第百三十五話 休憩(comfort stop) 紅壱たちが乗せられたバス、トイレ休憩でパーキングエリアに停まる
夜な夜な、一般人を襲い、喰らっていたオーガ二匹と、乱入してきたリザードマンを撃破した、獅子ヶ谷瑛が率いる、天戯堂学園高等部の生徒会
瑛は、今回の最功労者は、紅壱だ、として、『組織』に、彼へ働きに見合った賞賛と報酬を求めようとしていた
しかし、目立つ事を好まない紅壱に、報告しないでくれ、と頼まれた彼女は、『組織』の悪意の事もあり、事実を隠す決定を下すのだった
自分に気を遣ってくれた瑛に感謝しつつ、紅壱は、もっと、彼女の役に立つには、自身の魔力を完璧にコントロールしなければならない、と前だけを見つめる
「やっと、到着たかー。
マヂに疲れたぜ。背中、バキバキだ」
修一はググゥッと、長時間のバス移動で強張ってしまっていた背筋を伸ばす。ただでさえ、顔の作りが野獣系なのに、険しい表情で首を鳴らしている彼の威圧感は凄まじく、「獣王」と表現するに相応しい。
そんな彼と、系統こそ違えども、堅気には見えない紅壱に対し、根拠がない故に強い、恐怖の念を抱いていた、他の一年生の男子は、ずっと、心と体を萎縮させていたので、修一よりも体がガチガチとなっていたのだが。
禁忌を犯した者に苛立つ山の主のような唸り声を上げる彼に、紅壱と巧は苦笑いだ。
やっと、緊張の連続を強いられていたバス移動から解放され、安堵していた他の男子は、気弱そうな見た目の巧が紅壱らと共にいるのを見て、ギョッとしている。
その後、巧が彼らの専用パシリにされた、と勘違いしたのか、一年生男子らは巧へ同情の視線を向けた。
他の男子に、そんな勘違いが生まれているとは露も知らず、巧も溜息を溢す。
「さすがに、疲れましたよ、僕も・・・けど、ここで半分なんですよね」
チラリと振り返った巧の視線の先にあったのは、小型のバス。
一年の男子は各々のクラスではなく、その十人が乗れば狭苦しさを感じる、このバスに押し込められ、二時間も乗っていたのだ。その間、カラオケやゲームに興じる事は許されず、男子らは無言を強いられていた。
もっとも、私語が許されていても、後部座席に修一が、不機嫌さ丸出しの顔で座っていたのだ、彼らは決して、喋る事が出来なかっただろう。
ちなみに、男子たちが、このサービスエリアに到着する30分前に、女子たちが乗っていた大型バスが出発していた。
教師の中には、女子と男子を、このサービスエリアで、あまり接触させたくない者がいるようだ。何か、間違いが起こる、と危惧しているんだろう。
一年の女子生徒らは、その決定に、文句を口にはしなかったが、腹の中では、少し、残念がっていた。
ここ最近では、紅壱と修一が見た目通りの不良ではなく、むしろ、親しみやすい、と認識を改めている女子も増えていた。彼女らは、サービスエリアで止まる、短い時間でも構わないから、紅壱と修一に話しかけたかったらしい。あわよくば、写真撮影や連絡先の交換も目論んでいたようである。
もちろん、一番に残念がったのは夏煌で、教師の決定に快哉を叫んだのは鳴だった。
あみだくじでハズレを引いてしまった、いや、他の教師の誘導により引かされてしまった英語担当の新任教師・車戸亮子は、最も後ろにある、大人数が座れる席の中央に腰を下ろし、股を開くようにして、たった一人で座り、しかも、大声で男子が差別を受けている現状に対して愚痴っている修一に、注意の一つも出来なかった。
紅壱は腰かけ方こそ、不良さを感じさせないものだった。だが、両目を閉じて、頬杖をついて唇を真一文字に引き結んでいる彼は、悪友と異なる恐怖を、彼女に与えていたようだ。
ずっと、憧れていた、この天戯堂学園高等部で教師を続けていく自信が、早くも揺らぎかけている車戸亮子に出来る事と言ったら、バスの中で紅壱と修一が暴れ出さないように祈る事と、一分、いや、一秒でも早く、今日の目的地に到着して、と懇願う事だけだった。
「ま、とりあえず、食い物の確保だ」
このトイレ休憩の為に、パーキングエリアで止まるべく、バスのスピードが落ち始めた時は、巧以外の乗客が、ここで逃げようか、と思い詰めたほどだ。
自分達が他の男子に緊張を強い、教師に辞職を考えさせている事など知らず、仮に知っても気にしない紅壱と修一はサービスエリアに到着すると、すぐさま、バスから降りていた。
二人とも、あまりにも一瞬で降車していたので、男子らと車戸は、彼らがいつ、バスから降りたのか、気付けなかったほどだ。
二人が戻ってくる前に、発車しちゃってください、運転手へ、そう言うだけの度胸はない車戸は自分の運の悪さを嘆く。そうして、ほぼ涙ぐみながら、車中に残っている、呆けた表情の男子らに、「ここでの休憩時間は、15分です」と告げるのが精一杯だった。
紅壱らが降車した、と頭で理解し、緊張から解放された彼らは尿意を覚えたようで、すぐにトイレへ向かった。
他の男子と違い、紅壱らは見た目と違い、付き合いやすい同性だ、と知っている巧はトイレに行くのは後回しにし、ぐったりとしている女性教師の言葉を友人に伝えるべく、車外に出て、屋台や売店などが並ぶ飲食エリアに向かった。
紅壱は生徒会のメンバーだから、休憩時間も把握できているだろう、と考えた巧は、修一の方に向かう事にした。
良くも悪くも目立つ修一を人ごみの中から見つけるのは、そう難しい事ではなかったので、巧は楽々と時間の事を告げられた。
やはり、修一は、このサービスエリアでの休憩時間が15分である事を知らなかったようで、「マヂかよ。少ねぇな」と眉を顰めた。
しかし、不機嫌になっている時間も惜しいので、修一は巧に礼を言うと、すぐに食糧の確保作業へ戻った。
彼ほど恐ろしい風貌の男子高校生が歩けば、自然に買い物客は、彼から距離を置き、行列も解散してしまう。その結果により、修一はすぐに、レジへと行き、ご当地限定のスナック菓子を購入し、お好み焼きやフライ串も注文する事が叶った。
おっかない顔つきも、たまには得なんだな、と思いつつ、巧はトイレに向かった。
一つ目のトイレは混雑していたが、次に向かったトイレは、丁度、波が収まっていたようで、巧は一分ほど待っただけで用を足す事が出来た。
飲み物くらいは確保しておこう、と時間を気にしつつ、巧が売店に急ぐと、いきなり、誰かが首筋に冷やされている缶を押し当ててきたので、彼は「うひゃぁい」と奇声を発し、跳び上がってしまった。
まさか、巧が周囲の喧騒が一瞬ではあるが静まり、妙な空気にするほど、仰天するとは紅壱も予想していなかったので、「すまねぇな」と友人の首筋から缶を話す。
驚かせちまった詫びだ、と紅壱が差し出してきた缶を受け取った巧は、彼が既に、このサービスエリアで販売している中華まんを全て買ってきている事に気付き、またしても、開いた口が塞がらなくなった。
バスから降りて、まだ五分ほどしか経過していない。その短時間で、中華まんに狙いを定め、狩り尽くした紅壱の凄まじさに巧は舌を巻いた。
修一と同じく、見た目で他の客を結果的に追い払っていたのは確かだろうが、それだけでは、この戦利品の豊富さは説明できない。
このサービスエリアにある名産品は、予めリサーチしておき、なおかつ、店がどこにあるかを把握し、どの店から行けば、効率の良い買い物が出来るか、を事前に計画していたのか。もしかすると、紅壱が車中で押し黙っていたのは、イメージトレーニングに励んでいたからか、と巧は察した。
こんな凄い人たちが、自分の友達になってくれるなんて、と嬉しくなった光は、折角なので、休憩時間が終わり、バスに戻るまで、紅壱と行動を共にする事にした。
修一の方に戻れば、彼に奢らされるか、荷物持ちをされそうだな、と思ったからだ。もちろん、そこには、自分も楽に買い物が出来る、そんな狡さもあったようだが。
トイレでスッキリした一年の男子が、残った時間で買えた一つ、二つの軽食を手にバスへ戻ってくると、ちょうど、紅壱らも売店エリアから歩いてくる。
男子達はガッカリすると同時に、紅壱らが紙袋から、たったの15分で買い込んで来たとは思えぬ量の飲食物を出し、荒っぽくも、妙に洗練された風もある食べ方で堪能し、感想を言い合っているのを見て、唖然となっていた。
そんな雰囲気は、まるで感じず、気にせず、意に介さない紅壱と修一が別々で買ってきた食べ物が、一つもダブっていない事に、彼らの近くの席へと、半ば強引に移動させられる事になった巧は、軽く驚いた。
巧が予想した通り、紅壱は事前に、このサービスエリアで有名なグルメを調査べており、悪友が行くであろう店は、自分のルートから外していたようだ。
一方の、修一は事前の調査など、全くしていなかったが、持ち前の野性的な勘で、紅壱が自分で買いそうな物を無自覚で外していたようだ。
ご相伴に預かりながら、巧は二人の友情に言葉が出なくなるも、無用な言葉は交わさずとも、相手の行動を先読みできる関係性は羨ましいな、と思う。
「車戸先生」
「え!?」
突然、声をかけてきたのが、紅壱だったので、車戸は無意識に身構えてしまう。
こちらを振り向いた彼女の表情が引き攣り、顔色は青白く、唇が小刻みに震えて、声も発せないのを見て、紅壱は嘆息を噛み殺す。いつもの事だ、と自分に言い聞かせはするが、地味に辛い。
どうして、この不良生徒は、自分に話しかけてきたのか、ふざけないでよ、と逆恨みに近い感情すら芽生える車戸だが、彼女は、自分が幸運である事を知らない。
もしも、彼女が、紅壱に声をかけられたにも関わらず、こんな反応をした、と瑛、夏煌の両名が知ったら、彼女は教職を追われるだけでは済まなかった可能性が高い。紅壱が「大した事じゃない」と取り成しても、彼女達は容赦しなかっただろう。
この場に、瑛と夏煌がいない事を喜ぶべきだ、とは知らぬ車戸は「な、何ですか、辰姫君」と声を絞り出すのが、やっとであった。
オーガ二匹とリザードマンを、昨夜に倒したからと言って、翌日、休むわけにはいかないのが、学生術師の辛いところか
とは言え、紅壱に疲れはない
彼を含む一年生男子は、小さなバスに押し込められ、とある場所に向かっていた
道中、バスはトイレ休憩で、パーキングエリアへと立ち寄る
そこでの限られた休憩時間で、食糧の確保をしっかりと行う紅壱と修一。そんな二人に驚きながらも、彼らの友達になれて良かった、と巧は喜色を浮かべる
発車まで、残り少しとなった時、紅壱は引率の教師へ、おもむろに近づき、話しかけるのだった