第百五十九話 悶々(worry oneself) 瑛、紅壱が他の女子と仲良くなっていき、悶々とする
紅壱と修一は、その存在で、意図せぬ内に、周辺の不良から、女子たちだけでなく、男子も守っていた
しかし、男子生徒らはそれを知らぬだけでなく、紅壱と修一が、女子と仲良くなっていく事態を嫉んでいたのである
見た目だけじゃなく、内面にも差があるのだから、女子にモテないのは当然なのだが、プライドが捻くれてしまっている男子たちは、その事実から目を逸らし、紅壱と修一を逆恨みすることで、自分を守っていた
怖い、よりも、カッコいい、そう思った女子が、紅壱と修一に対する態度を、ある程度は軟化かくさせるのは、到って自然な事だ。
彼らが朝、「おっす」や「おはよう」と快活に挨拶をすれば、大半の女子が会釈を返してくれるようになった。中には、「おはようございます」と、まだ硬い緊張はあるにしろ、声に出して言ってくれる女生徒もいた。
二言三言で終わってしまうにしろ、世間話も振ってくれる女生徒も何人かおり、初めて、会話らしいものが女生徒と出来た日に、紅壱は嬉しさのあまり、瑛に報告してしまったほどだ。
紅壱が大大大大大好きな瑛としては、彼が自分以外の他の女子と楽しくお喋りした事を知り、心の上を棘付きのローラーが通るような錯覚すら覚えた。有体に言ってしまうと、その瞬間に、紅壱を燃やしてしまいたくなった。
けれど、当人が、女生徒の関係を良好な方へ進展させられそうな事に笑顔となっているのだ。
他の女子と喋らないで、そんな嫉妬と独占欲が丸出しすぎる野暮な発言は出来ず、「そうか、良かったな」と一緒に喜んでやれた瑛は、本当に良い女である。
これまで、紅壱と修一は、クラスや校内で困っている者がいれば、率先して動き、助けが要るか、尋ねてきた。
最初こそ、怖がられていたが、挫けずに助けようとし続けた事で、彼らの優しさは、次第に相手へ伝わるようになった。
多少の戸惑いと、「あとで、金品を要求されるんじゃ」、これくらいなら、まだ良い方で、人生が終了る動画を撮影されるんじゃ、そんな疑いは、まだ感じながらも、女生徒は二人の男手を借りるようになった。
中には、自分から、二人へ「手伝ってくれませんか?」と頼んでくる者もおり、紅壱と修一の株は、全学年の女子の間で、徐々にではあっても高まってきていた。
そんな事態が、巧を除く男子生徒は気に入らなかった。
何故、あいつ等は女子に人気があって、自分達は邪魔者扱いされるのか、と嫉んでいた、理由は考えるまでもないのに。考えたら、最後のプライドが木端微塵になる、と分かっているからこそ、目を必死に逸らしているのだろうが。
しかも、紅壱は生徒会に所属し、修一も軽音部に籍を置けて、部員と良好な関係が築けている。余計に、男子らの心中で、嫉妬はどす黒さを増していた。
紅壱と修一が、親友、と呼べる友情で繋がっている事も、彼らには眩しかったのかも知れない。
男子生徒らは、天戯堂学園高等部への入学を許された自分は選ばれた存在だ、と思い上がり、中学時代の友人と一方的に縁を切ってしまっていた。
そんなものは、浅はかすぎる驕りでしかなかった、と気付いたところで、後の祭り。空っぽなプライドに縋りつき、手放せない彼らは友人らに連絡が取れなかった。
では、今の環境で、友人を作ればいい、と考える人もいるだろう。
きっと、その人は人と交流する能力が人並みなのじゃないだろうか。自分にとっては、当たり前どころか、特別に意識して行うような事でもない事が、出来ない者がこの世にいるとは思ってもいないに違いない。
紅壱と修一を身勝手に怨むだけで、そこから何も出来ない男子らは、他の男子より、自分の方が優れている、と思い込んでいた。そうする事でしか、とっくに崩壊寸前の自意識が守れなかった。
全員が同族嫌悪をし、自分とこいつ等は釣り合わない、と調子に乗って、その態度も反省できないまま、このイベントを迎えてしまった。なので、入学から一カ月が経過し、ゴールデンウィークに突入すると言うのに、連絡先すら交換できずにいた。
異性とも、同性とも、良好な関係が築けない男子達は、入学からこれまで、学園生活を華々しくする為に努力をした紅壱と修一を(逆)恨んでいた、それだけのつまらない話である、結局のところ。
紅壱と修一がバカ話できる関係であるのが羨ましく感じてしまう自分らが、矮小である事を認めたくない彼らは、自分達の見栄と自分への嘘を貼りつけた心を守るために、紅壱や修一へ嫉妬の感情を向けていた。
当然ながら、紅壱と修一は気付いていない。
喧嘩が最強いゆえに、人の感情を察するのに長けている彼らだからこそ、わざわざ、自分らと対峙してこない男の心理など理解する努力などはしない。
仮に、彼らが自分達に負の感情を抱いている事を知ったとしても、苛立ちすらしないだろう。その場で、「あぁ、そう」と返事をし、次の日、いや、一分もすれば忘れているに違いない。
二人とも、自称・フェミニストではあるが、男を冷遇する訳じゃない。
彼らが親しくしよう、と考えるのは、巧のように向上心がある男だ。
“恵まれている”者を、指を咥えて見ているだけの、成長性がない野郎に湧く興味など、彼らにはなかった。
自分のメリットにならない奴らと仲良くしたくない、なんて厨2病の子供のような事こそ口にはしないが、紅壱も修一も、人付き合いで、己を高めたい、そう考えているので、積極的に交流を図りたいのは、何らかの強さがある巧のような同性だ。
初見で、相手の良し悪しは決めつけたりなどはしないが、自分はどうせ、何をやっても無駄だ、と努力を放棄している者と付き合っても、精神衛生上的に不快なので、紅壱と修一は自分達から、他の男子に接近づかないようにしていた。
しかし、修一はさておき、生徒会役員である紅壱は、そうも言っていられない。
何せ、近々、球技大会がある。男子のみのチームが作られる事になった以上は、全く付き合わない訳にもいかない。
自分と修一、ついでに巧もいれば、そこそこの成績は出せるだろう。優勝も可能だ、ハッキリ言って。
けれど、瑛は戦績は二の次で、男子一丸となって、健闘する事を望んでいる。
自分ら三人だけで、ボールを扱って勝ったとしても、瑛の期待には応えられない。
どうしたら、球技大会の間だけでも、彼らの協力を得られるだろうか、その思考にも容量を割り振りながら、紅壱は、グリフォンはどう倒すべきか、をテーマに修一との雑談を続ける、いずれ来るであろう、その時に備えて。
遠足の名を冠したゴミ拾いの翌日、一年生は休みであった。
なので、紅壱は音桐荘の住人らの朝飯を作り終えると、すぐさま、アルシエルへ出向いた、昨日、大型ショッピングセンターで買い込んだ荷物と共に。
一番の目的は、自身が魔力の完全な制御を出来るようになる為だったが、オーガやデビルを食べさせた住魔らが、どんな変化を迎えているのか、そこも確認かめておきたかった。
王の座には、吾武一らに望まれて就いたのだ。なら、自分を慕い崇めてくれる皆の実力は、しっかりと把握しておきたかった。
いつ何時、どんな危機がアルシエルに訪れるか、紅壱ですら読めないのだ。だからこそ、有事に備え、鍛える余裕がある時に彼らの地力を、出来るだけ、高めてやりたかった。
「ようこそ、いらっしゃいました、“村長”」
「おぅ」
紅壱を恭しく迎えた吾武一は連れてきていたゴブリン達へ、彼が持参してくれた荷を新たに作った倉庫へ運ぶよう、指示を出す。
その倉庫では、林二が待機してくれており、荷を解き、倉庫内の棚へ入れる事になっていた。食糧は、食々菜が管理者である食糧庫に運ばれ、彼女によって、一日分に分け直される。
「皆の調子は、どうだ?」
「タツヒメ様が持ってきてくださる、栄養が豊富な食材のおかげで、全員の基礎能力が上がっているようです。
狩りも成功するようになり、空いた時間を自己鍛錬へ当てられるようになりました」
吾武一も率先し、自らの体を鍛え、皆の手本となっているのだろう。以前よりも、筋肉のキレが良い。
解析してみると、レベルが上がっている。スキルの熟練度も上がり、新たなスキルも増えていた。
その事を伝えてやると、吾武一は破顔する。
実力者である恵夢であっても、意識が遠のくほどの恐ろしい形相だったが、自分の不在の間、村の総合的な管理を吾武一に任せている紅壱としては頼もしかった。
「これからも、“村長”の為に精進してまいります」
「頼んだぞ。
だが、休息はしっかりと取れ。
体を壊して、トレーニングが出来なくなると、身に付いた強さは一気に落ちて、取り戻せなくなるぞ」
紅壱からの忠告に身を硬くした吾武一は、「はっ、気を付けます」と頷いてくれた。
「タツヒメ様からの言葉を賜るべく、村魔は広場に集まっております」
「なら、行かないとマズいな」
今度から、俺が来るたびに集まらなくていいからな、そう後で、しっかり言っておこう、と決めつつ、紅壱は広場へ向かう、何を言えばいいのか、と内心では困りながら。
拡張された広場には、アルシエルに住む魔属が全て揃っていた。
吾武一の言う通り、皆、血色が良く、健康そうだ。また、個の強さも高まっているのが、一見しただけでも感じ取れた。
解析で確認すれば、差はあるにしても、全ての魔属のレベルが上がっていた。
特に上がっている個体は、戦士としての才があるようだ。中には、レベルが80に迫りそうな者もいる。
推測でしかないが、レベル100に達し、なおかつ、その先に行きたい、と言う強い願いがある個体ならば、上位の職に転じる、もしくは、種族進化するのかもしれない。
ゴブリンがホブゴブリン、オークがハイオーク、コボルトがハイコボルト、スケルトンがグレイスケルトンになるのは判明っているが、その先が何になるのか、興味は尽きない。
種族進化した彼らをより強くするためにも、自分が魔力の使い方を覚える事は必須だ。
対して、レベルの上がりが悪い者もいるようだ。
条件を満たしていないが故の、一時的な停滞なのか、成長が止まってしまったのか、その判断は、すぐには下せない。
仮に、レベルがそこで打ち止めとなり、彼らが自分には、村を力で守る役目が担えない、と悩むようであれば、相談にも乗ってやらねばならない。
適材適所なのだから、自信を失わなくていい、と。
戦士の才がないのなら、戦士を支える技術職になればいい。家を建てたり、武器を修繕したり、柵や壁、濠を作る者も必要だ。
また、森で狩りをする者、畑を耕す者、鉱石を採掘する者も、アルシエルには重要だ。
新たな食材の調理法を発見して、住魔らの舌と胃を満たせるのも、絵や音楽など文化的な芸術で心の癒しを生み出せるのも、立派な強さだ。
各々が出来る事で、アルシエルを支え合って、ここをもっと豊かにしてほしい。
突然の演説であったが、紅壱は皆の心を強く打てたようだ。
それは、紅壱への尊敬で煌めく瞳から、大量の涙を流す彼らの、天の頂に届き、地の底に届きそうな歓声が証明していた。
他の男子に妬まれている事なんて、まるで気にしていない紅壱と修一
目的は異なるにしろ、強くなることにしか興味がない二人は、自分を成長させてくれる人間以外と、わざわざ、交流を深める気は微塵もなかったのである
良くも悪くも、ドライである性格も、これまた、女子らの間で人気が高まっている要因であった
しかし、女子に人気が出始めたことにより、紅壱に惚れている瑛は不安が募ってしまう
自分が、瑛に燃やされてしまうかもしれないとは気づいていない紅壱は、校外学習の翌日に、アルシエルを訪れる