第百三十話 斬燃(cut&burn) 瑛の刀、オーガを斬り、燃やす
自らはオーガを倒し、愛梨と夏煌が相対していたリザードマンを倒す手助けをし、紅壱は、瑛&鳴がオーガと戦っていた場所に到着する
ギリギリまで追い詰められていた瑛を、ナイスタイミングで助けた紅壱は、喜びと驚きを隠せずにいる瑛に、何秒、オーガの足止めをすればいいか、尋ねる
確実に、オーガを倒すには10秒が欲しかった瑛だが、後輩、しかも、惚れている男に危険な事をさせたくなかった彼女は、今、ここで限界を超える為に、7秒を要求するのだった
彼女の誇りを尊重し、紅壱はオーガを圧倒し、きっちり、7秒の足止めに成功する
そして、オーガに最後の時が迫る
「焼身赤剣ッッ」
紅壱から、「トドメ」と雄々しく書かれたバトンを確と受け取ったのは、見事に七秒前の自分を追い越した瑛。
オーガの目の前に迫っていたのは、瑛が振り上げている日本刀であり、それは、真っ赤に燃え上がっていた。
もしも、コンディションが万全なら、回避も容易かっただろう。
だが、今、オーガは強烈な刺突技を喰らい、顔を幾度も殴られ、右膝は破壊され、ダメ押しに神経へ、少量の闘気を流された事で軽い麻痺状態に陥っていた。その麻痺は、一秒もあれば消えただろうが、その前に瑛は刀を全力で振り降ろしていた。
「ギャゥッ」
袈裟懸けに斬られる大鬼。
刀傷は深かったが、生命力が強いオーガならば致命傷にならないもの。
とは言え、瑛の本命は、斬撃ではなかった。紅壱が“命懸け”で稼いだ七秒を無駄にできないのだ、単に「斬る」だけで終わるはずがない。
「うおっ」
さすがの紅壱も、瑛に斬られた大鬼が真っ赤な炎に包まれたので、吃驚としてしまう。
オーガは右膝の痛みも忘れ、地面を転がり、体を包もうとする炎を消そうと試みるも、中々に消えない。どうやら、切り傷から炎が入り込み、内部からも、オーガを焼いているようだ。
必死の足掻きは、数秒しか持たなかった。
急に、ピクリとも動かなくなったオーガは、そのまま、瑛の炎に焼かれ、真っ黒になっていく。
「か、勝った・・・ふぁ」
オーガが完全に絶命するまで、決して、油断をしていなかった瑛は、オーガが身動ぎしなくなったのを確認できた途端に、全身から力が抜けてしまったようだ。
「お疲れさんです」
瑛の気が抜けてしまうのは予想できていた紅壱は、彼女が倒れていく方向に、あらかじめ移動しており、難なく、その体を受け止める。
自らの体が疲れ切っているからこそ、より鮮明に感じられる、紅壱の筋肉の逞しさに、瑛の顔色は変化する。その赤さは、先ほど、彼女の得物が纏っていた火の赤さに匹敵していた。
「す、すまない」と、彼女は体勢を元に戻そうとするも、オーガを倒せるほどの大技を繰り出すのにした無茶は、瑛の魔力、体力、精神力をゴッソリと削っていたようだ。
どれほど、もがいても、紅壱の腕の中から脱出できない瑛は、ますます、頬を上気させる。
紅壱は彼女の体を受け止めている胸板に、温かさを通り越して、熱さすら覚えていたのだが、それはおくびにも出さず、瑛を安心させるために、微笑みかけた。
「会長さえ構わなきゃ、このまんま、皆の所へ運びますんで、ゆっくり休んでください」
紅壱は、何の躊躇もなく、瑛をお姫様抱っこした。当然、瑛は焦り、どもってしまう。
「そ、そ、そ、そんな訳にはいかない。
あ、や、誤解しないでくれ。君の腕の中が不快と言う訳では、決してないぞ。
むしろ、落ち着くんだが、君に抱き抱えられたまま、皆の元へ行ったら、君に恥をかかせてしまう。特に、エリなど何を言うか」
「俺は気にしませんよ。でも、先輩が嫌だってんなら、残念ですけど」
下ろされそうになったらなったで、後ろ髪を痛いくらいに引かれてしまうのが、恋する乙女。
「折角の後輩からの気遣いを、無碍にするのは先輩としての沽券に関わって、今度は鯱淵先輩に窘められてしまう。
自分の足では歩けない、しかし、魔晶で回復するほどではない。
だから、君の好意に甘えるのは吝かではない」
自分でも、ちゃちな理論武装であるのは自覚してるのだろう。しかし、それに触れて、女に恥をかかせないのが、良い男だ。
「ありがとうございます。
じゃ、さっさと戻りましょう」
口の端を吊り上げた紅壱は、瑛のデリケートな部分に触れないようにするべく、ポジションを調整すると、足先を皆が待っている方へ向けた。
「おい、待て、辰姫」
「何ですか?」
「――――――――・・・豹堂を置いていくつもりか、ここに」
「あっーと、忘れてました、すっかり」
嘘だな、と瑛はすぐに気付いた。しかし、その嘘を窘める気は起きなかった。
疲れている事もあったけども、紅壱が、ほぼ毎日、鳴に散々な罵詈雑言を浴びせられているのだから、瑛は「それも仕方ない」と受け取ったようだ。
「しょうがない、運びますか」
苦み走った顔で嘆息した紅壱は、面倒臭さを感じている事を、まるで隠さない足取りで、まだ失神している鳴に近づく。
「待て、待て、辰姫」
またしても、瑛は紅壱の行動を制止る。
「今度は、どうしました、会長」
「予想は出来ているが、一応、聞かせてくれ。
君、どうやって、豹堂を皆の元まで運んでいくつもりでいるんだ?」
「そりゃ、こうですよ」
そう悪びれぬ態度と表情、声色で紅壱は足を動かした。その動作は、まるで、サッカー選手が球を足で蹴って運ぶプレイ、つまりは、ドリブルのように見えた。
「やっ、豹堂は人だ。ボールのように蹴ったら、怪我をしてしまう」
いくら、毛嫌いしている相手でも、そこまでするのは酷だ、と瑛は思った。
(しかし、豹堂の場合は、まず、運ぼうとしないだろうな・・・
仮に、私が、動けなくなった彼を運べ、と命令しても、引き摺って行こうとするかも知れん)
この辺りが、瑛の人が良く、後輩想いである所だろう。愛梨であれば、鳴なら、紅壱にトドメを刺し、死体も隠滅する、そこまで発想が及んでいた。
「けど、俺は今、両手で会長をお姫様抱っこしてるんですよ。
会長とコイツ、肩に担ぐ事も出来ますけど・・・・・・さすがに、そっちの方が、女子的に抵抗ありません?」
自分が紅壱に米袋のように肩へ乗せられている様を想像し、瑛は頬を赤らめた。どうやら、自分の想像の中で、スカートが捲れ上がり、下着が丸見えになってしまったようだ。しかも、今日は、迂闊にも、お気に入りの一枚ではない。
(オーガと戦うと分かっていたなら、一番、高価くて、煽情的なパンツを履いてきたのに・・・・・・)
「うーむ、どうしたものか」
悩み出した時だった、瑛はそれに気付き、叫んだ。
「辰姫!!」
瑛の視線の先にいた者、それは、全身に重度の火傷を負い、半死半生の態であると言うのに立ち上がり、すぐそこにまで迫っていたオーガだった。
「何です?」と紅壱が振り向くと、オーガが、あと二歩で、鉄すら裂く爪を首に届かせる位置まで来ていた。
「させんっ」
咄嗟に、瑛はオーガの爪から、紅壱を庇おうとした。
オーガの生命が消えかけているのは、一目瞭然である。
逃げても無駄だと悟った大鬼は、せめて、残った生命力で油断しきっている紅壱を殺そうとしたのだろう、そう推測した瑛は紅壱を死なせないために、自らの命を投げ出す事に、全く躊躇しなかった。
だが、彼女の決死の行動は、成功しなかった。もちろん、間に合わなかった訳じゃない。
紅壱が瑛に、自分を守らせなかったのだ、腕に力を入れて。
もちろん、彼は自分が瑛の盾になる、その思いで、瑛の動きを阻んだ訳ではない。
気配を察知する能力に長けている紅壱が、オーガの死んだふりと不意打ちに気付かない訳がない。
オーガは、まだ死んでいない、背中を見せれば、確実に襲い掛かってくる、と正確に予想した上で、何もしなかったのだ。
自分がトドメを無意味に刺さずとも、オーガは放っておけば死んだだろうし、何よりも、あの人物が瑛を救う、と気付いていた。
タァァァァン
発射音は、オーガの側頭部を撃ち抜いてから聞こえてきた。
あと数cmのところまで爪を振り降ろしていたオーガは、その体勢のままで硬直していたが、振り向いた紅壱が爪先で軽く押すと、呆気なく後ろに倒れ、今度こそ、完全に動かなくなった。
青い血溜まりを地面に広げていくオーガの目に光はなく、それが、自分の頭が撃ち抜かれた事に気付かぬまま、即死した事を示していた。
「ライフルか」
音と着弾した際の土煙、地面に出来た弾痕から、狙撃によりオーガは射殺された事を悟る紅壱は、弾が来た方向に目をやるが、見当を付けたビルの屋上には、もう、狙撃手の姿はなかった。紅壱に姿を見られる前に、退散したようだ。
(良い腕だな)
自分に射撃と、狙撃への対応を教えてくれた師匠の一人と比較すれば、気配が感知できてしまう時点で、遥かに格下だろうが、学生レベルで考えると、凄いんじゃないだろうか、と紅壱は感心した。
投石で、オーガの頭へ穴を貫通く、それ自体は紅壱にも余裕で出来るが、さすがに、ライフルで2km先から、それなりの速度で動いている標的の頭部を一発で撃ち抜くのは、凄技と評価しても良いくらいだ。例え、魔術に因る補助があったとしても、だ。
もっとも、紅壱が知っている、世界最高のスナイパーは、何らかの魔術を使って、10km先に立てた一円玉をゴム弾で撃ち飛ばせるので、今、オーガを射殺した者は、その領域に到達はしていないようである。
紅壱が(実際は余裕なのだが)、全力で作ってくれたチャンスは無駄に出来ない。なおかつ、惚れた男に、自分の良さをアピールしたい、そんな欲から、瑛は不可能を引っ繰り返す
彼女の燃える日本刀は、見事に、オーガを袈裟懸けに叩き切った。しかも、魔炎はオーガを外と内から、同時に焼いていく
オーガを倒せたことに安堵した瑛は倒れそうになるが、彼女を紅壱は優しく受け止め、お姫さま抱っこで皆の元へ運んでいこうとする
愛梨にからかわれるリスクはあるも、お姫さま抱っこの魅力に抗えず、瑛はそれを”仕方なく”受け入れるが、紅壱が失神している鳴を、やや乱暴な手段で運ぼうとする事には困ってしまう
そんな最中、虫の息ながらも、尽きかけていた命を絞り、紅壱を襲ったオーガ
しかし、その爪が紅壱と瑛に届く前に、オーガの頭を一発の銃弾が貫くッ