第百二十八話 言当(guess right) 愛梨、夏煌の顔を見て、考えている事を当てる
瑛の指示で、乱入してきたリザードマンと戦闘していた愛梨と夏煌
息の合った攻撃で、二人は確実にリザードマンを追い詰めていたものの、決め手には欠けてしまっていた
ジリ貧であることを感じ取った夏煌は、愛梨にリザードマンへ強烈な一撃をぶち込んでもらうべく、一か八かの行動に出た
そんな夏煌を救ったのは、やはり、紅壱だった
彼が作ってくれたチャンスを無駄にせず、夏煌はリザードマンの視覚と口を用いた攻撃を封じる
そして、リザードマンへ、愛梨の容赦ない連打がぶち込まれたのだった
お礼の言葉に無言で、小さく頷き返した夏煌。だが、サファイアブルーの目は、戦闘後の疲労と、使い過ぎた筋肉や関節の痛みで出たものが混じった汗が顔じゅうから噴き出している愛梨には向いておらず、戦闘音が、ほんの微かに聞こえ、気配はハッキリと伝わってくる方向に向けられていた。
我慢はできる、と思っていたが、音を聞くと、行きたくなってしまう。だけれども、体の動きは、本調子に程遠い。
リザードマンが強いのは、先の戦いもあったので、百も承知だったが、ここまで憔悴させられるとは思っていなかった。
悲しそうな、それでいて、何かを決めたかのような、夏煌の生気が全く霞んでいない瞳を見て、愛梨は口の両端を上げた。
「ナツ」
「?」
「お前の今、考えている事、アタシが言い当ててやろうか」
「!?」
「大方、コーイチと一緒に戦うなら、リザードマンくらい、単身で倒せるくらいにならなきゃダメだ、みたいな事を考えてるんだろ」
無表情が売りの後輩が、「なんでわかったの」と言わんばかりに、目は見開き、口もあんぐりと開けたので、愛梨は呆れて笑う。
「ほんと、お前はコーイチが絡むと、考える事が丸分かりだな。
ま、そりゃ、アキも一緒だけどな」
夏煌が、瑛と一緒、と言われ、眉を顰めたのも気にせず、愛梨は言葉を重ねる。
「けど、そういう目標を作るのは大事だと思うぜ。
さすがに、二年に上がるまでに、蜥蜴男を、お前一人で倒すってのは厳しいかもしれねぇけどなぁ」
「・・・・・・」
不満気に、頬を軽く膨らませた夏煌に対し、愛梨は気だるげに首を横に振った。
「ありゃ、アイツが異常なんだよ。
お前とアキが惚れるだけあるよな」
「・・・・・・」
「なっ!? どうして、アイツの名前が、今、ここで出るんだよ」
愛梨が、耳まで真っ赤になったのを見て、クスクスと笑いながら、自分達と同じく、恋をしている彼女は可愛いな、と夏煌は思った。
「まぁ、アタシも、シューイチなら、リザードマンくらい倒せそうだな、と思うけど。
ただ、アイツの場合、コーイチみたいにスマートな倒し方はしないで、咬まれようが、引っ掻かれようが、刺されようが、構わずに殴り返して、倒した時には、自分の方がボロボロになってそうじゃないか?」
簡単に、その様が想像できたのだろう、夏煌はしきりに頷く。
「シューイチの奴を巻き込むってのは、絶対にねぇよ。
コーイチと似たような無茶するタイプだぞ、間違いなく。
いや、敵の攻撃を避けないスタンスの事を考えると、余計に性質が悪ぃって」
意中の相手がズタボロの状態で、快勝に破顔している姿を想像し、テストの結果など気にしない強靭な胃が痛くなったのか、愛梨の顔色は赤味が薄まり、青味が強まっていた。
「絶対に巻き込まないぞ、アイツは」
何やら、フラグが立ったような気もしたが、もし、彼が生徒会に入ったら、毎日、からかわれそうなので、夏煌は同意を示す。
「うっし、せめて、メグ先輩の所まで戻るか」と、愛梨は立ち上がる。
「・・・・・・・」
「あっちには、コーイチが行ったんだ。安心できる」
しばらく押し黙っていた夏煌だったが、小さく頷き返してくれたので、罪悪感を覚えながら、愛梨は彼女の頭を優しく撫でる。
「棚ぼたで、リザードマンが手に入るなんてな。
これで、ニューモデルの手甲が買えるぜ」
ほくほく顔で、リザードマンの屍を見た愛梨は、ふと、疑問が芽生えた。
「そう言えば、コーイチの奴、どうやって、リザードマンの腕、切り飛ばしたんだ?
アキかメグ先輩が、アイツに疾風属性の攻撃魔術でも教えてたのかな?」
二人は首を傾げ合い、体から少し離れている所に落ちていた、リザードマンの腕に、怪訝な目線をやるのだった。
カマイタチを飛ばしたのでは、愛梨の推測は、あながち、間違ってはいない。
ただし、魔術ではない。体術でカマイタチを飛ばしたのだ、紅壱は。
強靭さと柔軟さを兼ね備えた足を高速で振り抜いて、数十mばかり離れた相手に斬撃のダメージを与える技、名を緑衫、を使ったに過ぎない。ちなみに、直接に蹴って斬る技は、郁子と呼ばれている。
そして、紅壱にそれらを教えた祖父の玄壱は、一発目に放った緑衫へ二発目をぶつける事で、人工的な竜巻を生み出す、夭桃も使えた。
玄壱が直に鍛えた紅壱も、夭桃を撃つ事が出来るには出来るのだが、未だに、五発に一発しか成功しない。四発は、相手を単に十字に切り裂く稲城になってしまうので、彼は鍛錬あるのみだな、と己へ更に濃厚な努力を課すのであった。
学生術師にも、疾風属性の適性があり、カマイタチを飛ばす事が出来る者はいる。けれど、それは自分は動かず、なおかつ、対象も動いていない状態に限る。
適性がない者とは異なり、難解な術陣を描く事は必要としないにしろ、少なくとも、数分は集中して、短くはない呪文を正確に詠唱し、仲間が相手を何らかの手段で拘束していてくれないと使えない、つまり、単身の実戦では使ってはならない術だ。
呪文を唱えている時だけでなく、魔力の消費量も少なくはないので、カマイタチを避けられた時も無防備になってしまう。
標的を押さえるのに、少なくとも二人、術者を守るのに一人が必要になる術なので、さぞかし、その分、威力もあるのだろう、と思いがちだが、そこまででもない。
使い慣れているプロならまだしも、経験が乏しい学生術師では、練習で、詠唱を完璧に行ったとしても、放ったカマイタチで切断るのは、せいぜい、直径3cmの鉄パイプくらいだ。
例え、五人がかりでリザードマンの動きが完全に封じられていたとしても、学生術師では、腕、しかも、仲間に槍を突き出す動きをしている状態で、ぶった切るなど不可能に近い。運良く当たって、軌道をズラせる事が出来れば御の字なのだ。
走っている勢いを利用したとは言え、目で追う事も困難な速さで動いていた腕を完全に切った、自分のした事が有り得ない事とは露も知らない紅壱の頭の中には、瑛を守る、これしかなかった。
戦闘が続行中であるのは、音と気配で察せる。だからこそ、ヤバい事態であるのも、紅壱には視えた。
角を曲がり、瑛と鳴のペアがオーガと戦っている空き地が見える距離まで来た紅壱は、己の予想が正しかった事を確信した。
ミラクルな光景、そう表現したとして、それは大袈裟でも何でもないだろう、学生術師が二人だけで、オーガと戦って、まだ、どちらも死なず、腕も足も失っていないのだから。
体に傷を多く負っているのは、オーガの方だった。大半は切り傷や刺し傷だが、火傷や肌の変色も見られた。肌の変色、いや、灰化は聖光属性の魔術を受けた証拠か。
瑛と鳴は無傷ではないにしても、直撃はおろか、拳打や棍棒も掠らせていないようだ。いくら、魔術で防御力を高められても、オーガの一撃が人間の体に掠ったら、それだけで、全治三カ月の怪我を負う。
二人は攻守の動きに不自然さがない。それから推測するに、瑛は二人で、このオーガを倒そうとは考えておらず、とことん、時間稼ぎに徹するつもりのようだ。
仲間は、きっと、自分の仕事をしっかりと遂行し、ここに来てくれる、と信じていた、瑛は。
仲間が揃えば、オーガにだって負けない、と確信していなければ、ここまでの粘りは発揮できない。
傍目から見れば、劣勢寄りの互角だろうか。オーガが遊び半分で戦っておらず、殺すつもりで暴威を奮っているのは、辺りの損壊具合で理解できる。
瑛の実力が高く、経験が豊富ゆえに、この均衡が保たれているのは言うまでもないが、紅壱は素直に認めた、鳴が良い働きをしているおかげだ、と。
瑛を慕い、瑛に憧れ、瑛を敬い、瑛に惚れているだけあって、鳴は完璧に、彼女の呼吸に自らのそれを重ねていた。
瑛の攻撃が芯に届く攻撃になるよう、オーガの攻撃を自分に集中させたのだろう。瑛が自分に攻撃させるつもりの時は、彼女がサポートしやすいように動き、彼女が抉じ開けてくれた針の穴ほどしかない隙間に、渾身の一撃を見事、通したに違いない。
決して、口だけの女じゃないのは、紅壱も知っている。もっとも、見直しはするが、好感度は全く上がらないのだが。
今は、辛うじて、二人のコンビネーションがオーガに通じている。しかし、それも時間の問題であるのも、一目瞭然だ。
先に潰れるのは、瑛だろうな、と紅壱には推察できた。
瑛に手柄を立てさせるべく、鳴は自分の限界ギリギリまで高めて、猛攻め、翻弄している、オーガを。
激しく動き回っているのは、鳴なのだから、先に体力が尽きてしまうは、鳴の方じゃないか、と思う者も多いかもしれない。
けれど、無茶をしている鳴を制御している瑛の方が、神経を擦り減らしている、と紅壱の力ある眼は見抜いていた。これは、惚れている者の強みもあるが、どちらかと言えば、強者ゆえの洞察力であった。
また、決め手に欠けているのも不味い。
実力派ではあるにしても、鳴はまだ一年生であり、相手に致命傷を与えられる技がない。
一方の瑛は、練度が十分な必殺技があるのだろうが、それを繰り出すチャンスを作るのは、鳴に任せられない。瑛が後輩の実力とやる気を低く見積もっている訳ではなく、このオーガとの力の差を考えると、鳴には重荷すぎた。
もしも、瑛が一発逆転を安易に狙い、魔力をチャージする時間稼ぎを、鳴に銘じていたら、とっくに二人とも、オーガに滅多打ちされにされ、地面の染みになっている。
瑛が先に動けなくなれば、鳴は彼女を守るために、更なる無茶を自らに強いるだろう。けれど、彼女の動きを上手く使っていた瑛が戦力外になったら、鳴がオーガに与えられるダメージはたかが知れている。善戦も出来ず、殴り殺されるのがオチだ。そして、その後、瑛も・・・・・
「チッ」
(あのオーガ、強ぇな、さっきの奴より)
赤ん坊を食い殺した、と勘違いし、頭に血が上って、そちらを犀魚であの場から連れ去ってしまったが、冷静に考えれば、自分があちらを担当すべきであったかもしれない。
今更、悔いても仕方ないが、自分の判断が甘く、行動が正しくなかったのは認めるべきだった。
「やべっ」
紅壱が思っていたよりも早く、瑛の疲労は頂点に達してしまいそうだ。当人も、自分がそろそろ限界なのは感じているはずである。
だが、隙を見て、何らかの魔術もしくはアイテムで体力をわずかに回復し、そして、根性で己を騙しているのだろう。
迷っている暇はなかった。
全速力で走っていた紅壱は闘気を集束させていた拳を、左足で強く地面を踏んだと同時に勢いよく突き出した。
ボッ、と音を発し、拳は空気の壁を突き破った。直後、鳴の体は左へ殴り飛ばされた。
「豹堂ッ」
地面に倒れる前に鳴を受け止めた瑛は、彼女が単に失神しているだけだ、と解かって安堵する。
いくら、自分を目の敵にしてくる鳴を疎ましく思っていたって、紅壱は、しっかりと威力をセーブしていた。もし、威力を限界まで弱めていなかったら、彼の飛ぶ打撃、『稗』は彼女の下顎を木端微塵にしてしまっている。
「しまっ!?」
つい、瑛が見せてしまった隙を、オーガが見逃す訳はないのだが、当然、紅壱が瑛に攻撃させる事を許すはずがない。
「義勇衝突ッッ」
瑛は、軽トラよりも大きい、荒ぶる真っ赤な猛牛が突進してきたのか、と思った、オーガの横っ腹へ紅壱の繰り出した突き技が直撃し、踏ん張り切れなかった大鬼が、先ほどの鳴の数倍の距離は吹っ飛んでいくのを目の当りにして。
リザードマンとの闘いは、夏煌の心身に大きな負担をかけた
自分を救ってくれた紅壱の助けになれないことを悔しがる彼女は、密かに決意していた、必ず、自分一人でリザードマンを倒せるくらい強くなる、と
夏煌は、そんな心の内を、愛梨に言い当てられ、驚く
どうにか動けるまでは回復した二人は、被害者の治療をしている恵夢のところへ戻ることにしたのだが、ふと、疑問が芽生える、紅壱は、どうやって、リザードマンの腕を切り飛ばしたのか、と
一方、紅壱はギリギリのタイミングではあったが、オーガと互角に渡り合うも、死に追いつかれかけていた瑛の元へ辿り着く!