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とある生徒会長の本音は日誌だけが知っている  作者: 『黒狗』の優樹
生徒会、オーガと戦う
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第百十九話 大鬼(ogre) 生徒会、オーガに遭遇してしまう

民間人を殺害し、喰らった怪異を討つべく、夜の街を巡回していた天戯堂学園高等部生徒会

聞き込みを担当した鳴からの報告で、瑛らは討伐対象がホブゴブリンである、と判断していた

だが、紅壱はオーガである可能性も外せない、と瑛へ進言する

瑛が紅壱への好意を抜きにして、その意見は一考に値する、と頷いた時、紅壱と夏煌は血の匂いと敵の気配を察知する

生徒会メンバーは、紅壱を先頭にして路地を駆けていく

その際、瑛と夏煌は、事態の深刻さも忘れ、ついつい、惚れた男の背中に見惚れてしまうのだった

 「・・・・・・」


 「あぁ、アタシの鼻でも分かるな」


 夏煌の言う通り、血の匂いは濃さを増している。鼻腔をくすぐる鉄臭さで、愛梨は闘争心が昂ぶり始めているようで、鉄芯入りのグローブを装着した両手を幾度も、開閉していた。


 「シッ」


 紅壱が小声での会話を手で制すと、足を止めた一同は唇を真一文字に結んだ。鳴は、文句を言おうとしたけれど、恵夢が掌で口を塞いでいた。


 (気配は遠ざかったな・・・・・・だけど、近くにまだ、いるか)


 しばらく、双眸を閉じ、意識も落ち着かせて、耳で物音、闘気の波紋で気配を探るが、角を曲がった先に魔属はいないようなので、紅壱は念のために顔を少しだけ出し、様子を窺った。


 「!!」


 確かに、そこに魔属はいなかった。だが、犠牲者があった。

 一度、顔を引っ込めた紅壱は苦味の強い溜息を噛み殺して、「何もいません」と前置きしてから、「ただ、ちょっと遅かったみたいです、俺ら」と告げた。

 基本的に、紅壱の言葉に耳を傾けるつもりがない鳴以外は、その言葉の意味を理解できたようだった。

 紅壱に続き、角を曲がった瑛らは息を呑むしかない。

 そこにあったのは、死体と表現する事も難しいほど、周囲に飛び散ってしまっている肉片と血だまりだった。


 (肉の量が少ない・・・美味い、もしくは、好みの部分だけ食って、ほったらかしか。

 随分と、お行儀が良い怪異らしいな)


 「うぇ」


 さすがに耐えられなかったのだろう、待機していた間に食べていた苺とキウイのクレープを吐き出してしまった鳴。ビチャビチャ、と路地裏に嘔吐音を響かせる後輩の背中を、「大丈夫?」と恵夢は優しく擦ってやる。


 「あ、あんたが、つまんない事を言って、ノロノロ進んでたからよ」


 「いや、それはねぇな。

 こんな風になるくらいの強さで殴ったなら、それなりの音はするし、それ以前にも悲鳴は聞こえなかった」


 血がまだ乾ききっていない事も確認した愛梨が、鳴の口撃から紅壱を守った時だった、路地の先から悲鳴と、助けを求める声が聞こえてきたのは。

 真っ先に駆けだしたのは、瑛だった。当然、紅壱もすぐに追いかけ、彼女を追い抜き、前に行く。


 「どっちだ!?」


 前方にT字路。紅壱は気配を探り、夏煌は魔属の匂いを感じ取るべく、鼻の穴を広げた。


 「右です!!」


 紅壱が叫び、夏煌も右を指す。

 誰かが襲われている事が確定である以上、曲がる間際で止まり、状態を確認している余裕はない。

 スピードを緩めることなく曲がった瑛らは、直後に動けなくなったのだが、誰も責められない。

 学生よりも危険な任務に当たっているプロの術師なら、それが当然だ、と言うに違いないだろう。

 他の学生術師でも、そんな光景を目の当りにしたら、例え、人数が瑛らの倍でも、間違いなく、足が止まってしまったに違いない。それだけの恐怖が、そこにはあった。

 恐怖に縛られなかったのは、紅壱だけである。怖くなかった訳ではない。しかし、カガリと比べれば、弾き飛ばせる恐怖だった、それだけである。

 頭の片隅には、「吾武一なら、オーガになれるかもな」と期待も芽生える余裕すらあった。

 紅壱の左足が地面を蹴る音と、紅壱の右足がオーガの横っ面にメリ込む音が重なる。

 ありえない、そう思う者もいるだろうが、その非常識と非現実を実現してしまうのが、紅壱であるので納得してもらうしかない。

 残忍であると同時に、頭の作りも粗末で、周囲への警戒も、自身の強さを過信している事から疎かだったオーガは紅壱らの接近に気付いていなかったようだ。

 

 「BUGYA!?」


 オ〇ダ・カズチカ選手ばりの高空ドロップキックで蹴り飛ばし、一秒後にはビルの壁に顔面から激突するであろう片方には一瞥もやらず、紅壱は状況をお粗末な頭を懸命に働かせて理解しようとしている為に動きが固まってしまっているオーガに迫る。


 「GAAaaaaa」


 普段からしない「考える」に意識が傾いていても、闘争本能の塊でもあるオーガの体は紅壱の危険さを感じ取り、自然に攻撃を繰り出す。

 大振りのパンチを、あえてギリギリで避けた紅壱はオーガの腕を取るや、力ではなく、技と理の投げを仕掛ける。

 これまで、投げ技など仕掛けられた事がないオーガは、自分が今、どうなっているのか、それも考えてしまい、肉体の反応が遅れる。

 とは言え、仮に我へ返れたとしても、地面に迫る間、直線的ではなく、雷マークのようにジグザグの軌道を描いていては、取れる行動は限られていただろう。

 本来であれば、地面に頭頂部が激突する前に、無防備な頸部へ払い蹴りを入れ、頭蓋骨を粉砕する技だ、平題箭いたつきは。

 だが、頭蓋骨の陥没や脳挫傷、頸骨が折れたくらいで、オーガを必殺できるか、確かな判断が出来ない。

 そのため、今は襲われていた民間人から二匹のオーガを少しでも遠ざける事を優先すべきだな、そう判断し、紅壱はオーガの頭ではなく、胴へ前蹴りを入れる、つがに切り替えた。

 咄嗟に腕で、紅壱の前蹴りをガードしたが、頭が下、足が上の状態で踏ん張る事は出来ない。

 そのオーガも宙を一直線に飛んでいき、しかも、ビルの壁にメリ込んで、やっと、前に倒れ込みそうになっていた片割れへ直撃した。

 最初に蹴り飛ばしたオーガは、悲鳴すら上げられず、更に壁へと埋まるが、紅壱は気にしない。


 「メグ副会長!!」


 オーガが二匹いただけでも驚きなのに、紅壱の不意打ちが完全に成功した事で、ますます、呆然となっていた恵夢は、彼の叱咤の声にハッとする。

 既に、忘我状態から脱して、犠牲者に声かけをしていた瑛に続き、地面に倒れ伏している男女の傍らに膝を落とした恵夢。


 「安心してください。今、傷を塞ぎますッ」


 女性も顔や体に痛々しい引っ掻き傷があるが、男性の出血の方が、明らかに多い。控え目に言っても、危険だ。

 恐らく、いや、間違いなく、この女性を庇い、オーガの爪に体の前面を裂かれたのだろう。

 オーガが嬲る気だったのか、運よく致命的となる間隔ではなかったのか、それは定かでないにしろ、男性の息はまだあった、虫の息と辛うじて表現できるほどではあったけれど。

 恵夢の回復魔術と魔力量では、この場で完治させるのは難しい。だが、これは彼女の力不足ではない。

 男性が重傷である事も大きいが、『組織』かつ人間の術師が長い年月をかけて研究し、実用できるモノに確立させた回復魔術のレベルが、怪異が使えるものと比較すれば、ひどく劣っている、それだけだ。

 しかし、恵夢は人間と怪異が使える、回復魔術に大きな差があるとは知らないし、仮に知っていても、今の自分の力不足を嘆いている暇もない。

 今、出来る事を全力でやる、それしかなかった、恵夢には。紅壱に、名を呼ばれた、つまり、頼まれたのであれば、尚更に。


 「クラム・スクール・ボワッタ・バショ・アカデーミア・プレパラトーリア・フロンティスティリオ・プリパダヴァーニイ・ドクトーリス・ムーヌス・インセニャメント・レーアムト・ファカルティー・ファキュルテ・ファクルター・スコリ・クラース・クラシス・クラッセ・クラッセ」

 

 回復に長けたプロの術師でも書き記した巻物が欲しい、と思うような上位の術を、恵夢は一度も噛まず、詠唱に成功する。

 その証拠に、詠唱の最中から、彼女が男性に近づけていた両掌は光に覆われていき、その強さを増し、詠唱が終わると、光は男性の胸に刻まれた痛々しい傷に流れ込んでいった。

 止血と体力の回復を同時に行い、男性を助けようとする恵夢に頼もしさを覚えた瑛は「治療はお任せします」と指示し、立ち上がった大鬼オーガ二匹に目を向けた。

 瑛は、亜種もしくは著しく成長したホブゴブリンなのでは、と希望を持ちたかったが、2mを越える身の丈、大柄で筋肉質な体は100kg以上はあるに違いない。

 端から血が垂れている口には、樫の木すら容易く噛み砕けそうな牙がびっしりと生えていた。角も、ホブゴブリンよりも長く太い。

 どちらも、角の数は二本だったが、片方は湾曲したものが額から前方に向かって生えていた。もう片方は、側頭部からクワガタのように生えていた。

 何よりも、威圧感がホブゴブリンとは段違いであり、上級生にとっては記憶にしっかりと焼き付いているものであった。

 亜種バリリアントでないのが、唯一の救いだな、と瑛は乾いた笑みを浮かべて、何とか、自分を奮い立たせてみる。


 「まさか、二匹もいるとはな」


 「道理で、被害が多かったはずだぜ」


 「コイツが、余計な事を言ったからじゃないですか!?」


 「・・・・・・」


 「つまんねぇ言い争いをしてるな」


 紅壱からの当然な注意を、鳴は「フンッ」と鼻息で跳ね返すが、夏煌にとっては、相当なショックだったようで、膝がガクガクとしてしまっている。


 「ナッキー、ビビんな。気持ちで負けたら、死ぬぞッッ」


 「!!」


 愛梨からの喝で、どうにか立ち直った夏煌は好きな人に叱られた悲しみを呑み込み、その怒りは目の前のオーガへぶつけると誓う。


 「で、どうするよ、アキ」


 二匹であったのは、瑛にとっても想定外だった。けれど、紅壱が特攻を仕掛け、ある程度のダメージをオーガが受けたのを見て取った事で、瑛は余裕を取り戻しており、出すべき指示も既に出していた。


 「あの二匹を倒すのは、まず、厳しい。

 だから、鯱淵副会長が、あの男性を動かしても大丈夫になるレベルに回復させるまで、オーガの足止めに専念する。

 逃げられるのは困るが、最悪、この場から追い払えるだけでも万々歳だ」


 「それしかありませんね」


 「私と大神、豹堂で、最初に辰姫が蹴り飛ばした個体を受け持つ。

 エリと辰姫は、もう片方を頼む」

 

 勿論、この作戦に誰も異議は申し立てない。

 

 「了解です!!」

 

 「おっしゃ!!」

 

 「・・・・・・」

 

 愛梨は鉄板入りのグローブを胸の前でぶつけ、鳴は日本刀を抜いて正眼に構える。両手にサバイバルナイフを握り、いつでも飛びかかれるよう、前傾姿勢を取っている夏煌は獲物を狙う狼のようだった。

 

 「行くぞ!!」


 そう叫んだと同時に、瑛は紅壱に抱きかかえられていた。

 もし、紅壱に愛梨は前、夏煌は右、鳴は左へ突き飛ばされていなかったら、そして、紅壱がお姫様抱っこした状態で後ろへ跳んでいなかったら、オーガではなく、彼女らは上から飛びかかってきていた魔属に殺されていなかったにしても、戦いに支障が出る傷を負っていただろう。

 いきなりだったとは言え、愛梨らもプロの端くれだ。突き飛ばされても、無様に転がる事はなく、衝撃を地面へ逃す着地に成功していた。

 何すんだ、その文句を紅壱に愛梨はぶつけられなかった。代わりに、こうつぶやくしかない、絶望を新たに覚えながら。


 「マヂかよ」


 言葉どころか、音すらも口から出なかったが、夏煌も同感だった。

慎重に進んでいた紅壱らは、道中で無惨な骸を発見する

その死を悼む間もなく、奥から聞こえてきた悲鳴に、生徒会メンバーは再び駆けだす

しかし、到着した現場にいた魔属の正体に、瑛らは恐怖から身動きが出来なくなってしまう

オーガへと攻撃を繰り出せたのは、カガリ戦を体験している紅壱だけだった

後輩がオーガを蹴り飛ばした事で、いくらかの冷静さと勇気を取り戻せた瑛は、二匹のオーガに立ち向う事を決断する

だが、トラブルは、いつだって望まない時にほどやってくるのだ

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