第百五十二話 悪魔(devil) 紅壱と夏煌、悪魔と遭遇する
昼食を摂った後、友人たちと別行動を取っていた紅壱、夏煌、修一
世界大会クラスのバドミントン勝負を終えた後、修一とも別れ、紅壱と夏煌は森の中で、花を摘み、冠作りに興じていた
良い雰囲気が漂っている事に、夏煌が幸福感を噛み締めていた矢先に、魔属が偶喚された際の、独特な空間の揺らぎと不気味な気配を察知する
生徒会役員として捨て置くわけにはいかないので、早速、二人は、その気配の元へ、瞬動術で森の中を駆けて向かう
二匹のデビル、一匹は顔が見えているが、もう一方の顔は、亀裂こそ入っているが、仮面により隠されていた。
また、彼らの所々が破れている、人のモノとは違う色の血で汚れている衣服は、潜入もしくは偸盗に適して良そうなデザインだ。
感じる雰囲気からしても、彼らの職業は盗賊か、暗殺者だろう。
あちら側で、どこかに潜り込み、何かを盗み出したか、標的を殺害したまでは良かったが、ヘマをしてしまい、満身創痍で逃げる最中だったようだ、と紅壱は推理する。
潜入や罠の解除などを得意としている分、実質的な戦闘力は低いのも、ここまでダメージを負っている要因かもしれない。
HPを示している欄に表示されているバーも色が赤く変わり、短くなっている。
満身創痍そのもので、あと二発でも攻撃を受けたら、お陀仏だろう。
自分達の現状が緊迫しているのは彼らも自覚しているようで、目のギラつきが凄まじい。
一瞬こそ、話し合いでどうにかできりゃ、と甘い事を期待していた紅壱だったが、彼らの黄色い瞳と臨戦態勢、自分に向ける殺気、何より、夏煌を見て垂れた涎で、それは無理だな、と判断する。
相手がやる気になってしまっているのなら、こちらとしては穏やかじゃない対応をするしかない。
最初は、自分達が人間界に来てしまった事に驚いていたデビル達だが、ここで、人間を食えば、回復できる、と考えたのだろう。
健康な状態であれば、頭も冷静に回り、夏煌だけならまだしも、紅壱には歯が立たないと判断できただろうが、それも出来ないほど、怪我の程度は深刻なようだ。
もちろん、自分達に殺意と食欲を向けるのであれば、同情はしない。
最期の力を振り絞ろうとしている悪魔二匹に対しても油断は抱かない、紅壱は。
「ナツ、お前は、こっちから見て右のヤツな」
単身であれば、デビルの威圧に怯んでしまっていただろうが、紅壱の存在で安心できていた夏煌は、片方を任された事に嬉しさを覚え、自信が湧いてきた。
「・・・・・・」
「気を付けろよ」
仮面を付けたデビルが構えているアイスピックに、透明な毒が塗られている事に、紅壱と同じく気付いていた夏煌は、その忠告にVサインで応える。
夏煌が紅壱から離れ、走り出した事で、アイスピックを持つデビルはチャンスだ、と勘違いし、彼女を追ってしまう。
万全の状態であれば、夏煌だけに任せはしないが、あれだけの怪我を負っているのなら、余程の慢心で足元を掬われない限り、危険はない。
アイスピックを持つデビルを任せたのも、もう片方の方が強いからだ。怪我の程度は、残った方が深刻だが、レベルが高い。そんな相手は、さすがに夏煌に押しつけられない。
デビルはナイフを抜き、紅壱がどう動いても、切り返せる迎撃態勢を取る。
当然ながら、そのナイフにも毒が塗布れているようだ。無臭ではあるが、即死性の毒特有の気配が、ナイフから漂っていた。
警戒しつつ、デビルは困惑も覚えていた。
生きている人間に遭遇するのは、これが彼にとって初めてだったのだが、目の前にいる存在が、本当に人間なのだろうか、と疑心っていた。
見た目は人間そのものだが、雰囲気が異常だ。落ち着き過ぎている、それに対し、デビルは戸惑ってしまう。
人間界に来てしまった事だけでも、不測の事態だと言うのに、こんなにも不可解な存在に遭遇してしまうなんて、とデビルは己の運の無さに舌打ちする。
しかし、目的は是が非でも果たさなければならない。アレを主の元へ届け切るまでは、死ぬ訳にはいかない。
不安を感じるのは、死んでいない人間と対峙するのが初めてだからだ、と己に言い聞かせた彼は、仮初の期待で自身を鼓舞する。
生きている人間の血肉を食えば、死体を食った時よりも、体力と魔力を回復させられるはず。こちらから、仲間に連絡を取る手段はないが、先に逃がしたアイツが主の元へ辿り着いてくれていたのならば、迎えをこちらへ寄こしてくれる可能性もある。
絶対に死ねない、この人間を食って、僕らは生き延びる、その決意を胸に、デビルは相手が動くのを待つのは止め、自分から動こうとした。深手を負っている状態で動くのは、正直に言えば辛かったが、逃げられたら元も子もない。
ナイフの毒で殺してしまうと、肉と血の味が悪くなってしまう可能性もあったが、この状況で、そんな我儘も言ってはいられない。腹が膨れたら、それで良かった。
しかし、このデビルは迷い過ぎた。
紅壱が動かなかったのは、当然だが、臆したからではない。
デビルが、どんな攻撃手段を持っているのか、確かめたかっただけに過ぎない。
魔弾を撃ってくれれば、そのコツが掴めるかもしれないぞ、と期待していたからだ。
けれど、デビルが一向に、その場から動かず、魔弾も放って来ないので、紅壱は軽く落胆した。
魔弾を撃つだけの魔力も残っていないのか、そう判断した紅壱は、デビルの残り時間を増やす理由もなくなったので、仕留めにかかる事にした。
「!?」
デビルは、自分に何が起きたのか、把握できなかった。
決して、目線を外していなかったはずなのに、人間はそこから消えた。
デビルが、いない、と頭で理解できなかったのは、それより先に、彼の左側から紅壱が、顎の尖端を直角に折り曲げた左手首で、目にも止まらぬ速度で真っ直ぐに打ち抜いたからだ。
紅壱の消失による驚きから脱そうと、多くの情報を取り込もうとしていた脳は、外部からの物理的な攻撃で揺らされ、二重のショックを受け、働きが強制的に鈍らされた。
デビルの視界には、赤や黄色の火花が飛び散り、混濁する。
盗賊職と言っても、最低限の戦闘はこなせるよう、肉体の鍛錬を、このデビルも欠かしてはいない。実際、人間の格闘家程度では、完全に不意を衝いたとしても、彼の顎を撃ち抜いても、脳は揺らせない。細くはあるが、それだけの鍛え方をしていた。
にも関わらず、デビルの首は、紅壱が繰り出した一撃の衝撃を、全く吸収できず、脳を揺らされてしまっていた。
目にも映らぬほど速かった一撃を、もしも、ハイスピードカメラで撮影できていたら、紅壱の直角に曲げた左手首は、デビルの顎に優しく触れ、撫でていっただけに見えただろう。
だが、人間の技術者が努力して作り上げた、高性能の機械の眼ですら、紅壱の橡の速度は、完全に捉え切れないのだ。
また、紅壱はデビルの意識の虚へ、これ以上にないタイミングへ滑り込ませるようにして、橡を繰り出し、当てている。
いかに、努力を積み、実戦で培い、不意打ちへの反応が迅速な反応が出来るデビルの盗賊でも、回避も防御も出来なかっただろう。
それでもなお、デビルが脳を揺らされている状態でも、体を動かそうとする事が出来たのは、日頃の鍛錬もあるだろうが、やはり、自身の仕事を全うする、そんな責任感も大きく占めていたのか。
もっとも、紅壱にとって、デビルの仕事に対する矜持などは知った事ではない。
デビルの死角へ入り込む前に、紅壱は既に、デビルの右手首の骨を上紺水で、完治不可のレベルに破壊していた。しかも、念には念を入れ、デビルの右手の甲へ二発の指突を入れていた。
一発目の指突、山毛欅によって、デビルの右手の甲の骨は、手首と同様に確実に粉砕されていた。二発目の指突、縵にはデビルの右手から、握力を永久に奪う効果があった。
自分の右手が使用できない状態にされている事にも、デビルは脳が揺らされている状態では気付かなかった。
ナイフは、橡が直撃した顎の先が、元の位置へ戻り、地面を差すと同時に、その先端が地面に突き刺さった。
この時点で、勝敗は決していた。だが、紅壱の目的は、勝利ではない。
脳震盪により、膝が大地へ落ちかけていたデビルは、腹部へ強烈なショートアッパーをめり込まされる。
内臓が捻じれるような鈍痛は、デビルを強引に覚醒させる。
と言っても、体は動かないままだ。むしろ、内臓にダメージを受けた結果、デビルの呼吸は乱れ、脳に送られる酸素量は激減する。
筆舌尽くしがたい気持ち悪さと息苦しさ、それに重なる生理的な恐怖で、デビルの肉体は、ますます、動けなくなった。
紅壱は、とっくに、デビルが自分の意思ではどうにもできない足を後ろから刈り払った。
強かに尻もちを突かされれば、相当に痛いはずだが、今頃、右手が壊された痛みがやってきたデビルには、その痛みを感じる余裕がなかった。
尻に次いで、背中も地面に打ちつけてしまったデビル。
彼が、魔生の最期に、その目に映らせたのは、自らの顔面へ落ちてくる靴底だったかもしれない。
適度な緊張感を抱いた紅壱と夏煌が発見した魔属は、バイキンマ〇を擬人化させ、イケメンにさせたかのような風貌のデビルであった
二体のデビルは、予想通り、深手を負っていた
油断しなければ討伐は可能か、と判断し、紅壱は夏煌に片方の相手を任せる
初めて見たデビルに腰が引けそうになっていた夏煌であったものの、惚れている男に信頼されている、その嬉しさが恐怖を吹き飛ばす
胸の内で、友人を応援した後、紅壱はもう一体のデビルと対峙する
もっとも、戦闘力が万全の状態であったならまだしも、紅壱に重傷を負った状態で勝てるはずがない
何も出来ぬまま、デビルは紅壱により、瞬殺されてしまうのだった