第百四十九話 食後(after meal) 紅壱たち、食後の運動に興じる
ゴミ拾いを終え、紅壱が作ってきた弁当を食し、幸せを噛み締めていた面々
修一らのリアクションに興味を持った女子たちは、自分達のオカズと、紅壱のオカズを交換してもらう
食した彼女達は、あっという間に、未経験の美味にKOされてしまう
何とか、我に返れた彼女達は、意を決し、紅壱と修一に頼み事をする
その頼みと言うのは、調理部のメンバーに料理を指導し、出来上がった料理を食べ、遠慮のないコメントをしてほしい、そのようなものだった
「そういう風に、遠慮がない意見を仰ってくださる矢車君が、これからの調理部には必要だ、と思うんです、私は」
「・・・・・・」
「いいよ、大神さん。
設楽も、ストレートに言い過ぎたんだから」
「だって、こんな機会でもなかったら、辰姫さんと話せないし」
「いやいや、俺ら、同年齢なんだから、普通に話しかけてくれてもいいぜ」
(それが難しいんですよ、辰姫くん)
身を竦ませる設楽達に対し、胸の中で同情の嘆息を吐いた巧。
「引き受けてあげたら、どうですか?」
「まぁ、嫌って訳じゃない。
自分の料理のスキルが、他人に偉そうに教えていいトコに達してない、そう思ってるってのもあるんだが、生徒会の業務のシフトもあるからな、引き受けるにしても、会長にお伺いを立てないと」
「構いません。お体が空いている時で。
むしろ、私達が、生徒会長に直でお願いすべきですよね」
何やら、瑛へ特攻を設楽達が仕掛けそうな気迫を出しているので、紅壱は弁当の中身から立ち昇る、食欲を刺激する香りを手で扇ぎ、彼女らの鼻腔へ送り込む。
たちまち、設楽達は静まり、発奮しかけた自分らを恥じるように俯いてしまった。
「・・・・・・」
「あぁ、お願いするだけ、お願いしてみるか」
「本当ですか!?」
「断る理由は、この場で思いつかないしな。
会長も、話も聞かずに『NO』とは言わねぇだろ」
「な?」と紅壱から同意を求められた夏煌は、ほんの一瞬だけ、逡巡したが、すぐに頷いた。
「けど、そっちも、部長さんらに、話を通しておいてくれよ。
生徒会長がOKを出しても、調理部の部長が『男子禁制』なんて言い出したら、こっちとしちゃ気まずさしかない。
俺はどうでもいいが、会長には迷惑にかけねぇでくれ」
まさか、椅子へ腰を下ろしたままと言っても、紅壱が自分達に首を垂れるとは思ってもいなかったのだろう、設楽達は絶句してしまう。しかも、己自身ではなく、仕えるリーダーの面子を気にして、だ。
紅壱への印象は、根幹から改めるべきなのかも知れない。そんな事を思いながら、設楽は「必ず、部長たちを説得します」と、胸の前で拳を握った。
「なら、難しい話は、ここまでだ」
「こうやって冷めたのも美味いけど、揚げ立ても最高なんだよな」
修一の言葉で、揚げ立ての唐揚げを想像したのだろう、夏煌らはギュッと目を閉じてしまう。設楽達も、ゴキュンッ、と喉が鳴ってしまい、顔が赤らんだ。
彼女らのリアクションに肩を揺らした修一だが、次の瞬間に、とんでもない発言をかました。しかも、紅壱までもが、それに引っ張られた。
「揚げ立てを口へ放り込んでよ、ハイボールを飲むと、そりゃ、もう、至福だぜ。
カァァァ、美味ぇ、しか出なくなっちまう」
「俺はレモンサワーの方が、唐揚げとの相性は良いと思うがな」
「あー、レモンサワーか。そっちも美味いよな。
けど、俺、レモンサワーなら、鶏よりは蛸を食ってる時に飲みてぇ」
「分かるけどよ、お前の作るハイボール、濃いんだよ」
「球磨さんには、評判いいぜ」
「あの人の舌を基準にするんじゃねぇよ。
あんな濃くされたら、すぐ、ベロベロに酔っちまうだろうが」
二人の会話に、夏煌らは目を白黒させ、開いた口も塞がらなくなってしまっている。
それに、やっと気付いたのだろうか、あからさまに「やべっ」と言わんばかりの苦い表情になった紅壱は、下手糞な咳払いをした。
「・・・・・・今のは、冗談だぞ」
いや、嘘だろ、全員のツッコミは一致した、心の中で。
声に出さなかったのは、夏煌を除く者らが、まだ、紅壱と修一の事を怖がっているからでもあるが、それ以上に、酒を飲みながら唐揚げを食し、与太話に花を咲かせている二人の姿は、絵になる、と感じたからだ。
二人なら、アルコールで理性を失ったりせず、楽しい気分のまま、片付けまでこなすのだろうな、と思った皆は、この事は誰にもバラさないようにしよう、と目配せし合うのだった。
自由にしていい時間を十分に確保できた一同は、この場所の管理者が貸し出してくれたスポーツ用具で、軽く汗を流す事にする。
ちなみに、設楽達は、紅壱らの後に、集めたゴミを収集場所へ持ってきていた。
そこにいた男性教師二人が、やけに憔悴しきっており、いちゃもんも付けてこなかったので、彼らからのセクハラも警戒していた設楽達は少し驚いた。女生徒に、ノルマに達していない事を見逃す代わりに、体を触ってくる可能性がある、と思われている者が、果たして、教職に就いていていいのだろうか。
巧から、紅壱と修一が不法投棄されていた冷蔵庫と箪笥を運び、男性教師らを容赦なく脅かして、ノルマをクリアした、と教えて貰った彼女達は納得し、男性教師らを大人しくさせてくれた事を感謝した。
同時に、彼女たちは、自分達が、紅壱と修一に対して抱いていた、ろくでもない不良、そのイメージをスパッと捨て去ったのだった。
今は、巧と設楽たち女子はバレーボールに興じ、修一と夏煌がバドミントンを楽しんでいた。紅壱は、修一と夏煌の審判を務めていた。
最初こそ、全員でバレーボールをしていたのだが、始めて一分も経過しない内に、巧ら、運動神経が一般人レベルの巧らが音を上げた。
空気が読め、他者への気遣いが出来る紅壱は、巧達でも捕球できるよう、力と技を加減していた。
修一がセーブしないのは分かりきっていたので、紅壱はフォローに入っていた。
しかし、いくら、彼だって万能ではない。修一だけでなく、夏煌までもが、巧らに対して、力を抑えなかったら、手が回らない。
夏煌は日夜、怪異を相手に、死と隣り合わせの戦いを繰り広げている。
小柄でも、その身体能力は一般人の域は、とっくに出てしまっている。友人相手の球遊びに、肉体強化の魔術は使わないだけの配慮が残っていても、あまり、それも意味はなさなかった。
魔術は使わずとも、恋の力、紅壱にナイスプレーで褒められたい、そんな欲求が夏煌の動きを、より鋭敏にさせた。
同じく、非一般人代表である紅壱と修一なら、容易にレシーブできても、他のメンバーには、命の危険すら感じる球威だった、夏煌のアタックは。
四足獣のような動きで、ボールが落下してくる地点へ先回りし、レシーブしたかと思ったら、修一が異常に高くトスした白球に、夏煌は膝に軽くバネを溜めた跳躍だけで届いてしまう。そして、ありえない高さから、夏煌は全体重を乗せるようにして、柔軟な筋肉をより弛緩させて鞭のようにしならせて、アタックした。
軽自動車のフロントガラスくらい、木端微塵に出来るであろう、そんなアタックを巧らが受けられるはずがない。巧はボクシングに励み、設楽たちも、多少は運動が出来たが、そんなものは次元の違う相手と対峙した時には、何の役にも立たない。
トスやレシーブなどしようとしたら、自分の手は無傷じゃ済まない、そう判断し、ボールを避ける、その動作に全力を尽くせるだけ大したものじゃないだろうか。
バレーボールが当たった地面に、文庫本程度なら入ってしまいそうな深さの陥没が出来たのを見た巧らは青褪めた。その際、血が引き、冷たくなる音は紅壱と修一に聞こえたほどだ。
すぐさま、巧らは「勘弁してください」と頭を下げた、ゲームの再開を望んで、目が煌めき、鼻息を荒くしている夏煌へ。
傍目から見たら、奇異な光景だっただろう、さぞかし。
見た目が不良そのものである紅壱と修一に命乞いをしていたのなら、納得できる絵面だっただろうが、四人が頼み込んでいるのは、その場にいる誰よりも小さな夏煌なのだから。
気付かない内に、友達を怖がらせるほど、自分の欲をコントロールできなくなっていた事に夏煌は凹んだ。
それでも、彼女は友人らに、これ以上、嫌われないよう、あっさりとバレーボールから身を引いた。
そんな夏煌に同情した修一も、バレーボールからバドミントンに河岸を変えた。
瑛から、今日をキッカケに、少しでも、生徒会のメンバー以外とも交流を図り、交友関係を広げるよう言われていた紅壱は、少し迷った。だが、彼は夏煌と修一を追う。
瑛との約束も守りたかったが、夏煌との友情も軽んじる事は、不器用な性格の紅壱には出来なかったのだろう。
凄ぇな、と紅壱は呟く。
彼の目は、修一と夏煌の間を、目にも映らぬ速度で行き来するシャトルを確実に捉えていたが、声には驚きの色が、うっすらにしろ感じ取れるほど滲んでいた。
カカシと、千年に一人の怪物級な女優に、感情を動作に出さない、それが基盤になるよう叩き込まれていた紅壱であっても、さすがに、この光景には驚いてしまう。
夏煌の身体能力が高いのは、普段だけでなく、業務の際からも紅壱は分かっていた。
だが、バレーボールで体が結果的に温まっている修一の攻撃に、夏煌が完全な反応が出来る事は想定外だった。
と言っても、楽しそうにシャトルを打ち合い、決して落下さない二人が、本当に楽しそうなので、止めるなんて野暮な真似はしない紅壱。
空気の読める男の紅壱の視界では、大型の肉食恐竜と、キャンピングカーほどもあるサイズの銀狼が、相手の急所に致命傷を与えるべく、爪牙を青白い火花が飛び散る程、ぶつけあっていた。
紅壱が、調理部に所属している女子の頼み事に、シブい表情を形作った理由、それは、二つ
一つは、自分は人にモノを教えられるほど、道を極めていない、と思っているから
もう一つが、あまりにもハッキリ、感想を言い過ぎる修一のフォローが大変なのが判りきっているから
とは言え、基本的に優しい紅壱は強気で断り切れず、瑛に迷惑をかけない事を条件に、頼みを引き受けるのだった
食後、一同は運動に興じる事となる
白熱する、修一と夏煌のバドミントン勝負
果たして、勝つのはどちらだろうか