第百四十話 同調(sympathize) 巧、片想いをしている者として、夏煌を応援する、と決める
校外学習で、とある山にやってきた天戯堂学園高等部の一年生たち
元は格式高いお嬢様学校だったからか、山の美しさを、ただ堪能できる訳がなかった
山に落ちているゴミを拾ってくる事になった一年生だが、当然のように、男女で大きな差があったのである
自由時間をなるべく確保すべく、紅壱と修一は山の不法投棄されていた大型ごみを背負い、収集場所へ向かう
そんな二人をカッコイイ、と感じる一方で、巧は夏煌に、ある事を確認する
「!?」
「あ、僕の勘違いだったら、ごめん・・・けど、好きだよね?」
ちらっと、巧が紅壱の背中を見たので、誤魔化しは効かない、と観念したように、夏煌は小さく頷いた。
「・・・・・・」
「そっか。僕と同じで、片想いなんだね」
「・・・・・・」
照れ臭そうに頬を赤らめ、巧は鼻の頭を擦った。
「うん、僕は女子ボクシング部の部長が、魚見さんが・・・・・・好きなんだ」
堂々と、自分の好意を口にした巧が、ほんの一瞬ではあったにしろ、紅壱らに劣らないほど、カッコ良く見えたので、夏煌は目を瞬かせた後、ほんの少しだけ、口元を緩ませた。
「ただ、今は告白する気はないんだよね」
「・・・・・・」
「そうだね、自分が臆病なのを誤魔化す言い訳に聞こえるかもしれないけど、本当に、部長が頂点を目指す邪魔はしたくないんだ。
それに、僕は、自分が部長に相応しい男になった、って自信が何よりも欲しい」
「・・・・・・」
「うん、僕も、試合経験を積むのが確実だと思う。
だから、2年生に進級するまでに、校外試合で3勝、そして、部長に1勝でも出来たのなら、玉砕覚悟で部長に『好きです』って告白するつもりなんだ。
こんな条件を付けなきゃ、告白する勇気が振り絞れないってビビリすぎだよね」
「・・・・・・」
「そ、そこまで、ハッキリと肯定されるとは思ってたなかったけど、ありがとう、大神さん」
夏煌のオブラートに包まない言い方での発破に、巧は逆に元気づけられたようで、戦える者のそれになってきている拳を握り締めた。
「余計なお世話かも知れないけど、辰姫君は相当に手強いよ」
「・・・・・・」
「やっぱり、他にも、彼の事が好きな女の子はいるんだね」
紅壱が、夏煌以外の異性に恋されている、と聞いても、巧はあまり驚かなかった。
彼のクラスの女子にも、まだ、紅壱や修一を恐ろしく感じ、彼らの退学を望む者も多くいる。
けれど、日常生活の中で、彼らに助けられた者もいる。
紅壱は当然として、修一もちょっとした人助けをする際は、下心などなく、単なる優しさで行動している。
なので、少しずつではあるが、彼らを、見た目は怖くとも、悪人ではない、と考えを改め始めている者も増えてきているはずだ。
巧は、自分に出来ることは少ないかもしれないが、自分と対等な友情を結んでくれた二人の為に、出来る事は全てやろう、と決めていた。
「誰が、ライバルかは分からないけど、大神さんなら、きっと、辰姫君を振り向かせる事が出来るさ。
辰姫君には、人の魅力をしっかりと視抜く目があるんだからね」
それは、巧に言われずとも、紅壱に惚れている自分も知っている。それでも、不安にはなってしまう。
夏煌が躊躇する事を嘲笑できる者はいないだろう。
自分が好きになった男に、女帝・獅子ヶ谷瑛も惚れている、と知ったのならば、誰であろうと、自分に彼を振り向かせる事が出来るのか、不安になってしまうだろうから。
「・・・・・・」
「え、生徒会長がライバル!?」
自分の励まし方が下手糞であったと知り、巧はテンパってしまう。
今度は、どう元気にさせればいいか、思い悩む巧の腰を、ポン、と叩く夏煌。それは、無言での動作であったが、巧は「気にしないで」、「アタシは頑張るだけ」と言われているように感じた。
「応援するよ」
愛梨、修一に続いて、巧も自分の恋を応援する、そう言ってくれ、夏煌は百人力を得たような気分となった。
「・・・・・・」
「そうだね、今日は大神さんにとって、チャンスの日だね」
巧の言葉に頷いた夏煌は、遠くを見る。その方角に、天戯堂学園はなかったけれど、夏煌の目には映っていた、いつも通りを意識するあまり、纏う雰囲気が近づき辛い熱を持ち、行動のテンポも狂っている瑛が。
ふと、夏煌は思った、帰ったら、瑛に、この時間、くしゃみをしたか、質問してみよう、勝ち誇ったような顔で、と。
そんな雑談をしながら、集合場所へ四人が向かっている間にも、他の生徒らとすれ違ったり、注目を集めたりする。
不良が、ゴミなんか、真面目に拾うつもりがない、と侮っていた生徒らは、紅壱らのチートっぷりが発揮されすぎな裏技に、口をあんぐりと開けてしまう。
そんな間抜けな状態で、抗議の言葉など紡げるはずもなく、彼らは紅壱達を見送るしかなかった。
「すっごーい」
「力持ちなのね」
「・・・カッコ良くない?」
「うん、ちょっと見方、変わったかも」
紅壱と修一の話は聞き取れなかったが、夏煌の耳には、紅壱らへの評価を改める女生徒たちの賛辞が入ってくる。
最初は、紅壱(ついでに、修一も)が褒められて、口元をわずかに緩め、嬉しそうにしていた夏煌だったが、次第に、紅壱を好きになってしまう女子が増えたら、どうしよう、と不安を、成長が見込めそうもない胸の中で膨らませてしまうのだった。
また、紅壱と修一の事を誉め、うっとりしてしている女生徒たちの言葉を聞き、感情の波を起こされていたのは、夏煌だけではなかった。
それは、誰なのか。男女比に肩身の狭さを覚え、自然に群れるしかなかった一年男子である。
黙って作業をしていた彼らだが、それは集中していたからではない。同じクラスであっても、蹴落とす相手としか思っていないため、親しくない彼らは気持ちを奮い立たせる、和気藹藹とした雑談すらできなかったのだ。
彼らは、決して、ブ男ではない。イケメンと言える容姿ではないにしろ、他の男子よりも少し高い、または、美味しいと味の保証が出来るチョコを貰って来ていた。
勉強が出来る者もおり、運動神経が良い者もいた。彼らは、自分達なら、この天戯堂学園の高等部で恋人が作れる、と自信満々で、ここに進学してきた。
けれども、彼らが思っていたよりも、壁は高く、溝は深かった。
時代の変遷により、確かに、女子生徒ら全てが、男子に嫌悪感を抱いていると言う事は、さすがになくなった。もしも、完全に男嫌いであれば、共学化となった、天戯堂学園の高等部には、入学してこない。
一部の生徒を除き、ほとんどの女生徒も、男子と遊びたかった。ゲームセンターで協力プレイしたり、クレーンゲームで景品を取って貰いたかったり、プリクラで一緒に撮りたかった。
カラオケで、十八番も聞かせたいし、一緒に流行りのラブソングを歌いたかった。
ボウリングでストライクを取った時、ハイタッチもしてみたかった。
しかし、男卑女尊を掲げる上級生の光る目は怖く、男子と交流を持った際に、他の女子から袋叩きに遭うのでは、と被害妄想が膨らんでしまう為に、アクションを起こせなかった。彼女らは気付いていなかったのだ、お互いに自由な行動を封じてしまっている事に。
途中で、この雁字搦め状態から抜け出そうとした者もいたが、その者は上級生から制裁を受ける事となり、その末路を目の当りにした女子生徒らは、一層、男子との距離を遠ざけるようになった。もちろん、その女生徒と関係を持ちかけた男子は、更に悲惨な目に遭っているのだが。
また、天戯堂学園に籍を置く女生徒の約半分は、公家や武将の子孫、有力な政治家や銀行の頭取、年収億越えの会社の社長の娘である。その為、幼い時に、同格の許嫁が決まっているか、候補が何人も用意されていた。
なので、学生時代の間に、男子と親しくなりたくても、家の都合でどうにもならない、そんな事情もあった。
何より、今年、入学した男子らは運が悪かった。
瑛と、思う存分、自分がイチャつく為に、負の因習を先輩から継承し、他の女生徒の思考を「男は憎む存在」へ塗り替えていた鳴の存在も大きかったが、それ以上に、彼らの障害となったのが、そう、辰姫紅壱と矢車修一だった。
彼らは、受験日に、紅壱と修一を会場で見た際に、目を引ん剝いた。
恐怖もあったが、彼らは、今日と明日の為に自分らが積み重ねてきた努力、また、親の掲げている看板を信じ、なおかつ、恋人のいる高校生活を夢想する事で、不良の存在を意識の外へ追いやった。中には、金の無駄にしかならない記念受験、ごくろうさん、と小馬鹿にする者もいた。
ゆえに、紅壱と修一を入学式の日に見た者は、なんで、こいつらが合格してるんだ、と己の目を疑い、試験管らの正気を訝しんだ。金を積んだのか、そんな発想が浮かばなかったのは、ハッキリ言って、金持ちの息子に見えなかったからだろう。
紅壱と修一のコンビと、他の一年生男子、その違いは何か。
残酷なようだが、ずばり、外見である。
巧に、紅壱の事が好きなのか、と聞かれ、面食らってしまう夏煌
しかしながら、意外に聡明な巧を騙すのは難しい、と判断し、何より、自分の「好き」に嘘は吐けない為、夏煌は素直に、紅壱の事が好きだ、と認める
自身も、衝動的に気持ちを伝える訳にはならない相手を好きになっている巧は、紅壱に片想いしている夏煌を出来るだけ、サポートしていく、と決断するのだった
果たして、この二人の片想いは、どんな結末を迎えるのだろうか