきか、迷いあぐねているようだ。


 「そう言われると、三日くらい、真面目に考えろ、と課題を出したくなるな」


 紅壱が意地の悪い事を口に出したからか、剛力恋は目に見えて青褪める。


 「ま、知恵熱を出して倒れられても、困っちまうからな。

 敵が人質を自分の盾にしている、敵の背中が硬い壁にぴったりと密着くっついている時に、俺は『孤雲こうん』を使う様にしてる」


 「!! なるほど」


 紅壱が提示した条件を思い浮かべてみた林二らは、軽やかに膝を打った。


 「確かに、このパンチであれば、人質は傷付けずに、敵だけを倒せますね」


 「硬い壁ごと相手を吹っ飛ばそうとすれば、自分の拳が壊れる可能性があるが、敵が壁に背をくっつけていると判っているなら、これが使える」


 自分では、敵を倒せても、人質を無傷で助ける事が出来なかっただろう。

 どんな敵であろうと倒せるほど、圧倒的な力を有しながらも、敵を倒す事、人質を助ける事、どちらかを優先するのではなく、どちらもやってのけられる紅壱への尊敬度は、剛力恋の中でまたも、高まった。


 「タツヒメ様ッ」


 「な、何だ?」


 やけに、剛力恋の声に気概が漲っているので、紅壱は軽く驚いた。


 「アタシ、絶対、この技を自分の物にしてみせるっす。

 そんで、必ず、タツヒメ様を倒してみせるっす」


 紅壱が大笑いしてしまっては、林二らも剛力恋の口を拳で黙らせる事は出来ない。


 「いいぞ、それくらいの意気がなきゃ、名前を与えた甲斐がない。

 けど、『孤雲こうん』は、簡単に使える技じゃないし、これ一つが使えるようになったくらいで、俺は倒せないし、俺も倒される気はねぇなぁ」


 快活アハハと笑う紅壱の前に、気付いたら、林二達は跪いていた。いつ、自分達が、その体勢を取ってしまっていたのか、それすらも思い出せなかったが、立ち上がる事はしなかった。

林二と磊二が魔術で作り出した木と石の板を、紅壱に言われ、打撃で割る剛力恋

しかし、生来、気が長い方ではない剛力恋は、紅壱が自分に何をさせたいのか、判らず、つい、苛立ってしまう

この板割りが、新たな打撃を体得するのに必要だ、と受け入れた剛力恋だったが、紅壱から重ねた二枚の板を打ち、表側の木板は割らず、裏にしてある石板だけ割れ、と言われ、面食らってしまう

そんな無理な事を貴方は出来るのか、と剛力恋から噛み付かれた紅壱は、「出来るぞ」と告げ、簡単にそれをやってのける

仰天する剛力恋に、紅壱は、この『孤雲』を会得すれば、いざと言う時、誰かを助けられる、と説くのだった

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