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とある生徒会長の本音は日誌だけが知っている  作者: 『黒狗』の優樹
一年生は校外学習へ向かう
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第百三十六話 考改(alter one's way of thinking) 車戸先生は辰姫紅壱へのイメージを改める

オーガ戦が起きた翌日、紅壱ら一年生は遠足で、ある山に向かっていた

女子は十分な大きさのバスに乗っていたので、快適であったが、男子はギリギリのサイズに押し込められていたので、かなり窮屈であった

不平不満を、修一が漏らす中、バスはトイレ休憩で、パーキングエリアに停車する

15分、限られた時間の中で、事前に調べておいたB級グルメを全て購入した紅壱と修一

発車時間まで、あと少しとなった時、おもむろに、紅壱が話しかけたのは、先輩教師から、男子の引率を任された女性教師・車戸だった

 「引率、おつかれさまです。これ、どうぞ」


 「・・・・・・え?」


 思いがけぬ、慈しみと優しさに溢れる言葉を、そんな言葉を口にしそうもない(と、彼女は勝手に思い込んでいた)紅壱が発したので、車戸は目が点になってしまう。

 そのリアクションも、瑛と夏煌の怒りに触れるとは露も知らぬゆえに、呆けてしまっている車戸へ、紅壱は買い物袋から出した、ロールケーキと微糖のコーヒーを差し入れる。


 「申し訳ありませんね、こんな男臭いバスに乗せちまって。

 帰りたい、って思うくらい窮屈でしょう?」


 「え、いや、そんな」


 思っていた事を言い当てられる、そんな想定おもってもいなかった事態に直面してしまい、目を白黒とさせている車戸は、反射的に、紅壱の手からそれを受け取ってしまう。手に感じた重さで我に返った彼女は、慌てて、戻そうとする。


 「だ、だ、ダメですよ、生徒から奢って貰う訳には行きません」


 「安心してください、それは、会長から預かった金で買いましたから」


 真っ赤な嘘である。

 瑛からは、「気をつけて、楽しんで来い」と送り出されはしたが、引率の教師に、途中で労いの意味で、飲食物を差し入れるように、と金銭は渡されてはいなかった。

 けれど、会長、と聞かされ、車戸は強張ってしまう。

 天戯堂学園高等部は、教師よりも、生徒会の方が強い権限を持っている。校長ですら、生徒会長である瑛に対し、高圧的な態度に出られないのだから、新任の車戸としては、会長からの差し入れ、そう言われてしまったら、受け取らない方が失礼、と思い込んでしまう。

 紅壱は瑛の名前を出して、車戸を騙し、黙らせる事に、毎日、鍛えている胸は痛んだが、一方で、瑛の威光に対して、尊敬の念も強まった。


 「あ、これ、お嫌いでしたかね」


 「だ、だ、大丈夫。嫌いじゃないから」


 むしろ、車戸はロールケーキが好物だったし、コーヒーも微糖派だった。

 憔悴していた彼女は、男子生徒がトイレ休憩から帰ってくるのを待っていなければならなかった事もあり、バスの近くから動けなかった。

 車戸は、このパーキングエリアでしか買えない、このロールケーキが、かなり気になっていたので、幾度目かも判らぬ、引率を押しつけられてしまった己の弱い立場に溜息を吐いたばかりであった。


 「良かったです」


 当然ながら、偶然、これを買った訳ではない、紅壱は。車戸が、男子のバスに同情する役目を任された、と知って、彼は、すぐに、車戸の嗜好を調査しらべていた。


 「ここまで、後ろが騒々しくて、すんませんでした。

 修一にも、そろそろ、静かにするよう言っておくんで、安心してください」


 「いや、あの、大丈夫よ」と、車戸はしきりに両手を左右に振る。


 「そうですか?」


 一瞬、首を縦に振りかけた車戸だったが、「できれば、もうちょっと、静かにしてくれると、他の皆も助かるかも。ほら、みんな、体力は残しておかないといけないから」と、蚊の鳴くような声で告げた。


 「あー、そうっすね。これから、アレをするんだから、浮かれちゃいられませんよね」


 苦笑した紅壱は、車戸に軽く、頭を下げる。


 「じゃあ、あともう少し、よろしくお願いします」


 「こ、こちらこそ、ありがとう。

 獅子ヶ谷会長にも、帰ったら、お礼を伝えておいてくれる、辰姫君」


 もちろん、瑛に礼を言う気はないのだが、「わかりました。伝えておきます」と、紅壱は頷く。


 (この先生は、直接、会長に話しかける度胸もねぇだろうから、バレる事もねぇだろ)


 車戸は再び、一礼してから、バスへ乗り、修一と巧が待っている最後尾の席に腰かける紅壱をジッと見つめた。


 (アタシ、彼のこと、誤解してたのかな)


 よくよく考えれば、あの女帝が、生徒会に勧誘したのだから、見た目通りの不良である訳がない。

 自分の常識と、周囲の噂で、紅壱を、ろくでなしと決めつけていた自分が恥ずかしくなったのか、彼女は下唇を強く噛んだ。

 これからは、もう少し、彼と話して、人となりを知っていこう、と決意し、車戸は全員が戻ってきたのを確認して、自らもバスへ乗り込んだ。

 そうして、再び、走り出した広くはないバスは、車中に食べ物の匂いを充満させながら、目的地へ向かうのだった。



 「なぁ、コウ、お前さぁ、生徒会の一員なんだから、もうちょい、どうにか出来なかったのかよ」


 「バカ言え、一年生で、庶務の俺に、そんな権力チカラがある訳ないだろ。

 そもそも、このバスだって、会長が副教頭に直談判してくれたからこそ、乗れたんだぞ。

 下手すりゃ、ハイエースで、途中の休憩もなかったんだからな」


 「おいおい、いくら、何でも、俺らへの待遇が酷すぎだろ、それ」


 「だから、会長に感謝しろよ」


 お前が惚れるだけあるな、と返したくなった修一だったが、ここで下手にからかうと、後が怖いので、グッと飲み込んだ。


 「いっそ、自転車チャリンコの方が楽だったかもな」


 修一が代わりに呟いた言葉に、巧はギョッとする。しかも、紅壱までもが同意した上に、瑛に「ハイエースに詰め込まれるくらいなら、男子は自転車チャリンコで行く」と提案したが却下された、と爆弾発言をかましたので、気が遠くなってしまう。


 「朝の5時半くらいに学校を出れば、この時間に、男子全員、ここに辿り着けたと思ったんだけどな、会長に『無理に決まってるだろ』って言われちまった」


 「そりゃ、そうだ。5時半じゃ遅すぎだ、せめて、5時だろ」


 「いや、獅子ヶ谷会長が無理だって言ったのは、出発時間が遅いって意味じゃなくて、全員の体力が最後まで持たないって意味ですよ!!」


 巧が自分達に向かって、大声で意見を口にしたので、紅壱と修一は目を瞬かせた。その反応に、つい反論してしまった巧は、一気に青褪めた。


 「す、すいません」


 「何、謝ってんだよ、タク」


 「結構、でけぇ声、腹から出せるじゃねぇの」

 

 怒るどころか、やけに楽しそうな修一と紅壱に戸惑いながらも、ホッとする巧。


 「まぁ、巧の言う通り、体力の事を考えると、自転車チャリンコはキツいか」


 「俺とお前は問題なくても、他の奴らは山登りまでは無理だろうな」


 (まだ、ズレがあるなぁ)


 しかし、巧はもう、ツッコミを入れるのも疲れてしまったので、聞かなかったフリをした。


 「あ、そろそろ到着するみたいですよ」


 目的地である、見槻山みつきやまが近づいてきたので、巧は窓の外を指す。


 「そこそこあるな」


 「標高は980mだそうだ。

 まぁ、頂上を目指す訳じゃねぇし、問題はねぇよ」


 「俺としちゃ、普通にテッペン目指す方が楽だけどな。

 何が悲しくて、遠足でゴミ拾いなんかしなきゃならねぇんだよ」


 ボヤきながら、修一はフィッシュバーガーの残りを頬張り、コーラで流し込んだ。

 彼が発したゲップに眉を顰めながら、紅壱は豚の角煮を挟んだ中華まんを頬張る。

 あのパーキングエリアの月間人気ランキングで、常に五位以内に入っているだけあり、質が高い。豚の角煮そのものも、柔らかさと肉の旨味が素晴らしいけれど、それを受け止めている饅頭には、職人の強いこだわりを感じ取れる。


 「お嬢様が通う学校のイベントとしちゃ、何気に、ハードだよな。

 自然の美しさを守るって、ありきたりな教えもあるみたいが、果たして、マジメにゴミを拾う生徒がいるのやら」

 

 共学化した事で、女生徒がサボった分は、男子生徒が割を食う事になっているのだろう。男女平等は謳っていても、寄付金を多く出してくれる家のほとんどは女子なので、教師としても、大っぴらに、男子と女子を同じように扱えないのかもしれない。

 女生徒と付き合うチャンスが増す、そんな夢を抱いて入学した男子生徒は、またしても、己の愚かさを思い知るイベントになるだろう。

 もっとも、紅壱はそんな考えなど最初から持っていなかったし、修一も口では「女と付き合いたい」と言いながらも、紅壱と遊んでいる方が楽しいので、女生徒や教師から冷遇されている現状に、さほど、辛さは覚えていなかった。

 そんな、見た目はいい反面、ガツガツしていない二人が、女子からの人気が高いのだから、世の中、皮肉なもんである。この事実が、他の男子の、紅壱と修一への嫉妬の火を強めるガソリンになっている事は書くまでもない。

 修一が学校生活に楽しみを見出して、通い続けるのであれば、紅壱も自分の楽しみを見つけて付き合うし、紅壱が理不尽な理由で退学させられるのなら、修一も共に退学やめるつもりでいた。

 言葉では説明できないものの、心意気で理解できる強い絆で結ばれているのが直感できる二人に、巧は「いいな」と思いつつ、彼らの隣にいても恥ずかしくない、彼らの輝きをくすませない男になろう、と決意するのだった。



 男子のバスが到着すると、硬直かたくなってしまった体を揉み解す暇も与えず、教師から、今回の目的についての判を押したような説明がされ、山道を歩く際の注意もされる。崖や落石が起こる場所はないにしろ、毒虫や蝮が出る事もあるそうだ。

 そうして、紅壱、夏煌、鳴の生徒会役員らは、「頑張ってください」、「お願いします」、「ケガには気を付けて」と声をかけながら、生徒たちへゴミ袋を手渡していく。

 紅壱からゴミ袋を受け取る女子の大半は、まだ、少し怯えた反応だ。しかし、嬉しそうにはにかんだり、「頑張ります」と返せる者もいた。

 生徒会役員として対応しているだけ、と頭では理解できていても、他の女子に、紅壱が笑いかけているのを見た夏煌は気が気ではない。その為、幾度か、ゴミ袋を女子に渡す動作が滞ってしまったほどだ。

 ちなみに、修一と巧以外の男子は、夏煌と鳴からゴミ袋を貰っていた。

 夏煌は紅壱以外の男子に対し、興味はなかったが、彼に嫌われるのも困るので、普通にゴミ袋を差し出す。

 反対に、紅壱ほどじゃないにしても、他の男子も害悪扱いしている鳴の手渡し方は、実に雑であった。もっとも、彼女の「素っ気ない」を通り越して、刺々しい態度を喜び、テンションが上がる男子もいたのだが。当然、そういう男子に、鳴は嫌悪感を隠そうともしなかった。

いきなり、校内でも目立ち、一日の会話の中で、一度は確実に名が口にされる紅壱から、突然に話しかけられて、面食らってしまう車戸

そんな彼女の怯える姿に、やや傷付きつつ、紅壱は引率を引き受けてくれた感謝を込め、コーヒーとロールケーキを差し入れする

生徒に奢られた事がバレたら、上から大目玉なので、すぐさま断ろうとした車戸だったが、紅壱の「会長から」と言う嘘に騙され、つい、受け取ってしまう

話したのは短い時間であったが、車戸は、紅壱は頭の固い教師や男子排斥派の女子が言うほど、悪い子ではないのかもしれない、と思いを改めるのだった

そんなこんなで、バスは目的地に到着する

今日、この山で、天戯堂学園高等部の一年生は山歩きとゴミ拾いを行うのだ

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