第百二十六話 失言(make an improper remark) オーガ、助かろうとするあまり、失言をしてしまう
格下どころか、餌扱いしていた紅壱にズタボロにされたオーガ
なまじ強かったのが運の尽きで、このオーガは紅壱の一撃では殺さないように、威力を低くしていた攻撃に耐えきってしまった
なので、紅壱は、この場でオーガを自らの手で殺さず、瑛らには「逃げられた」と嘘を吐いて、アルシエルへ転送する事にした
初めて見るオーガにも、アルシエルの住魔は必要以上には怯えたりはせず、ある目的のために、早々に行動を開始する
「——‐――――・・・・・・では、まず、お前たちだ」
威厳に満ちた表情の吾武一に手招きされ、群衆の中から、半ば押されるように、オーガの前に出てきたのは、いつになく、緊張した面持ちのゴブリン小僧と、彼の友人三匹だ。
どれほど遠くにいるのか、それすら、まだ判断らぬほど、遥か高みにいる紅壱へ挑むべく、ゴブリン小僧が声にかけ、自分のチームに入って貰ったのは、口下手だが、気性は優しい力持ちであるオーク小僧、ゴブリン小僧に劣らぬ女好きであるが、思い切りの良いコボルド小僧、気難しくて寂しがり屋だが、仲間をフォローする能力の高いスケルトン小僧だった。
「ほ、ホントに、オイラたちが最初で良いんすか?」
気まずそうに振り返ったゴブリン小僧に、「いいっすよ」と両手で大きな丸を作ったのは、剛力恋。
「アンタらには、アタシ達が森の中に行っている時、この村を守ってもらう必要があるっす」
「その為にも、お前等には強くなって貰わねば困る。
俺達ではなく、お前等が最初になる方が、このアルシエルの為に、我らが王の為になる」
「大丈夫、君らならやれる」
「自信を持って」
「サクッとやれば、良いでござる」
幹部らの激励で、いくらか、自信も戻ったか、ゴブリン小僧たちは頷き合うと、それぞれの得物を抜くと、動けないオーガに恐る恐ると近づいていく。
翠玉丸から、紅壱にボコボコにされたから、オーガはろくな反撃ができない、だから、思う存分、攻撃しなさい、と言われていても、怖いのだろう。
だが、紅壱に認めてもらいたい、役に立ちたい、そんな欲が、オーガへの恐怖に勝る。
「せーの、でやるんす」
リーダーの言葉に、他の三匹は首を縦に振った。ちなみに、ゴブリン小僧は、紅壱が使っていたサバイバルナイフに憧れ、森の中を探し回って拾得した短剣。
オーク小僧は、黒曜石から自作った片手斧。
コボルド小僧は物理攻撃よりも魔術攻撃の方が得意なのか、ゴブリン小僧と同じく、森で見つけた、傷みはあるが丈夫で、魔力の伝導率が見た目より優れた、木製の杖である。
スケルトン小僧は草刈り用の鎌を持っており、ある意味、最も違和感がなかった。
「お、おいっ、止めろッッ」
オーガは必死に威嚇すも、やる気になっている、今のゴブリン小僧たちは怯んでくれなかった。
「せーの!!」
ゴブリン小僧の短剣はオーガの腕に刺さり、オーク小僧の斧は太腿を裂き、コボルド小僧の杖先から放たれた石は鼻に当たり、スケルトン小僧の鎌は脇腹に刺さった。
普段であれば、避けられる攻撃。仮に、当たったとしても、ダメージとならないだろう。しかし、紅壱にここまで痛めつけられた事で、オーガの防御力は随分な所まで低下していた。その為、ゴブリン小僧らのような雑魚による攻撃ですら、今のオーガには耐えられる痛みではなかった。
「ぎぃあ!!」
体の中心にまで届く激痛みに喚いたオーガに、ゴブリン小僧らはビクッとするも、自分達の心身に何かが流れ込んでくるのを感じたのか、歓喜の表情となった。
「レベルアップしたっすか?」
ウキウキとしている剛力恋の質問に、四匹は首が千切れんばかりに首肯く。
後日、アルシエルを来訪した紅壱はゴブリン小僧らを解析し、自分の考えが正しかった事を悟り、満足気な笑みを浮かべる事となる。
ゴブリン小僧らの体に流れ込んだもの、それは、オーガの魔力。端的に言うのであれば、経験値である。
経験値は、レベルが上がるほどに、レベルアップするための必要な数値が増し、得る事が困難しくなっていく。
なので、このオーガに攻撃して、経験値を得るのは、レベルアップが日常の狩りだけでは困難である個体、つまり、名持ちの幹部と、オーガが紅壱によって送られてくる前に話し合って、村魔から同意を得ていた。
かと言って、最初から、高レベルである吾武一らが、HPがレッドゾーンへ突入しているオーガに攻撃しては、うま味がない。
その為、最初は、名が紅壱から、まだ与えられてはいないものの、見込みがあるゴブリン小僧に一撃を与えさせて、十分な経験値を与えよう、と言う事になった。
一匹で攻撃していたのならば、その経験値も独占できたのだが、ゴブリン小僧は仲間も一緒に、と吾武一に願った。副村長として、協調を重んじる吾武一が、その申し出を却下する訳もない。
斯くして、ゴブリン小僧がリーダーを務めるチームは、今、オーガに与えた一撃により、レベルが5も上がったのだった。
燥いでいるゴブリン小僧らを祝福し終えたら、いよいよ、幹部らの番である。
「ひぃ、ひぃ、ひぃ」
オーガは、もはや、虫の息である。
普段であれば、ゴブリンどころか、ホブゴブリンに囲まれたところで恐れる事など、何もない。しかし、今や、自分の命は風前の灯火。
一撃だけなら、まだ、耐えられるかもしれない。
そう、根拠がない事を示してしまう、「かもしれない」が浮かぶほど、オーガは今、死に怯えていた。
これだけの数に攻撃を、まともに動けない状況で受けたら、間違いなく、殺されてしまう。
強い敵と戦って死ねるならば本望、そんな信念すらないオーガは、己の死に様が無様になるのも気にせず、醜い命乞いを、この集団のリーダーだ、と判断した吾武一に行った。
「助けてくれッッ。何でもする!!
アンタの下に就くッッ。
こんな奴らよりも、役に立つぞ、俺は!!」
ふむ、と顎を撫でた吾武一は皆を手で制し、オーガに懇願の言葉を続けるよう、目で促した。
助かる、そんな淡い希望が、亀裂だらけの自尊心の中に生じたのだろう、オーガは一層、助命を乞う言葉に熱を込める。
「俺が、お前らの用心棒になれば、百鬼力だろう!!
どうも、お前らはあの人間の手下にされちまってるみたいだな。
俺がお前らの味方になれば、あんなちょっと強いだけの人間、サクッと殺せるぞ。
今回、俺は、ちょっと調子に乗ってヘタをこいちまったが、次は油断しない。
今度こそ、きっちり嬲ってやる。
お前らも、人間を食べたいんじゃないか?」
ゴブリンらは、一種の憧れをオーガに対して抱いていた。だが、目前の大鬼が、あまりにも無様に助かろうとしているのを見て、幻滅する。みっともないオーガに対する反応は、オークらも同様だった。
オーガを侮蔑する空気が漂い出しているのを背に感じながら、吾武一は顎の下を撫でる。
「ふむ、なるほど、貴殿の言う事には一理がある」
「だ、だろう!?
じゃあ、俺を助けてくれッッ」
(バカが!!
誰が、お前みたいな雑魚の手下になるか。
コイツらに介抱させて回復したら、すぐにでも皆殺しだ)
オーガは、自分の思い通りに事が運んでいる現実に笑いたいのを堪え、必死に縋る。
しかし、コイツはとことん、愚かだった。それに、自分で気付けない点が、特に。
「一つ聞きたいのだが、いいだろうか」
「おぅ、何でも答えてやるぞ」
「貴殿は、カガリ様をご存知か?」
思ってもいなかった名が、目の前に立つ、見るのが初めての、黒い中鬼から出たので、キョトンとしたオーガだったが、すぐに「あぁ」と頷いた。
深刻なダメージで、お世辞にも血色が良いとは言えない、厳つい顔には、嫉妬と恐怖の色が重ね、滲んでいた。
「直で会った事はないが、東側で、そこそこ有名なオニだろう。
名前があって、ちょっと強いくらいでチヤホヤされてる野郎だ。
どうせ、本物は大した事ねぇさ。
いつか、俺がぶっ殺してやるつもりさ。
どうせなら、俺がカガリって名乗ってやっても良いな。
会った事がある奴もいねぇだろうし、バレないだろ」
ベラベラと喋るオーガに苛立ってきたのだろう、奥一の鼻息が荒くなり、弧慕一は眼つきが鋭くなり、輔一の眼窩の奥に広がる闇は深まる。
しかし、自分達の殺気に気付かないオーガに、トドメを刺そうとする仲間を押し留める、吾武一がやんわりと。
彼の纏う気配で、彼が自分ら以上に怒っているのを感じ、奥一らは静かに攻撃の手を下げた。
それに気付かないオーガは、なおも失言してしまった。
「その名が出るってことは、お前ら、カガリに恨みでもあるのか。
よしっ、いいぞ。回復したら、カガリも、あの人間と一緒に、俺がぶっ殺して、お前らに喰わせてやるさ」
「・・・・・・それは不可能だな」
「え?」
「カガリ様は、既に亡くなっている。戦いの中で、命を落としたのだ」
「何だって!?」
愕然とするオーガに、吾武一は更なる衝撃的な真実を告げた。
「カガリ様を凄まじき激闘の末、倒したのが、貴様をそこまで痛めつけた、我らが王だ」
「はぁ!?」
「我らが王を倒す、殺す、喰うだの、よくも、ふざけた事を言ってくれたな。
それだけに飽き足らず、我らに戦士の生き様と死に方を示してくださったカガリ様に対しても、実力の彼我も弁えぬ発言。
到底、許せん!!」
アルシエルの住魔たちからしたら、ブラックホブゴブリンである吾武一の方が、種族的には上であるオーガよりも、よっぽど恐ろしく見えたし、感じた。
「お、おい、待て!!」
この時になって、ようやく、オーガは自分が吾武一の地雷を踏みまくっていた事態に気付くが、後の祭りである。
「卑怯だと思わないのか、お前ら!!
ボロボロで動けない俺を、よってたかって殺そうとするなんて!!」
「だから、どうした。
卑怯と罵られようが、王の役に立てる強さを得られるのならば、その程度の汚名、いくつだろうと被ってやるわ!!」
吾武一の言葉に、奥一らも力強く頷いた。
言葉で騙すのは無理だ、逃げるしかない。オーガは体の隅にこびりついていた最後のエネルギーで仰向けになり、必死に地面を這って逃げ出そうとした。
だが、先ほども言ったように、もう、手遅れであり、手詰まりだった。
やるぞ、と吾武一の言葉に頷き返した幹部らは、己の得物を懸命に体を引きずり、前に進もうとしているオーガに向けた。
吾武一はクレイモア、剛力恋はカットラス、林二は丸太の尖端で突き下ろしの構え。
奥一はバトルアックス、食々菜は鍬、完二は己の拳を振り上げた。
弧慕一が掲げた杖の上に浮かぶのは石の杭、磊二の杖は十数個の石礫を浮かせ、影陰忍は指を中央の穴に入れて、巨大手裏剣を回転させる。
輔一は突進槍を雷の魔力で覆い、骸二はジャマダハルを炎で包み、彗慧骨はボウガンに矢を装填した。
「安心しろ、名もないオーガ。
弱きお前の死は、我らが糧とし、王の為に揮う力に変えてやろう」
そして、主を侮蔑された者らの怒りは、一斉にオーガへと襲いかかる。
断末魔は村中に響き渡った。
ちなみに、オーガの屍は食々菜らによって細断の後、肉野菜炒めに調理され、村魔全員の口に入る事となった。
紅壱に一方的な攻撃をされたと言っても、オーガはオーガ、その肉にも魔力は宿る。
攻撃を与えた際の経験値に比べれば、微々たるものだが、それでも、名無しの下位魔属には十分すぎる。
全ての名無し村魔のレベルが1~3ほど上がる結果となった。
自分よりもレベルが上の怪異へダメージを与えられれば、それだけの経験値が獲得できる
そのルールを利用し、吾武一らは毎日の鍛錬や模擬戦、または、狩りで手に入る以上の経験を、オーガを的にする事で得よう、と目論んでいた
最初に、身動きも儘ならないオーガに攻撃を与える特権を与えられたのは、紅壱に期待されているゴブリン小僧と、彼のチームに入ったオーク、コボルド、スケルトンだった
最初こそ緊張していたゴブリン小僧たちだったが、腹が決まれば、躊躇いはなかった
これ以上、攻撃を動けぬ体に受けたら、命にかかわると危惧したオーガは、必死に命乞いをする
だが、オーガは調子に乗るあまり、紅壱とカガリの事を愚弄する失言を口にしてしまった
尊敬する相手を侮辱され、吾武一がキレないはずがない
憐れ、オーガは吾武一らにトドメを刺され、その血肉は名無しの住魔の腹に入る事になったのだった